ぼっちと孤高 6
金髪へのナンパを躱すために細い横路に入る。
ふう、やれやれ。
モテるのも困りものだぜ。
……注目が集まっているのでちょっと浸ってみたが、胸に去来するのは虚しさだった。
大体、モテるって分かってるだろうになんで商店街なんて来てんだよ! 俺のせいですね! ごめんなさい!
通話が続いているフリをしていた金髪が追い掛けてくる。
横路に入ったところでスマホをポケットに、やや小走りで追いついた。
その距離は一歩後ろ。
……まあ、仕方ない。
これじゃ連れだっているように見えるかもしれないが、幸いにも人気はない。
この路は飲み屋が連なっているので、営業している店がないからだろう。
更にその路を曲がり曲がり奥へと進む。
「……どこいくの?」
「まだ朝飯も食ってないからなぁ。まずは腹ごしらえ」
「……ジャンクフード?」
朝から重くない?
とりあえず覚えた言葉を使いたいだけだと思っておこう。
「あれは平日」
「じゃあ……どこ?」
選択肢少ないな?
だからレクチャーを頼んでるわけか。
それには答えず、ただニヤリと笑みを返した。
「いいところ」
「……」
うん?
ツイッと上がった視線の先が俺じゃなかったので、追ってみると……そこにはラブな宿屋の看板が。
困るよキミぃ、あんなところに変な看板建てられちゃ。
「……いいところ?」
「パン屋に行きます」
「……サプライズしようと思ったんじゃないの?」
「慣れないことはするもんじゃない」
そもそも人と話すことからして慣れてないから。
誤解だから。
これ以上の藪蛇をつつくまいと黙々と歩いて店に着く。
「……ここ?」
「ここ」
建物と建物の間にある小さな店だ。
色の変わった雨避けのある店で、お世辞にも綺麗とはいえない。
正面のガラス窓は曇り、外からは何の店なのか分からずその意図を果たしているようには見えない。
鈴のついた扉に、辛うじて書いてあるサンドイッチの文字が、お店なのかも? という疑念を与えているだけだ。
もしかして潰れているのでは? とは誰もが思うところ。
営業中の旗も何年も使っているのか霞んでいる。
「……ここ?」
「なんで二回聞いたの?」
言ったじゃん。普通と違うかもって言ったじゃん!
ボッチは基本的に一人になれる静かな店が好きなんだよ。
地元密着型に拘りを持ってんだよ。
ここで言い合ってやってもいいが、あまりモタモタもしてられない。
ないとは思うんだが、金髪を追っ掛けてくる奴もいるかもしれないのだ。
チリンチリンという音もどこか鈍く、店内へと金髪を先にと促す。
一名様ごあんなーい。
さすがに渋々といった様子で金髪が入ったところで、通りを見渡し誰にも見られていないことを確認する。
よし、オーケー。なんか怪しくね? この行動。
金髪に続きながら自分の行動に首を捻る。
「いらっしゃいませ」すらないこの店は、サンドイッチのセルフ店だ。
オークのようなコックがやってるお店で、心の中でオークショップって呼んでる。
豚鼻で樽体型の店主は……自分の店に入ってきた場違いな金髪に呆気にとられているようだ。
お店間違えてません? と。
「……どうしたら?」
「笑えばいいと思うよ」
はい、1ガスッいただきました。
戸惑った表情で振り向いた金髪は、笑顔でなく刺激をくれた。
ネタの分からない奴めっ!
痛む足を押してトレーを掴む。
未だにボーッとしているオークの前で指を四本立てる。
おーい、見えてるか?
「三枚で」
「……」
「聞いてる?」
「……はっ?! あ、ああ。何枚だ?」
「四枚で」
ペッ、と俺の持つトレーに、皿に盛られた耳なしの四角い食パンが置かれる。
後ろに続く金髪に視線で問い掛けると頷きを返された。
「……一枚」
「畏まりました。只今、初めてのお客様には一枚無料となっております。はい、ありがとうございます。ごゆっくりどうぞー」
おいデブぅ!
初めて聞いたぞそんなサービスぅ?!
