ぼっちと孤高 3
「準備? 準備って……なんの?」
バッカ、初対面の女子と話すのには色々と準備がいるだろ? 常識だぞ。
ただめちゃくちゃ時間が掛かるから待たせるのも悪いし先に帰っててもらえるかなあ? ああ、大丈夫大丈夫。あとこっちでやっとくから。
とは言えず。
どうやらシークエンスの省略を求められているらしい。
困るよ君ぃ~、あちこちエラーが出ちゃうでしょ?
「ねえ。ねえってば。ねえ。聞いてる? ねえ」
ねえがゲシュタルト崩壊すんだろ! ねえ?
仕方なしに顔を上げると、消えていなくなったりはしなかった。
ワンチャン幻想の可能性もあったんだけどなあ。
妄想じゃないよ、こんな眩しいの俺の妄想に出てこないから。
とりあえず、ねえねえうるさい金髪を無視して時計を見る。
午後五時前。
なんて時間だよ……こんな時間だから変なレアキャラに遭っちゃうんだよ……。
死に瀕した人間の目で金髪を見る。なにそれカッコいい。
視線が合うと、さすがにねえ連呼が止まる。
「……もしかして、体調でも悪い?」
悪いのは気分かな。
いや気持ちが、かな?
気持ち悪い、ってこれ遠回しにディスられてます?
「いや、これが俺のフラット」
「そうなんだー」
……。
会話終了である。
しつこく話し掛けてきた割には、あっさりとしている。
その雰囲気のままに、会話も低調なんだろうか?
それでもこいつはカースト最上位の住人。
そしてこちらは最底辺。
ならば丁重に相手をするべきだろう。
「えー、それで……」
「……あ。……あー、そうだね、うん」
帰りたいんだけど? という意思を伝えようとしたら、納得したように頷かれた。
さすが低調でもAランク。
空気読む力がハンパない。
「氷川・アイガンシュタット・ホープ・亜潤。……あー、ちゃんと名字が先だから」
気のせいだった。
そもそもAランクと会話なんてしない。
もしかしたら誰とも会話しないで過ごすまである。
なに? カーストの頂上じゃ自己紹介が主流なの? それがマスト?
「……なんでもいいよ。氷川でもアイでもウルでもアールでも」
黙っていたことを呼び名に困っていると取られたようだ。
「マジで。じゃあフクロウで」
ぶっちゃけ金髪って呼び掛けたよ。
さすがにどうかと思って咄嗟に捻った。
まあ、今後呼ぶことのない愛称だろうし、別になんでもええわ。
……しかし当人は、瞳をパチパチさせて驚いている。
なんでもいいって言ったじゃないか?! このウソつき! なに? 裏音声とかあったの? そういうの通じるのはBランクまでだから。
Dにゃそもそもそんなスキルないから。
せいぜい海賊の王様になれるくらい。
「……ふーん。……まあ、いいけど」
いいんかい。
再びシンとする教室に気まずさを覚える。
……そもそもなんでここにいるの? お前の教室はここじゃねえだろ。巣に帰れボケ。
これを丁寧に言えばいいのかな? それでこの時間が終わるのかな?
いや学校生活が終わってしまう。
腰を上げる様子がないとこを見るに、まだ話すことでもあるんだろうか?
その割には会話真っ二つですよね? 帰れ。
相手に帰る気がないんなら……俺が帰る!
いや日直なんだよ。はよ帰れ。
……これだけ言っても(言ってない)自主的に帰らないって言うんなら、こちらからご退場願うことになるんだが? いいのか?
覚悟はいいか? あん? Aランクぅ。
「さーせん! そろそろ教室閉めようと思ってるんでぇ……できればご退場して頂けると……」
お願いすると言ったよな?
お辞儀の角度は六十度!
ビシッと頭を下げる俺を見てコクリと頷く金髪。
意外と素直だ。
「そうだね。じゃあ、いこっか」
……どこに?
