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ぼっちと孤高の過ごし方  作者: トール
10/11

ぼっちと孤高 10



 その夜、電話が掛かってきた。

 ホラーである。

 俺の電話番号なんて家族しかしらないのに?!

 自宅にいて深夜に家族から電話を受ける可能性なんて……僅かにあるが。

 それにしても常識的な電話ではない。

 俺はその電話を取らなかった。

 だって怖いじゃん?

 夜中に掛かってくる電話……しかも知らない番号からとか……。

 恐怖しかない。

 きっと法外なお金を請求されてしまうか、もしくは心霊現象よろしく出たらきっと帰れなくなるとか……あるある。

 怖い話で「そんなんに出んなよ」と突っ込む俺として、有言実行を貫く所存です!

 ……しつこく鳴っているところがまた。

 サイレントモードなので実際に音が出ているわけじゃないが、真っ暗にした部屋にビカビカと光る画面が鬱陶しい。

 しばらく放置していると、ようやく収まり闇が再び訪れた。

 俺の勝ちだな。

 明日も学校なのだ。

 こんな時間に電話なんかしたら、それを理由に休んでしまいそうだ。

 ……それもいいなあ。

 しかし電話に出ることで生まれる精神的な負担を考えると……やっぱり無しだなあ。

 そんなことをつらつらと考えていると、再びスマホの画面が灯った。

 ビクリと震える俺にメールの着信を教えるメッセージ。

 メール?

 きっと開いたらウイルスだ。

 だから開けない。

 もう大体誰からの電話やメールか分かっているけど。

 メアドはどうやって手に入れたのだろう?

 疑問に首を傾げ、寝惚け眼で開かないと決めたメールを見つめる。

 題材が『報告』である。会社か。余計開く気削がれるわ。

 なんの報告なんだか……。

 連続でメールの着信を知らせる画面に、俺は電源を落として眠りについた。


◇◇◇


 全部夢だったと言われても信じるから…………だから、


「ほらあんた、遅刻するよ! お母さんもう出るから、戸締まりよろしくね!」


 もう少し寝かせてください……。

 眠い。

 階下から叫ぶ母上の声で覚醒する。

 家族で家を出るのは俺が最後。

 だからここからは俺の時間だ。

 具体的には、父、愚妹、母上の順で出ていく。

 つまりこの声で起きなければ寝坊が確定し、俺の皆勤賞も……。


「……あ。もう既にないんだった……」


 頭の中で皆勤が解禁へとシフト。

 ズル休み解禁である。

 しかしそれも今日はどうかと思う……。

 授業をサボったばかりか屋上へのテープをちぎる、なんてことをやらかした後だ。

 サボりの方は保健室、テープは事故で担任が胸に閉まってくれることになったが……そんな生徒が翌日も休むとなれば再び心配の種がもたげることだろう。

 目立つどうこうで言えば、話題性充分。

 一躍時の人である、やったね。

 ……はあ。


「……よっこら、しょ」


 全力。

 全力も全力で体を起こす。


「ふうー、この状態は非常に腹が減ってね……」


 グリングリンと部屋を見回す。

 よし、誰もいない。

 それから何を言うでもなく部屋を出て階段を降りる。

 注意する点はたまにトラップが仕掛けられていることぐらい。

 妹持ちの家庭ではよくある。

 扉を開けると黒板消しが落ちてきて「これどっから持ってきた?!」「学校」で一騒ぎ。

 かってに備品持って帰ったらダメと怒ったり。

 階段の最後の段を踏むと崩れて落とし穴に落ち、息子(いえ)を心配して絶叫する親父が二騒ぎ。

 かってに家に穴を空けちゃダメだと怒ったり。

 あるある。

 可愛い小学生のイタズラだ。

 可愛すぎてブン殴りたくなるのが玉に瑕だけど。

 何事もなく台所につくと、妹も成長したんだなぁ……なんて感心した。

 置いてある朝食を手早く食べようと腰を降ろして、そのメッセージカードに気づいた。

 ……なんか今日はメッセージに縁のある日だな。

 これはさすがに開かないわけにはいかない。

 家族からであるのは間違いないから。

 恐る恐る開くメッセージカード、イン自宅。

 ここのセキュリティはどうなってんだ?


