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ぼっちと孤高の過ごし方  作者: トール
7/11

ぼっちと孤高 7



「ついた」


 金髪の宣言に、ずいぶんと間近に迫った乗り物を見上げる。

 こういうものがあるというのは知っていた。

 なにせ目立つ。

 しかし自分の生き方といいランクといい、これに関わりを持つことはないと思っていた。

 信じていた。


「ここ?」

「……ここ」


 分かってはいたが金髪に確認を求める。

 金髪が頷いたことで、これが目的だとハッキリしてしまった。

 ……そうかぁ、ここかぁ……。

 もう一度、視界を飛び出すほどの乗り物を見上げる。

 巨大な鉄の建造物に見えるこれは、なんと動く。

 乗り物なのだ。

 その動きは遅く揺れも激しいとなれば、なんの役に立つのかさっぱりなのだが……。

 特定の条件を満たした人間に人気がある。

 ……正気とは思えんね。


「ここ?」

「ここ」


 正気じゃない。

 恋愛脳という人種がいることは知っていたが、どうやら奴らの回線は常にパンクしてるらしい。

 よく見ろ? なんて鈍い色なんだ。きっと心がないに違いない。

 グルグルグルグルと、乗り物のくせに同じところを回ってやがる。ノビーのくせに生意気だぞ!

 あげく高いところにはしっかりと連れていき、恐怖だけは感じさせるというのだから……やれやれだな。

 深く溜め息をつき、眉間に指を当てて間を取る。

 それから笑顔で片手を上げた。


「それじゃ、もうそろそろいい時間だし解散ということで」

「大丈夫。貸しきったから」


 そうじゃない。

 それも大変驚いたが、そうじゃない。


「これは……」

「……観覧車」


 そう。

 観覧車だ。

 街を見渡し悪を見逃さないがテーマだ。

 知らんけど。

 ただ景色を楽しむ乗り物というだけの筈なのだが……昨今の風潮としては一緒に乗った相手との密室を楽しむ傾向がある。景色そっちのけかよ。

 ならそこら辺のダンボールでいいんじゃない? というのが我々の組織的な見解である。

 しかしここに吊り橋効果という学説を足すことによって、彼または彼女にとっての狩場が成立するそうだ。景色どした。

 リア充の三大イベント場である。


「……なに? 実は俺のことが好きで告白するとか? バカ、知ってたよ」

「ごめんね、全然違う。でも近い」


 なんで謝った?

 謝る必要はなくない?

 違うというなら、なんでこれに乗るのか。

 なんか言いたいことがあるならここで言えばよくない?

 これ乗って告白する奴も意味分からんが、告白でもないのにこれ乗るのとかもはや理解できない。

 更によく知らない奴と乗るとか拷問じゃん。

 気まずさに飛び降りたくなるわ!

 はっ、それが狙いか?

 恐れ戦く俺をしり目に、金髪は疲れたように溜め息をつき親指で観覧車を差す。


「いこ。どうせ乗ったことないんでしょ?」

「おいおーい、バカにしてもらっちゃ困るな?」


 子供の頃とか関係なく一度もないが? それが何かな?

 乗ったことないのではない、乗らないんだ!

 まるでついてくると分かっているように、一人でさっさと受付に歩く金髪。

 こちらのリアクションはガン無視だ。

 ……別に高いところが怖いとかいうオチがあるわけじゃないけど。

 一応さ、相手の意思を聞くとかさ、してもいいと思うんだ、うん。

 一つ返事ですけど。

 ダウナービッチな美少女と高所の密室で二人きり。

 ……乗りたくないな、このビッグウェーブ。

 瞳に侵食されて体も死んでいく俺に、金髪は振り向き手招きする。

 コイコイ、と。

 これ行っちゃあかんやつや。

 食われてまう。

 なのでイヤイヤと手を横に振る俺に、金髪が戻ってきて袖を掴む。


「……なに? もしかして……怖い?」

「貞操的な意味で」

「ないから。安心して」


 大丈夫大丈夫は大丈夫じゃない奴が言うんだ、俺知ってる。

 やめてー、たっけてー、おーかーさーれーるー。

 グイグイと引っ張る金髪だったが、そこは女子。

 大して力強くない。

 ははは、その程度かね? 服が伸びるだけだが?

 超困る。

 どうしたものか、このまま逆に引っ張って帰ってしまおうか、なんて考えていたら影が落ちた。

 夜到来? もう?