いや待て、閉めるって言ったから、同時に教室を出るから出ただけの言葉だって。
ははは、一緒にとか思っちゃった? それ罠だから。
自意識過剰を戒める俺をよそに、彼女は続けた。
「ジャンクフード? 詰め込みに」
……へえ、キグウー。
俺もジャンクフード食べようと思ってたんだよねー……。
気だるげに立ち上がりペラペラの鞄を掴んで肩に掛ける氷川さん。
――――そして、まるで俺を待っているかのように立ち尽くす。
待って。
いや行って。
確認、確認が必要だ。
「……へ、へえ。氷川さん、ジャンクフード食べに行くの? どこ? 近く?」
お誘いの前フリのようだが、断じて違う。
そこだけは絶対に避けなきゃ。
氷川さんはコテンと首を傾げて不思議そうに答えてくれた。
「さあ? 君が行くって言ってたから、ついてくだけ」
「いや言ってねえよ」
「……言ったけど?」
「心の中でね? 心の中だけ。俺の心を読まないでくれるかなあ」
「声に出てたけど?」
「ははは、そんなバカな。本当だったら生きていけないじゃないですかあ~。明日っから学校これないじゃないですかあ~」
どこからかな? どこから?
こちらの疑問を感じとったのか、氷川さんが口に出したと思われる部分を教えてくれる。
「やったぜ……得した?」
くそったれ!
わざわざ拳を握るポージングつきだ。そんなんやってねえだろ。アドリブいれんじゃねえよ可愛いな。
いやいや。
こんなんで負けるな俺。
「いやいや、仮に、もし仮に言ってたとしても、ないだろうけど仮に! ついてくる理由にはならなくない? なくなくない? それに、なに? ほら、ジャンクフード食べたかったら、友達といくとか? あれだ。初対面で得体の知れない瞳が死んでる妄想癖がある奴はオススメできない、と思う。一般論でね? うん」
瞳は流れ汗も浮いてきた。
うん、動揺してんなこれ。
いつもより口数も多いし。
え、マジで? そういえばどこからいたの? 腕に顔をゴシゴシ体をウネウネやってるところも見られたの? 一人祭りは聞かれてないよね? 言ってないよね?
確認、できるかあ!
死?
死しかなくない?
ダラダラと汗を流すボッチをよそに、金髪は「うーん」と考え深げに唸り着席。
席が一つ詰まってしまった。
「……なんか、想像と違ってたっていうか」
「ふんふん」
何が?
「理想があったっていうか……」
「ほうほう」
だから何が?
「君が適任っぽいんだよねぇー」
「へえー」
なんの?
ちょっとさっぱりなんですけど。なに? カースト上位どもは普段こんな会話の展開してんの? 記憶から抜粋してみよう。『オザケンの高写受けじゃね?』『わかりみー』してるわ。意味分かんねえわ。
卍って言うから梵字って返したら引かれたわ。
「あの、悪いんだけど、俺日本人でさ? 日本語で頼むというか……」
「あー、その感じその感じ」
どの漢字?
既に頭上いっぱいにハテナマークを浮かべる俺に、氷川さんはにこりと笑みを浮かべて言った。
「レクチャーして欲しいんだよね―……君に。君の放課後の過ごし方ってやつを」
◇◇◇
「嫌ですが?」
「……えぇ」
「話終わり? じゃあ帰ろうか。教室閉めるから……」
「うーん」
おら立て、今「うん」って言ったろがい。
率先して席を立っても、立ち上がる気配を見せない金髪。
それどころかスマホを取り出して高速で指を動かし始めた。
出た。どうせどこそこのSNSで拡散してんだろ? これだからカースト上位者はダメなんだ。不特定多数の同意を得てストレスを発散するんじゃない!
ストレスってのは溜め込むもんなんだよ!
お腹痛い!
