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ぼっちと孤高の過ごし方  作者: トール
4/11

ぼっちと孤高 4



 住宅の明かりも薄い道を一人歩く。

 電灯も時たま切れていることがある道だが、時刻は暗くなり始め。

 僅かな明かりがあれば、慣れている自分が何かに躓くことはない。

 静けさに反響するコツコツと歩く音だけが耳に心地いい。

 一人を感じさせてくれる音だからだ。

 しかし……なんだろう?

 今日の己の足音のバラバラ具合に不安を覚える……。

 歩くのを止めれば、ピタリと音も止まる。

 やはり俺の足音だ。

 不安を振り払うように首を振る。

 だけど後ろを振り向けない。

 そこに……そこにもし! 自分の不安を具現化したものがあったのなら?! 俺は果たして! も、もも……戻ってこれるのだろうか?!


「ねえ」

「あ、はい」


 三歩後ろ程の距離を歩いていた金髪が声を掛けてきた。

 なんでしょう?

 女王様に対する小間使いのように軽く頭を下げて対応だ。


「……さっきから何してんの?」

「ああ。大いなる宇宙と交信して人の罪と業を灌ぐ大戦の勃発を防がんとしていたところだ。近々起こる破滅の火を食い止めんがために。止めるな」

「……そう」


 いや、そこは「あ、そう。じゃあね(永遠(とわ)に)」だろ!

 突然そんなこと言い出す奴がいたら……俺なら帰るどころか次の日から避けるまである。

 そいつ絶対ヤバいって。通報余裕だって。やだ泣けてきた。

 ダメージを受ける俺を粛々と待つ金髪。

 気のせいか……?

 ……学校を出る時より少し生き生きしているような。

 夜行性なんだな。

 ビッチだもん。


「はあ、やれやれ行きますよ、行きゃいいんでしょ?」

「……がんばれー」

「別に疲れて足を止めたわけではない」


 憑かれて足を止めただけだ。

 どんだけ貧弱だと思われてるの、俺。

 溜め息を吐きつつ歩き出すと、それに距離を置いてついてくる金髪。怖い。

 何が怖いって恐ろしい程に目立ってるのが怖い。

 自分で発光してんの? って程に輝く髪に、異性が十人いたら十人が振り返る容姿、プロポーションのせいかこの上なく似合っている着崩した制服。

 気だるげな感じも夜が近づくにつれて妖艶な雰囲気にさえ思えてきた。


 だからアホほどナンパにあった。


 ナンパってほんとに存在するんだな。

 あれ? 経験したことないよ? おかしいな?

 きっと男性と女性で違うんだろうな、うん。

 もちろん、助けたりはしない。

 しかしその度に歩みを止めるので、時間を食って仕方ない。

 中には真剣に好きだと告白する奴もいたので余計に……。

 それにしても「一目惚れです!」って中学生よ……もうちょっと勝算上げてから挑もうよ。

 そんでフラれて『バ、バカな……』って表情はどうよ?

 どんだけ自分に自信があったんだよ。

 おかげでお気に入りのルートを使うことになってしまった。

 ……しっかりついてくるよ。

 まあ、暗くなってきたし忘れっぽい奴らしいから、次にこの近くを通っても覚えてないだろ。

 私道だと思われているけど、実は公道の道なんて。

 車で通るほどの幅はないが、掃除趣味のじいさんが毎朝少しずつ掃除しているから綺麗だ。

 近くに神社があることと、小学生のポイ捨てが問題になったことがあり、その時の苦情の入れ方がおかしかったのか私道と勘違いされている。

 ちなみに苦情を入れたのはそのじいさんではない。

 この道を突っ切ると目的の本屋まで真っ直ぐ行けるので楽だ。

 人もいないしね。


「ほれ、ついたぞ」

「……これが古書店」

「古本屋な?」


 ついっと視線を向けられたが逸らすことなく受け止める。

 バッカ、譲れねえよ。


「同じでしょ?」

「もちろんです!」


 いや目力が強い、怖い。

 ムリムリ。大体カースト下位が上位に歯向かうとかそれなんて下剋上?

