11話 眷属召喚
――ドレミ視点――
ギルド『サルビアス』のギオラさんたちと出会う前、私は森の中でいろいろな実験をしていました。
そう、女神様から授かった能力についての実験です。
「〈眷属召喚〉発動!」
本をパラパラと捲り、声高らかに叫ぶ。
これは吸血鬼の特性である眷属化を応用した血技というものらしい。
自分の血を依代に、魔物を眷属として召喚する。
ちなみに血は〈血液作成〉で無限に供給出来るため、貧血の心配はない。
「成功した?」
地面にポタポタと垂れていた血が次第に形を変える。
液状のそれは、大きな球体に。
そして、大きな犬のような形状に変化していった。
「ちょっと……でかくない? 私、食べられたりしないよね?」
血液を媒体としたそれは、形を固定させるとすぐさま姿を整えた。
その姿はまさに魔物。
いや、どこか神々しささえ感じる。
綺麗に生え揃った白色の毛先には、眷属化を象徴するような赤で染まっていた。
そして、体中を縛っている鎖が異質な圧を放っている。
「あの……私の眷属ということでよろしいですか?」
恐る恐る、話しかけてみる。
言葉が通じるのかは分からないが。
一応、女神様の本によると言語知識は標準装備として頭に記憶しているらしい。
つまり、どんな言葉でも聞き取れるし、相手に伝えることが出来る。
「はい。主様」
「主様って……ううん。それであなたの名前は何と呼べばいいですか?」
「今の私めに名前はありません。不便でしたら、主様が好きなようにお呼びください」
「え……私名前とか考えるの苦手なんですが……」
「主様の命名とあらばいかなる名前でも光栄の限りです」
人なんてパクっと食べてしまいそうな見た目とは裏腹に、丁寧な対応。
そして、私に対してかなり低姿勢だ。
これが眷属というものなのか。
そんなことより、どうしよう。
私はペットにポチとタマと名付けるくらい、センスがない。
白い犬ということで頭の中には「お父さん」という、謎のイメージしか湧いてこないし……。
「えっとそれじゃあ、ファザーとかどうですかね」
何を言ってるんだ私は……。
お父さんというイメージから、ファーザーという安直な変換。
そして、ほとんど捻りなくファザー……。
これじゃあ、怒ってパクッだよ。
オーマイファザー!
「ファザー……」
「すみません。嫌ですよね。集中してもう一度考えますので、ちょっと待ってくださいね」
太郎、ハチ、わさを……駄目だ、どっかで聞いた名前しか出てこない。
「主様、名もない私めに名前を与えてくださり、ありがとうございます。私めはこれより、ファザーと名乗ります」
「え、良いんですか? 私食べられたりしませんか?」
「主様より授かった名誉ある名です。大切に致します」
何だこの、良いワンちゃんは。
同僚の鈴木さんが、「ペットは癒やしだよ」と言っていたけど本当だった。
心做しか、召喚したときより可愛く見える。
「主様、僭越ながら申し上げます。私めは禁忌に近い存在です。その姿は人々を狂わせ、その力は魔獣を呼び寄せるのです。ですので、主様の中に姿を隠していてもよろしいですか?」
「私の?」
「お見受けしたところ、主様は吸血鬼の生まれと推測できます。かなり特殊な気配をお持ちのようですが。吸血鬼の眷属は、血液として主様の体内に身を潜めることが可能なのです。主様の許可が降りれば、私めは身を潜めたく思います」
「よく分からないんですけど、ファザーさんの好きなようにしてください!」
「ありがとうございます。では、失礼します」
そう言うと、ファザーさんは液状に戻り私を包んだ。
その液体が肌に触れると、スポンジのように吸収していった。
多少の違和感はあったが、特に変わった様子はない。
『主に身に危険が訪れれば、すぐに駆けつけます』
「これ、どこから聞こえてるの? え、え……」
『驚かせて申し訳ありません。これは念話です。眷属となったことで、念じるだけで思念の伝達が可能になります』
『あ、あ、あ。聞こえています……か?』
『はい。聞こえております』
なんだか、頼もしい味方が出来た。
これなら1人でも怖くないね。
「なんだか、緊張が解けて眠気が……少し横になろうかな」
『私めが見守っておりますので、気にせずお休みください』
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
その場で丸くなり、目を瞑る。
揺れるような木漏れ日が心地いい。
会社で働いている頃は休みなんてなかったから、自然の中で横になるだけで癒やされる。
前の人生に不満はなかったけど、私は私を捨てていた。
心の中の自分を奥深くに閉じ込めていたのだ。
せっかく貰った第2の人生、出来ることなら私が私を失わないように生きよう。
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『主様、お目覚めください』
「ふぇ……」
ファザーさんの呼び声で、目を覚ました。
適度な睡眠で、体の調子がいい。
というか、何かの上に乗っている?
動いているような……。
「きゃあっっあああ」
目を覚ますと、私は狼の群れに誘拐されていました?
え、今どんな状況?
『申し訳ありません。何度か声を掛けたのですが、目を覚ます気配がなかったので、勝手ながら近くに居た下級のものに運ばせていました』
「これ全部、ファザーさんの部下なんですか!」
『彼らは知能が高いので、力の強い者に従っているだけです。もちろん、主様が契約をすれば簡単に眷属とすることは可能でしょう。私めがいれば、その必要はありませんが』
「それで、これはどういう状況なんですか!」
『どうやら私めの存在に感づいた者たちが集った際に、何者かに襲われたようなのです。なので主様に万が一があってはと、安全な場所へ運んでいるところです。私めが運べれば、良かったのですが……私めは主様の意識があるときではないと長時間姿を保てないようです。不覚です……』
「ファザーさんは私のために、動いてくれたんですよね。ありがとうございます。それで、私はどうすれば……」
正直、集合体恐怖症だったら危険な量の狼たちに囲まれていて怖い。
というか、今にも襲ってきそうなほど盛っている。
「あれ? 前に女の子が2人立っていませんか? このままだと、ぶつかってしまいます!」
『主様、急に身を乗り出しては危険です!』
「あ……」
突然のことで、びっくりして身を乗り出した私。
学生時代の体育の成績がずっと1だった私に、体勢を立て直す力もなくそのまま地面に落下する。
しかし、直前でふわふわの白毛に包まれた。
ほんのり太陽の匂いがする。
ファザーさんが助けてくれたのだ。
「主様! しっかりとしがみついてください。何やら、危険な気配が一点に集中しています」
「危険?」
すると、轟音とともに衝撃が全身に伝わってきた。
辺りの芝は抉れ、周りに居たはずの狼たちは地に伏せている。
災害と言っても過言ではないその衝撃に、私は心から恐怖を感じた。
ファザーさんが居なかったら、自我を保つことすら出来なかっただろう。
「主様、気をしっかり……主……様…………」
ファザーさんの声が遠のいていく。
しっかりとしがみついているはずなのに、全身が揺れている。
なんだか少し、気持ち悪い。
そう言えば私、船とかバスでもすぐに酔ってたっけな。
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「おーい」
またこの流れだ。
多分、またびっくりするような展開が待っている。
でも、今回の人生の私は私だ。
よく考えなくても、私は〈不老不死〉なのだから。
気の済むまで生きてみよう。
一応、ドレミさんのセリフの『』と「」は使い分けています。
キャラ的に、念話よりも独り言を使うタイプということです。
次の話から、ギルド活動が始まると言いましたがあれは嘘です。
気づいたら、ドレミさんの話を書いていました。
はい、次もよろしくおねがいします。