『兄ちゃんへ! 妹より、愛をこめて』


 ロシアかな?

 それだけである。

 透かしてみたり、火であぶってみたり、ビリビリと破いてみても罠はなかった。

 ふむ。

 ちょっとした悪ふざけかな?

 きっと俺の遅刻を狙った足止めだろう。猪口才な。

 再び朝食に取りかかろうとして、気づく。

 そのメニューの違和感に。

 マグカップに入ったコーヒー、ドレッシングの掛かったサラダ、少し冷めているチーズトースト。

 なんの変哲もない朝食のメニューだ。

 しかしチーズトーストに……ポテトチップスが掛かっている……だと?!

 シリアルにビーンズを入れる家系ではないのだ。

 お菓子を朝食に混ぜたりはしない。

 むしろシリアルが出ない。なんのための例えなのか。

 では何か。


「ふ。この程度の策か?」


 トーストの冷め具合からも、これを作ったのが妹であることは明白。

 メッセージカードにある、込めて、という忠告めいた言葉もこれを示唆している。

 つまり。


「混入系か……」


 あのアホらしからぬ罠。

 そう、トラップではなく、これは罠だ。

 これは某かの軍師がついた予感である。

 しかし、ふふ、しかし!

 マグカップの横に置いてあったスティックシュガーとミルクを全部入れる。

 かき混ぜて、まずカフェインと糖分から摂取する。


「甘い甘い、甘いなあ、元小学生は!」


 冴え渡る頭脳に己が勝利を確信する。

 やはり、スティックシュガーやミルク、コーヒーには細工がなされていなかった。

 こちらを用意したのは母上で間違いない。

 妹はコーヒーを淹れられないのだ。

 うちはサイフォン式だからインスタントがない。湯気も立ってた。

 それに既製品を加工する技術もない。砂糖もミルクも見た目普通だったので大丈夫。

 そして一番怪しいトーストだが……問題ない。

 ほんとに普通のポテトチップスだ。一枚端っこを食べたもん。コンソメ。

 つまりブラフなのだ。

 全てが足止めへの布石。

 ふふふ、浅知恵を。

 まだ見ぬ軍師を嘲笑いながら無傷のサラダを頬張った。

 俺の勝――


「かっれええええええ?!」


 吹き出したサラダに嘲笑う軍師の影が見えた。

 これが中学生ということか?!

 沈みゆく意識の中で、食卓に置いてある調味料にデスがつくソースが()()()()いるのが見えた。

 ヒントはもっと身近に……!

 いやそうじゃない。


◇◇◇


 恐らくだが軍師は「サラダにデスなソースを混ぜる」としか言わなかったのだろう。

 そう、言わなくても分かる危険なソースなのだ。精々一滴入れてれば充分だと分かろうもの。分かれよ!

 しかしそれをドレッシングよろしく掛けるアホが世間には存在した。

 アホの起こしたミラクルである。

 碌なことしねえ。

 おかげで口を開くのも億劫だ。

 空気も痛い。

 話し掛けられたらどう責任とってくれんだ?!

 ああ、一人だった。

 大丈夫。とはさすがに言えないんですけど?!

 俺がボッチじゃなけりゃヤバいところだったぜ。

 ザワザワといつもの二倍は喧しい教室で一人静かに痛みと戦っていた。

 もしや本当に遅刻なのではと思ったが、まだ担任は姿を見せていないようでギリ寄りのギリでセーフだった。

 放っとくと汗が吹き出てくるのだが、走ってきたせいだと思われているのか目立つことはない。

 そもそも目立ったことがない。

 これまでも。

 これからも。

 ……それにしても遅くね?

 もう一時間目が始まろうという時刻だが、まだ担任はやってこない。

 そりゃ騒ぎもするよな。

 なんかあったのか?

