あたしの部活
「お願いします!」
なにを?
頭を下げて手を伸ばすカミナリを、首を傾げて見つめる。
脱色された校則違反気味の髪が生えたつむじを押したい。
根元黒いな。
◇◇◇
放課後、部室に行く前、机にゴミが入っていた。
知らないゴミだ。
だからあたしはそれをゴミ箱に捨てた。
「待ちなさい」
「おお?!」
ヒラヒラと揺れながら落ちる紙がゴミ箱にインする前に、友達がゴミ箱を蹴ってそれを阻止する。
「どしたのよっしー? ご乱心?」
「あんたよ、あんた。それはあんたでしょ。いつも乱心してるじゃない」
それは乱心って言うのかな?
「そんなことより、部活行こ、よっしー」
「そんなことって……。その前に、あんたこれ拾いなさいよ。大体、なんで捨てるのよ? イタズラとかじゃないかもしれないじゃない。イタズラなら、その時に筆者を使えないボロ雑巾以下にして捨てればいいじゃない。それと、いつも言ってるでしょ? あたしをよっしーって呼ばないで」
「うん、わかった。それよりさ、部活に行こう、よっしー」
ハア、と短く大きい溜め息を吐くよっしー。
やれやれと床に落ちたゴミを拾う。
「はい、これ」
「よっしー……自分でゴミ箱蹴飛ばして邪魔しといて自分で拾う?」
「……こ・れ・は! 手紙! 手紙なの! 宛名に封筒! 他になんに見えるのよ?!」
「戦闘力3」
「めちゃくちゃ上がるのよ!」
「マジか」
よっしーが蹴飛ばしたゴミ箱を起こしながら会話を続けていると、くっくっくっ、と悪役笑いが聞こえてくる。
机で頬杖をつくポニーテールがこっちを見て笑っていた。
授業中はいつもつまんなそうなのにね。
「いやー、あんたらってほんとに面白いわ」
「らって言わないでくれる、らって」
それに不満そうなよっしーが眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。ちなみによっしーは三つ編みだ。でも委員長じゃない。
つまりエセだ。
よっしーは小学校からの友達で、キノは中学に入ってからの友達だ。
よっしーとはいつもテストの学年一位の座を取り合っているうちにそんな感じに。
キノは補習で話すうちにそんな感じに。
「とにかく、読んでから判断しなさいよ。…………内容ちょっと教えてくれる?」
「いやー、あんた常識的に見えるけど悪いわ」
「うん、よっしーはワル」
「誰がよ?!」
「よっしー」
「そういう意味で訊いたんじゃないわよ!」
今日もよっしーは怒りっぽい。
カルシウムメインの部活動にしよう。
バシッと勢いよく叩きつけるように渡されたゴミを、流れるままにゴミ箱へ。
よし。
「なにしてんのよあんたは!」
「手紙捨て。つまりは環境保護」
「だから手紙だって言ってるでしょ?! ……ああもう、どう言えば……」
額に手を当てて悩むよっしーに首を傾げる。
「ちゃんとわかったよ? これは手紙」
「……ならなんで捨てるのよ」
「手紙だから」
「……はい?」
よっしーと鏡ばりに首を傾け合う。
反対側に振ったらついてくるかな?
