ぼっちと孤高 2
ようやく週末がやってきた。
この日ばかりはカーストの最底辺を漂う虫以下のゴミにも劣る細菌に負ける俺でも嬉しい。言い過ぎじゃね?
今日を乗り越えれば明日明後日と休みなのだ。
上がらない理由がない。イエー。
だからいつもより三十分も早起きだ。
でも家を出る時間は同じ。
そうするとどうなるか。
「兄ちゃんばっかズルい。あたしも今日は同じ時間に出る」
アホに遭遇することになる。
のんびりと食事する兄を見つけた妹が絡んできた。
コーヒーというかもうカフェオレなコーヒーを啜っていると目が合ってしまったのだ。
猿山の猿と同じだと分かっていたのに。
登校する準備バッチリな妹が、未だに寝間着の兄の横に並んできた。
母親に向かって「同じ物を」とか言ってる。
……このアホが遅刻するのはどうでもいいが、確かこいつ……友達と登校していたような?
巻き添えで遅刻となったら、さすがに友達が可哀想過ぎる。
母上からの『あんたが説得しなさい』というアイコンタクトも飛んできたので、仕方なく一席打つ。
「そうか、断念するか……」
いかにも残念だという表情で溜め息をつく。
明らかな釣りである。
「……なにが?」
でも掛かってしまうのが妹である。
警戒しつつも兄からコーヒーを奪おうとする妹。
やめなさい。
「俺、お前が毎日頑張って早く登校する姿に感動して……やり通すようだったら毎週末アイスを買って」
「いってきます!」
電光石火を体現する妹が出て行くのを見送りつつ、死守したコーヒーの残りを啜る。
うまいなあ。
優雅ぶっていると母上がやってきてジト目を向けてきた。
なにか?
「……あんた、アイス買ってあげるの?」
「いんや? なんで?」
「……あんたも遅刻する前に、早く学校行きなさいよ」
重い溜め息をつきながら、母さんも会社に行く準備をしに自室へと戻っていった。
うんうん、アホな娘を持つと苦労するよな、お疲れ様です。
◇◇◇
登校時間なんて僅かなものだ。
なんせ高校は目と鼻の先。
実際に掛かる時間は三分弱――ローテンション時の俺で、だ。
通りを一つ二つ、はい到着、となる。
だからというわけではないが……。
油断した。
登下校時は、同じ制服の奴らが同じような方向に一斉に歩き出すため、適切なポジショニングとペースが重要になる。
移動教室時と一緒。
走ったり歩くペースが明らかに違ったりならいいんだ。
問題は微妙に自分のペースが速い場合。
ゆっくりと後ろから近づくことになるし、抜かす時もなかなか難しいとなると、女相手なら『え、なにこいつ……キモ』的な視線をプレゼントされる。
ただ歩いているだけなのに……。
ならもういっそ走ってしまえば問題ない。
なにイキってんの? と思われそうで恥ずかしいダッシュだが、理由があればまた別である。
遅刻はいい理由になる。
いつもギリギリを攻めている俺としては完璧な布陣だ。
天才か?
自分で自分が恐ろしい。
しかし人の想定とは超えられるためにあると証明するような状況に陥ってしまった。
まさかダッシュを封じられることがあるなんて……?!
ボンクラどもが道幅いっぱいに広がっているのだ。
常に一人であるため、二人以上を想定しきれなかった……!
なんで並んで歩くの? 前後でも会話できるよね? そんでなんで歩くの俺よりも遅いの? ははーん? わかってるんだろ? 俺が後ろにいるのわかっててやってんだろ!
ぞろぞろと十人ぐらいが固まって登校している。
その数メートル後ろにボッチ。
前を塞がれてしまったが、後ろは自宅へと続く道だ……一度でも休んでいたら勇気ある撤退をしたというのに!