 そう思って見上げた、日の光を遮った対象物は、二メートルは優に超える巨漢であった。

 くすんだ金髪をオールバックにしたグラサン、灰色のスーツにインカムをつけた外人だった。

 傷到来。マジか。

 頬についた傷が傭兵っぽいなー……。


「お嬢様、トラブルですか?」


 出てきた日本語は流暢。

 それに金髪が引く力を緩めて答える。


「……ついてきてくれな」

「ささ、早く参りましょう氷川さま。夕日の最もいい時間を逃してしまいます。登頂ではわたくしめがシャッターを切りますので、インスタに載せるも良し、ご友人と楽しまれるのも良しかと」

「……ちょっと」


 金髪の肩を抱いてスタスタと足早に観覧車の受付へと進む。

 傭兵から遠ざかりつつチラ見。

 ……見てる……見てるよ。


「なにあれ? マジ怖い。なにあれ? マジ怖い。なにあれ?」

「……同じこと言ってるから」


 言わんでか?!

 だいぶ離れたのだが、ヒソヒソと小声で会話する。

 それでも、なんか聞き取ってきてそうで怖い。


「……大丈夫、ただのガードだって。ビビり過ぎ」

「おいおい、大丈夫大丈夫って必死過ぎ」

「ロバートー!」

「いや、相手に安心を与えるために大丈夫って言葉を重ねるのは大切だよねえー?! 安心、安心が欲しいです!」


 突如振り向いて叫ぶ金髪に、被せるようにして叫ぶ。

 そのニンマリやめてくれる? いややっぱりこっちに来る傭兵を止めてくれる?!


「いってきまーす!」


 ブンブンと手を振る金髪に、傭兵は近寄り掛けていた足を止め、溜め息を一つ吐くと、インカムに語りかけつつこちらに手を振り返した。


「……お前」


 性格悪いぞ。


「レクチャーする側なんだから……これぐらい当然」


 フフンと得意げな金髪。

 なんだそれ? 誰から教わったの? 講師変えた方がいいぞ? 

 ゆっくりと回転する鉄の塊。

 その麓では……気のせいか、数を増したスタッフがキビキビと働いていた。

 ……観覧車のスタッフって真面目なんだなぁ……。

 あいつとか眼光が一人か二人ヤってるよ。


「……じゃあ、乗ろっか」

「おう。覚悟ができてからな。あと一時間待って。なんなら先に乗ってて」

「いこ」

「あ、はい」


 スタスタと先を行く金髪。

 もはや背後霊なのに背後に立つことはない。

 さすがにここでタイミングをズラして金髪を一人だけ乗せるなんてやったら……どうなるか分からねえなぁ……。

 酷いことになるのは確かだ。


 ……やってみようかな?


◇◇◇


「……信じられない」


 顔の表情は平静だが、声の調子を不機嫌にした金髪がそう話し掛けてくる。

 観覧車の一つに乗り込んだ俺たち。

 席は対角線上についた。

 最も遠いところ。


「信じ、られない」


 わざわざ強調するように言葉を区切る金髪に、伏せていた頭を上げる。

 いや、爪が気になっちゃって。

 ありません? そういうこと。


「お褒めに預り恐縮……」

「褒めてない」

「じゃあ、ただただ恐縮です」


 怖いからね。

 なんで金髪が念願叶ってイケメン(笑)と観覧車に乗れたのに不機嫌なのかというと、もちろん顔の造作が原因ではない。

 断じて違う。

 どうしても抑えきれない衝動に駆られて、ついつい金髪だけ置き去りというか乗せ去りにしてしまったのが原因だ。

 金髪だけ三十分の旅に出してしまった。

 ちゃんとハンカチを振ったのに……何が不満なんだい?