「……あんたの家じゃ、手紙は読まずに捨てるの? ってさ」
互いに疑問符を浮かべるあたしたちに、キノが助け船を出してくれる。
「捨てる」
「捨てるのかよ……」
「なんでよ……」
「手紙の行き着く先はゴミ箱。つまりこうしてしまえば早い、作業工程の短縮だって――」
「内容の確認抜かしちゃダメだろ」
「手紙の意義はどうしたのよ」
「――兄ちゃんが」
「どうなってんだ、あんたの兄貴」
「なるほど」
「……なんで納得してんだ、よっしー」
よっしーは兄ちゃんと会ったことも話したことも遊んだこともあるから。
あたしのついでに。
「まあ、お兄さんならそういうことするでしょうけど、それはお兄さんが貰うことのない手紙だから、読んでおきなさい」
「あんたサラッと酷いよな」
「よっしーはワル」
シャーッとよっしーが威嚇を始めたので仕方なくゴミ箱に手を突っ込んだ。
「なんか、あったかい」
「……ゴミ箱の中ってあったかいの?」
「ゴミ箱中継はいいから」
ゴミを漁るのはよくないのに、よっしーはほんとにもう。
そういうところな。
スボッと取り出した紙を読み上げる。
「『自転車登校についてのお知らせ』」
「それじゃねえ」
「それじゃない」
「つーか、明らかにプリントだろ」
「もっと小さいのよ」
首を横に振る二人に再びゴミ箱に手を突っ込む。
取り出した紙片を読む。
「『エレナ、朝帰りしたって』」
「違う。でも続きを頼む」
「違うわ。それはあたしが捨てておきましょう」
ノートを破ったであろう小さな紙片を二人が回収してポケットに入れる。
ゴミの着服だ。
なんてこった。
「つーか、手紙だって手紙。一番上にあるだろ?」
「さっき捨ててたやつよ、わかるでしょ?」
「わかんない」
首を横に振るあたしに、二人の目が半分閉じられる。
「……あー、そういや、そうだったな」
「……これが本気なんだから笑うわ」
仕方ないと呟いたよっしーがゴミ箱をごそごそやり始めた。
さっきのノートと同じような紙片を集めて、最後に見覚えのあるようなないような……ない、ゴミを取り出した。
「よっしー、それ……」
「ちょっと手間取っちゃったわね。さあ、早くそれ読んで部活に行きましょう」
「そだね」
部活という言葉に、あたしの疑問は飛んだ。
お腹が、空いたので!
あたしが封筒をビリビリやっていると、二人はこそこそと「これ3組の……」「……そこまで?!」と何か言っていたが、手紙に集中した。
なんせ兄ちゃんが貰ったことのない手紙。
つまり、決闘状だ!
兄ちゃんはいつも「俺は戦ったことないから無敗」と言っている。あたしとのケンカは含まれないそうだ。残念。
でも兄ちゃんのケンカ、何回か見たことあるんだけど?
……つまり兄ちゃんにとってはケンカでもないってことだ。
だから決闘状貰ったって言ったら自慢できる!
役に立つゴミだな。
その手紙には、あたしの予想通り、日時と場所が書いてあった。
あたしに伝えたいことがあるんだと。
漫画と同じだ。
少年漫画の定番は、拳で伝えることが必定!
武器は持ってっていいかな?
物によっては刀とか持ってるんだけど?
でもここリアルだしな。
ブレインにアドバイスを求めよう。
「武器の携帯は許可されますか?」
音もなく近寄り、背後から声を掛けると、何故か屈んで小さくなっていた二人の背筋が伸びた。
「そ、そうだな! 女の武器は体っていうからな!」
「ええ! もちろん! 大きいと求められることもあるわよね! 男ってそういうものだって聞くもの!」
ふむ。
頭おかしいが一、反対一か。
なんと部内で意見が割れてしまった。あたしが引っ張るしかないね。
キノは体が武器だと。つまり反対。
よっしーは、ちょっと何言ってるかわかんないです。つまり頭おかしい。
うん。
「そうだね! この体で勝負だよ!」
「待て。なんて書いてあった」
「ええええ?! 告白っていうか、それ、ええええ?!」
「落ち着け、それ多分あんたの勘違いだ」
「じゃあ、行ってくる!」
「待てって! まだ行くな! あ、おい! 聞けよ! ああもうこいつらもうよお?!」
よっしーがめんどくさいモードになってたのでキノに任せて教室を飛び出した。
兄ちゃんがよっしーは「耳年増」って言ってたからなあ。
たまに会話が飛ぶ。
よっぽど耳が遠いんだ。
◇◇◇
腕を組んで待ち受けようと思っていた。
なんかその方がカッコいいから。
しかしあたしの机をゴミ箱にした奴は先に来ていた。
先手必勝が世の常だからね。
指定時刻よりだいぶ早い。
なんという戦巧者か。
というか知ってる奴だ。
もしかしてこいつと違うかもしれない、やはりまだ来てない可能性。
あると思います。
だからひとまず声を掛けた。
「カミナリ。どしたの? 立ちションか?」
「なんでだよ?! あっちにトイレあるじゃん!」
「限界っていうのは、超えられないから限界だって兄ちゃんが」
「う、うーん。それはかなり切羽詰まった時は、って違う! ともかくトイレは関係ねえから!」
「じゃあ決闘か?」
「いや、決闘って……。確かに漫画とかではよく見るけど、俺はあれだよ、ほら……て、てが……ほら、あれ俺っていうか」
どうやら違うようだ。
まだ来てない。
腕を組もう。
横でむんと腕を組んで仁王立ちするあたしに、カミナリが真剣な顔をする。
「そうだよな、男らしくないよな……あんなの書いといて」
ちょっと何言ってるかわかんないです。
やっぱり立ちションか? それとも大きいの来ちゃったか?