トテトテと近づいてくる金髪のトレーに乗った食パンは、俺のと比べるとややフワフワしてて大きく見えた。
いや、これは重ねられた食パンの重みで下のパンが沈んでるだけだな、うん。野郎。
憎しみに燃える視線をオークに向けると、向こうも同じ憎悪にまみれた視線でこっちを見てきた。
「……次は?」
次はないな。あのブタに。
「こっちに具材があるだろ? これで好きにサンドイッチを作る。パン一枚でも半分に切ってくれるから、好きに乗っけてけ」
そう言いつつ、まずは見本とばかりにタマゴを塗りたくる。
それを理解したのか金髪も好きな具材を取っていく。
金髪のチョイスはキャベツにアボカドとエビ。
俺のチョイスはタマゴが一つ、ハムとチーズが一つ。
「うわ、絶対に選ばねえチョイスだわ」
「……それ、健康に悪そう……」
盛った量も倍違う。
女子の食欲ってこんなもんなの? じゃあ、うちの妹はなんなの?
保冷ケースから微糖の缶コーヒーを取り出して、これもトレーに乗せる。
「……飲み放題?」
「いや、これも最後の会計に含まれる」
「へー……違うんだね」
なんかファミレスのドリンクバーと勘違いしてない?
ファミレスは経験ありか。
保冷ケースを眺めていた金髪は、迷った末にパックの紅茶を取った。
昨日は同じメニューの炭酸を頼んでいたから、てっきり拘りはないのかと思っていたんだが……もしかしてコーヒー飲めない?
詮索はスネへの打撃に変わるかもしれないので止めておいた。
夜更けに雪に変わる以上に確か。
レジに移動したオークの前にトレーを置くと、パン切り包丁でサンドイッチを斜めに一閃。
三角のサンドイッチが四つ、出来上がり。
「全部で、310円」
この店にスマイルはない。
あるのは安さだけである。
ポケットに突っ込んだ財布から、少ない硬貨を取り出して払う。
「はい丁度。まいどありっ」
トレーを持ち上げて、順番待ちしてる金髪に振り向く。
「ここはレジ。金を払うところだ」
カードを出すところじゃない。
金髪が俺の言葉に呆れたように溜め息をつく。
「……またバカにして」
「いいや忠告だ」
「?」
金髪に場所を譲り奥のテーブル席につく。
大きな店舗じゃないので席は四人掛けが四つしかない。
基本的にテイクアウトの店なので、ここを知っている客も少ない。
その一つに腰掛けて金髪を観察する。
オークの方は揉み手に笑顔で接客をしている。
おい。
「ありがとうございます! 今日はレディースデイとなっておりまして! ええ! 半額キャンペーンを実施中です! 更に初回のお客様はドリンクサービス! なのでお会計の方が、50円となっております!」
そうだね。俺は男だから知らなかったんだね。
おい。
さすがはプロと言うべきなのか、オークは金髪の盛り付けたサンドイッチをはみ出さずに半分に折り、歪曲部分を丁寧に切り、形が崩れないように二ヶ所をピンで止めた。
更に半分に切り分け、赤いピンを刺した小さな正方形のサンドイッチが二つ、出来上がった。
どっかの情報サイトに載せてもいいぐらいの見栄えだ。
いやバエ意識だろ、これは、どう見ても。
女性客相手だと興奮するのは種族的な特徴か?
「……カードで」
「あーっと、すいませんお客様! 当店はカードの使用ができません。現金のみとなっております! 本当に申し訳ありません!」
スイッと金髪の出した黒いカードに、オークは動揺を見せずに頭を下げた。
……どんなカードか知らない可能性もあるが、そもそもカードのやり取りがない店だからなあ、ここ。
手打ちでレシートしか出ないレジを見ろよ。
あれはもうレジじゃない。
レジスターだ。
輝いてるぜ。
金持ちにガツンだ。
サンドイッチを一つ咀嚼しつつ、高みの見物を決め込む。
え? 待ったりしないよ? お腹空いてるもの。
さて、ここで万券が出てくるのか、はたまた小銭を持っているのか……。
モグモグしてる俺の方を、金髪が見てくる。
「ごめん」
「……そうじゃなくて」
先手必勝で謝る俺に金髪が首を横に振る。
どこか言いづらそうな金髪に、今度は俺が首を傾げる。
じゃ、なんだよ。あくしろよ。
顔に赤みの差し出した金髪が、蚊の鳴きそうな声で言う。
「……お金、持ってない……貸して……」
オークが『なに言わせてんだゴラァ』という視線でこちらを向く。
え、え?
