第十二話 邯鄲の夢
邯鄲の夢の説話とは全く関係はありません。
8時30分 済南で反乱情報を聞いてみる。詳細が分かった。
兎城の街を牛耳っていた任侠の一味が領主の治安維持政策に反旗を翻した。兎城の政府の出先機関を襲って人質を取り、政策の中止を要求した。政策の内容は任侠組織の資金源の撲滅、みかじめ料、賭博などの禁止、市民への暴力行為の厳罰化等である。
済南からの兵の突入により任侠組織は壊滅。首領は、手下数人と逃走中らしい。
11時 柳城を過ぎたあたりでトイレ休憩。
20分程走ったところで10歳位の男の子が道路の中央に立っていた。避けようとするとまた前に来る。
『御主人様、囲まれてます。人数は6人、凶器を持ってます』
「盗賊かな。囲まれちゃうって、囲まれるのは嫌だからバックするぞ」
百メートルほどバックすると道路上に6人の男が出てくる。
「多分、あの男の子もグルだな」
6人は追い掛けて来た。
「リョウカ様、どうします。逃げることもできますけど」
「やぁっておしまい。」
芝居がかってきたなぁ。
「じゃあ、俺とカクタス、逃がすとまずいからハイジも来てくれ」
「ヒイとミヤは車に近づいてくる奴が居たらサンルーフからやっつけて。窓は開けちゃ駄目だ」
俺達は男たちを迎え撃ちに走っていく。車から40メートル位でにらみ合う。
「おまえら、2人で俺達とやる気か?おとなしくゴーレム馬車と女を置いて、どっかに行きやがれ!!」
手下の一人が剣を振り回しながら脅してくる。
「反乱軍の首領と手下か。問答無用だ」
対してカクタスは冷静だ。相手の手前に刀を振り下ろし、剣先を上げさせると左下から切り上げた。
俺とカクタスが一人ずつ斬り倒す。ハイジは、後ろに回ろうとする奴を牽制する。
俺は二人目の籠手を斬り、そのまま胸板を突いた。カクタスも二人目を斬った。俺は首領らしき男を相対する。
カクタスは三人目に肉薄する。踏み込まれた相手は剣を上段に構えなおす。そこを逃さず胴を払う。
俺も首領に踏み込もうとした。その時、首領の前にさっきの男の子が立ち塞がる。
「お父さんは、街の為に必要な人だ」
首領は身を翻すと逃げた。
「ハイジ、行け。容赦するな」
ハイジは後ろから飛び掛り、首に噛み付いた。大量の血飛沫が飛んで倒れて、恐らく死んだ。
「なんでお父さんを・・・」
「俺を殺そうとしたからだ。俺の大事なものを傷つけようとしたからだ」
「お父さんは、正義の為にやっているんだ」
「俺を殺そうとするのは正義なのか?」
「お父さんに逆らうからだ。」
おお怖い、逆らう奴は皆殺しって、黒電話の将軍みたいだな。こういうのと議論しても意味がない。
「お前はどこに行きたい」
「邯鄲に行くって言ってた。叔父さんが居るから」
冷静な奴だな。父親が目の前で殺されたのに。感情がないのか?