それは困る。
スーッと大きく息を吸って吐いてを繰り返すカミナリ。
ちょっと顔が赤くなってきてるけど、その呼吸ってヤバくね?
「なっつん!」
「なんじゃら?」
「お願いします!」
ガバッと頭を下げるカミナリに、あたしは首を傾げた。
主語がねえ。
そういえば兄ちゃんが漫画を読みながら「ちゃんと言わなきゃ、ん? ちゃんと言わなきゃ分かるまい? んん?」とニヤニヤしてたのを思い出す。
キモチワルかったなあ。
うん。
「キモチワルい」
「ええ?! 予想外! なんで?!」
ガバッと今度は頭を上げる涙目のカミナリ。それに頷きを返す。
「主語がないから」
「え……いや、うん……え、えぇ……。言うの? ハッキリ? これでかなり頑張ってんだけど……」
「ハッキリ言って」
じゃなきゃ今日からお前のことキモチワルいって呼ぶ。
ジッと見つめるあたしに、何故かカミナリは少し嬉しそうに後頭部を掻きながらモジモジしている。
「ハッキリ……か。それってつまり……。あー、やっぱなっつんも? 俺らいい感じだったしなー。あー、でもハッキリかあ!」
おかしいな? キモチワルい。
兄ちゃんなら面白いって思うのにな。
あと兄ちゃんは見つかった時に「殺してくれ」って言ってたなあ。もしかしてキモチワルいからだろうか?
キモチワルかったら殺していいのかな?
納得だ。
早く法整備されることを祈る。
「なっつん」
再びスーハースーハーやってたカミナリがキリリッと決め顔を向けてくる。
「なんじゃら?」
「お前が好きだ! 俺と付き合ってくれ!」
「いやだ」
「……お……」
お? なに?
俺とじゃなくて俺にじゃないのか?
告白みたいだぞ?
「…………おぉ……」
なるほど。了承したのか。
今度は青くなって小刻みに震えだすカミナリ。
絶対にヤバいって、その呼吸法。
あたしの知ってるスースーハーの方を教えてやろうとしたら、カミナリがどこか信じられないと顔を上げる。
フラフラしてる。
「ふ、ふーん。あの、一応理由を聞いても、いいか?」
「理由」
ふん?
「いまから決闘だから」
「そ、そっか。…………うん? ちょっ、ちょっと待って」
「うん。ずっと待ってる。時間までは」
それ以上は部活あるから、決闘は伸ばして貰おう。
まだかなまだかな、決闘相手。
「決闘? 決闘するから? 俺と付き合えない?」
「しょうがない。決闘が先約だから」
諦めてくれ。
「あ、ちがっ! 付き合うってそういう意味じゃ……そうだった、お前ってそういう奴だったな。……なあ、もしかして机の中の手紙見てここにきた? それが決闘状とか思ってる?」
「エスパーだねカミナリ」
「……それ、決闘状じゃねえから。つか相手俺……」
「やあ!」
「づっ?!」
限界ローキックを放って脛を壊す。限界とは相手の限界だ!
