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ぼっちと孤高の過ごし方  作者: トール
9/11

ぼっちと孤高 9



 ボッチとは、人間強度が最高に達した人類の尊称である。



 ゆっくりと、金髪の顔が持ち上がる。

 チラリとこちらを確認したのは一瞬。

 輝きを失った瞳が、再びまた伏せられてしまう。

 しかしその一瞬だけでも、金髪の顔の酷さは分かった。

 腫れてしまった目の周りにむくんでいる顔。

 腕にねっちょりとついた鼻水にダウナーな美少女の面影はなかった。

 どれだけ泣けばそんな風になるのか。

 元が美人なだけに、どこか一つでも欠けるとバランスが途端に崩れるな。

 完成されたものっていうのは意外と脆かったりするのか。

 脇に放り出されている鞄。

 今から帰るところなのか、それとも()()()()()()()なのか。

 醸造された顔を見るに後者なのだろう。

 よくもまあ……。

 それだけの想いが自分にはない。

 だからほんの少しよぎった本音に蓋をする。

 呆れか感心か、あるいは……。

 今はいいや。

 金髪の隣……から三歩ほど離れた位置に座る。

 そこが定位置。

 再び聞こえてくる嗚咽にこっちが吐きそうだ。


 ――お前なんてなんの慰めにもならないと突き付けられているようで。


 知ってるし慣れてる。

 そんなもんかよ?

 もっと嫌味を効かせなきゃ撃退できないんだぜ?

 ボッチってやつは。

 なんせ一人なので。

 吐き気なんて日常。

 むしろ食欲が増すまである。

 ゴソゴソとコンビニ袋を漁る。

 その音が癪に触ったのか、金髪の泣き声が一時的に止む。

 おにぎりを取り出し、ピーっとわざとらしくゆっくりとビニールを取り除く。


「……あたしが待ってるのは……君じゃない」


 ハッキリとした拒絶だ。

 いわゆる『ほっとけ』宣言。お呼びじゃないんだよ的なあれだ。

 呼ばれることなんてないわ!

 日直忘れてる時ぐらいしかな!


 ――こいつは、勘違いしている。


「お前の待ち人は来ない」

「っ! わかってる!」


 珍しく声を荒げるダウナーさん。

 キャラどうした?

 引き結ばれている手を強く握りしめている。

 肯定した返事を否定するように。

 拒絶するように。

 ――これで、とりあえず涙は止まったな。

 めんどくさげな表情のまま、不満を飲み込むようにおにぎりに噛みつく。

 塩味。

 ……まったく、低ランクってのは、損な役回りだな。

 いや、ランク関係ねえな。

 カーストの下の方、すいません。


「じゃあなに? 慰めにでもきてくれたの?」


 その声に含まれていたのは嘲り。

 『お前が?』『おあいにくさま』

 鼻を鳴らして相手を見下す言葉を吐く。

 感情から出る言葉ってのは本音だ。

 つまり言いたいこと。

 普段は言えないこと。

 言ってはいけないこと。

 

 でもそれは、その人の本質ではない。


 カッとなって出る言葉ってのは即物的なものも多い。

 思い付いた言葉をそのまま並び立てる。

 そういうことを言うってことは、そいつはそういう奴――で止まるのではなく。

 普段はそういう言葉を言わない奴、まであるということだ。

 言うのを我慢している奴ということだ。

 思いやりってやつを、持っているということだ。

 自分の思いを――どこかにやっているんだから。

 日常的に言っているのとはまた別だが。

 言えないことを言うのは、ストレスを発散させる。

 言い方は悪いが飲み屋で愚痴を吐く中年と一緒だ。

 中年金髪。

 ごめん、なんか俺の方が嘲ってて……。

 でも吐き出させるのはいい。

 スッキリする。

 だからこいつの勘違いを訂正しておこう。


「いや、慰めるとか無理。子供の頃、そばにいるだけで妹を泣かしてた俺には無理。つーかね、勘違いしてるね? ここね、俺の昼飯場所なんだわ」


 モグモグと、証明するようにおにぎりを咀嚼する。


「……なに?」


 咀嚼音が聞こえたのか、金髪は呆けたような声を出す。


「だから、昼はここで過ごしてんの。ほら、ここなんか綺麗だろ? 俺が掃除したんだわ。床もピカピカじゃね? ワックスが掃除用具がいっぱい置いてあるところに落ちててね? 得したわ」

