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ぼっちと孤高の過ごし方  作者: トール
5/11

ぼっちと孤高 5



 朝目覚めると、買った筈の漫画が消えていた。

 ……事件だな。

 自室のベッドの上、枕元のところに積まれていた筈。

 二冊ほど読んで眠くなったので寝た。

 それが昨夜のこと。

 その後が問題だな……。

 寝癖の激しい頭を起こして考える。黒い半袖に黒のジャージパンツと寝間着姿だ。

 部屋を見渡してみると、ベッド脇のゴミ箱がひっくり返って倒れていた。

 床に置いていた何かの付録でついてきた箱が、踏まれたのか足の形にひしゃげ、きちんと閉めた筈の扉も半開きである。

 少しは犯行を隠せ。

 机の上に置いてある鍵に財布は手付かずだ。入ってないって知ってるんだろう。

 僅かに入ってるわ!

 犯人が分かってしまった。

 自分の頭脳が憎い。

 まだ読み終わってないからと渋ったことで、ふてくされてたからなぁ。


「さて……兄より優れた妹なんていないって教えに行くか……」


 具体的には、今度のテストの時に勉強見てやんねえぞ、と。

 追試で休日が潰れるのは、さすがのアホでも嫌だと……嫌だと…………思うかなぁ?

 創立記念日なのに小学校に行くと付き合わされたこともある。

 誰もいないと大興奮で運動場を駆け回っていた。

 優れなさ過ぎも問題である。

 ……朝来たのか夜来たのか知らんが、今行くと面倒そうだなぁ。

 休日なのだ。

 その事実を思い出すと、体が睡眠を要求していたので素直に応じて再び横になれた。

 今のテンションで妹と絡みたくない。

 体の力を抜くように、ゆっくりと息を吐き出す。

 最高だな休日。ああ……なんだが凄く眠いんだ。

 寝起きにダラダラと漫画を読むのもいいが、無きゃ無いでこうして二度寝もいいなあ。

 だとしても妹を許すわけじゃないのだが。


「兄ちゃん兄ちゃん!」


 許さん。

 眠り掛けていた意識が無理矢理覚醒される。

 ドタドタという音を聞くに、どうやら下に居たらしい。父さんと母さんも可哀想に。

 薄っすらと目を開く。


「キンキュー! キンキューだよ!」


 既に半開きだった扉が殴りつけられる。

 それはノックではない。アウトだ。

 部屋に入ってきた妹は、何故か体操服姿だった。

 ……俺の中学の時のジャージじゃねえか。

 胸に入った名字が同じなので大体合ってる。

 いや間違ってる。


「……お前、それ」

「いまいいから! そういうのいいから聞いて! 兄ちゃん兄ちゃん! キンキューキンキュー!」


 まだ何も言ってない。

 ゆさゆさと体を揺らして兄を起こす妹。

 ……いや、兄ちゃん起きてる。今会話したじゃん? 起きてるから……やめ……。

 あれ? こういうシーン、ゲームとかではよくある筈なのに少しも嬉しくないぞ?

 それどころかリアルに気持ち悪い。

 吐き気が……。

 寝起きの三半規管を揺さぶられて昏倒しそうなのに、再び眠ろうとしているように見えたのか妹の体が飛ぶ。


「とう!」

「ぐえっ」


 この上、更に腹部を圧迫。

 ぶちまけろ! と言わんばかり。

 ……ねえ、このシーンの何がいいの? 義理か? 義理だとギリギリ許せちゃうとかそんなんか?


「参ったか」


 兄を起こしにきたの? 寝かせにきたの?

 馬乗りの妹に光彩の消えた瞳を向ける。


「兄ちゃんが死んだ?!」

「あれ? 今、目が合ったと思うんだが?」

「兄ちゃん死んだフリ上手いな」


 してないけど?

 そもそもその場合、殺したのお前になるんだが?

 震える手で『どけ』と促すと、スプリングを使って跳ねのく妹。

 その際に俺の腹は再び圧迫された。

 吐くのを強要されるのって犯人の方じゃないの?


「…………そんで? 何が緊急なの? 親父が倒れたぐらいなら緊急って言わんぞ」

「そんなんじゃない」


 親父は泣いていい。

 こいつのことだ……どうせ読んでいた漫画に興奮して先を知ってる俺のところに来たってところだろ。


「五巻で主人公が一時的にリープできなくなるあれな。水に血が混じる……」

「うわあああああん?! そこまだ読んでないのにぃ!」


 違うのか。あとボディを執拗に狙うのはやめろ。

 家庭内DVに耐える。これDランクビィクトリーの略じゃないの?