叔父さんは匿ってくれるのかって聞いたら、家族を人質にすればいいんだそうだ。
少年は父親に洗脳教育されている。
父親が恐怖で街を支配することが、弱者を守る正義と思っているようだ。支配の中で傷ついたり、死んでしまう人たちは、大きな正義を実行するために必要な犠牲なのだ。
その父親の行動を悪として排除しようとする官憲は、許せない存在だ。
俺は日本に居た時にそれを国家単位でやっている国があった。どうして国民が反発しないのが不思議だったが、少年のように洗脳されているのだろう。
死体を道路脇に並べて、少年をどうするかを話し合った。
死体と一緒に置いておけないし、本人も了承したので、邯鄲に連れて行く事となった。
ミヤとヒイの間に座らせた。ハイジはリョウカ様とアンナさんの間の床だ。
すでに12時を回っていたので、30分程走って昼食タイムとなった。
時間も過ぎているので簡単にレトルトカレーにした。
3回目なので皆、慣れていたが少年は初めてのようだ。ヒイとミヤが食べ方の説明をしている。
彼らは甘口を食べている。他は中辛だ。
「俺はこのカレーってやつがたまらなく好きだね。毎日でもいいや」
「体がカレー臭くなるわ」
「ヒイも好き」
「ミヤもぉ」
カルタスたちの言葉にリョウカ様が嫌な顔をしている。嫌な顔はしているが、毎回きれいに食べてくれる。
不意に少年が涙を零した。
「どうした、まずかったか?」
「いえ、おいしいです」
この中で一番偉いリョウカを笑って否定する少女。それがうらやましい?今まで灰色で色の無かった世界がパァっと色づいて見えてきた。
「皆さんの楽しそうなところを見ていたら、急に・・・」
「そうかゆっくり食べると良い。お替りもあるぞ」
「どうして僕に優しくしてくれるのですか」
自分が過ごしてきた世界は、異常な世界であった。それが分かった。自由に感情を表現できる世界があると分かった。
「う~ん、それが俺達の正義だから?」
「こら、なんで疑問形なのじゃ。きっちり言わんか」
「「「「「わはははは!!」」」」」
16時 邯鄲に着いた。少年はヒイたちと話せるようになっていた。もう大丈夫そうだ。まさかカレーが洗脳を解くとはね。
役所に反乱の残党のことを報告し、少年の叔父の家を聞いて送って行った。
叔父は、優しそうな男で少年を引き取った。叔父は兄に逆らい、兎城を出たそうだ。少年は叔父の商家を手伝うと言ってる。
今回は引き取らずに済んで、ほっとしている自分がいる。申し訳ないが放って置いたら、死んでしまっていた彼女たちと違って少年は死ぬ心配は無かったし、血縁者も優しそうっだった。
昔、邯鄲の夢と言う格言を聞いたことがある。
枕を借りて寝たら50年掛けて富裕になったが、それは僅かの時間の夢だった。
確かそんな内容だった。栄枯盛衰の儚さを表している。
格言とは意味が違うが少年は、カレーで父親の洗脳の夢から解放されたようだ。
少年がこれから幸せに生きてくれることを祈ろう。
南に走って郊外に出た。家を建て、今日はここで寝る。
ヒイとミヤにインストールしてやった。約束のナイフと小太刀だ。ミヤの持つのは一尺の短刀で二尺前後の小太刀には短すぎる。彼女が学びたいのは技の小太刀である。映画とかで見るのは脚色されていると思うので、実際はどのようなのか興味がある。
今日は木でナイフと短刀を作ってやった。練習は明日からだ。
行程13日目(転移60日目)
8時 出発
12時 鶴壁辺りで昼食。
15時 黄河の橋が落ちていたので、ボートで行ける所を探す。
16時 黄河を渡って鄭州へ。
ここから進路を、再び西に向ける。あと100キロ位で天都に着く。
17時 鄭州を10キロ程離れた所で夜営。食事後ヒイとミヤの練習を見てやる。
両方とも片手で扱う武器のようだ。ナイフは小さいので防御に向かない。剣を持った相手に勝つのは難しい。小太刀は室内や接近戦に良い。うまく使えば剣にも勝てる。
ヒイに勝つことが難しいことを伝えると、狩や野営に使えるから戦いでは牽制用で良いとのことだ。本人が分かっているなら問題ない。メイン武器を弓矢に絞っているのだろう。
木剣で代わる代わる相手をする。やはり、ヒイがナイフの間合いに入るのは難しい。
ミヤは左手の使い方が面白い。片手なので大刀に対して、鍔迫り合いをせずに躱すのを基本にしている。
14日目(転移61日目)
8時 出発
10時 天都の門を潜る。
到着した。2週間って初めてだよ。地球の裏でも3日あれば行けたのに、なんて不便な世界なんだ。
いよいよ天都が近付いて来ました。