「どろ……」

「ほぼ毎日ここで食ってるよ。友達待ってんの。で、先に来て寝てるって思って声掛けたら、お前だった、ってだけ」

「っうそ」

「いやー、顔伏せてるから分かんなかったわ」

「髪!」

「そいつも金に染めてるから。偶然」


 あららー、金髪さんは恥ずかしいですねー? 自意識過剰ですかぁー?

 お前なんて待ってねえよ、と返されたので、お前なんて待ってねえよ、と返した。

 パリパリと海苔の割れる音に金髪がチラリと視線を上げる。

 それに視線を合わせず、不味そうにおにぎりを噛みちぎる。

 本当は超美味いけど『お前が飯を不味くしてる』的なアピールだ。


「……それでも、先に来てたのはあたし」

「確かに」

「気を利かせるとか……とにかく! わかるでしょ?!」

「分からん」


 常に一人なので。

 ははは、僕はボッチですよ? 女性の機微なんて分かっても関係ないじゃないですかー。

 一人なので。

 ボヘッと残りのおにぎりを口に含み、苛立たせるようにのそのそと口を動かす。

 金髪のプルプルという震えは、怒りからだろう。

 凄いな、女性の機微。

 震えなんて恐怖からしか得られないよ。

 更に一押し。


「悪いけど、友達待ってるからさ。こっから離れるわけにはいかんのよ。勘弁な」

「スマホで連絡とればいい!」

「持ってない」

「うそ! うそうそうそうそ! うそばっかり!」


 これはほんと。

 ボッチがあんな友情拘束ツール持ち歩くと思うなよ?

 何よりも自分の時間を大切にするボッチは携帯を携帯しない。

 鞄の中だ。

 しかし人間不信に落ちている金髪はポケットからスマホを取り出して高速起動。

 ……恐らく俺のスマホに掛けているのだろう。

 コールが一回、二回、三回……………………。


「出てよっ!」

「持ってない」


 その言葉は……本当なら誰に対するものなのか。

 ブンッ! と勢いよく投げたスマホが音を立てて壊れる。

 これにはビクリとしたが、金髪は顔を上げていないのでセーフ。

 もったいない精神で驚いただけですよ、ビビりじゃないですよ。


「…………なんでよぉ」


 力なく呟く金髪に、返せる答えを持ってない。

 きっと、俺に問い掛けていないから。

 しばらく沈黙が続いた。

 俺も食事を続けることなくその静けさに身を任せた。

 どのぐらい経ったのか……それは鐘の音で分かった。

 45分だ。ちくしょう。

 狙ってなかったけど皆勤賞……。

 あーあ。

 ……ほんと、あのアホの兄だけあるな。

 斬って捨てればいい、罵詈雑言をぶつけてもいい……だっけ?

 してますけど?

 全く。

 想像の中の妹がどこか呆れた表情をしている。

 それに顔をしかめていると、金髪がスッと立ち上がった。

 やはり顔を見られたくはないのか腕で隠しているが。


「帰る」


 なんの宣言だ?


「ご自由に」

「っ!」

「ああ、でも」


 踏み出し掛けた金髪の歩みを言葉で止める。


「授業中でも誰かしらには会うんじゃないか? なんせ朝と違って校舎の中は人でいっぱいだから。気づいてないようだから言っとく。顔、ヤバいぞ」


 少し取り戻した理性が本能のままに動くことを躊躇させる。

 怒りってのはエネルギーだ。無くなるとその場所を冷静さが占める。

 知らなかったのか?