そ、そう。
……そういえば昨日から金髪の財布を見たことがない。
ポケットに現金を忍ばせている様子もない。
出てくるのは高そうなカードばかり。
そうか、持ってなかったのか……。
そっちね?
妙な罪悪感を誤魔化すように立ち上がり、そそくさとレジへ。
恥ずかしそうに俯く金髪を背に、財布を取り出す。
……なんかごめん。ほんとごめん。
気まずげに五十円を摘まむと、オークが吠えた。
「210円になりゃーっす」
定価じゃねえか。
◇◇◇
「……レストランとか、コーヒーショップとか……サンドイッチとサラダを出してくれるお店とか……には、行ったことあったんだけど……」
モソモソと二人向かい合ってサンドイッチを食べている。
……あ、ああ。言い訳ね。
突然何かと……。
カードを使えないところはなかったって言いたいのね?
上がっていたのは軒並み若者向けのオシャレそうな店だ。
そりゃそうだろう。
悪いのはこの店だ。
決して俺ではなく。ここ大事ね?
しかも金髪を連れていったのが男子なら、カードとか出すまでもなく奢りとかもありそうだしなぁ。
美人は得だね。
「……おいしい」
ねー? 美味いんだよなあ、ここ。
流行んないけど。不思議。
量でいえば俺の方が食べ終わるのが遅くなる筈なのに、ほとんど同時に食べ終わった。
俺は直に、金髪はストローで、互いに飲み物を飲みつつ一息つく。
「……それで? この次は?」
次ねぇ……。
下の階のクラスの氷川さんは、出してる雰囲気とは裏腹にやる気があるなあ。
正直休日はいつも家でダラダラしてる。
もしくはゲーム三昧だ。
金髪を家に上げたくない一心で外に出たから、プランなんてない。
お金もない。
どうしよう。
金髪が求めているのは、一般的な男子高校生の普通の休日の過ごし方、なんだと。
普通なら部活に趣味に勉強に、といったところ。
将来を見据え可能性に手を伸ばすために努力を積み上げる時間に使われていることだろう。
しかし俺に当て嵌まるのは『それ以外』だ。
つまり娯楽。
「ゲーセンでも行くか……」
「なに? ゲーセンって」
マジか。
うっそ、他の奴に連れてって貰ってないの? ゲーセンって選択肢に入らない系?
「ゲイ専門のお店の略だな。女性厳禁」
「いこう」
「ごめん。俺が悪かった。嘘ついた。許して」
「いこう」
「あれ? いま謝ったけど?」
嘘って言ったよね?
「心当たりがある。連れてってあげる」
「さーせん! 神に誓って二度と嘘なんてつきません! お許しを?! 慈悲を!」
どうやらレジの下りをまだ根に持っているようだ。
そうだね、俺が悪いね。
袖を掴んでグイグイ引っ張ってくる金髪に、テーブルに頭を伏して謝る。
たすけてえ?! たすけてえええ?!
ふう、と息をついた金髪が手を離して再び腰掛ける。
「……それで? 本当は?」
「あ、はい。ゲームセンターの略で、ゲームをする場所ですね?」
「ゲーム……。ダーツとか?」
「おしい」
つうか一々上品だな。
残りのコーヒーを飲み干しつつそれに答える。
「メダルとか対戦ゲーとか……占いにプリ機とかもある。そっちは使ったことないけど」
「……カジノ?」
「おしい」
捕まるという意味では。
教師か国家権力かの違いはあるけど。
「……危ないのは、ちょっと」
「危なくはない。危険なのはいつも人さ……」
「……なにがあったの?」
「なんにも?」
気取っただけですけど?
「まあ、行ったことないんだったら行ってみるか。チョロっと遊んで、つまんなかったら帰ればいいし」
むしろいつ帰ってもいいまであるよ?