 公道の合流地点にある鉄扉を押し開けて本屋に向かう。

 ここに鉄扉なんてあるから私道だと思われているところもある。

 由来は分からない。

 何か建物があった名残か、もしくは転倒や飛び出しの防止策だったのか。

 ぜひ撤去されないで欲しいと願っている。

 うらぶれた冴えない古本屋だが、もう手に入らないぐらい昔の本やマニアックな専門書なんかも売っているので穴場だ。

 駅前に綺麗な大型の本屋があるため客は少ないが、そこがまたいい!

 しかも店長が趣味の人らしく、どう考えても赤字なのに閉まる様子もない。

 ちなみに趣味は万引き犯を捕まえることらしい。本は?

 今やどこでも自動で開く扉なのに、動く気配のない重たいガラス扉を押し開けて店内に入る。


「いらっしゃいませ」


 ここ数年そんな挨拶を聞くことのなかったお店だったのだが、どうやら春に新しいアルバイトが入ったらしく耳に届くようになった。

 長い黒髪の眼鏡美少女だ。

 店長はいい趣味しているように思えるが、前のバイトは黄色い髪を逆立てた糸目だった。

 おかしな趣味で間違いない。

 大抵変なバイトだから。

 このバイトも笑顔を見せるのはこの一瞬だけだ。

 あとはやたらと俺の周りでハタキを振るうのだ。掃除はお仕事だもんね、うん。ついハタキが顔に当たることもあるよね。

 あれ? お客さんも掃除しちゃうの?

 そんな画期的な本屋だ。

 ひゅううう! イカしてるぅ!

 間違った。

 ひゅううう! イカレてるぅ!

 似てるから、つい。

 レジカウンターでバイトがゴソゴソとやり始めた。きっとハタキを探してるんだな。はは、働き者だなあ。

 来たばかりですけど?

 それも金髪が入ってくるまでだったが。


「いらっしゃ……」


 一人と一人で来ているので、もちろん扉を抑えるなんてことをしなかった。

 なので金髪も重い扉を押し開けて入ってきたため、入るタイミングが少し遅れたのだ。

 驚く容姿だよね。

 言葉を失って立ち尽くすバイトの手にはハタキ。

 本当にハタキ探してたの?!

 え、俺結構この店にお金落としてるのに……。

 軽くショックを受けていると、あろうことか金髪が近寄って声を掛けてきた。


「……それで……どうするの?」


 ……いや、まさか立ち読みもレクチャーとか言わないよね?

 好みとかあるだろ? てっきり店に入れば別行動かと……。

 普段から別行動が染み付いてるから発想がそちらに寄りがち。

 なんなら集団の中でも別行動になっちゃう。

 レクチャーね、レクチャー……レクチャー?


「いや、どうするって。立って読むんだよ。アンダスタン?」

「……バカにしてる?」

「してない」


 学習能力が半端ない。

 しかしスネからはゴッ! という音が聞こえてきた。

 結果が違うじゃないかね?


「…………い、ませ…………」


 そんでお前はずいぶんと溜めたな?

 いつもは無表情でハタキを振るうバイトが、やや眉間にシワを寄せてこちらを見ている。

 これ以上心身をボロボロにされる前に早いとこレクチャーとやらを済まそう。


「えー、なんだ。まず、あっちの入り口に見えるあそこから向こうに行くと、イートインスペースがある。焼きそばとソフトクリームがオススメだ」

「……本屋なのに?」

「本屋なのに」


 店長、趣味の人だから。

 ただ料理じゃなく本を汚しての買い取りを狙っていると思われる。

 汁気がある料理が多い。


「んで、こっちが専門書とか純文。楽譜とかもあるぞ。で、こっからが漫画とラノベ。まあ、色々と回って興味が湧いたんなら手に取って読んでみれば? 気にいったんなら買ってもいいし」


 棚から棚を手で、ここからここが~と説明していく。

 意外と広い店内なのでこれで時間を稼げるだろう。

 その間に俺は俺の立ち読みをする。

 邪魔しないで貰いたい。

 既にハタキ装備を終えているのだ、残された時間は少ない……!


「んじゃ」

「うん」


 少女漫画のコーナーに迷わず突撃する俺。

 ついてくるオバケ。

 いや。


「……まだ何か?」

「何が?」

「偶々同じ方向を歩いてます?」

「……? 違うけど? 予想より本が多いから……君が読むのをあたしも読もうと思って……」

 

 それなんて羞恥プレイ?