「君のお父さんさ、この商社に勤めてるよね?」
不意に向けられるスマホの画面。
そこに映ってるのは、確かにうちの親父の会社だった。
やだストーカー? 親父、ハゲてるよやめときな。
「あたしのお父さんの会社の孫会社の取引先の一つ、だね」
……。
……そう。そりゃ偶然だ……。
ポチポチと、それまでの速さが嘘のようにゆっくりと、金髪がスマホを操作する音だけが響く。
まるでカウントダウンのように。
「ははーん、脅してるな?」
「うん」
「そこは否定して?!」
「じゃあ違う」
「でも断ったら?」
「再就職は厳しい年齢だと思うけど、頑張って」
「子供のケンカに親を出すのは、いくない!」
「あたしもそう思う。…………意味違うくない?」
合ってるでしょ!
「そもそも俺じゃなくても……」
「君が適任」
「……実は口説いてる?」
「ごめんね? 全くタイプじゃない」
「そういうのはもっと柔こくて優しい何かで包んで言ってくれる?」
「ごめんね? 全然タイプじゃない」
もう殺せよお!
スマホ弄りながら話しやがって!
さっきの話の後だと凄く不安になるからやめて!
「あー、俺の放課後の過ごし方をレクチャーして欲しい、と」
「そう」
「実はこう見えて爛れた放課後を過ごしてるんだ。もうオールなんて当たり前、無垢な女の子を取っ替え引っ替えで快楽の渦に沈め飲んだコーヒーは数知れず……」
「それでいい」
「よくねえだろ?! ガッカリだよ! もっと自分を大切にして!」
「わかった」
なんだよなんだよ。異文化だと思ってたけど、カースト上位者の身持ちの軽さは異常だよ! 羽でも生えてんのか?! ビッチめ!
「それで?」
他に何か適当な回避方法を考えていると、スマホを弄る手を止めて金髪がこちらを見てくる。
「そろそろジャンクフード……食べに行く?」
軽く振られるスマホが『嫌ならこのままスマホ弄ってるけど?』と脅されているようで。
それでなんの操作をしているのか聞けず。
返事は一つしかなかった。
◇◇◇
「じゃあ、お疲れ様でーす」
「こらこら。さようなら、だろ」
いやだって、先生も仕事じゃないっスか。
無事に日誌と鍵を届け終わり職員室で担任に挨拶をしてるところだ。
本来ならこれで晴れて自由の身となり、シャバの空気を吸いにシャバダバするんだが……。
「さようなら」
こいつがなあ……。
言われた通りに挨拶する金髪に、ビクッとしている担任。
手をヒラヒラと振るオマケつきだ。
いくらなんでも自分の受け持っているクラスの生徒ぐらいは覚えているんだろう。
その顔は『なんで他クラスの生徒が?』と不可思議さを物語っていた。
職員室の中にまでついてこなくても……。
俺が逃げるとでも思っているのか、後ろを離れずについてくるのだ。
ずっと。
カーストの近い者同士なら馴れ合いで付き添って入ってくることもあるんだろうが、どう見てもカーストが違い過ぎて友達に見えませんもんね。
実際違うし。
関係も不透明だし。
なんらかの罰ゲームを疑うレベル。
何かされるのでは? と担任が思っていても仕方のないことだ。
昨今は「サプラーイズ!」って言っときゃいいみたいなとこあるもんな。
幸いにして職員室の中は人が少なかった。
これ以上目立つ前にさっさと帰るに限る。
「おら行くぞ、メリー」
「……それ、あたし?」
「ああ。メール好きの現代の妖怪だ」
「…………違うけど?」
なんで間があったの?
職員室を出る前に口の中でモゴモゴと唱える。
なんだったかな? 多分、邪魔したな! ……とか、それ系の挨拶だった筈。
忘れた時に便利だよな、これ。
あとは頭を下げときゃいい。
「うぁぬすんさーした」
「日本語で言ってくれる?」
おのれ!
振り返って挨拶する都合上、後ろをついてくる妖怪と、どうしても対面してしまうのだ。
……ていうか、実は根に持ってます?