「……そだね」
金髪の合意も得られたことで、次の行き先が決まった。
地元のゲーセンに。
飲み干した缶とパックをトレーに置いて、俺たちは立ち上がった。
◇◇◇
なんでも駅前で済ます、それが地元。
通常のビルに挟まれた、こんなところにゲームセンターが? という小さな入り口。
その中に入ると半地下への階段。
そこを降りると見えてくるゲームセンター。
怪しげで退廃的に思えるかもしれないが、入り口のお姉さんは愛想良く、置かれている機種も健全だ。
ここは基本的に中学生で卒業するため、人の集まりも若い。
ここで散財するくらいなら……という思考が大人への第一歩なのだろう。
ワニ叩くゲームに千円も使うなという教訓……あるよね。
商品ゲット系のUFOキャッチャーがないのも理由かもしれない。
せめてガチャぐらい置いてほしいのだが、ここにはない。
距離は近くなったが、相変わらず前後の隊列で入場する。
俺が中学の時の店員さんと違う……?!
バイトと分かっていたが、前の優しそうなお兄さんは辞めてしまったんだなあ。
入学や卒業のシーズンがあったからな。
時節ってやつやね。
ゲームセンターの中は……まだ懐かしいと感じるほど離れていなかったので特に感慨もなかった。
久しぶりではあるが。
受験の現実逃避に来たよなぁ。
同じく暗い瞳でワニを叩いてた奴……あいつ高校受かったかなあ?
思い出すのは人ばかりである。
話したこともないのに。
「……ねえ」
おっと、いかん。
前の奴が止まると後ろが詰まってしまうのが渋滞の理論。
クラクションにしては凛として静かな声が耳に響く。
ゲームセンターの中には、高学年の小学生が少し、中学生がバラバラといる感じだ。混んではいない。
私服なのでどっちがどっちか分からないが。
金髪への注目度は変わらず高いが、外よりはマシといったところ。
指差して「外人! 外人!」と言っているので、その意味はまた別なようだが。あいつは小学生だろ。
「あー、まず向こうが対戦ゲームがあるコーナー。ワンプレイ百円。で、こっから向こうまでがメダルコーナー。メダルは五十枚百円。あっちの端の方にあるのがプリクラとかいう頭おかしい機械。女子度が高くて近づけない。リア度が73はないと死ぬ」
俺が入ると「リア度たったの5か。ゴミめ」って言われちゃう。
妹も中学に入ったからこういうとこに来るように……ならんな。
プリクラの写真ではしゃいでいる女子高生予備軍と妹がどうしても重ならない。
下手したら小学生だというのに、重ならない。
まだフードファイトしてる人の方が共通点があるくらいだ。
やだちょっと妹のこと心配になってきちゃった帰ってもいい?
「……まずは、あれ?」
ジーっとプリクラではしゃぐ女子を見つめていたからか、勘違いされたようだ。
おいおい誤解するな。
「いや、女子中学生に興奮してただけだ」
「……うわあ」
あれ? 小粋なジョークですよ? やだなあ。
振り返ると縮んだと思っていた距離が当初のものに戻っていた。
気のせいだったようだ。
「そういえば妹ちゃん……」
「まずはスマホを戻せ」
取り出したそれでどうする気なの?
金髪の指がゆっくりとスマホの画面に近づき、確認を取るように首を傾げたので、否定の意味を込めて首を横に振った。
ノーノー、ノーノーノウッ!
「……ふざけてばっかだから、お返し」
「高ぇ代償だなぁ……」
割に合ってない。
このままここで通報のやり取りを続けるのは良くない。
もちろん、お店的な意味でだ。俺は潔白だ。
少し楽しげにされてる金髪には悪いが、さっさとゲームを始めるとしよう。
メダル替えの機械に行こうとして……そういえば当然だが、メダルの交換も現金だったなと思い至る。
「なに?」
チラリと金髪を見やれば、なんの疑いもない表情。
歪めたい……じゃなかった。
ことさらここで信用を落とせば、先程の通報のボタンも本当に押されるかもしれない……。
となるとここは、奢り一択。
しかしあれだ。
金はない。
世の中のパリピはどうやって資金を捻出しているのか……。きっと真面目にバイトだ。歌詞にもある。マジか。あの古本屋のバイトもパリピか。あるある。
労働をしてない小遣い学生である俺では、パリピにはなれない、ということだな。
やだ真理。
なので小遣い学生が得意とする貯金を披露しよう。
歩きながら財布から取り出したのは一枚のカード。
金髪のと比べると目頭が熱くなるな。
よく分からないキャラが載ってるチャチいカードだ。
しかしこれがここでは値千金! あたいの千金!