あたしのローファーは鉄板入りなので。
うずくまるカミナリにあたしは構えた。
油断……それは兄ちゃんの専売特許だから!
「待てっ?! 待って! 待って待て待て! 降参、つか違う!」
「どっち?」
「降参でいいよ! だから聞け!」
勝ってしまった。
今日からカミナリは女子に負けた奴というレッテルが貼られてしまう。どうしよう。
「いってぇー……くぅぅぅ。お前、その靴異様にいてぇんだけど?」
「乙女のローファー」
「なんの装備名? あーいて。……そんで、あの手紙なんだけど」
「うん」
「…………いや、わかるだろ? 放課後、校舎裏、呼び出し」
「いじめ、いくない」
「あー、うん。これは俺も悪いな。いや、男女だから。ほら? 人目につきたくないっううか……あれ? なんか言ってて俺も疑問に思ってきた」
「ですね」
なんなんだ?
「だから……告白だよ告白! 俺がお前を好きで、俺たちいい感じだからけじめっといたというか、ちゃんと彼女になってほしいなって……」
「いやだ」
なるほど。
ならゴミ箱に捨てるのは間違ってなかったな。兄ちゃんはすごい。
告白でも決闘でも結果は似てる。
「あ、え、いや……これは決闘とかの返事じゃなくて? こ、告ってるんだけど……」
「うん。だから嫌」
こっちを見上げてくるカミナリはどこか呆然として、それで焦ったように立ち上がった。
「いやいや! 俺ら、ほら、仲いいだろ? よく話すし、班決めの時は絶対一緒になるし!」
「うん」
近いもん、楽。
「それに、あれだ! 俺の冗談によく笑ってくれたじゃん? ノリが同じつーか……」
「うん」
面白いとそりゃ笑うもんだ、人間だもの。
「……遠くにいてもよく目が合うし、ゴミ捨てしてる時とか窓から手を振ったり……」
「うん」
早く部活に行きたくて。大体ゴミ当番が最後だよね? 急かしてただけ。
目が合うのは勘違いだ。
あたしは頷いているだけなのだが、カミナリの勢いは目に見えて落ちてきた。
顔が徐々に下がり、苦い物を飲み込んだ時のように眉間にシワも寄っている。
「…………クラスで、話してた時に……好きな奴いるって……」
「いるよ」
カミナリじゃない。
もう、完全に下を向いたカミナリの表情はわからない。
あたしもいつからか腕を解いて、真剣な表情でそれを見つめている。
「………………好きなんだけど、俺じゃ…………ダメってこと?」
「うん」
それであたしは踵を返した。
引き止める声は掛からなかった。
行きと違い帰りは歩いて戻った。
教室では知ってる二人がゴミ箱を漁っていた。
「続き、続き、続きはどこだ? あー気になる!」
「なによこれ。生殺しじゃない。というかこんなの授業中にやり取りしてたの? 道徳心が欠けてるんじゃないかしら?」
あれ、あたしの友達なんだぜ?
「おっと、それ以上、捨てた想いを混ぜ返すのはやめてもらおうか」
「早かったな?」
「おかえり」
一瞬で取り繕う変わり身の早さは評価しよう。
可憐に見える立ち姿は計算しつくされている。
ゴミ箱をごそごそとやっていた姿を見ていなければ騙されるところだ。
「いま……」
「それで? ん? どうだったんだ?」
「そうね、気になるわ。本当に決闘状だったのかとか、ええ特に」
ニマーっと笑みを浮かべるあたしに、言及されないかと冷や冷やしている二人は笑顔に汗を浮かべている。
突き出したのはピースサイン。
「一刀両断!」
「それは……」
「どっちなの?」
さあ、部活に行こう!