 金髪を先に乗せてレディーファーストを守り、その様子をジッと佇んで見守り、スタッフが急かし出したところで「お腹が痛い」と仮病に掛かった。

 なんせ三十分。

 登頂で限界を迎えれば惨事は免れない。

 故に無理に乗せられることなく、驚く顔の金髪を見物することができた。

 ニヤリ、と笑ったのがいけなかったのか。

 その後、直ぐに観覧車は逆回転。

 ブスッとした雰囲気の金髪が戻ってきた。

 ……観覧車って逆回転できるんだな。

 なかなか計算通りにいかないもんだ。そりゃニューワールドの神も死ぬよ。

 仕方なく観覧車に乗り込んだ俺を待っていたのは、氷の雰囲気を放つAランクだった。

 謝っておくか、あと二十五分耐えるか……それが問題だ。

 ハアー、と深く溜め息をついて膝に肘を乗せ頭を抱えている氷川さんは、切り替えるように顔を上げた。


「まずね、優しくない」


 誰のことだろう? わざわざ休日を一日潰してつき合っている俺のことじゃないな。


「あと、ふざけすぎ」


 俺だな。


「歩くペースも速い。荷物も持ってくれない。露骨に嫌そうな顔する。言動がちょっとバカっぽい。知らないノリでくる。相手に恥をかかす前にまず注意。口調が乱暴。失礼。傷つく。酷い。サイテー」

「おっと、ふふふ。最後の言葉は違うな? 最底辺が正解だ」

「最底辺。サイテー」


 重ねてきちゃった。

 なるほど。

 つけあがるDに制裁ですね?

 分かります。

 よくよく考えてみると、告白する場所とイジメをする場所って似てるよね。

 校舎裏しかり放課後の教室しかり――観覧車の中しかり。

 後者ほど逃げ道が少ない?! なんて狡猾なんだ氷川さん!


「だが、ふふふ。いくら言おうと無駄なこと。なんせこちらは言われ慣れてる!」


 だからそろそろ勘弁してくれないかなあ。

 涙目で指を左右に振りながら小刻みに震える俺を見て、少しは溜飲を下げた金髪が頷く。


「一人で走り出すし、説明が雑だし、待たせるし、気が利かない……」

「その辺でご勘弁を」


 起立して深く頭を下げる俺を見下げる金髪。


「……わかった」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 じゃあもう用件終わったよね? 帰ろうか? 逆回転させてくれる?


「まずね、優しくない」


 ループ?

 観覧車だから?

 そんなバカな。


「……なにその表情」

「あ、ああ、聞いてくれ。たったいま起こったことを正直に話すぜ? 氷川さんに叱られ許しを貰ったと思ったら最初の叱責の言葉を再び耳にするという……若いのにボケの心配が」

「……そういうとこだから」


 なに? それ惚れるとかの意味合いでよく使われるよね? 告白? やっぱり告白の前振りかな?

 若干期待する男心を金髪は即座に粉砕する。


「……直した方がいいところ。レクチャー。今後女の子と歩く時のための」

「なら不要だな。そんな今後など来ないのだから!」


 やっぱりイジメだったよ。


「……妹ちゃんは?」

「あのね? 本気でやめてくれる? ないから。本気で。あと兄妹ってそういうんじゃないから」

「……そう?」

「そう!」


 お手々繋いで一緒にお出かけするのは片方が小学校の低学年ぐらいまでだろう。

 それ以降は、いやもしかすると小学校の低学年の年齢でさえも嫌かもしれない。

 兄妹ゆえの嫌悪感というか、面倒に思うところというか、ある種の恥ずかしさがあるのだ。

 兄は年頃で妹も年頃なのだから。


「……まあ、でも直した方がいい」

「余計なお世話だな」

「……それは失礼。でも、君、いい人っぽいし」

「前後で文面が合ってないぞ」

「だってそうでしょ? ……全然知らない女子の、それも違うクラスで話したこともない女子の我が儘に付き合ってくれるんだから」


 お前がそれ言う?


「お人好し」

「酷い?! あんまりだ!」

「……褒めたんだけど?」

「分かりやすくしてくれるかなあ。ルールから説明するとか……」


 クスクスと笑う金髪に、溜め息をはく。


「……脅されて仕方なくだよ、仕方なく」

「うそ」

「事実だ。それで? そんなどうでもいいこと伝えるために、こんなとこまで来たわけじゃないんだろ? わざわざ護衛の人引き離して……」

「……気づいてたの? 凄いね」

「いや気づかんかった。いっぱいいるじゃん。あれ全部ついてきてたの? なにそれ怖い。今後のつき合い方考えるレベル」

「……誘拐対策だから。仕方ないよね」


 金持ちは金持ちで大変だな。


「んで? なに? 聞かれたくない話? なら席外すけど」

「意味ないじゃん」


 ですよねー。


「……あのね、あたしね、好きな人がいるの」


 ……急に来たね。

 せっかく話を引き延ばし引き延ばしして聞かないようにしてたのにー。

 それが向こうにも伝わったのかもしれない。

 ああ、そうだな。

 ここで何か恋愛小説の物語(ストーリー)とかなら、それは俺で。

 カーストの身分違いの恋で大逆転なんだろうけど……。

 現実はそんな甘くない。


「幼なじみなんだけど……」

「安直だな」

「いいでしょ、別に」


 得てしてそんなもんだよな。

 拗ねるように景色へと目を向ける金髪。

 ダウナーな雰囲気はどうしたのか……窓の外を見た金髪は嬉しそうで、見たことのない慈愛に満ちた表情をしていた。

 きっと好きな人とやらを思い浮かべているのだろう。

 残されたレクチャーされる側の役目は?