奥にあるカウンターでカードを店員に渡す。
……むむ。ここのバイトも違う人になってる。知らないお姉さんだ。
「念のため、パスワードをよろしいですか?」
「『これ以上の投資は止めておけ』で」
「……はい、ご確認しました。ありがとうございます。何枚下ろされますか?」
「全部で」
「全部となりますと、2238枚になりますがよろしいでしょうか?」
「それで」
お姉さんがカードを何かの機械に通すと、小さなバケツのようなカップにメダルが降り注いだ。
機械に設置されたカウンターが物凄い勢いで数を増していく。
その数字が2238で止まると、お姉さんがメダルの入ったカップを差し出してきた。
「はい、ありがとうございます。ではごゆっくりお楽しみください」
「あざす」
カップを受けとるとズシリとした重みが腕に。
……半分で良かったかもしれない。
俺としてもここにはもう来ないだろうから、メダルは使いきっておきたいという貧乏性が発揮された結果だ。
後ろで待っていた金髪にカップを突き出して言う。
「ほれ、これで回るべ」
「……二人で?」
あ。
しまった。
ついうっかりしてた。いつも一人だから。
いや、別々に回ろうとは思っていたが。
チラリとメダルコーナーを見れば、人気も少なく、いたとしても小学生ばかり。
……まあ、いいか。ここなら大丈夫だろう。
「メダル分けるのも面倒だろ?」
「まあ……確かに」
金髪は重たそうなカップを見て頷いた。
持ってくれる気配はない。
「……普通は、まずどんなゲームするの?」
格ゲー。
金髪が誰と来るかにもよるが、男なら一度は通る道だろう。
上手い下手に関係なく、なんとなくやりたくなるのだ。
覚えていて損はない。
「普通はジャックポットだな。男子なら間違いない。バイブル認定されてもおかしくない」
「……ふーん。なるほど」
しかし指差した先はメダルコーナー中央にあるジャックポット。
一番場所を取っていて派手で目立つからか説得力があった。
ついている客層も男子オンリー。
元々が対象年齢低めのお店なので、とりあえず雰囲気を味わえればいいと思う。
断じて小銭がもうないからとかじゃない。
野口先輩の討ち死にを防ぐためとかでもない。
入門編なのだ。
最初から飛ばしていくべきじゃない。
「さあ、メダルはたっぷりあるからな。じっくり遊べる……いやいやなにやってんの?」
「ジャックポット」
違う。そうじゃない。
さっさと腰を降ろした金髪がメダルを投入口に連コイン。
射出口から噴水のように途切れることなく飛び出していくメダル。
秒でなくなるけど?!
「バカ! ゲーム性分かってねえの? あの押してる稼働部分の隙間を狙って……」
「……手前の穴に落ちたら戻ってくるんでしょ? 大丈夫。なら全部戻ってくる。これは投資」
これだから金持ちは?!
ルーレットでずっと赤に賭け続けて一回でも勝てば倍返ってくるようにしたら無限、とか言ってるレベル!
その前に資金が尽きるとか考えねえのか?!
そんな心配も余所に、金髪は連コインを続ける。
なんか手元がジャリリリリリッ! とか鳴っている。
今そんなこなれた感いらねえんだよ!