◇◇◇
教室の半分のスペースにホワイトボードが一つ、長机を一つ、パイプ椅子を四つ。
それがあたしたちの部室。
壁にはズラッと並べられたロッカー。
壊れてたり新しかったり。
埃を被った新品の机なんかも積まれている。
鞄を机の上に放り投げ、ホワイトボードを見易いところに引っ張っていく。
ホワイトボードには色々と書かれている。
『ごはんの最良のお供』『いいオカズとは』『これそういう意味?』『そういうってどういう?』『だからアレよアレ!』『帰っていいか?』『じゃあ帰りにうどんを食べよう』『オカズは!? でも賛成』『横に同』
熾烈な議論の結果だ。
消そう。
「あたし……この部活を始めてから……」
ホワイトボードをキュッキュッしていると、よっしーが使わない椅子に鞄を置きながら悩ましげに言った。
「痩せたわ」
「あ。それあたしもー」
「我が部の正統性を主張していますこと?」
はーい、と手を上げるキノに首を傾けるあたし。
お腹が減っていた方が美味い! ということは証明されているので、ランニングをやっているからだろう。
運動部をごぼう抜き。
「……あたしたちの歳って成長期じゃない。きっと良いことばかりじゃないわ」
そう言って見つめるのはキノとあたしの胸だ。
ふむ。
「おっぱいを大きくしたいの?」
「体って言いなさい」
「まあ、あたしらよっしーよりはデカいもんなー」
「一つだけね。大した違いじゃないわ。目前よ。むしろ尺度によっては同じだから。つまり同等」
キャーギャーと活発な意見交換を始める部員を置いといて考える。
そういえば、兄ちゃんもランクがどうとか言ってたな。
Aだの、Dだの。
本当はカップって言うんだけど、兄ちゃんは男だから仕方ない。
兄ちゃんはDが自分の云々とかなんとか……。
つまり。
「AカップよりDカップの方がいい」
「違うわ。もうちょっとあるもの。でもいきなり二階級特進なんて無理よ。死んでしまうわ。千切れるんじゃないかしら?」
「……なーに考えてんだあんたは」
「兄ちゃんはDは自分のなんとかとか言ってた」
「男って……」
「……なーに言ってんだあんたの兄貴は」
ふむん。
「じゃあ今日は、おっぱいが大きくなる美味しいご飯について」
「有意義な議題だわ」
「……あんたらってさ、なんだかんだ言いつつも似た者同士だよな」
「そんなことないよ」
「そんなことないわ」
議長席に座り指示棒をカチカチと伸ばす。
これはカッコいいからある。
意味はないと思ってる。
まだ警棒の方が武器っぽい。
よっしーが立ち上がり書記をやってくれる。
でもみんなそのうち好き勝手に書き出す。
書道をやっているという、流麗なペン運びで……。
『胸を大きくするには』
今日の議題を書いた。
うん。
「体操がいいと聞き申したあ!」
「待て待て! ここは何部だ?! そうじゃないだろ! 横道に逸れんな! 添え物だけ書き出してんじゃねえよ!」
「うまい」
「上手いわね。『うまい』と言わせること含めて」
「……この部活始めてから、先生の気持ちとかわかるようになって困るわー」
「モテ期だね」
「恋ね」
「違う!」
侃々諤々の、まるっと意味のない会議が続いた。
本題一割、女子中学生の本当が五割。
途中、キノが隠しもっていたチョコレートを快く提供させるということがあったが、問題はない。
学校にお菓子持ってくるとか不良だけど、あたしたちは友情ゆえに目を瞑る。
「碌な死に方しないからね?! あんたたち!」
「言われてわよ、なっつん」
「言われてるよ、よっしー」
あまーい。
口の中がまろやかになったおかげか、今日もホワイトボードは文字で埋まった。
赤ペンで丸をされたのが結論。
曰く。
「焼き肉だね」
「やはり高タンパクが正義なのよ」
「……白飯に肉が合うって、普通だろ? 頭おかしいんじゃな、や、やめろ、やめ、やめっ、やめてえ!」
「有罪です」
「半分よこしなさい」
口の減らない平部員を拘束して揉みしだく。
むむ。痩せたと言っていた割にはCを脱しつつある。
高いランクに。
もう半分を独占しているよっしーの表情は変わらない。
笑顔。
でも瞳から光が消えていく。
兄ちゃんか。
光、それは希望。
兄ちゃんが言うには最後に必ず残るという。
残りっぱなしだと兄ちゃんも笑っていた。
キノが危ない!