「……じゃあ何が緊急なんだよ」


 もはや殴ることに夢中な妹に本題を思い出させるために、こっちから話を振ってみた。

 本題に逸らしてみた。

 ネタバレって酷いよね。分かる。


「あ。そうだった。兄ちゃんなんて叩いてる場合じゃない」


 兄ちゃん泣いていい?

 打撃に耐えるために、おっ被った布団の隙間から妹を見やる。

 何を思ったのか、ベランダ側の窓の方に歩いていくと、カーテンを引っ張った。


「ほら見てっ!」

「目が?! 目があああ?!」

「そっちじゃない!」


 え、そう?

 すっかり目は覚めたものの、体を動かしたくなかったからネタを振れば妹はノッてくると思ったのに……。

 渋々と起き上がる。

 シブシブ、シブシブシブ……。


「早く、速く!」

「なんだよ……空でも落ちてきたか?」

「兄ちゃんはバカなの?」


 ああ全く。

 妹に知識を期待した俺がバカだよな。

 なので。


「なんだよ……コロニーでも落ちてきたか?」

「戦争は虚しい」


 分かりやすく言ってみた。

 寂しげな表情でヒロイン面する妹。

 そんな小技どこで覚えてきたの?

 女って怖い。

 ベッドから降りて――ベランダとは逆方向に足を向ける。


「兄ちゃんこっちこっち! こっちだけど?!」

「バカ。まずは顔を洗わなきゃ……見えないだろう?」

「そっか」


 妹の将来がちょっと心配。

 確かにと頷く妹を横目に、部屋を出て階段を降りる。

 どうせ……めっちゃ虹が出てる?! とか、すげーでけぇ犬がいる! とか、竜巻がこっちに来てる?! とかだろ?

 大したことではない。

 顔を洗っている内に他の話題に食いついて忘れてくれるだろう。

 話題がないのなら、また適当に昨日買った漫画でも振ってやりゃいい。

 まだ読み終わってないって言ってたしな。

 俺も続きを読みたい。

 トントントンとリズムよく階段を降りる。

 すると朝日もかくやという光が、唐突に目を焼いた。


「……はよー」


 目が、目があああ?!


 ピコピコと手を振る金髪のAランクが、そこにいた。


◇◇◇


「塩をまけ」

「おうさ!」

「待て」


 ちょっとしたジョークだよ?

 本当に台所へ行こうとする愚妹の襟を掴んで止める。

 兄ちゃん学校でいじめられちゃうよ? そんなことしたら……。

 金髪は私服だ。

 休日ですもんね。

 濃いグレーのミニスカートに薄い灰色と白のストライプのセーターのようなモコモコした上着、黒い足首を覆うヒールのあるブーツ姿だ。大きめのキャスケット帽を手にしているのは室内だから取ったといったところか。

 凄いオシャレ。

 妹を見て癒されよう。


「なに? 兄ちゃん」

「いや、俺のジャージだな、って」

「そう。兄ちゃんのデッカイから締めるの大変だった……」

「お前それ外で言うなっていうか今も言うなよ」


 お腹に手を当てて弱った顔をする妹。

 バカ! ほんとバカ!

 腰紐な? 腰紐だから!


「……大丈夫。家庭の事情に踏み込む気はないから」

「違う。色々と間違ってる。聞いてくれ」

「いいけど……同じ部屋から出てきた妹さんが、君の服を着てて、お腹に手を当てて、君のが大きいからシめるのが大変だったって言ってただけ。大丈夫、誤解してない」

「いいやしてるね?!」

「じゃあ兄ちゃん、あたしまだ朝ご飯中だったから」

「そこは誤解を解いてくんない?」


 手を上げてそそくさと引っ込む妹。

 ……え? 俺が金髪(これ)の相手すんの?

 クルクルと帽子を回している金髪と目が合う。

 玄関にいるってことは、妹が中に入れたんだろう。

 この中途半端な対応……。

 ちゃんと追い返すか家族総出で歓待してよね!


「……じゃあ、いこっか」

「いや行かねえよ」


 なんでだよ。

 どこにだよ。

 教えてほしいのは放課後の過ごし方って話だったじゃん?

 家に押し掛けてくるとか怖い。金髪恐怖症になって外国に行けなくなっちゃう。


「……やくそく」

「うん。レクチャーしただろ? 俺の放課後の過ごし方……」

「うん。まだ()()()だから」

「うん?」

「うん」


 肯定しあってんのに一向に話が合わない。不思議。

 カーストなんて一括りにされているが、実際は別世界の住人だ。

 話が合わない? いいや、そんなことはない。

 話が通じないが正解。


「待て待て。放課後ってのはつまり……あれだ。学校単位での時間なんじゃね? 部活する時間っていうか……学校あった日のそれから? 的な? 今日は休日なんだけど……」

「ん」


 突っ込まれると思って用意してたのか、金髪はポケットからスマホを取り出して突きつけてきた。

 ……それよりポケットからバラバラと落ちたカードの方が気になるんですけど?