相変わらずめんどくさげな雰囲気を出しているが……言ってやった感も出ている。
相手にするのが面倒だったのでスルーして歩き出す。
俺のスルースキルは恐らく最高レベルだ。
クラス全員配布のプリントが俺にだけ届かないこともままあるから自信がある。
よせよ、泣いてなんかいない。
無視して黙々と歩いているのに、氷川さんはついてくる。
これが他の上位カーストだったら、明日から俺が無視という状況になるだろう。怖い。
そもそも普通の上位カーストなら話し掛けてこない。
「……ハア」
「……溜め息。疲れた?」
まだ学校から出て数メートルだ。
前後の距離を保っての会話だが、車通りも少なく静かだからかローテンション女の声も聞こえる。
微妙な距離だが、前後に並んでいるからいざという時は他人のフリが利きそう。
「疲れたというか憑かれたというか」
「大変だね?」
「いや全く」
絡んだことないAの奴と、これから食事しなければいけない。
やったことねえよ。
……まあ、レクチャーとか言ってたから、普段通りでいいと思うが……。
ボッチっていうのは誰かを楽しませるようにできていないのだ。
自分が楽しむだけ。
それが嫌になったら帰るだろ。
気持ちを切り換えて某ファーストフード店の看板を見上げる。
今日もアルファベット一文字の看板が眩しいぜ。
「……ここ、なんだけど?」
とはいえ。
微妙に女子を連れてくるのには抵抗を感じる。尻すぼみに声が小さくなるのも仕方がない。
「……バーガーショップ?」
「そうそう」
「ふーん」
その表情はどっち?
つまんないの? フラットなの?
気だるげな雰囲気を身に纏っているので、嫌なのかどうかが読めない。
ここで帰ってくれるなら、俺の輝かしい放課後がまだ取り戻せる!
「……入らないの?」
「あ、はい」
渋々とオープンと掛かれた扉を押す。
金曜日の夕方だ。
普通なら混んでいると思われるだろうが、ここはそんなに込まない。
立地が悪いのと他のファーストフード店が乱立しているからだ。
こじゃれたバーガーショップの追随もある。
十代にはそちらの方が人気らしく、ここで学生を見掛けることは少ない。
アボカドとか使ったバーガーやタピオカがないのが致命的、とはどっかのアホの言葉である。
テーブル席が二階にある店で、一階のレジ横から上がれる。
待っている客もいないので、そのままレジに並ぶと、キラキラした塊が俺を通り過ぎて二階の階段へと足を掛けた。
「いや待て」
「うん?」
「注文は? なんで先に席に行こうとしてんの? 大丈夫だって、ここいつもガラガラだから」
店員は笑顔だ。
さすが研修項目にスマイルがある店は違う。
「……だから、席について注文するけど?」
「あん?」
ちょっと互いの認識に違いがあるな。
カーストの上は、って、いやいや! 嫌!
じゃなくて。
「……お前もしかしてファーストフードに来たことない?」
「……広義的な意味で言えば、そう」
なに抗議してんだよ、来たことねえって言えよ。
しかしまあなんてこった。
「ほんとに地球人かよ」
「大げさ」
「ほんとに女子高生かよ」
「……関係あるの?」
「大ありだ。女子高生っていえばファーストフードで悪口ぶちまけて一人前みたいな風潮があるからな。スマホケースをデコって壊したら上級者? みたいな?」
「……そうなの?」
「広義の意味では」
そうそう。
あいつら宇宙人みたいなもんだから。
釈然としないながらも戻ってくる金髪。
『それで?』とばかりに隣に並んでは目で促してくる。
「これがメニュー。注文できる品がこれには書いてある。わかる?」
「……わかる。馬鹿にしてる?」
「してる」
ゴッ! という擬音が俺のスネ辺りでしたのでこれくらいにしておこう。
長々と注文を待たせている店員さんにも悪いしね。
しかし男性店員さんの視線は金髪に釘付けだった。
中身を知らないってのは怖いな。
「あの、すいません……」
「いらっしゃいませ! 店内でお召し上がりですか?」
「はい」
持ち帰りをレクチャーしてここで別れるという選択もあった。
しかし家までついてくる可能性を考えて店内だ。
ないとは思うけど、爛れた関係もオーケーというビッチだからな。警戒しておいて損はない。俺の低操を守るんだ!