仕方なしに集団の後ろを付かず離れずに歩く。
すると微妙に会話が聞こえてくる。
「え、氷川さんってホテル暮らしなの?」
「スゲー、なにそれヤバくね」
「一人暮らしできるだけでもいいよねー。お母さんはともかく、お父さんとかほんと嫌」
「ともか、ひどっ!」
「いやでも、よく親が許したな。そういうのって女の方が許可貰えんでしょ?」
「あ、それある。アブねーじゃん? 色々。なんか俺で力んなれんことあったら言ってよ? マジすぐ行っから」
「そん場合お前が危ねえだろ」
「てか吉村呼ぶとかねえから」
ワイワイガヤガヤギャーギャーと楽しそうである。
前を見ているだけなのだが、誰かがフとした瞬間に振り返って目が合ってしまうと嫌なので、テキトーにスマホを取り出して弄る。
ちなみに恋なんて生まれない。
目が合って恋が生まれるのは同ランクだけなのだ。
圧倒的レベル差があると、一方的に弱者が傷つく結果になってしまう。
そんな時こそ携帯電話。
『一人でもおかしくないフィールド』を張り、心を守ることができる。
通話にメールにアプリにフィールド。
スマホが万能過ぎる。
75%使わないけど。
ただし角度には気をつけて。
撮ってるって思われちゃうから。
読むともなく妹から送られてきた過去メールに目を通していると、下駄箱にたどり着いた。
ようやく解放されるかと思ったら、なんとこいつらも同じ下駄箱だ。
お前らも一年かよ!
面倒だが同じクラスの奴らではない…………と思う。
クラスメートの顔をあんまり覚えてないなあ。
多分違う。
なら最後まで同じ方向というわけじゃないだろう。
ちょっと顔というか姿形に見覚えがないかと注視していると、そのグループの中心に居て今まで見えなかった女子と目が合った。
薄茶色の瞳に憂いを浮かべた――――金髪の女だった。
いつからうちってグローバルになったの?
金髪ショートヘヤで綺麗な顔立ちの女……だと思う。
目が合った条件反射で、ポケットからスマホを取り出して視線を逸らしてしまったのでよく分からない。
……ただ……なんだろう?
今、視線を上げてはいけない気がする……。
「どしたん? 氷川さん」
「ちょっ、マジそろそろヤベーって」
「お前らー、遅刻んなるぞ」
「いこいこ、氷川さん」
沈黙も目が合ったのも一瞬だった……筈。
バタバタと走り去る音の後に、そろーっと視線を上げると、誰も残っていなかった。
良かった、多分気のせいだ。
それかAランクの覇気にやられたんじゃないかと思う。
向こうにとっちゃただの視線だろうとカーストの最底辺ぐらいなら殺せる、的な。
でなきゃおかしい。
一瞬、一瞬なのだ。
一瞬なのに……。
なんか凝視されてるように感じてしまうなんて。
おう、なんて恥ずかしい自意識過剰なんだ。神よ、僕に罰をお与えください。
そしてタイミングよく鳴り響くチャイム。
ろくなもんじゃねえな、神。
◇◇◇
体育の時にやる気を出すかどうかで、その人のリアルの充実度が分かる。
リア度だ。裏切られるのが王様だ。
自習となるとそれがより顕著になる。
つまり体育館の端っこで綺麗な体育座りをする俺は何度だ? ああ? 何度なんだ!
衆人環視の中バスケをやっている奴らの気がしれない。
ギャラリーがいるほど燃える? 変態かよ。
男子はバスケ、女子はバレーをやっている。
卓球台なんかもあるのだが、意見を通すのは上のランクの方たちなのだ。
個性を消すために全員が同じ体操着だというのにランクは消えることがない。
まあ、正直走らされるよりはこうして見学している方がいいからいいんだけど。
審判を含めて十数名ずつがコートに出て、それ以外は見物を決め込んでいる。
ただ見学者がカースト最底辺かというと、そうでもない。
男子はその方向にあるが、女子は意外やAのグループが見学をしている。
何故か。
「おおー」
「シゲチーやるぅ」
「あ、手ぇ振ってる」
「あはは」
品定めに本気だからだ。
他校ならつき合うラインにいるのに何故か同じ高校だとラインオーバーしてしまうのは、こういうところの採点があるせいだと俺は思う。
そのおかげか、バレーをしている女子のコートは平和だ。楽しそうまである。
男子は女子のAグループが見ているせいでガチガチのガチだ。
少しでも下剋上せんとBランクの男子も牙を剥いている。