 誰もがそう思い始めたところで教室の前の扉が開いた。


「あー、今日はホームルームなしで一時間目の授業始めろ。出欠はその時の参考にするから」


 顔だけ出してそそくさと退散する担任。

 どこか焦って見えた先生である。

 もしかして先生も遅刻だろうか?

 しばらくすると、一限の体育のためにみんな動き出した。

 しかしその歩みは遅い。

 できるだけ引き伸ばして授業を遅らせたいのだ。

 正式な理由もあるし。

 勇んで早く準備を終えてしまうと、周りの視線も終わりそうなので、このビックウェーブに乗るのが処世術。

 女子がまだいるから着替えられませんよー、と男子は息を合わせてジッと待つ。


「あ、君」


 君とか言われるとドキッとするからやめて。

 振り返ると、友達に先に行けとジェスチャーする日狩さん。

 なんスかパイセン? 今日は上がり(日誌)納める日じゃないっスけど?

 怪訝な表情のDにも笑顔を向けてくれるB。

 いい人な雰囲気が出てる。

 少なくとも食事に毒とか盛らなそう。


「ごーめん。日直の時に、放課後の仕事があった? なんか担任に日誌の提出が遅かったから放課後なんか頼まれたのか? って言われて……部活の後で。え、うそ、知らないってなってさー。もしかして仕事任せちゃったかもって、えへへ。マジごめん」


 たはー、と後頭部に手を当てて誤魔化し笑いを浮かべる部活女子。可愛い。許す。

 仕事っていうかオバケにとり憑かれたぐらい?


「いや、なかなか帰らない奴らがいただけ。俺も待ってる間に寝ただけだから」

「あー……うん。それは……」


 それに納得したと相づちを打つ日狩さんは、視線がその帰らない奴らに流れないようにした。

 奴ら上のランクですもんね。


「……なんか、ごめん」


 謝罪のトーンが下がってしまった。

 軽い感じにするつもりが重く?!

 仕方ない。


「いや、俺が寝たのも悪いだろ」

「そうだね。それもある。どんだけ寝てたの?」

「二時間」

「君が悪い!」


 せっかく罪悪感を減らしてやろうと献身した俺に、日狩さんはビシッ指を突きつけてきた。

 あの……ほら、女子も減ってきて注目度上がってきたから。


「なんだよもー、あたしてっきり放課後イジメ的な内容なのかと……」


 なんだよそれ。大体合ってる。

 A中のAにイジメられたもん。


「ほんとに寝て待ってたら時間が過ぎただけだから」

「そうらしいね、全く」

「さーせん」

「反省するように」

「深く」

「ふふ。ほんとは?」

「してない」

「はは! っとぉ。うわ、ちょっと話し過ぎかな? まあ、次やる時はあたしもちゃんと一緒にやるから」

「オケ。こっちも覚えてたら日直やるわ」

「いや、そこは覚えててよ!」

「なるほど。悪役の退散時の台詞ですね。あ、ほら。もう日狩パイセンが最後っスよ?」

「あ、もう、ちょっと」


 周りを見渡して、教室に残る最後の女子になってしまったことを自覚した日狩さんが焦りながら足を早め、


「覚えてろよ!」


 ビシッとこちらを指差して捨て台詞を放ち出ていった。


 何をかな?


◇◇◇


 午前の授業を無事に消化した。

 何か絡んでくるかな? と思われた日狩さんも、あれ以降の会話はなく、いつもの日常だ。

 楽しそうに体育をしていた。

 ……体育楽しすぎて忘れたまであるな。

 こちらも息を殺して穏やかに過ごしていたので、接点もなかった。

 次に一緒の日直となると、夏休み明けとなるためDランクとの些細な会話なんて忘れているだろう。

 それでも会話してくれるだけマシな方だが。

 中には、冷戦なの? 逆に仕事やりづらくない? ってほど白けた表情で一言も話すことなく日直をされる場合もある。

 いやあれ見てる方も痛々しいんだけど。

 全力でお前が嫌いだって言ってるもん。

 あれなら一人でやるわって言いたくなる。

 そこを狙っての態度かもしれんけど。

 気づいて? お前の態度が怖すぎてその一言も言えないんだって。

 クラスの中心人物っぽい女子とスマホ取り上げられ系男子は同じ日直なのだ。

 よそう……これ以上、未来に待つアルマゲを思うことは。

 もう当日休むしかないよ。

 そそくさと教室を出ていくスマホ取られ男を見送り、俺も席を立つ。

 どこで食うかな?