後はいつもの定型文。
セット一つに単品一つにナゲット一つ。セットのサイズは全てL。
隣の金髪が分からないことをその都度訊いてくるが、大した質問ではない。
……本当に来たことねえんだな、と思うだけで。
一連の流れを説明し終えると、今度は金髪の番だ。
お会計? ははは、もちろん別ですよ。
気のせいか金髪は少し嬉しそうというかワクワクしているように見えるというか……。
「……あー、うーん……」
迷った末に俺と同じセットメニューのSサイズとチョコレートのパイを一つ頼んだ。
そしてお会計。
「……カードで」
「はい、お預かり……」
ポケットから自然に出てきたカード。
黒。
艶消しでも塗っているような高級感のある黒いカードに、俺も店員さんもピシリと固まってしまった。
いや、まずは直に出てきたことに突っ込むべきなんだろうけど、それって軽々しく出していいカードなの?
「……します」
当然だがカードは問題なくカードリーダーで読み込まれ、再び金髪の手に帰った。
受け取ったカードを無造作にスカートのポケットに突っ込む金髪。
女子のスカートの構造なんて知らないけど、落ちない? それ、落としたりしない?!
店員さんも同意見なのかカードの行方を視線で追っていた。
しかしそんな金髪を呼び止めたのは別の理由だ。
「いや待て。上に行くのは商品を受け取ってからだ」
さては二階に興味津々なんだな?
「……ここで受けとるの?」
「そうだ」
「自分で持ってくの?」
「そうだ」
言われたことを咀嚼しているのか軽く小刻みに頷く金髪。言われるがまま大人しく俺の隣に並ぶ。
……どうもAどころかSランクの本物セレブっぽいんだが、言われたことには素直だ。
ほとんど同時に商品が出来上がったので、金髪を待つ必要なくトレーを受け取り二階へと上がる。
後ろからついてくる金髪オバケは、二階に上がったところで息を吐いた。
「……なるほど」
何が?
二階をキョロキョロと見回して納得する金髪。
なんの変哲もないテーブル席だ。
これに納得する要素があるのだろうか?
金髪の考えはよく分からないが、俺はとある思惑から二人席をチョイス。
俺が奥側に座るのを確認した金髪が対面に腰掛けようとしたので、待ったを掛ける。
「ちょっと待った!」
構わず座る金髪。
素直どこに置いてきたの?
「いやいやいや待て待て待て。お前は俺の放課後についてレクチャーして欲しいんだろ?」
「そうだね」
「自慢じゃないが、俺は放課後は基本一人だ」
可哀想な目やめてくれる?
「一人の奴がレクチャーできるのは、一人の食事だ。だからここは別々に座るのが正しい選択だと考えるんだが……いかがか?」
さすがに無理があるか?
「……一理ある」
いけそうだ。
コクリと頷いて席を立つ金髪。
隣にある二人席の、しかもわざわざ奥側に座り直した。
距離でいえばより近い。
うん、まあ……そうだな。レクチャーだもんな。近場だよな。ここでやっぱりやめようとは言いにくいよな。
……大丈夫だろう、いざというときの保険みたいなもんだしな。
言い訳は立つようにした。
気を取り直して。
「いただきまー」
「……ぃただきます」
さっそくバーガーにかぶりつく。
おう。口に油が溢れるぜ。
ムシャムシャと肉の咀嚼を終えて炭酸で胃へと流し込んでいると、呆気に取られたような金髪と目が合う。
え? 食べ方も分かんない? ほんとに人間?