こんな暑苦しい空間に居たくはないのだが……ここでバレーの見学をしようものなら、今日から女子に白い目で見られる存在になってしまう。
いや、全然やましい気持ちなんてないよ! 純粋にバレーが好きなんだよ! ……なんて言い訳をしてもバレー部でもない時点で……ね。
だから目が死んでもしょうがないんだ。
唾を吐きたい衝動に駆られるのもね。
体育中だもん。
バスケのコートではクラスで一番ランクが高い男子が、恐らくはバスケ部である男子を躱してシュートを決めるところだった。
もうお前がバスケやれよ。
唸るような歓声が上がる。
最強ランクが親指でスコアボードを指して、それに応えるようにバスケ部が笑う。
最高に主人公してる。
今度はバスケ部が攻めることを期待されている空気のようだ。
静かにパスが回る。
またもやワンオンワン、略してワンワンかと思いきや、パスを回されたBランク男子がハーフラインを越えたところでスリーポイントシュートを放つ。
ネタだったのかなんなのか。
それが入る。
思わずガッツポーズとっちゃったよ。
シュートを決めた男子が、最高ランクを真似してスコアボードを指し、肩を竦めるオマケをつけて笑いを誘っている。
これには吹き出すプレーヤーが続出。
ヤジも飛ぶ。
しかし女子うけはよろしくないようだ。
ああ、ね。
贔屓の男子じゃないもんね。
なんで最強ランクのシュートより得点が高いのかも分かっていない様子。
芸術点とかないんスよ。
そうこうしている内に試合は進み、そろそろ終了の時間になる。
元より気配のないDランクの俺だが、より気配を殺して使われない方の出入口へと近づく。
このままいくと片付けを全員でやる流れになるのだ。
平等という名の不平等に巻き込まれたくない。
どうせ友達のいない俺は黙々と片付けて、友達のいるリア充どもは喋りながらだから遅いとかなんだろ?
経験済みさ!
正面玄関からみて横についている出入口に控える。
ここからの出入りは遠回りになるため、注目はない。
流石に一人だけ片付けをサボれば目立ってしまうが、似たような同士が他の扉に張り付いている。
しかも参加していないという免罪符もある。
問題は得点係をやらされているDランクだろう。
見ちゃダメだ!
奴らはもう、救えない……。
雑用押し付けられた上に参加したから片付けってどんな罰ゲームだよ。
しかも一度引き受けると次回からも名指しされることがあるとか。
嫌な名前の覚えられ方だ。
視線をズラして正面玄関を見る。
あっちから帰るとなんとなく印象に残ったりするのだ。
誰かやっちまった奴がいるんじゃないかと……。
しかし正面玄関からは減るどころか生徒が湧いてきた。
少し早く授業が終わったとか、前の時間が自習だったりするとこういうことがある。
次に体育館を使う奴らだろう。
タメ口で話している奴らが多いので、同じ一年かな?
コミュ度の高いカースト上位どもが交流し始めた。
くっ! 片付け始めたDランクに涙が出そうだ。手伝わないけど。
遅ればせながら、今朝見掛けた金髪の女子がやってきた。
本人のテンションと動きからダウナーな雰囲気を身に纏っているが、それが美貌と相まって人目を一層に引いている。
地毛なのか校則をブッちぎっているのか、とにかく目立つ金髪。
細さと白さもさることながら、身長がそこまで高くないのに整っていると言えるプロポーション。
そして顔。
まごうことなきAランクだ。
学校という単位でAランクを集めても、Aランクの中のAランクと言える存在感だ。観客に被害が出るじゃんやめて。
もちろん、注目もトップランク。
誰もかれもが注視している。
なので、今のうちにそっと体育館を抜け出した。
◇◇◇
日直という負の遺産をご存知だろうか?
今やなんでもデータでやり取りできる時代なのに、未だに紙媒体を使って報告を入れる係だ。
日毎に変わる直参、略して日直。
前時代の遺物め。
知らんけど。
「ん」
その紙媒体を突きつけられている。
誰に? 日直の女子からだ。ちょっと怒ってますって表情で。なんで?
……なんで?
ボブカットで化粧しないタイプの部活やってるぜー的な女子だ。ブレザーを脱いでシャツも袖を捲っている。
まったく話したことがない。クラス全員そうだ。なあんだ、じゃあ仕方ないね。
クラスの最底辺を漂う俺としたら受け取らないわけにはいかない。いじめが始まってしまったのん?