 昨日の凄惨現場、違った、精算してるところを目撃した者としては軽々しく落としていいカードじゃないように思える。

 一度視線を下に振って金髪に目で『拾う?』と確認するも、金髪からはなんの反応もなく、スマホを見ろと軽く振るだけ。

 なんだよ……もう親父、クビでいいよ。

 さすがに休日は学校のある日の午後なんかとは重みが違う。

 カーストも今日はお休みなのだ。

 ずっと部屋にいるからね。

 嫌々とブルーな画面を見つめるとそこには……。


『学校の授業日程を終了したあとの時間』


 と短く書かれていた。


「異議あり」

「……認められません」

「弁護人を呼んでくれ」

「……認められません」

「顔洗ってくるわ」

「……認められません」


 なんで逃げるって分かったの?

 踵を返した俺の手首を金髪がガシッと掴んでいる。

 溜め息を堪えて、ついでに舌打ちも堪えて、オマケにトイレに行きたいのも堪えて、金髪に警告する。


「……いや、教えられることなんて何もないよ? 今日の俺なんて家でゴロゴロするだけだし。休日のパパさん観察したら同じ結果が得られるって」

「うちのパパの休日……? ゴルフかショッピング」

「訂正しよう」


 そうだった。こいつセレブだった。

 足下に散らばるカードに見向きもしないレベルの。早く拾って?!

 俺の理性が保っている内に!

 どう言えば分かって貰えるのやら……。

 眉間にシワを寄せて考える。

 嫌悪感で顔が歪んでるわけじゃないよ?

 拒否反応だ!


「……家でゴロゴロすればいいの?」

「待ちたまえ」


 靴を脱ごうとした金髪にビシッと言い放つ。

 いや入れねえよ。ふざけんな。淫靡!

 ここからは俺の聖域だ、ビッチが汚すことは許さん。

 これだから軽い奴はダメなんだ。しかし重い奴とつき合うのは勘弁。

 つまり最後は一人で落ち着く。

 むしろ一人が落ち着く。


「それは雨の日の休日だから。俺って奴は晴れてたら出掛ける性質があるアウトドア男子でね? うん。むしろ一日外で過ごすまである。参ったね(ほんとに)。降参。直ぐに準備してくるわ。さあ、外に出てレクチャーしようじゃないか! 休日の過ごし方ってやつをね!」

「……ふーん」


 疑っているのか感心しているのか、金髪の表情からは読み取れない。

 相変わらずクールだ。


「……晴れ、ね」


 クルリと振り返った金髪が見たのは閉じられた玄関の扉。

 どうやって天気の確認をしたのかとかそういう意図かな? 喋れ。


「いや雨音とか、普通にカーテン開けたとか……」

「部屋にいるのに、雨音……?」


 君の部屋って完全防音か何かですか? スタジオにお住まいなの?


「聞こえるんだよ、庶民の家は。いや聞こえなくともカーテン開ければ」

「顔、洗う前に?」


 洗顔ってそんなに重要なの?

 そういえば、うちの妹もそれで納得してたけど。

 女子にとっての洗顔の信頼度がヤバい。

 オーケーオーケー、ならこう言おう。


「天気予報で」

「なるほど」


 コクりと頷く金髪。

 予報なのに天気予報の信頼度もヤバい。


「じゃあ、着替えてくるんで……」

「……いってらー」


 掴んでいた手を、いま思い出したというように放す金髪。

 つけ加えられた一言に反論したい。

 ここが自宅なんですけど?


◇◇◇


「……おかえり」


 え、帰っていいんですか?

 着替えると言っても上に白い薄手のパーカーを羽織っただけの格好だ。スニーカーを履いて外に出ると、帽子を装備した金髪が手を上げてそう言ってきた。

 なるほどな。


「ごめんごめん、待った?」

「すごく」


 定型文知らねえのか。


「……それで? どこいくの?」


 小首を傾げる姿がストライクだがラインを越えてしまったこいつ自体ガーターなので得点にはならない。

 どこいく派閥じゃないので。


「大丈夫だ。いくところは既に決まってる」

「……どこ?」

「心霊スポットだ」


 ははは、お仲間がいっぱいで嬉しいだろ?