 嫌だよ! なんか恥ずかしいし、集中できなそうだし、恥ずかしいし、気が散るし、あと恥ずかしい。


「いやほら、それぞれ好みがあるっていうか」

「大丈夫」

「実はエロいの読もうと思ってんだ」

「大丈夫」


 そうだった?! こいつはビィィィィィッチ! この手のやりとりはレベルが違え! 大丈夫ってなんだ?! 俺が大丈夫じゃねえだろ!

 落ち着け。

 違う方向性で攻めるんだ。


「あー……あんまりオススメできない」

「……なんで?」

「いや、女子って血とかグロいのとか苦手だろ? でも少年漫画には戦闘シーンがつきものでさ? 不快な思いをするぐらいなら、まだ自分の好みの本を探してた方がいいかな、って」


 どうだ?!


「ふーん……」


 金髪が何気なく天井を見上げたので、釣られて俺も見上げる。

 そこには『少女漫画コーナー』の看板が。

 知らない天井ですね。


「……いや、数こそ少ないけど、少女漫画にもそういうの……ある……かも……多分……」

「ふーん」


 なんだよ、やめろよ……。

 金髪の視線に耐えられず目を逸らす。

 しかしたとえ視界を防ごうと、声は耳へと届いてくる。

 金髪がトドメの一言を放つ。


「……血とか出る感じの……エロくてグロいのが好みなの?」


 確かに繋げるとそうなるけど?!


◇◇◇


 本を選ぶ時間が好きだ。

 まず自分の趣味嗜好に合ったものを探す。

 当たりハズレの基準は自分だ。なら当然、自分の好みに沿ったものがいい。

 次にオススメされているのや人気のあるのも試す。

 大多数から選ばれているということは、それだけの理由があるからだ。

 そして最後に、普段は手にしないようなものに手を伸ばす。

 これは非常にハズレの確率が高いものの、中にはヒットどころかホームラン級の逸材を拾えることがあるのだ。

 ああ、なんて楽しいんだ読書。

 一人の世界に浸れる没入感。

 寂寥すら覚える読後感。

 読み進める度に増す感動とワクワク!

 最高かよ!


「次のページ」

「あ、はい」


 言われるがままにページを捲る。

 ピッタリと左半身に密着した金髪オバケが後ろ頭で俺の視界を遮りページを捲れと促す。

 店長ばりの趣味だと思われたくなかったので、名誉挽回するために一緒に立ち読むことに折れた。

 チョイスしたのはタイムリープ物。

 一昔前の漫画で今風の画ではないもののストーリーが面白いので初心者にオススメ!

 ……そうポップに書いてあったので間違いあるまい。

 普段は手を出さないジャンルだ。

 俺の嗜好を知られては堪らないので、これとかいいよ? とさも知っている態で進めた。

 同じ巻が複数あったのもチョイスしたポイントだ。

 しかし「面倒だから……」という理由で俺のパーソナルスペースをぶち貫くのはいかがなものか?

 肩を寄せ合って並び読みする様は、まるで彼氏彼女のようだろう。

 残念ハズレ。

 カーストの上と下でしたー。

 ああ……なんて面倒なんだ二人読み。

 一人が気遣わないといけない呼吸感。

 切なささえ覚える拝読中。

 読み進める度に増える読み損ない!

 最低かよ!

 二人読みしてるカップルいるけど、絶対内容入ってないね。

 俺の方が絶対作品愛してるね。


「次」

「あ、はい」


 最初は遠慮してか顔が寄ってくることはなかったものの、ほんとに最初だけ。

 数十ページ進むと覗き込むようになった。

 今や俺の邪魔をするばかり。

 それは元からですね。

 段々と近づくハタキの音は、しかし普段と違って遠慮するように後ろの棚だ。

 たまにチラリと視線が合うと直ぐに逸らされる。

 お前そんなキャラじゃねえだろ。

 もっとバタバタ来いよっ! いつもの抉るような「失礼します」はどうしたあ!