 ボッチからは逃げられない。

 結局恥ずかしさが勝った金髪は、再び大人しく座った。

 しかし顔を隠してはいない。

 もうヤバさを知られているからだろう。

 こいつならどうでもいいや、と思っているからだろう。


 ここがスタートラインだ。


 いい塩梅に落ち着いている。

 見下されるってのはいいことじゃない。

 気分もよくない。

 でも油断を誘うという面が存在するのも否めない。

 特別と特に無いというのは似てる。

 こいつにしか見せないという意味で。

 ベクトルが別方向なことが悲しい上に、特無の方は醜い面も多いけど。

 金髪の特別は決まっている。

 なら特無の方に落ちるしか、話を聞く方法がないのだ。

 マイナスにマイナスを掛けてもマイナスだらけなのが感情だから。


「それで、結果はどうだった?」

「なにそれ……」


 これで更に死体蹴りをしなきゃ引き出せないというのだから……俺って最低。

 そこが定位置。

 金髪からの視線は憎悪が多分に含まれていた。

 『訊く? 普通そういうこと訊く?』と責め立てられているようで……。

 いや責めてんな。

 俺も攻めよう。


「いやお前。あんだけ身を尽くして頑張って、その後のことだけお預けって……」


 あーあー、俺、放課後と休日が潰れたんだけどなぁー。押し掛けたのはそっちが先なのになぁー。

 ええー……と引いた表情を見せる俺に、金髪もいくらか自覚があったのかボソッと答えを返してくる。


「……見たら、わかるでしょ……」


 そうだな。

 しかしそこで会話が終了してしまうわけにはいかない。


「そっか。やっぱり……その、勉強教えてた子と?」

「違う」


 だから答えやすい、もしくは答えが分かっている疑問を振る。

 それが口の滑りをよくする。

 聞いていた『彼』は……なんというか誰にでも優しい、という気がしていた。

 それは恐らく金髪にも。

 つまり『特別』優しいわけではなく、平等に優しいのだ。

 男ならそういうところがあったりする。

 勘違いを生む原因にもなる。

 それでも長年関係を続けるということは、脈がある可能性だって充分にあった。

 金髪の想像通りに。

 しかし『彼』の想像とは違ったようだ。


「……あれ? スマホでやりとりしてた子じゃないの?」

「……幼なじみ、だって」


 そりゃお前じゃん。


「……あたしじゃない、幼なじみ」


 お、おう。

 いたのか、ライバル。


「二つ上の、お姉さん。前は……隣に住んでて……今は、この街にいるって言ってた。…………嬉しそうに」


 お姉さん属性でしたかー。

 チラリと横目で見る金髪は、綺麗と可愛いを合わせもつチートキャラだが、お姉さんっぽくはない。

 妹寄りだ。そいつと友達にはなれねえ。

 確かに……話に出てきた一面の畑なんてこの辺りにはない。

 『彼』の地元はここじゃない。

 なのに進学に選んだのはここで、その理由というのが……。

 お前ら似た者同士じゃねえか。もうつきあっちゃえば?


「日曜に、久しぶりに会って、近くの高校にって……滑り止めだから言い出しにくかったって言ったら、笑ってくれて……一緒にご飯食べて……こんなの食べるんだ、意外、って……あたし嬉しくて」


 ぶり返してきたのか、再び瞳を滲ませる金髪。

 やっぱ悪い奴だな、俺。

 別に普通に慰めればいいんだって。

 ありきたりな言葉重ねて。

 こんな美少女が弱ってるなんて滅多にないんだから。

 そんで、あわよくば……とか考えて。

 そしたら高校生活大逆転だ。


「二人できんきょ、……近況、報告して、しあって。……たのしか、楽しかったの。ブラブラして……彼ね? 親戚の家に居候してるって。お昼も、ジャンク、フード……!」


 感極まったのか、再び決壊する金髪。

 グスグスと、いくら泣いても泣き足りないのだろう。

 あると信じていたものが幻だと気づいて。

 不意打ちの痛さに。

 ……ほーら、チャンスだ。

 言わなくてもいいことまで喋り出したぞ。

 あとは夢見がちな尽くす系の美少女に、甘く優しい言葉をかけるだけだ。

 好きとか嫌いとかよく分からん。

 でも金髪のスペックは高い。

 どうせ彼女にするなら、綺麗で可愛い子がいいよ。

 誰でも考える。


「……乗った。彼と。観覧、車。すごい、幸せ。自分でも、びっくりするぐらい。再、確認、したの。彼のこと、大好きって。……いい雰囲気だな……って。もう言おうかな、て時に……彼から……彼の好きな人が……」