動揺しながら日誌を受け取る。
これが白い便箋で相手が照れてればまた対応も……いや同じになるわ、うん。
「君さ、日直。あたしと日直」
理解してない気配が諸に出たのか、俺と自分を交互に指した後で、黒板の『今日の日直』の欄にも指を向けた。
知ってる名前が書いてある。
つまり……ワンチャンこれはツンの部分という説がなくなり怒っているということですね?
分かります。眉毛の角度が急だと思っててん。
何故こいつが日直だと知っているのか……それは午前中に日直の仕事をせっせとやっていたからだ。やだ俺最底辺。知ってる。
じゃなくて最低が正解か。知ってる。
時刻は昼休み。
日誌を渡してきたということは、ここからはテメーが全部やれよ! ということだろう。
「なるほど」
「そう」
「ああ、大丈夫だ。ここからは俺に任せろ!」
グッ、とね。
「……あたしの名前さあ?」
カースト上位はノリが大好き。
だからノリで押しきろうとしたら冷たい目で見られた。慣れてる。
名前がなんだね?
「うん?」
「ヒカリっていうの」
「……うん」
普通。
なんだろう? 褒めろ要求だろうか? この名前に聞き覚えがないか、だろうか?
「日直を狩るって書いてヒカリね?」
「ほんとスミマセンでした! 以後こういうことがないように気をつけ……」
「気をつける?」
「二度とないです! はい、もちろん!」
きっと某大人気ゲームが好きなご両親なんだろうな、気が合いそう。
ビシッと頭を下げて見せたところ、鷹揚に頷かれた。
「よろしい。面白かったから許そう。君、意外とノリいいね?」
おっと。
ボブカットだったんで思わず妹に接する勢いでつい。
年齢も髪の長さも乙女度も、どう見ても妹より上なのに……なんかすいません。
「うっス。じゃ、ま、頑張りますわ」
「そうそう、頑張ってよね? あたしも午前中は一人で頑張ったんだから」
許してなくない?
手をヒラヒラと振って離れていくヒカリさん。
所属しているのはBのグループのようだ。
それを見送って残された日誌を開いてみると、今日の午前中についてはキチンと書かれてあった。
真面目なタイプらしい。
…………ところで、名前のくだりって本当だったんですね。
日直名の記入欄に、それが証明されていた。
◇◇◇
本当に力を貸してくれなかった。
午後に機材の準備なんてものがあったのだが、ちょっと少しかなりだいぶ重いし多いなと思っていると、偶々の偶然その気なしの不意にヒカリさんと目が合った。
グッと返された。
見たことのあるポーズだな?
ありふれているからな。
恐らく午後の方が短いから仕事が濃くなったのだろう。あの女。
しかしこれも俺に課された贖罪の重さなんだろうと頑張って乗りきった。
おいおい、ボッチを舐めて貰っちゃ困る。
こちらは常に一人を想定して動いているのだ。授業に間に合わせるくらいなんてことない。
へへ、ひざも笑ってやがる。
さすがに二時間連続はどうかと思ったけどね。
真顔にもなる。
真面目というか小悪魔だったんじゃね?
しかし俺はたどり着いた。
ホームルームに。
残りの仕事は教室の鍵閉めと日誌を書いて提出するだけだ。
早く、早くぅ! 早く帰れよお前ら!
掃除も終わり、各々が適当に過ごしている。
この先生待ちの間に日誌を済ませてしまおう。別に一緒に過ごす友達がいないからとかじゃないんだからね!
パラリと捲った日誌の今日の報告欄。
時間毎に『一言コメント』みたいなのがあって、まとめに感想がある。
午前中のコメントや他の項目は埋まっている。
後は俺の担当分である午後の分と、ページの下半分を逼迫してる感想だけのようだ。
ふむふむ。
重かった。
重かった。
もう誰も信じない。
ちょうど書き終えたところで先生が到着。
今日は特に連絡事項もなく、直ぐに解散となった。
これは先生も空気読んだ結果だろう。
直前の休みに皆そわそわしてるもん。そわそわ。
一気に騒がしくなる教室内。
普段なら音に押されるように帰るのだが、今日ばかりはそうもいかない。
粛々と教室を出ていく奴、とりあえず知り合いの近くに行く奴、部活の用意を始める奴、話の続きを始める奴……っておーい、かーえーれーやー。
今日どこいくー? って、そんなん歩きながらでも話せるだろ。
帰りながら話せ。
その方が効率的。
え? え? なんで腰据えるの? なんで集まってくるの?