 聞き役に徹することだ。

 なんともDっぽい……。


◇◇◇


 金髪はその日、走っていたそうだ。

 幼い頃、三つか四つぐらいの頃。

 今よりも長い髪をツインテールにして白いワンピースに麦わら帽。

 見渡す限りの田んぼの間、アスファルトではなく土で固められた道を笑顔で。

 何が嬉しかったのか、正確には覚えてないらしい。

 どこまでも続く田んぼか、お祖母ちゃんに貰った麦わら帽子か、別の理由か。

 とにかく走っていたそうだ。

 帽子が飛ばないように両手を添えて。

 そして、予想通り転んだ。

 その歳の子供なら何もなくとも転ぶ。

 しかし金髪は両手の位置が悪かったとか、草に引っかかったとか言っている。バランスの問題だと思う。

 話の腰を折らずに続きを聞いたけど。

 転倒し、勢いのままゴロゴロと転がった金髪。

 新品の服や顔は泥まみれになり、ケガはなかったが、その時の勢いで麦わら帽子が飛ばされ――

 見事たまたま水を張ったばかりの田んぼに着水した。

 他の田んぼには稲が実っていたから、不作だったのか撒き忘れなのか、一つあった水田に運悪く入ってしまったと。

 金髪は泣いた。

 痛かったのか泥のせいか帽子の行方にか……あ、全部ね? 全部。

 とにかく泣いた。

 泣いてどうなるものでもないが子供なのだ。

 泣き続けた。

 気がつくと、麦わら帽子にタンクトップと半ズボンの日焼けした少年が、近くに立っていた。幽霊じゃね?

 虫取り網を肩に担いだ少年は、金髪と麦わら帽子を一瞥。

 その後、のんびりと水田に入っていった。

 金髪は知っていた。

 水田に入ると沈むということを。石を投げ入れたことがあるらしい。農家の人に謝れ。

 そんな知識も絶望感に繋がっていたのかもしれない。

 しかしズッポズッポと歩き慣れた感じのその少年は、瞬く間に麦わら帽子に到達、それを掴んで戻ってきた。


「ん」

「うあああああああああん!」


 照れるでもなくクールな感じのまま帽子を突き出す少年も、未だに泣き止まない……どころか更に音量を上げる金髪に困っていたとか。

 嬉しいのと泥々なのとで、その時の感情はよく分からないと金髪は言っている。

 面倒なガキだな。

 されど泣き止まない金髪を放っておくことができず、少年は金髪の手を引いて歩き出した。

 着いたのは川。

 そこでおもむろに麦わら帽子を洗い出す少年。

 ある程度を洗い流し、残った泥は自分の服で拭って再び金髪に差し出してきた。


「そこの岩の上に置いとけ。そんうち乾く」

「……もとに、もどる?」

「戻る」


 強く頷く少年に、金髪の涙は自然と止まっていた。

 そして麦わら帽子が無事となれば、今度は別のことが気になってくる。

 泥々の服とか顔とか。

 なので二人して川に潜り――泳げない金髪があわや流されそうになったそうで。

 子供だけでなにしてんの?

 田舎だったから、そこまで深い川じゃなかった、と言い訳を入れつつ、結局助けてくれた少年とその後も遊んだという話が続いた。

 それから毎年、里帰りの際に、金髪はその少年を探すようになった。

 近所……というには1キロ近く離れた場所に住んでいた少年に、毎日のように会いにいった。

 雨が降ろうと、台風が来ようと。

 それは迷惑だから。

 いつしか家同士も知り合いになり、益々と少年を意識し始めることに……。

 もしかしたら初恋だったのかも……って、初恋以外なんなの? ストーカー生誕秘話?