「……昼に?」

「バカ。夜行ったら怖いだろ?」


 帰ってこれなくなるぞ?! 二重の意味で。

 レクチャーということだし、行き先を委ねてきたところから考えても俺が舵取りするらしい。

 女子と一人と一人で行くところを。

 ……知らんがな。

 適当なスイーツショップに入ってバエバエ言ってればいいの? それともデパートでウロウロして足を鍛えればいいの?

 とりあえず家から離れようと庭を横切り鉄扉に手を掛けて気づいた。

 公道を占領する黒くて長い車に。

 制帽に白い手袋をつけた運転手らしき人が頭を下げている。


「……遠いなら」

「いやレクチャーはちゃんとしないとなうんうんレクチャーなんだから普段通りを伝えるべきで俺は普段から歩いてるから歩きっていうか歩いていけるところだから車は必要ないっていうか邪魔になるなうん」

「……そう」


 これに乗り降りするとか何カーペットですか?

 日常でやると死ぬわ。

 金髪とか既に死んでいる系だからいいんだろうが、俺はまだ明日も生きていたいんだ。

 手振りで合図を出す金髪に、運転手が再び頭を下げて車に乗る。

 いやに静かな音で滑らかに出発していくリムジン。

 狭い道なのにスイスイ進んでいく。電信柱が怖くないのか?

 角を曲がり見えなくなったところで目をゴシゴシ。

 ああ、なんだ幻か。

 ビックリしたぜ。

 こんな住宅街にリムジンがあった気がして……。

 はは、疲れてんのかな? 帰って休まなきゃ。


「……じゃあ、行こう」


 その前に、まずお祓いしなくっちゃ……。

 昨日から聞こえてくるようになった背後からの声に、俺は嫌々ながらも頷いた。


◇◇◇


 やってきたのは商店街。

 学校と反対側にあるここは駅が近いせいか人も多く栄えている。

 当然、暇こいた学生も多い。

 普段は利用しないここに何故きたのか?

 それは……。


「あ、ごめん一人? 悪いけどドゥールズってお店知らない? 知ってたら連れてって欲しいんだけど……」

「知らない」


 ナンパ目当てだ。

 金髪の。

 流れるようにナンパされた金髪。そっけなく斬って捨て、足も止めない。

 ちい!

 人それぞれ自分の行動範囲というものが存在する。

 その行動範囲の中で幾度も繰り返し生活をする内に慣れが生まれ、慣れは気の大きさへと繋がっていく。

 この中でなら大丈夫、と。

 それは縄張りの中や人の輪の中で与えられる安心感。

 一人なら絶対にやらない行動でも友達とならしてしまう。

 普段ならそんなに喋らないが、得意分野なら饒舌になってしまう。

 安心は油断を生み、油断は過信の元となる。

 それが人の性というもの。

 そして商店街という領域は……遊び慣れた系の学生の縄張りなのだ。

 そこに一人で歩いているように見える金髪がやってきた。

 普通に考えれば無理目系美少女だが、ここは自分たちの縄張り。

 どうなる?

 こうなる。


「うわっ、マジびっくりだわー。君、めっちゃ可愛いね。よく言われるっしょ? ちょっまっ、ちょっちょっちょっ!」

「ねね、氷川さんでしょ? 俺、隣のクラスの奴なんだけど……どしたん? なんか困ってない?」

「へーい。あ! やっぱ氷川さんじゃん! どっかいくの? 一人? この辺なら俺ら詳しいよ? 一緒するべ」


 計算通り……!


 あっという間にできる人の群れ。

 囲まれ止まらざるを得ない金髪に、分断の成功をみる。

 うんー? 俺はなんにもしてないよぉ?

 ただ水を一滴垂らしただけ。

 知らない知らない。

 残念ながら後頭部に目がついてない俺としては? 金髪を案内している途中なわけだから? 足を止めるわけにはいかないんだよね?

 若干速足で人の波を乗り越えていく。

 ああ、いい天気だな。鼻歌でも歌っちゃおっかなぁー。恥ずかしいから絶対やらない。

 そこに告げる着信の音。

 どうせ妹の「アイス買ってくろさい!」とかだろうと、電話を取る。


「はい、も」

『……ちょっと待って』


 ひいいいいいい?!

 聞こえてくる悪霊の声。

 咄嗟に、スマホを耳から離してしまう。


「バカな……?! 貴様は死んだはず!」

『……なに言ってるの? 気づかずにどんどん先に行くから、電話しただけ。ちょっと待ってて』

「ああ。いつの間に電話番号ゲットしてたの? 全く気づかなかった」


 どうせ金の力だろ?! これだから金持ちって嫌なんだ! なんでもかんでも金金金! 金で解決! 素晴らしいな!