 クイクイッと袖を引かれたので本に視線を戻すと、金髪は頭を軽く振っている。

 次へ行けと。

 とうとう声に出すのも面倒になったかそうか。

 もうお前が持って読めよ、とは中々言えず。

 せめてもの抵抗に迷惑感たっぷりの視線で金髪のつむじを見つめておいた。

 気づかれなきゃ意味がないんだろうけど、気づかれたらそれはそれで大変。

 今後の生活とか。

 小遣いが少なくなるのは止めたい。

 仕方なく、店員の早い訪れを願ってページを捲った。


◇◇◇


 クイクイッ。

 ……待てよ。

 クイクイクイクイッ。

 だから待てって。


「……ねえ、次のページ」

「いや、ここちゃんと読んどかないと」

「……ここ? ……なんで?」

「バッカ、前のページで主人公がリープできなかったろ? これがその伏線を回収する台詞なんだって。ということは、もしかしたら何気ない描写の中にその原因とかあるかもしんないじゃん?」


 テストに出るよ?


「……そういえば、前のページでさ? 水に血が混じるところあったでしょ?」

「ああ、主人公が襲われて手に怪我してな」

「そこじゃなく」

「え、どこどこ? そんなんあった?」


 うっそ、見逃し?

 金髪の「前」「もっと前」という指示に従ってページを戻る。

 おいおい、ストーリーに関することじゃないか。もっと早くに言えよ。


「う、ううんっ! うんうん! ごほん!」


 たしかにご本だけど?

 二人して「どこだよ?」「……ここ」と本を引っ張りあっていると、さすがに看過できなくなったのかバイトが注意を引いてくる。

 ……って近ぇな。いつの間に隣に来たんだよ。ハタキの音を出す約束でしょう?


「すいません。商品ですので」

「あ、はい。すいません……」


 互いに謝罪の言葉が入っているというのに、その上下関係は明確だ。

 どうやら幕引きのお時間。

 待ち望んだ結果だったが、漫画の佳境とは……。

 惜しみつつも、大人しく本を閉じる俺。


「……終わり?」

「終わり」


 店員に注意されたら終わりだ。

 ここは寛大だが、立ち読み禁止のところも多々ある。古本屋ってのもあるんだろうけど。

 あまりマナーを悪くして、立ち読み禁止にでもなってしまったら目もあてられない。

 楽しみが減ってしまのは嫌だ。

 ぶっちゃけ店長は止めないんだが……むしろ『持ってかないかな? 持ってかないかな?』という目でずっと見つめてくる変態だ。

 いつか捕まると思う。

 ……しかし続きが気になるな。

 ならこうするしかない!

 俺がその漫画の一巻を掴むと同時に、金髪は今読んでいた巻を掴んだ。


「……立ち読みは終わりだって」

「……続きが気になるから買う」


 ええええ?!


「いやいや、なら一巻から買うでしょ?」

「……なにそれ。無駄」


 はあ? なに言ってくれちゃってんのこのパツキン。頭の中まで金色なんじゃないの?


「分かってない。お前はまるで分かっちゃいねえ」

「……ちゃんと読んだところは覚えてる」

「覚える? はは、トーシロが。そんな次元の話じゃねえんだよ。漫画ってのはなあ、そんな簡単じゃねえんだよ! 魔物なんだよおおお! ――おっと、動くなよ? 動くな。ゆっくり棚に本を戻せ。どうしてもってんなら一巻から掴め。それがお前のためでもある」

「……問題ないから。ここから買う」

「バカなことを……いいか? 意地になんな」

「なってない」

「いいや、なってる」

「なってない」

「なってる」

「なって……」

「あの……お静かにお願いします」

「すいません」

「ごめんなさい」


 どこかで大きな声が出ていたようだ。俺に身に覚えがないので金髪だろう。

 戻ってきたバイトに二人して頭を下げる。

 それにしても金髪にも困ったものだ。

 漫画は暇になると手に取ってしまう恐ろしい魔導書だというのに。

 やれやれ。

 テスト勉強してて休憩中に手に取り気づけば朝だったなんてザラ。

 なんなら待ち合わせの僅かな時間を潰すために手に取り、大幅に遅刻する、なんてこともあるだろう。

 かの有名な台詞「ごめん、待った?」もここから来ているとかいないとか……。

 しかしボッチなら安心。

 相手がいないからね!

 この程度で流れる涙などない。

 そんな禁断の書物は、続きが気になるのもそうだが「これ一巻どこだっけ?」と最初から読み返したくなることも請け合いである。

 お気に入りのシーンとかね、読み返したくなるよね。

 その時に後悔しても遅いんだからね!