 ……ああ、仲のいい友達? とにかく楽しく遊んでいたから、と。まあ、うん。幼稚園児だしね。

 小学校、中学校、高校と時間が経ってもその関係は変わらず……しかし気持ちの変化には気づいたそうで。

 『彼』はカッコいいし、優しいし、頭もいいし、見た目もいいし、背も高いから、不安になりだした、と。

 昔からどこか達観した雰囲気があり、小学校から中学校ぐらいまでは敬遠されていた『彼』。

 それが陰気ではなくクールだと評価され始めたのは、受験を意識し始める中学生の後期。二年生の後半ぐらいから。

 元々面倒見が悪くなく、救いを求められたら手を差し延べる『彼』は、ひょんなことが切っ掛けで進学を悩む女子の勉強を助けた。

 その女子がまたカーストの上位にいたから、『彼』の評価が相対的に上がった。

 陽の目を見る『彼』。

 それが何故か気にいらない金髪。

 そこでようやく『彼』への気持ちを自覚したのだとか。

 遅くね?

 え、だって。それもう。え? 遅くね?

 色々。

 金髪もそう思ったのか、素早く行動に移った。

 『彼』の志望校から好きな女性のタイプ、気になってる人に至るまで、気づかれないように人を雇い人を使い調べた怖い。

 安心できたのは受験期であったため。

 『彼』は真面目でもあるらしい。完璧かよ。

 例の女子とは志望校が違うことで、なんとか納得できたとか。

 しかし金髪は転校してきている。

 高校進学後に何があったのだろう。

 聞いてみると、中学の卒業式の後で、有志で集まり、その後も連絡し合おうね(ハート)という会合があり、そのネットワークに『彼』が組み込まれたそうだ。

 春休みに会った時に頻繁に『彼』のスマホが震えていたことに危機感を感じた金髪。

 入学後に例の女子と会ったことがあるという報告に、転校を決意した、と。


◇◇◇


「……感想は?」

「コーヒーが飲みたくなった」

「……なんで?」


 ブラックがいいな。俺の心のようなどす黒いのを一つ。

 砂糖は間に合ってるので結構です。


「……彼は」


 間に合ってるって言ってるだろう?!

 なんでそんな酷いことするの? 俺が何したっていうの?

 心当たりしかないよ!


「とっても優しい。だから勘違いする女が多い」


 ……それはー……。

 だがそこもいい、とばかりに頬が赤くなる金髪に、口に出し掛けた言葉を飲み込む。

 代わりに別の台詞が出てくる。


「うちの学校の奴?」


 そのスーパー君。


「違う」

「なんでうちに転校してきたの?!」

「彼、男子校」

「おおぅ……」

「ここが一番近かった」


 必然的に彼の高校分かっちゃったんだけど?

 つうか例の女子は、あれだな。うん。あれだ。

 そりゃ焦って転校しちゃうよね。

 しかしそれは本題ではない。

 その彼と、このレクチャーは、どう絡んでくるの?

 彼と行けばいいじゃん。


「気になる彼に女の影が出てきたから、牽制の意味も含めて彼の近くに居たかった、と。健気やねえ」

「……ハッキリ言わないでよ……」


 それで転校なんだからセレブがヤバいのか乙女がヤバいのか。

 両方揃ってる氷川さんはウルトラヤバいね。


「俺、関係ない。いや放課後の過ごし方のレクチャーも関係なくね?」

「……彼が言ってたの」


 なんて?

 さすがに気恥ずかしいのか再びそっぽを向く金髪。


「……価値観が似てる人……が、タイプだって」


 ……お、おう。

 つまりあれやね? どれ?

 じゃなくて、自分と同じ目線に立てる女子を希望する男子ってことやね。普通。

 あと、彼が言ってたかもしれんが、お前が直接聞いたわけじゃあるまい。

 人や道具を使って彼のプライベートをピープ。

 その情報を得て悦に入りながら「彼ってー、価値観の似た人がタイプなのかー。そっかー。直ぐに同じにするねー? クスクス」とか呟くわけだ。

 彼は今も無事なのだろうか?

 彼の今後が心配だ……。


「……聞いてる?」

「うん。つまり俺と彼がそっくり過ぎて変心。遠回しな告白ですね?」

「聞いてなかったみたい。じゃあ最初から……まずね、優しくない」

「オーケー。こちらには謝る用意がある」

「あと、ふざけすぎ」

「ほんとさーせん! もう二度としません! 勘弁してください!」


 もう一回とか拷問が過ぎる?!