「これはあたしんだあああ!」
「うええ?! ちげえし!」
腰に手を回してよっしーをアウト。
違った。
よっしー、アウトー。
「よこしなさい。まだ半分貰ってないわ」
「半分残すつもりの人にはやれない」
「全部ならやんの?! あんたも別に守ってねえよ?! いいから離せよ! 焼き肉、焼き肉だろ? ほら?」
そうだった。
「ふぎゅっ?!」
うん?
振り返るとキノが床にベーゼ中。
まあいい。
人の趣味はそれぞれだから。
「そうね。焼き肉ね」
「焼き肉だね。起きろ乙女。焼き肉だ」
「……うるせー」
焼き肉を提案したのはキノなのに、何故か不機嫌だ。
多感なお年頃だからかな?
どうでもいい。
今は焼き肉だ!
◇◇◇
お金がないということで見送りになった。
なんでも精神を実体化させる人がたくさんいそうな焼き肉屋はお高いらしく、小遣いではどうにもならないという。
そこで出た案が複数。
兄ちゃん。
親。
男に奢らせる。
誰が誰のかはプライバシーに触れるので言えないけど、概ね見解の一致をみた。
親には男と女がいるから、半分賛成という見方でいい。
その策を次回に練るということで解散。
河川敷をよっしーと帰っている。
キノは反対方面だ。同小じゃない帰結。
最近は帰るのが嬉しいと言っていたので不良を抜けつつあるのかもしれないね。
うちの部の更正率の高さがパない。
キノはクールぶってるけど乙女だ。
部内一だ。
勉強になります。
「ラブレターの相手って……」
石ころを蹴飛ばすのに夢中になっていたあたしによっしーが話し掛けてきた。
集中してたのに……。
繋いでいくのが難しい。
兄ちゃんは真上に蹴りあげてフードに入れて「こうしたら楽」とやっていた。
なんだっけ?
ああ、ラブレターか。
「……もしかして雷音くん?」
「うん」
「フっちゃっ……たわね。こうやって一緒に帰ってるんだし」
「うん」
それによっしーがどう言ったものかと頭を悩ませている。
「あー……うーん……そおねぇ……。仲、良さそうに見えたけど」
「うん。あたしもそう思う」
「でもダメなの?」
「うん」
「……ごめんなさい、言い方がわからないわ。だから直球で悪いんだけど、なんで?」
「仲いいとつき合うもんなの?」
「それは……ある一定を越えると、そうなるんでしょうね……あたしも付き合ったことないからわからないけど」
「よっしーとも仲いいよ?」
「性別があるから」
「よっしーのが仲いいよ?」
「やめて。巻き込まないで」
足早に離れていくよっしーを追いかける。
「どした?」
「そういうんじゃないわよね? あなた結構告白されてるくせにフるから。違うのよね? ええわかってる。応えなくていいわ。だって違うもの」
「よっしー……」
「きゃああああ?! なんで走ってくるのよ?!」
よっしーが逃げるから。
河川敷を一周した。
これで今日もご飯が美味しいね!