このままではメダルが無くなると慌てて参戦する。
元々、右と左に一つずつメダルの投入口があるので、占領されていない左に座り金髪を援護する。
丁寧に狙って、タイミングを計り一枚投入。
計算された弾道を描くメダルが、これ以上ない位置に完璧なタイミングで転がり――――横からのメダルの濁流にのまれる。
「お前……?! っ、せめて、邪魔すんなし……!」
「大丈夫。全部返ってくる。……このジャックポットチャンスってなに?」
隣の席の、お小遣いを握りしめて来たであろう小学生が驚愕している。
安心しろ、俺もそうだ。
これだから素人は……ふう。
やれやれだ。
どうせ全部使い切るつもりだったが、その時間は目論見より早くなりそうだ。
絨毯爆撃を続ける金髪を横目に、俺はまた一つメダルを摘まみ溜め息をついた。
◇◇◇
解せぬ。
ビカビカと下品な音と光を発するジャックポットの筐体。
いや本体とでも言えばいいのか……。
真ん中の装飾派手なメダルツリー。
それが……貯めた分を吐き出せ! え? 限界? いやもっとだ! まだいける。もう無理? そこをもう一押し。壊れる? 構わん! ……とばかりの金髪の攻撃に鳴いている。
金髪の手元にはメダルが詰め込まれたカップが幾つも並び、上に乗らない分は足下に置かれているいるのだが、幾つかは倒れてその中身を床にぶちまけている。
しかし金髪は気にすることなく連コイン。
まさに富める者は更に富むという彼の有名な言葉を証明しているではないか……!
というか目立つ。
連発するジャックポット、その音と光は否応なしに人目を引くというのに、更にプレイしてるのが金髪の美少女なんだから……。
ギャラリーも生まれる。
ずいぶんと前から俺の手は止まっている。
いや、俺の元のメダル分は残っているのだが、ここで金髪が積み上げているメダルを使用すると……まるで俺が彼女に集っているように見えるのではないかと……。
逆ですよ?
朝飯からゲームにつかうメダルまで、全て俺が用立ててますからあ! ……と声を大にして言いたい。
なんせ何もせずに座っているだけなのに視線が刺さってくんだよ……。
特に中学生男子。
隣りに男がいるのに金髪をナンパするとか、ははーん? さてはクラスじゃAグループだな?
「……なかなか面白かったね」
「ああ。世の無情と怨嗟がよく表れていたと思う」
「……そういうゲームだっけ?」
お前がするとそうなった。
「……それで、このメダルはどうするの?」
……どうしようねえ。
コツコツと一年かけて貯めたメダルだったが、今やその価値も大暴落。
すげぇバブリーだぜ。
元々捨てメダルのつもりだっただけに手に余る。
再び預けるのも面倒だ。
そこで純粋にメダルに驚いている小学生男子が目に入る。
あの驚愕していた男の子だ。
その肩をトントン。
「これ全部やるよ」
「え? ……ええええ?! いいの?!」
「構わん。焼き払え」
「やったああああ! レオくん! メダル貰った! ちょっ、きてきて!」
「すげええええええ!」
大興奮だ。
いいことしたなあ。
騒ぐ小学生を囮に、そろそろと金髪と退場する。
声を掛けるタイミングを窺っていた中坊を置き去りに外にダッシュ。
俺の背後霊もちゃんとついてきている。
人の目の少ない道を通って、なんとか逃げ切る。
はあ、疲れた……。
「……な、なんで、急に……」
ハアハアと息を整える金髪に「男子は突然走り出すことがある」と言っておく。
「……もういい時間なんじゃねえの?」
朝飯が遅かったから昼は抜いたが、そろそろ太陽もその光を増す時刻になってきた。
これにてレクチャーは終了だろう。
あとは金髪と別れて、買い食いでもして、家に帰って本当の休日を過ごす。
それがいいなあ。
本来なら、ここからが本番だから! と意気込むのが高校生なのかもしれないが……。
疲れたよ、疲れた。
疲れたら帰るというのも高校生という事で一つ。
金髪にその旨を伝えようと思ったところで、向こうから声を掛けてきた。
「……ねえ、休日のレクチャーは、これで終わり?」
それはタイムリーな質問。
話を帰る方向に持っていきやすい。
さすがはAランク! 空気読むぅ!
「そうだな。あとはこれといって特に……」
「じゃあ」
こちらの言葉を遮って、金髪が顔を上げた。
「……最後にあたしが、レクチャーしてあげよう」
いい笑顔だった。
おいAランク。空気読め。