 ……やっぱり似てんじゃね。

 お前と彼って。

 おかげで傷ついた美少女が一人、高いところで泣いてますわ。

 彼とやらに感謝だな。

 いやほんと。

 こんなDランクでもいけますわ。


「あ、あたし! ……相談に乗ってくれって、言われて……笑って『いいよ』って。だって……それでも嫌われたくなくて……言えなかった。言えない……言えない、言えないよ。……い、言わない。言わないで……これで、これで……いいって……でも、辛いよぉ……苦しいよ……」


 傷ついたことのない金髪は、その傷に対処ができない。

 倒れたことのない金髪は、傾く体を起こせない。

 ここで誰かが手を伸ばせば……金髪は掴む以外の選択肢がない。

 誰かが――俺が支えれば……支えてやれば、


 ――金髪は、二度と一人で立ち上がれない。



「そうか。その場はそれで良かったとして――――今後はどうすんだ?」



「……え?」


 俺の、思いがけないほど真剣な声に、金髪がひょっこり顔を出す。

 何を言われたか分からないという表情だ。

 転んだ時に、何に躓いたのかと振り返ったり、痛みにケガを確かめたりするのは、倒れているからで。

 再び歩き出す時には、前を向かなきゃいけない。

 当たり前のこと。

 どこかで目にするような、気づけば知っているような。

 でも、目の当たりにすると分からないこと。

 指摘されて、待ち受ける何かにようやく思いを馳せれる。

 ちゃんと伝えなくちゃいけないことがある。


「お前の、その……相談役のポジション? には、誰も来ない。待ってても、高みから寂しく膝を抱えて見下ろすだけの位置だ」

「……なに? え?」


 言っていることが理解できないという顔だ。

 そりゃな? Aの中のAで人に囲まれて誰かしら惹き付ける魅力もあって、好きな人を振り向かせることはできなかったが、一緒にいれる関係を結んだのに、何言ってるの? って感じだろう。

 でも一人だ。

 理解されることはなく、理解してもらいたいとも思わない位置だ。


「まだ好きなんだろう?」

「当たり前……」

「じゃあ、会う度に傷つくことになるな」

「っ……」


 その時を想像したのか金髪が下唇を噛み締める。

 ポロポロと、尽きることのない涙が落ち始める。


「分かる、なんて言われたくないよな? 痛んでいるのは自分なのに。分かるわけなんてないよな、そこにいるのは自分だけなのに」


 同じような境遇の同じような女性だろうと、同じ高さにいて同じ目線で在ろうと、その足場は互いに一人分なのだ。

 進むことも戻ることもない頂きだ。


「……なら、君にだって分からない……適当なこと言わないで」


 これ以上は聞きたくないと顔を伏せる金髪。

 ……その通りだ。

 だからこれから言うのは、一人にならないためじゃなく……。

 一人になってからのことだ。

 なにせ、俺は一人なので。

 これまでも。

 これからも。


「転んだら、一人で立ち上がらなくちゃいけない」

「……」

「帽子も、自分で考えて田んぼに入って取りにいくか諦めるか……」

「……」


 金髪が身動ぎする。

 そう。

 これは『彼』のいない金髪だ。

 一人の金髪。


「川に潜るのは……やめとけ。死ぬ。洒落にならん」

「……うぅ」

「何かに囚われることはないよ。どこに行っても何をしても自由だ。でも誰かを思うこともない。あれを彼は楽しんでくれるか? あれは彼の好みか? なんて考えることもなくなる。そこにあるのは個人の興味と自己満足……ただ誰かを想って眠りにつくこともなくなる――」