 無言で本を抜き出す俺と金髪。

 互いに相手を一睨み。

 大人しくレジに並んで精算する。

 その時にバイトが『ケンカ? ケンカしたの?』とチラチラと気にしたように見てきた。

 大丈夫。

 元々仲良くないので。

 金髪の黒カードはここでも相手を凍らせていた。

 迷惑な奴め。


◇◇◇


「ありがとうございました」


 声に押されるようにして本屋を出る。

 金髪はペラペラだった鞄を膨らませ、俺は紙袋を装備した。

 ……なにこの敗北感。

 鞄? なにそれ美味しいの? とばかりに手ぶらだった俺なので仕方ないのだが、こう、見た目が負けているというか……いや見た目は負けているけども。

 やっぱりソロだよソロ。

 ソロ最高でファイナルラストアンサーだよ。

 当然とばかりについてくる金髪。

 後頭部に受ける視線の圧力が上がったように感じるのは、言い合いをした気まずさのせいか。

 適当に受け流したり合わせたりすれば良かったのだが、自分の趣味となるとそれができない。

 しかも話も長くなる。

 仕方ないだろ? 下位カーストなんてそんなもんさ。

 うそ、盛った。

 下位じゃなくて最底辺です。

 Cの方々すいませんっ!

 おかげで一人がより良いものだと気づけました、ありがとうございます。

 ……ところでどこまてついてくるんだろうか?

 なんとなく大通りの方に向かって歩いているが、こっちは別に学校にも俺の自宅にも繋がっていない。

 引き離せないかと早足になるも、足音は離れない。

 恐怖のコーラス。


「今日は……」


 もう少し……! もう少しで交番だ! おまわりさーん! たっけて?! オバケです!

 ……なんて思っていたら金髪が話し掛けてきた。

 んだよ? あく言えよ。もう帰んだよ。帰り方ならレクチャーしてやるよ。

 タクシー止めて自宅を告げな。

 ブルジョワめ。

 心底迷惑そうな顔で、肩越しに背後を見る。

 もちろん足は緩めない。


「止まって」


 うおっ?! 想像より近い!

 手を伸ばせば捕まりそうな位置まできたオバケ。

 思わず足が速くなる。


「……聞こえた?」

「聞こえたな……」

「……なんで止まんないの?」

「バッカ、この手の怪談で止まったら碌な目に合わないって。死んじゃうって」

「……いいから、止まって」

「ひいいいい?!」

「ちょっと……?」


 もはや走るって言っていい速度。

 というか走ってる。

 地の利を生かそうとジグザグに走る。ふふん、地元民の強みだ!


「……待って、って言ってんの、わかんない?」


 この距離じゃ意味ないよね。

 スタートダッシュでついた差が開かない。

 これは俺が遅いっていうより重量の差だろう、うん、多分。


「ちがっ、これは、ほら、あれだ。レクチャーだ、うん。レクチャー」

「……なんの?」

「……帰り方?」

「……」

「……」


 ボッチは自室を魂で求めるもんだから、ついつい足が速くなっちゃうよね。

 うおおお!


「祓いたまへ、救いたまへ、清めたまへ」

「……なんかムカつく」


 言われ慣れてるぜ(震え声)。そんなんで傷つくと思うなよ(涙目)?

 カーストの上位は何かと言えば直ーぐそう言う。

 俺が何したってんだ!

 逃げてますね。

 全力疾走で河川敷にたどり着く。

 家からどんどん遠くに……。


「しつけえ! ……早く諦めねえかな、あの陰険女」

「……聞こ、えて、るから!」


 さすがに息が上がってきてのか、金髪の速度に陰りが見え始めた。

 河川敷を昇る坂も俺に味方した。

 その距離がジリジリと離れていく。


「もう!」


 初めて声を荒げる金髪。

 諦めたかな?

 少し気になり後ろを見ると、ちょうど鞄を放っているところだった。

 なにそれ?! バカかよ!


「なにそれ?! バカかよ!」

「どっちが!」

「俺は捨てねえ! しがみついても守るんだ!」

「意味、わかん、ない!」

「マジかよ。友達にはなれんな」


 知らないの? 常識だよ?

 余裕ぶっていたが、重りのなくなった金髪が徐々にその差を詰めてきた。

 しかしもうここはマラソンのコースになっているほどの一本道。

 細かく走る意味はない!

