第二十話 北へ帰る
今日の風呂当番は、茜と真白か。ヒイとミヤが俺の横でハイジを構っている。
先に風呂を上がった蒼伊が俺の所に来た。
「質問、いいですか」
「何かな」
「恭平さんは、魔法を使わないんですか」
意味が分からん。
「こう、ファイアボールとかエアカッターとかです」
「ファイア・・・火の玉。それは、ガソリンとかに火を点けて相手に投げるのかい」
自分も燃えそうだ。
「違いますよ。火だけです」
「火だけ、じゃあ、可燃性の気体に火を点けるのか、すぐ燃え尽きるな」
「じゃあ、エアカッターは?こう真空の刃を飛ばすんです」
手刀を水平に振る蒼伊ちゃん。
「真空は音速より早く振れば出来るけど。空気より軽いから遠心力では飛ばないよ。超音速も出せないけどね。それに真空ぐらいの圧力差じゃ、人は切れないよ」
宇宙でも人は切れないからね。
「じゃあ、水を勢いよく飛ばして斬るのは、出来ますか」
「水は柔らかいから勢いを付けると空気抵抗ですぐ霧になっちゃうね。消防ホースくらいあれば圧力で殺せるかな?」
「でもウォーターカッターって石が切れるって聞いたことあります」
「あれは距離が1cm無いんじゃなかったかな。詳しくは知らないけど」
「じゃあ魔法は無いんですか」
「魔力はゴーレムとか気功の様に魔力と言うエネルギーを運動エネルギーに転換できるみたいだね」
「つまらないです。折角、冒険者に出会えたのにファンタジー要素が殆どないです」
「ギャン!!」ミヤがハイジの尻尾を強く引っ張ったので怒って巨大化した。
「フェンリルです。ハイジちゃんはフェンリルだったんですね」
「恭平様、フェンリルって何ですか?」
「確か、北欧神話で主神オーディーンを倒した怪物の名前だよ」
「違います。フェンリルは神獣でチートな能力を持った主人公の従魔になるのです」
「じゃあ、ヒイがそうだな」
「違うもん。ハイジはオオカミだから」
子犬化したハイジは尻尾を舐めている。その前でミヤが土下座している。
「ハイジちゃん堪忍やぁ。堪忍やでぇ。」
「大きなオオカミはフェンリルに決まってるんです」
「違うもんヒイは恭平様の従者で、ハイジはオオカミなの」
「どうしたんですか?すごいことになってますけど」
茜と真白が戻ってきた。
「訳分からん、もう今日は終わり。寝て寝て。」
奥の部屋に女たちを押し込んだ。
鳳王国調査九日目(転移77日目)
昼前に王城に到着。昼一番に報告することとなった。
たまには外食しようということになり、おいしそうな所を探していたら、店で調理するおばさんが見えた。袋を取り出すと中の唐辛子の粉末を手で握り、3回鍋に投入した。
「やっぱりお昼作りましょうか」
「そうですね」
カルチャーショックってあるよね。そう言えば中国の南の方へ出張で行って通訳の女の子がここのチャーハンは味がしないって、置いてあったタバスコ一瓶掛けてたの思い出したよ。
軽く昼食を取って王城に行く。すでに待っていてくれたようだ。
前に使った部屋に案内されると太子、宰相、ほかに4人待っていてくれたよ。
依頼終了の報告をして虎を見せてほしいって言うので外に出て虎を出した。
いやぁ、今見てもでかい、良く勝てたなって思う。
宰相が買い取りたいけど葬儀と即位式があるから駄目だよなぁ。って小声で言ってるのが聞こえたよ。あんたは偉い、どこぞの王様は娘の旅費を使っちゃたからなあ。
達成金貰ってさっさと帰ろう。虎は天都で売ろう。と思ったらお湯が少ない。後2日分しかない。
宰相にお願いして大量に沸かしてもらった。
今日は王都で夜営だ。今日の風呂当番はヒイとミヤなので後の3人は奥の部屋だ。
気を抜いてるとドアが開いて蒼伊ちゃんが来た。
「質問があるのですが」
「なぜ、鎧がフルプレートじゃないんですか?」
「そんな重い物、着たくないから」
「でも剣士や勇者は着ています」
「俺はどちらかと言えば武士だから」