「口を開けて、食べ物を入れるんだ。喉に通る大きさに噛み砕いて……」
「……そうじゃない。ナイフとフォークは?」
「バカなことはやめろ!」
「……なにすると思ってんのよ……」
「バーガーを切り分けて食べる」
「…………当たってるし。じゃなくて……」
「手掴みだよ。基本手掴み」
いやー、ファーストフードに来たことないって言うから、もしかしてそうなんじゃないかと思っていた。
他に驚くこともないし。
これでお前の食べる姿に驚いたって言われたら声を上げて泣いてたよ。
レクチャーらしいレクチャーもないんだが……バーガーの包み紙を半分開く食べ方を見せてやる。
「こうして、手がなるべく汚れないように食う。食ってるとソースがこぼれるからな」
「……ふーん。ポテトは?」
「そのまま食う」
オレサマ、オマエ、マルカジリ。
「……え? 指が汚れるじゃん」
「そうだ」
「パイも?」
「ヤー」
金髪が摘まんで口に入れるジェスチャーをしたので、大げさな身振りで怖がっておいた。
「……へー」
呟きながら金髪がポテトを摘まんで口の中に入れた。
「おいしい」
「それな」
抵抗はないのかパクパクと食べ進める金髪。
次いでムッシムッシとバーガーを啄み、グビグビと炭酸で流し込んでいる。
誰かの食い方に似てるな?
これ俺がレクチャーしてよかったのだろうか?
……いやいや、ハンバーガーなんて誰が食べても似たような食べ方になるって。
大丈夫。
しかし幾分かポテトを摘まむ手つきを上品にしよう。
そういう気分だから。
「……あれ? 氷川さん?」
いつもは容器を引っ掴んで流し込んでいるポテトを丁寧に一本ずつ食べていると、金髪が声を掛けられた。
あると思ってた展開です。
想定内。
席を二つに分けたことが活きた。
これで視線を隣に向けなければ他人として見て貰えるだろう。
ポテトを摘まんで口に入れながら、咄嗟に出したスマホの画面に目を落とす。
関係ありませんよのポーズだ。
やってきたのは、うちの制服を着た男子が三人。真ん中のチャラい感じの奴が声を掛けてきた。
「うわ! やっぱそうじゃん! ぐーぜん! ハハッ、なになに? バーガー気にいっちゃった? 言ってくれれば一緒に行ったのに」
「え、ケン知り合いなの?」
「お前マジか」
許しを得ることなく氷川さんの対面に座るチャラい奴。
その表情は自慢げだ。
髪の色は茶、前髪を上げてる、首に見える細いチェーン、整えられた眉。
推定、BもしくはAランク。
この馴れ馴れしさは知り合い……なのか? ノリと勢いで行動することもある上位カーストだけに分からん。
残る二人の方は、どうやら初対面のようで遠慮したように立っている。
「いやさー、この前の『これ会』の時にホテルのバーガーショップで食ったって言ったじゃん? ほら、高いとこ」
「いまさっき聞いたから知ってるわ」
「ボケたか?」
それは位置ですかね? 値段ですかね?
金髪が拒否しないからか、更に得意げになる茶髪。
当の氷川さんは茶髪を見つめながら、幾分か遅くなったペースでポテトを齧っている。
「そん時に、なんてーの? 友達? なっちゃった系? 三組の前橋と小坂井とかと一緒のテーブルでさ、俺ホテルで食うとか初めてだったから緊張したっつーか。あ、一本貰っていい?」
「え……嫌だけど?」
ポテトを摘まもうとして伸ばされた手が止まった。
軽快に調子を上げていた喋りも止まり、金髪が炭酸を飲むズコココッという音だけが響く。
い…………一本ぐらいあげたげて。
「……ごめん、思いだせない。君って誰だった?」
もう俺のやるよ! 全部やるって!