 こちらの謝罪に応じてくれたのか、金髪が続きを話し出す。

 どこからかな?


「……だから彼の価値観を知る必要があった」


 あるかなぁ。


「……彼が話してくれる、買い食いとか外で遊んだりとか……あたしにはよく分からないことだらけだったけど、楽しそうなのは分かった。でも『唐揚げが食べたいなら用意するけど?』って言ったら、笑いながら『そういうことじゃない』って言われて……」


 あー。

 その彼ってのはセレブじゃないんだな? 話の端々から感じてはいたが。

 買い食い、寄り道。

 なるほど。


「それで最初は前の学校の男の子に聞いてみたんだけど……」


 そこで苦い顔をする金髪。


「……あたしの前にいた学校って、その、ちょっと政財界の人が多いっていうか……」

「ボンボンばっかで庶民の程度が分かんなかったか?」

「……ありていに、言えば……」


 自分もブーメランだからか言葉を濁すお嬢様。

 転校の後押しになったのかもしらんね。

 そら、違い過ぎるわなー。

 でも。


「俺じゃなくてよくね? そんなのクラスの男子に訊けば……」


 金髪なら三ダースでも四ダースでも教えてくれる男はいたと思う。

 疑問に思う俺に、何故か気まずそうに言葉を紡ぐ金髪。


「……クラスの男子は……いつもバーガー食べてるところどこ? って聞いたら、ホテルのバーガーショップに……」

「それは……」


 そ、そうか。気合い入れてくちゃったパターンか。それに文句はつけづらいな。連れてって貰ってる側としても。

 しかも金髪のレベルに気づけばそこも二線級。

 それで良ければ「バーガーが食べたいなら用意するけど?」ってなるわな。


「しかも、なんか、あたしと……その、いい感じ? だと思われるっていうか……誤解が強くなるっていうか」


 それは男が悪いって言われても困る。

 いやいやいや。

 え、こんな美少女が俺と? 実は俺に気が……。

 なんて妄想は男子にデフォルトで備わってるから。

 あるから! そういう生物だから!


「なら彼女が既にいる男子と……ついでにそいつの彼女と一緒に、とか」

「……行ったことある。そしたら『もしさ、そうなら……俺あいつと別れてもいいけど』って言われたことあって」

「きけーん」

「うん、あたしもそう思った」


 具体的に言葉にしないとこがまたカーストの上っぽい。

 え、そんなに取っ替え引っ替えなの? どっかで聞いたことあるワードだな。


「だから俺?」

「うん」


 似たようなこと言った覚えがあるんだけど? やはりランクが関わってきてる系? お前のような雑魚にどうこうされる最上位カーストではない! 的な?


「君はあたしに興味なさそうだったから」

「それは心外。いや、女子に興味ないとかないから。俺だって健全な男子高校生で」

「うん。妹ちゃんいるもんね」

「妹に興味とかないから」


 妹は女(ではない)。ほんとやめて。


「目が合っても……スマホ優先で。態度からして興味なさそうだった。決定的なのは、誘いを断ったこと。あれで、決めた」


 ノーって言ったらイエス?

 そんなバカな。

 俺は深く長い溜め息を、疲れと共に吐き出した。


「おかげで美少女とデートできたわけか……」

「嬉しい?」

「彼とやらにチクるぞ?」

「それでヤキモチ焼かれるのも……あたしは嬉しい」


 恋愛脳って頭おかしいんじゃないの?


「別に説明しなくても良かったろ?」

「……それは、失礼かなって」


 俺に?

 それとも自分の気持ちに?


「これでお役御免ってことでいいか?」

「ありがとう。……彼の言ってた楽しいって気持ちも、ちょっと分かった。明日、久しぶりに会うの。サンドイッチが美味しいお店とか、あたしが紹介できるかも」


 金髪の嬉しそうな横顔は、夕日に当たって少し赤くなって見えた。

 ゆっくりかと思っていた観覧車も終わりが近く、それにホッとしたのか、俺はまた溜め息を一つ。

 金髪は何を思って夕日を見ているのか。

 一目瞭然で。

 しかし夕日に見解の相違があるのは、互いの表情の違いからも分かる通り。

 俺にはあまり面白くなかった。

 振り回されたことではなく、これからの金髪を思うと、だろうか。

 でも忠告はできなかった。


 なぜなら俺は一人で――


 ――金髪は二人に成りたがっているのだから。



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