いい加減にしてくれないかな。俺がラノベや漫画の主人公みたいじゃないからって虐めないで。
「そんなので魔王と戦えるのですか?」
「俺、魔王と戦う気は無いよ。どちらかって言うと神様かな」
「では、あなたは魔王の味方?」
「その前に魔王は神とも人間とも戦ってない」
「あなたが真の魔王でしたか?」
何か真面目に答えるほどドツボに嵌っていく。
「俺が魔王に見えるんですか?」
「いいえ全然」
「じゃあ、なんで?」
「単にこういう話をするのが楽しいので」
心底疲れた。
「もういいです」
「そんな、だったら従者になります」
「エッチなことしてもいいですから」
抱き着いてきた。
「恭平様、スケベは駄目です」
ヒイが飛び込んできた。自分たちはさんざん抱き着いているくせに、他の女は駄目なんだ。
蒼伊を引っぺがして自分が抱き着く。ミヤは激戦地の前を避けて背中に抱き着く。蒼伊とヒイの戦いは続く。しかし蒼伊はまだ強化されていないのでヒイには勝てない。
「恭平君、早く従者にして、ヒイちゃんに負けちゃう」
風呂掃除が終わったのか茜と真白が覗いている。
「君達止めてくれるか」
「私達も行くと恭平潰れちゃうよ」
「ねえ」
「あ、そうだ。わたし、剣より槍との相性が良いみたい。槍の達人をインストールしといてくれる」
茜が左腕を抱きしめる。
じゃあ私も、真白が右腕を抱きしめる。君の胸は凶器だからね。
こんな娘のような歳の女の子に囲まれて。大人の対応しなきゃ。せめてヒイとミヤが大人になるまで、子供たちに醜い俺を見せるわけにはいかない。
「君達、いつまでやってるのかな。怒るよ」
「キャー、怒ったー」
5人は俺から離れて奥の間に逃げた。
良い子たちだ。皆を守って行かなきゃ。
『岸谷蒼伊と従属の回路が形成されました。異能空間制御がコピーされました。魔力回路が形成されました。身体強化、脳内地図、念話、インストールスロットが形成されました』
空間制御って何?
『瞬間移動が出来ます。自分一人だけ、脳内地図の範囲に移動可能です』
皆と出来れば便利だけど俺一人じゃなあ。それにこんなの出来るってわかったら天帝様たちに便利使いされるのが目に見えてる。秘密だな。後で蒼伊にも言っとかなきゃ。
鳳王国調査 十日目 (転移78日目)
山道を北に走っている。
ヒイが助手席に来て相談してきた。
「私、もっと強くなりたい」
「私も、私も強くなりたいです」
後に居たミヤも懇願する。
「君達は十分強いよ。山賊に無双してたじゃないか」
「でも虎には、まるで通用しませんでした」
確かにヒイの矢もミヤの猫人殺法も虎魔獣には通用しない。
「技は極められても人外の強さは手に入らないと言うことか。考えてみるが当てにはしないでくれ」
『ナビさん、そんな方法があるのかい?』
『それは人をやめると言うことです。それをお望みですか?』
『方法があるってこと?』
『あなたはすでに神の領域に足を突っ込んでます。それ以上となれば人としては暮らしていけませんよ』
『そうだよな。人として生きたいよな』
『そうだ、ゴーレムの外骨格造るってどうよ』
『何年掛かるか分りませんね』
『まあいいや、帰ったら魔力の研究始めよう』
山の中で夜営。
鳳王国調査 十一日目 (転移79日目)
常徳付近で夜営。
鳳王国調査 十二日目 (転移80日目)
襄陽付近で夜営。
鳳王国調査 十三日目 (転移81日目)
17時 天都到着
帰りが遅かったので帝城にも入れず、外郭部で夜営。
しかし、帰りは速かった。茜と真白が運転に慣れたせいかな。
鳳王国の葬儀はもう終わったはずだから、俺が預かった親書を渡せば即位の許可も出るはずだ。
許可を貰う使者も王都を出ているはずだから、十日もしたら到着するだろう。
俺は調査の報告書を書かなければ。襲撃は無かったことになってる。口止め料と迷惑料は頂いているからね。
こら、ヒイ、ミヤ邪魔をするな。今日中に書かないと明日報告できないじゃないか。