息も絶え絶えのよっしー。
コンクリートだろうと構わないと座りこんでいる。
「よっしー、帰ろう」
「こ、の、…………体力、お化け……」
フラフラと立ち上がったよっしーと並んで歩く。
その歩みは遅くなってしまった。
「ええっと? なんだったかしら?」
「あたしがよっしーを好き」
「それはいいから。……ああ、そうね。告白されたんだったわね、雷音くんに。……もうとっくに帰りついてるぐらい走ったのに」
「いつもより走ったね」
「ほんとよ。今日はランニングなかったからって油断してたわ」
「キノがいないけど」
「明日同じように走らせましょう」
キノの特別メニューを決めながら雑談の話題が戻る。
「それで? 男子と付き合ったりしないの? 別にまだ中学生だし。軽い感じでいいと思うけど」
「重いのは?」
「世間に出られなくなるわ」
よっしー基準の軽いが気になってきたよ。
「慣れておくのはいいと思うのよ。興味があるのは当たり前、当たり前だから。これが普通だもの。うん。あたしぐらいよくいる思春期よ。誰でもあるわ。あなたもあるでしょ? 興味ぐらい」
「ある」
「あるの?!」
なんで驚いた。
「うーん、でもなんていうかなあ。絶対に面白くないと思うってー、いうかー?」
「ふざけてる?」
「まあ」
「あなたねぇ……。まあ、女は……その、最初はあれだって言うもの、ね……。でも、ほら? そのうちあれだって言うじゃない。むしろそっちがメインだから。そしてあれね」
どれ?
「よくわからん。でも面白くはないって、よっしーも思ってるってことでしょ?」
「だから……求めるのは面白さじゃなく……き、きもち、よ……とにかくよ!」
「おお?」
ごにょごにょと小声になっていたよっしーが誤魔化すように声を張る。
「いつかあたしたちも乗りこなす時がくるから! そのための予行演習だと思って付き合えばいいのよ!」
「乗るの?」
「乗るの!」
うーん。
顔を赤くする血行のいい友達を横目に、一つ指を立てて答える。
それなら大丈夫だと。
「なら平気。乗りなれてるから――兄ちゃんで」
「おほほほーい?! なに言ってくれちゃってんの、この妹?!」
あ、兄ちゃん。
ビュンと走ってきた兄ちゃんがガシッとヘッドロックを掛けてくる。
……外れない。
「あ、お兄さん。こんにちは、お久しぶりです」
「やめて?! ここで挨拶はおかしい!」
「そうですね。似合います? このセーラー」
「ここで訊くのも違う?! どう答えてもマイナス!」
「どうしてもというなら……。それでなっつん。最近はどこでいつ?」
「つい先日、階段のところ」
「おおおい! 違う違う! 誤解だから!」
「高いところが良かったんですね」
「五階じゃなくて!」
「誤解じゃないんですね」
すごい。よっしー今のよくわかったなあ。
……でもよっしーと兄ちゃんだけ楽しそうだ。
あたしもいるよー。
兄ちゃんの腰に抱きつく。
他にできることがないから。
「……なんだお前」
そしたら兄ちゃんは手を離してくれた。
嫌そうな――――いつもの顔。
だからますます強く抱きついた。
「なんだよ……離せよ」
「酷い、兄ちゃんからしてきたのに! あたし、痛かった!」
「よし黙れ」
あたしの口を防ごうとする兄ちゃんの腕に、反対側からよっしーが抱きつく。
そこでよっしーと目が合う。
焼き肉。
予算。
アイコンタクト。
驚いている兄ちゃんのもう片方の腕にはあたしが抱きつく。
「ねえ、お兄さん?」
「ねえ、財布さん?」
「離せ。なんて狡猾な罠だ。やられた。とても小学生に思えない」
「中学生なので」
「はい、焼き肉」
よっしーが取り出したスマホでパシャり。
なんてことだ。
中学生を侍らせている男子高校生の写真ができてしまった。
とっさにスカーフを緩めたあたしたちは悪くない。
走って暑かったから。
今度の部活は兄ちゃんと一緒にだ!
楽しみ。
兄ちゃんの腕に二人でぶらさがってキャーキャー言いながら帰った。
兄ちゃん、力持ちぃ!
これで代わりにならないかと言われたけど、遊ぶのとご飯は別なので。