どこいく派閥以外が帰る中、ポツリと残る一人ボッチ。
ここで『早く帰れ』というプレッシャーを与えていると思われたくないので、既に終えた日誌を開く。早く帰れや。
カーストが下の相手ならそれでもいいのだが……ああ、俺より下がいなかった。
決められた運命だった。
どこに行くかで迷っていたはずなのに、何故か今日の思い出を振り返っている居残り組。
長くなりそう? それ書式でまとめられない?
俺の電波が届いたのか、話題が午前の体育へと巻き戻った。
どうやら長くなりそうだ。
ここで目が合っても嫌なので、ボッチの必殺技を使うことにした。
奥義、寝たフリ!
高ランクどもが使うパチもんのネタ振りとは違う、誰にも優しいエコロジーな奥義だ。
ちなみに必ず死ぬのは使用者だ。
あれだ、この技を利用しないといけない状況とかだとね。
心が死ぬ。
あーあー、なにやってんのかな俺は……。
腕を枕に視界をシャットアウトする。
耳に響く雑音と閉じた視界が妙に眠気を誘う。
午後からの肉体労働(座学)が効いたのか、体が休息を願って止まない。
…………いや、ふざけんな。
こんなところで寝るくらいなら帰って寝るわ。帰らせて。
しかし願いも虚しく、会話に終わりが見えない。
長電話現象が起きている気がする……。
どこで止めればいいのか、当人たちも見失っているのでは?
どうでもいい内容に眠気が益々加速していく。
……………………十分ぐらいならいいかな?
だって……どうせ直ぐに会話は終わらないんだろうし。
…………五分…………いや……三分だけ。
…………ちょっとだけ眠ろう。
…………――――
◇◇◇
はい、やっちまった。
分かってる、分かってるんだ。
どうやらかなり時間が経っている模様。
顔を上げずとも分かる。
だって耳には何も聞こえてこない。
気づかない内に、どこいく派閥は帰ったということだ。
まあその前に適度に疲労が抜けたという体感で、時間の経過を感じてしまったが。
ああぁぁぁぁ……。
枕にしていた腕にゴシゴシと顔をこすりつける。
時計を見るのが怖い……。
顔を上げるのが怖い……。
……。
怖いいぃぃぃぃ!
やっちまった、やっちまったよバカ! あの妹の兄だけあるなちくしょう!
本来ならかなり有意義に過ごす予定(未定)だった放課後なのに! 一人教室で熟睡! なにそれ?! 家に帰るのが面倒になったサラリーマンか!
本当なら、コンビニで菓子とジュースを買い込んで部屋にこもって一人祭りをするもよし、デパ地下で試食巡りした後に近隣のラーメン屋でキャベツマシマシを頼んでもよし、人気のない公園の遊具を制覇してから砂場に草書で自分の名前を残してもよし、駄菓子屋で大人げのない大人買いをしてオバチャンを喜ばせ子供を泣かせてもよし、漫喫を満喫してもよし、だったのに……。
だったのにいいぃぃぃぃ?!
いや待て。
「大丈夫、大丈夫だ。まだ取り返せる。むしろここで寝とけば後で眠る心配がなくなるまである。そうプラスに。やったぜ得した! くそったれ! そうと決まれば腹ごしらえだ! ジャンクフードを詰め込んで、いびられながらも古本屋で立ち読みしてやる。ああやってやる! 今日なら、あの眼鏡掛けた委員長っぽい店員のパタパタにも耐えられる気がするよ。いける、俺ならやれる。できる。そうユーキャンアイ? アイキャンユーだ! 意味分からん!」
勢いのまま顔を上げる。
大丈夫、心の準備はできている!
すると――――夕陽を浴びてキラキラと光る金髪が目に飛び込んできた。
一つ席を挟んだところで、あの金髪女が横座りに腰掛けていた。
相変わらずダルそうに、俺との間にある机に片手で頬杖をつき――――
――――笑顔で、こちらを見ている。
「そういうので――――いいんだよね」
フラッとこちらを指差して、そう言ってきた。
なるほどな。
俺は一つ頷くと、制止を促すように片手をあげて、
「ちょっと待って。いま準備する」
再び必殺技を使うのだった。