「――――じゃあ! どうすればいいの?! ……どう、したら、よかった、の?」


 涙が溢れしゃくり上げる彼女は、その心の内を表すように細かく震えていて――

 手を伸ばしてやればいい。

 肩を貸してやればいい。

 綺麗だなって思う。

 可愛いなって思う。

 我が儘で身勝手だけど素直で純真なこのオバケをちょっとだけ――――好きだと思ってる。

 でも。

 彼女は二人になりたいと望んで。

 俺は一人を選んでいる。

 じゃあ答えは決まってる。

 屋上手前の僅かなスペース。

 ここはボッチの居場所なのだ。


「知らん」

「そ、そんなのっ」

「お前はもう決めてんじゃねえの?」


 どこか突き放すように、金髪の目を迎え撃つ。

 他人のことなんてお構い無しに親の力を利用してまで『価値観』を知りたがってた女だ。

 引きつかんで、振り回して、放り投げる女だ。

 なのに学校に来て。

 一人になれるところで泣いている。

 迷っているのか。

 背中を押して欲しいのか。

 そのどちらも俺にはできない。

 だから、一人で。


「責任を他人に委ねんな」

「……別に……なんで……」

「こっからどうしようとお前の勝手で、お前の選択だ。俺は骨も拾わん」

「……酷い」


 全くだ。

 強いて言うなら、こんなところで泣いているお前が悪いのだ。

 しかし金髪の涙は止まっていて、何か考えごとをするように視線は宙空をさ迷う。


「……………………そっか」


 金髪がポツリと呟く。

 それを邪魔することなく、静かに待つ。

 五時間目も六時間目も終わって、やがて放課後が始まる。

 ……完璧にサボりだわ。トイレにいってましたじゃ利かねえわ。

 振り回されっぱなしの四日間だったなあ。


「……あたし」


 西日が差して踊り場が俄に明るくなる頃。

 ようやくオバケが再起動した。

 夜が近いからかね。


「……負けるのが怖い」

「そりゃ負けたくないってことだ」

「……嫌われるのも、嫌だ」

「そりゃ大好きってことだ」

「……勇気なんて……出ないよ」

「そりゃ湧いてくるもんだからな」


 自問自答なのかもしれない小さな声だが逃さない。

 そこから逃げられることがないように追いたてる。

 フーッと深く息を吐く金髪。

 再び顔を伏せたが、それはどこか疲れているような、慣れ親しんだ反応だった。


「君、もっと優しくしたら? あたし、言った……」

「聞いた」

「……少し似てるかなって思ってたけど」

「もしかして例の彼? 勘弁だわぁ……」

「なんで上から」

「下なもんで」

「……意味わかんない」


 それでも、ようやく。

 微かに口角の上がる金髪。

 微笑とも言えない微笑。


「……あたしの顔、酷い」

「見れたもんじゃないわ。ごめん、タイプじゃない」

「そっか」

「ああ」

「よし」


 スッと軽やかに立ち上がる金髪に、コンビニ袋を差し出す。


「なにこれ?」

「ジャンクフード」


 全然レクチャーが身についてないな?


