29話 獣人の娘(2)
――ニャン視点――
獣人の恩恵なんて、ただの馬鹿力だけだと思っていた。
元ギルマスのババアに教えてもらった知識もそれくらいだったからだ。
だが、あたしは知っていた。
獣人の勇ましい姿を、そして温もりを。
「ぷはっ、なんっすかそれ!」
「笑うな! あたしだって似合わないって分かってるんだ。でも、勝つための選択なんだから仕方ないだろう」
「まさかの奥の手が猫耳と尻尾を生やしただけだなんて……いや、見掛け倒しでは無さそうっすね」
獣化とは、本来の獣人の姿に戻ることだ。
モコの言った通り、今のあたしには猫の耳と尻尾が生えている。
こんな姿を見られているかと思うと、とても恥ずかしい。
けど、力が増しているのは事実だ。
これなら、あのアハロにだって引けを取らない。
「じゃあ、行くっすよ」
「ああ、来い」
返事を返したときには、もうすでにモコの姿は消えていた。
ありえない移動速度だ。
しかし、目で見えていなくても向上した五感で手にとるように状況把握が出来る。
「右」
先程のモコのように、手を払う。
手は空を切っただけ。
されど、手応えは感じた。
「次は左」
今度は大振りの回し蹴りを放つ。
やはり、これも空を切るだけ。
1発目とは威力が違う分、左側にあった木々が簡単に薙ぎ倒されていく。
後ろに控えた里の住民たちへ影響がないように、少し注意が必要かもしれないな。
「今度は上か――〈不遑枚挙〉」
獣化して強化された今ならば、倍以上の威力になっているだろう。
この攻撃は流石に避けれなかったようで、目で追えていなかったモコの姿が視認出来るようになった。
そして、3回の攻撃を通して分かったことが3つある。
1つ目は、改めてモコから敵意を感じないということだ。
敵を殲滅しようと思っているなら、まずは後ろに控えている「アニマーレ」の住民たちを狙えばいい。
仮にもあたしに速度で上回っている状況で、あたしだけを狙っているというのは不自然だ。
2つ目は、モコの戦闘手段は近接攻撃しかないということだ。
次いで、さっき使用していた魔法は強化魔法で間違いない。
詳しい強化内容までは分からないが、典型的な強化魔法である身体能力向上系だろう。
この魔法を使用してから、全くと言っていいほど魔力の動きを感じない。
つまり、遠距離攻撃のために魔法を使うことはないと断言できる。
3つ目は、獣化した状態ならばあたしの方が強いということだ。
別に虚勢を張っている訳ではない。
純粋に、今までの戦闘経験から分析した結果だ。
「おっ、次が本気の一打って感じっすかね」
「ああ」
「何だか、ノリ気じゃないっすね」
「モコ……お前、もしかして最初からあたしを止めるつもりすらないんじゃないか」
「いやー、何て言うんすかね。全部本音っすよ。ただ、自分にもこの先どうなるか分かっていないだけっす。だから、後は野となれ山となれっす」
「なら――」
「戦わない、ってのは無しっすよ。ニャンさんに自分を黙らせる力が無いのなら、助けに行ったところで誰も助けられないっすから。最初から選べる選択肢なんて無いんすよ」
「そうか、じゃあ。遠慮なく打ち込むぞ」
「良いっすよ。でも、腑抜けた一撃だったら容赦はしないっすよ」
心の内に沸いたモヤが全て晴れた訳ではない。
敵意のない相手へ攻撃するというのだから当然だ。
でもあたしは、モコにギオラの隣に立つということを示さなければいけないと感じた。
自分の実力を試すはずだったが結局の所、モコに試されていたのだ
モコはここに打てと言わんばかりに、手を大きく広げた。
本当にあたしの一撃を受け止めるつもりだ。
ここまで来ると清々しい。
もし、機会があるなら拳以外で対話したかった。
ギオラやドレミ、ウレレとは違う。
けれど、温かい関係になれただろう。
そんな思いも胸に込めながら、気を落ち着ける。
打ち込む技は決まっていた。
大の字で構えているモコには申し訳ないが、直接当てる気はない。
情けではなく、ただ単に直接当てる必要がないからだ。
「痛いのは一瞬だ――〈撼天動地〉」
手が地面に触れた。
そして、激しい揺れと共に地面が割れた。
ただそれだけの技。
まさに轟音というほどの地響きで耳が痛い。
獣化による聴力の向上は意外と弱点かもしれない。
この耳は、やっぱり恥ずかしいし。
「生きてるか?」
答えは返ってこない。
だが、あたしの耳は元気なモコの心音を捉えていた。
敵という立ち位置ではあるが、安心した。
とりあえず、モコからの試練は合格したということで良いだろう。
「アニマーレの戦闘員に次ぐ、あたしは戦線を離脱しドレミの援護に向かう。現場の指揮は全て、ソンに任せた」
撼天動地の衝撃から、満足に動ける戦闘員は数名だった。
流石にこの状態で全員を連れて行く訳にもいかないので、西の森の守護を継続させる。
ソンに指揮を任せていれば、困ったことにはならないはずだ。
これで心置きなく、援護に迎える。
その場を後にし、全速力で東の平原へ駆ける。
獣化がいつまで持つのか分からないが、使える力は最後まで使う。
「ドレミ……無事でいてくれよ」
なんとか書き終わりました。
モコもニャンと同じように変化を待っていたのかなって感じです。
モコ、ニャン、アハロと自強化系が続いていますが気の所為です。
レパートリーが少ない訳ではないです、多分。
次はドレミです。
では、よろしくおねがいします。