 ストライドを大きく地面を蹴る力を強くする。

 するとどうだ? 俺の速度はまだ上がるではないか。


「ふはは! ニトロを使った加速だろうと追いつけまい!」


 うん。生身ニトロは死ぬからね。

 追いつけないよね、相手に。

 どうも瞬発力は金髪の方がいいっぽい。

 ジグザグが悪かった。地の利ってなんだよ。意味分かんねえ。

 手の届きそうな距離まで来て、再び差がつこうとしていたことに金髪は焦ったのか、


「こっ、……のっ!」


 飛びついてきた。

 さすがの瞬発力ですね、バカ。


「ぐっ?!」

「……あーあ」

「させっ、んぞおおおお?!」


 飛びついてきたくせに「あーあ」はなくない?!

 咄嗟に急ブレーキ。

 背中で金髪を受け止める。

 靴底を磨り減らしながらスライド。

 バランスを取りつつ転倒も引き倒されるのも防いだ。

 こちらの服の襟と脇を掴んだ金髪も、どうやらケガはないようだ。

 転ばないように頑張ったのは、もちろん、金髪のためじゃない。

 買ったばかりの古本のためだ!

 紙袋が破けたり本がこぼれ落ちていないか確認して、安堵の息をつく。


「……おー……すごいね」


 それが最後の台詞でいいか?

 お別れって意味ですよ!


「……とりあえず離れて貰える?」


 そして二度と化けて出ないで。


「……そだね」


 現在進行形で絞められていた首が解放される。


「ふう、全く」

「君が訳もなく逃げるから」


 訳は怖かったからですが?

 シャツの喉元をこれ見よがしに引っ張って首が締まっていたアピールをする。

 やれやれといった感じの金髪。

 あれれ? 僕のアピール届いてる?

 さすが、ことごとく男性のアピールを斬って捨ててきただけある。

 俺のアピールが弱いからじゃない。


「……楽しかった」


 首絞めが?!


「……今日、楽しかった……って、言おうとしてたの」


 そんな金髪の台詞と共に、輝きが視界を焼く。その金髪光るの?!

 車のライトだ。

 ここ乗り入れ禁止じゃなかったっけ?

 金髪の後ろからゆっくりと迫ってきた車が止まり、運転席から髪をオールバックに固めた髭のおじいさんが出てきた。

 ……なんか持ってんな。

 投げ捨てた金髪の鞄だ。

 知り合いなのだろうか……金髪はそれが当たり前だと言わんばかりに車へと歩いていく。

 その途中で、何を思ったか立ち止まりこちらをチラリ。


「……じゃあ、また」


 そんな不吉な台詞を吐き出して、恭しく開けて貰った後部座席へと乗り込んでいく。

 車の音が遠ざかると、俺の目の前には慣れ親しんだ闇が戻ってきた。


◇◇◇


 ……いや、よく分からん。

 終わってみれば、僅か数時間の出来事。

 紙袋に入った漫画だけが事実として残っている。

 ……もしかして、一人が生んだ妄想とかだったのではないだろうか?

 だとしたらどこから?! どこから妄想?!

 とんでもなく痛い奴である。

 俺はもうダメだ……。

 いつも通りの道。

 暗くなった後で帰るのにも慣れた道だ。

 興味本位で振り返っても、当然ながら金色の髪なんて見当たらない。

 いたら絶叫ものなのだが。

 ……なんだったんだろうなあ。

 罰ゲーム告白なんてものもあるんだから、これも上位カーストの気まぐれってやつなのかもしれない。

 そう考えれば納得もいく。

 疲れを息と共に吐き出して自宅の門を開く。

 振り回されるのが中心から外れた奴の役目ならば、俺のいるところの遠心力は凄いに違いない。最高。嬉しいわけじゃない。

 相手は中心も中心。

 ならばこれも仕方がなかったと思おう。

 割り切ったところで玄関の扉を引く。


「たでーまー」

「兄ちゃん兄ちゃん!」


 即座に反応して妹が二階から降りてくる。

 兄ちゃん、今日は疲れてるから。

 そんな新婚なのに倦怠期に入った夫婦のようなやりとりで済まそうと思う。


「兄ちゃん兄ちゃん!」


 ズダダダッと階段を降りてきた妹が、これ見よがしに迷惑顔の兄に手を突きつけて言った。


「アイス!」


 兄ちゃんはアイスではない。


 久しぶりの兄妹ゲンカは、体力の差で妹に軍配が上がった。



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