「……なるほど。腹に詰め込んで……」

「そうそう」


 ガサゴソと袋からサンドイッチとおにぎりとバーガーを取り出してムシャムシャと食べる金髪。

 乱暴な食べ方だ。

 決して『彼』には見せない食べ方だ。

 やけ食いってやつだからな。

 しかし飲み物だけは遠慮して――まるでこれ以上泣かないからと言われているようで。

 最後の一欠片も飲み込んで、金髪がその茶色い瞳を向けてくる。

 刺すように。

 真摯に。


「ありがと」

「おーう」

「……バイバイ」

「おーう」


 振り向くことなく進む彼女の足取りは強く確かで、暗くなり始めた校舎に金髪の残光だけを残していった。

 コンビニ袋に余ったお茶を取り出す。

 これしか残っていないので開ける。

 体にいい、健康にいい、という文句で売り出しているお茶は、確かに体にいいのかもしれないが、それだけ深い苦味を舌に与えてくれた。


「苦ぇ……」


 言葉に出したところで、その苦さが消えることはなかった。


◇◇◇


「うぃー」

「ヤー!」


 帰宅して早々にモンスターに出くわした。

 こんな時間だというのに未だに濃緑色のセーラー服を身に纏っている。


 あの後。

 問題になっても面倒なので、先生にきちんと自首してきた。

 立ち入り禁止のテープを破ったのは俺です、と。

 なんでそんなことをしたのか? と聞かれたので。

 イキッたからです、と答えたかった。

 でももう疲れていたから……。

 正直に「……なんか疲れて」と言ったら、人生は楽しいから! 大丈夫だから! という説教が始まり、二時間近く拘束されてしまった。

 これなら反省文をレポートで提出とかがよかった。

 青春の誤りを書いたのに……。

 しかもどっかの青春女が俺の飯を丸ごと食っていったので腹ペコ。

 寄り道をしようかと思ったが、金欠。

 為す術なく自宅に帰りついた次第です。

 一人って自由なんじゃないの?


 開いた扉の先にいた妹は、俺のテキトーな帰りの挨拶に中指と人差し指と小指だけ曲げるという奇妙な手まねで返してきた。

 え、なに? どうやんの?

 人間?


「お前も遅かったんだな」

「……」


 何か言及されない内にと話題を振ったのだが、妹はその猫のような瞳を真ん丸に見開いてジーっとこちらを見つめるだけ。

 見透かすように。

 まるで心まで覗けるとばかりに。


「あ、あんま遅くなんなよ……」


 お前が言うなばりの台詞を放ちながら靴を脱ぐ。

 妹と視線を合わせず、しかし自然な速度でそそくさと階段へ急ぐ。

 その途中で。


「とう!」

「がはっ!」


 こちらに駆け寄り低空タックルを放つセーラー服。

 叩きつけられるままに壁にぶつかり、バランスの崩れた体はそのまま倒れ、階段の段差に頭を強かに打ち付けた。


「殺す気か?!」

「失敬だな!」


 どこが?!


「へっへっへ~」


 ニコニコと笑いながら兄の体をズリズリと這い上がってくる妹。

 それに抵抗する元気が今日はない。

 かつてこの体勢から親父は顔に落書きをされていた。

 妹はいい笑顔だった。

 なんだよこいつマジもうさあああああ!


「兄ちゃん、()()良いことしてきたの?」

「おう。くたばり掛けの死体にトドメを刺してやったぜ。これ以上苦しまないようにな」


 お前の兄は優しいだろ?

 ニヤリと不敵に微笑む俺に、馬乗りになった妹は眉を寄せ、困ったような慈愛に満ちているような半端な表情になった。

 なんだよ。

 お前の注文通りだろ?


「ほんと兄ちゃんはよくやる、よく当たる」

「悪い奴だからな」


 その言葉に下げていた眉を上げて、今度は艶然とした笑みを浮かべる妹。

 体重を掛けるように体を預けるその仕草はどこか蠱惑的だ。

 誰? うちの妹に余計な知恵つけてんのは?


「カッコよくて可哀想な兄ちゃんめ。そんなんじゃ碌な死に方はすまい。墓にはなんて彫られたい?」

「『一人死して寄る辺なく』俺の骨は海に流してくれ」

「環境破壊はちょっと」


 いい栄養だっての。


「……もういいから、どけ。疲れてるから」

「えー! なんでなんで? まだ夜はこれからなのにぃぃぃぃ! 兄ちゃん兄ちゃん!」


 追いやろうとする俺の手を躱して肩口に顔をこすりつける愚妹。


「兄ちゃん兄ちゃん!」

「はいはい、お前の兄貴ですよー」


 だから言うこと聞けよ。

 仕方なく妹をつけたまま立ち上がり、予定を変更して台所に向かうことにした。


「うわあ?! あはははは! 兄ちゃん、力持ちぃー!」


 それでも離さない妹に辟易しながら、いい加減腹を満たさせてくれと切に願った。


「兄ちゃん、元気出た?」

「着実に抜けていってるな」


 食事がしたいだけなんだ。



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