『……そっちなの? 家に行った時に、連絡先を知らないって言ったら妹ちゃんが……』

「よし、所用ができたわ。先帰っていい?」

『……待ってて、って、言ってるんだけど?』


 あ、これは怒ってる。

 どうやら漏れ聞こえてくるナンパの声がストレスになっているらしい。いつもは車移動っぽいもんね。誰かさんのせいで歩きだもんね。


「ラジャー……」

『繋いだままにしてて』


 通話を切ろうとすると、金髪から待ったが掛かった。

 ふむ。

 ポチッとな。

 無事に通話を終了してスマホをポケットに戻し、邪魔になったら悪いと道の端へと寄る。

 暇潰しが必要かな……という時間が経って、ようやく金髪が近づいてきた。

 なんせ歩けど歩けどナンパは止まず。

 親切だと信じて助けが入り。

 碌に進むことができなかった。

 少なくとも俺の視野に入って二回はナンパの壁ができていた。

 ……凄まじいな金髪。

 二つ名がつきそうなAランクだ。

 しかもそのせいなのか、金髪はどうやら俺を見失ってしまったようで……。

 キョロキョロと何かを探す様に、またナンパを引き付けるという悪循環。

 自分で振っておいてなんだけど、悪いことしたなあ。

 金髪は目立つので直ぐに見つかるが、俺は壁と同化するのが仕事なので見つからないようだ。

 直ぐそこにいるんだけど。

 ナンパの隙間でスマホを取り出す金髪。

 ……しまった?! 見てて面白かったのに!


『……もしもし』

「声を掛けてきた奴らにレクチャーしてもらうとかどうだろう?」


 そいつらここの専門ですよ。


『却下』


 気のせいか、声の温度がいつもより低い。

 きっと朝だからだな。

 低血圧ってやつだ。


「『一応、理由をお聞かせ願えますか? お嬢さん』」

『……君が適当』


 声が被ったことで近くにいるのが分かったのか、視線をこちらへと飛ばしてきた。

 目が合う。


「確かにテキトーな性格だけど」

『違う』


 テコテコと歩み寄ってくる金髪。

 さすがに電話中にナンパが寄ってくることはないようで……。

 ……ああ、それで。

 電話を繋げたままにしろという理由に思い当たる。

 金髪は、俺の隣の壁に背中を預け、通話を続ける。

 隣同士で電話する。


『……こともないけど』

「あれ? フォローじゃなかった?」

『君が最もいいって判断したの』

「何に?」

『あたしの知りたい『普通』の過ごし方に』

「大丈夫、まだ戻れるから」

『……その説得はおかしい』


 チラチラと金髪を見てくる奴が多い。

 隙を窺ってんのか、単に珍しいだけなのか……。

 スマホで会話している金髪は、どこかのファッション誌の一面のような映え方をしてる。

 目立つ。

 面倒くせえ。


「いや、たとえそうだとしても、男をチョイスすんのはおかしくない? 女子高生の普通なら女子高生に訊くのが一番いいと思うけど?」

『……君って、あたしがどう見えてるの?』

「パツキンのセレブ」

『……あたしも女子高生なんだけど?』

「……」

『……』

「本当だ?!」

『うん、まあ、これはいいや。あたしも自覚あるし』


 あるんならカードのポケット直出しはやめてください。


「じゃあ、知りたいのは……」

『うん。男子高校生のフツー』

「大丈夫、まだ戻れるから」

『あはは』


 笑い事じゃないよ?!


「いやー……これが普通かどうかって言われると、マジで自信ないんですけど……」

『……そうなの? でもあたしが求めてるものに、最も近いよ。多分』

「それ、大丈夫なん?」


 絶対に碌な奴じゃないよ?

 微妙に香ってくる恋愛臭に辟易する。

 ……関わりたくないなあ。

 しかしこちらのやる気と反比例して強くなる金髪の声。


『うん。知りたいの』

「……さいで」

『うん。色々ごめん。ありがとう。お願い』


 どれか一つにしてくれる?

 とりあえず……僅かな時間だが金髪がめちゃくちゃ目立つのは分かった。

 いや分かってた。

 俺の生活に合わないことを。

 なので、ここは約束して貰わないと。


「俺の過ごし方の、昨日が平日で今日が休日」

『うん』

「もう無いから、今日で終わりな?」

『うん』


 よし言質。

 溜め息を一つ吐き出し、通話を切って歩き出す。

 それに金髪幽霊がついてくる。


 それじゃあレクチャーしますかね。


 ボッチの休日でよければ。



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