恐らく、本当にポテトが欲しかったわけじゃなく親しさアピールをしたかっただけなのだ。
俺はこんな美少女とも友達なんだぜー、という自慢を。
あわよくばワンチャンあればいいと。
上がっていた名前もカーストの上位に位置する奴らなのだろう。
そんな集いに参加できる茶髪も。
……それを上げて落とすっていうね……。
茶髪は正直嫌いなタイプなんだが……。
世に『ざまあ!』という風潮があるが、これを見ても全然スッキリしない。
むしろちょっと心が痛い。
「あ……あっはは、あれー? 覚えてない? ほらあ、肉汁が手に掛かって、あっつ! とか言ってた奴いるじゃん。それが俺、俺。あはは……」
訂正。凄く痛い。
ここに至り、氷川さんが自分の顔をマジマジと見ているのは誰であったかを思い出すためなんだと気づいたようだ。
声のトーンも場の雰囲気も落ちていく。
「あ、来たぞ。ほら、行こうぜ」
「こっちの席じゃねえよ、向こう向こう」
新しく二階に上がってきた男子生徒を見て、茶髪の連れである二人が反応した。
こっちに来ようとしているのを手振りで追いやり、茶髪の服を掴み引き立たす。
「あ、わりぃね。ツレが来たから。また今度ね、氷川さん」
茶髪が手を振るのに合わせて金髪も手を振る。
こういうところで勘違いさせてるんじゃなかろうか?
こいつのこれは反射だ。
何か考えてやっているわけじゃないと思うぞ。
また今度も忘れそうな気が……。
気まずさもあるのか、こちらからは見えない奥まった四人席に行くようだ。
それを全く気にする様子のない金髪は、人差し指と親指をくっつけてグニグニとやっている。
物問いたげな視線がこちらを刺す。
「横にナプキンあるから。手洗いは向こう」
「……ほんとだ」
やけに綺麗な仕草で指を拭う金髪。
二、三枚引っ掴んでグシャッと拭くパンピーとは大違いだ。
ナゲットを食べるために、選んだソースの蓋を剥がす。
ベリッとやると健康に悪そうな黄色いソースが現れる。
「……それは?」
「これは、こっちの肉につけるソース。選んでただろ?」
「あー……マスタードとか言ってたね」
ナゲットの箱を開けていると、その隙をついて金髪がソースに指を突っ込んだ。
「あ」
「……なに? 手掴みなんでしょ?」
ナイフのように指でポテトにマスタードをつける金髪。
違う、そうじゃない。
「ソースは手につけねえよ。こう……肉をソースにつけて、食べる」
「…………ソースの容器に食材を入れるの?」
再び目を瞠る金髪。
俺が何か口に入れる度にその顔、やめてくれません?
「多分」
「……多分?」
よく考えたら掛ける奴もいるのかもしれない。
知らない奴の食事風景とか見ないからなあ。
一人なので。
「ふーん」
しかし金髪は素直さを発揮して、ポテトを摘まみソースに漬けてから口に運ぶ。
俺のソースなんですけど?
その後は特段会話もなく、頼んだメニューをそれぞれ食べ終えた。
「……おいしかった」
「ごっそさん」
ふう、緊張感のある食事だったぜ。
なんせ金髪は見た目がいい上に、外見から遊んでそうに見える。
それは合ってる。
なので声を掛けたそうにしているのが一人や二人なんてもんじゃない。
いやオッサン、お前はやめとけ。
しかしマイペースな金髪はそんなアプローチに見向きもしない。
こちらに飛び火しないかとヒヤヒヤしたぜ。
さっさと帰ろう。
「ゴミはここだ。フタはこっちに……」
「……よくできてるね」
ただのゴミ箱ですけど?
トレーを重ね終えて階段を下る。
ようやくこれで自由の身になるからか、その足取りは軽い。
オバケが後ろをついてきても気にならない。
出口までの辛抱だ!
「次って、古本屋で立ち読み……だっけ?」
踏み外して階段下まで転がっても仕方ないと思うんだ。
だって急に足が重くなるんだもん。
近づいてきた金髪オバケが小首を傾げる。
「大丈夫?」
「いやダメだ」
見て分かんない?
物音に出てきた店員さんには大丈夫だと手を振りながら、俺は頑張って立ち上がることにした。