 足を動かしながら今日の昼飯ポイントに思いを馳せる。

 さすがに今日はベストプレイスは無理だろ。

 なんせ自殺志願か鬱予備軍とでも思われているのだから。

 そこが思考の穴だ!

 今日もベストプレイスへ足を運ぶ。

 通りがかった金髪の教室には、今日も人だかりはできていない。

 これで出欠の判断ができるってんだから、楽な奴である。

 むしろ今日は俺のクラスの方を、チョロチョロ覗いている奴らが多かったぐらいだ。

 うーん、やっぱりあの黒髪ロングのチャラねーさんだろうか? 部活少女も人気あるみたいだし。少し髪染めてる系の中心人物(恐怖)かもしれん。

 男子の方だったらバスケ部くんとか、天才くんあたりかな? バスケでワンワンしてた二人。もしくはモデルやってるらしい奴か、天才くんの友人ポジのメガネ。

 何気にタレントの多いうちのクラス。暮らしにくい。

 しかし当たりクラスとか騒がれていたのも今は昔。

 金髪一人で大逆転だからなぁ。

 その逆転クラスを通り過ぎて外に出る。

 今日は五月晴れってやつだろう。

 ……六月に入ったけど。

 少し恨めしいくらいにギラギラしてる。

 大丈夫、あそこは涼しさも完備してる。

 寒くなったらどうしよう。

 できれば室内に場所を見つけたいが、暖かい場所ってのは大抵既に予約済みなんだよな。

 どこでやってるの、その予約?

 その時は圧力を受けながら教室で食うしかない、のかもしれない。

 まあ、まだ半年は先の話だ。

 校舎の中に入るとそれだけで涼しく感じられた。

 人のいない廊下を渡り、階段にたどり着く。

 更に涼しい。

 え、これ教室より勝ってんじゃない?

 そう思いながら階段を登ると見えてくる、がんじがらめにされた立ち入り禁止のテープ。

 仕事早いな担任。

 前は踏み越えられる程度の高さだったのに、今は身長を越える高さまでビッシリだ。

 隙間から向こうに行けるのは小人ぐらい。

 やり過ぎ感が凄い。

 がっかり感も凄い。


「いやいや、えー……うそだろ?」


 どうしても諦めきれずテープの周りをうろうろ。

 ……これ、言わなきゃ良かったなぁ。……こんなことなら放置で安定だったなあ!

 ハア、と溜め息を吐き出して諦める。

 昼休みは長くないから。

 しかしここからどこぞに移動するのは面倒だったので、テープを背に階段に腰を降ろした。

 何かしらの理由がなければ、こっから帰るのってしんどい。

 先に誰かいたとか、幽霊にとり憑かれるとかだ。

 昨日の反省を活かして、飲み物はお茶じゃなくソフトドリンクにした。

 渇く喉を潤して、昨日食べられなかったメニューを広げる。

 パリパリと静かな階段に海苔が割れる音が響く。

 あー、落ち着く。

 のんびりと足を伸ばしながら、誰に注意されるでもなくダラダラと飯を食う。

 微妙にいつもの場所じゃないのが不満だが、こういうこともある。

 ……いや明日からずっとだろ。

 明日からどこで食おうかな……昼飯。

 半年先だと思っていた厄介事が今すぐに変わってしまった。

 もう大抵の場所は埋まっているというのに。

 ここだけは、遭遇率0だったというのに……。

 憂鬱な気持ちを抱えつつも、午後の授業という目の前の問題に取り組むため、俺は英気を養った。


 帰りたい。


◇◇◇


 帰れる。

 事件なんてものは早々にして起こらず、授業中に誰かのスマホから流行りの曲が流れてくることもなく。

 帰りのホームルーム前となった。

 下げていた机を戻しているところだ。

 割り振られた清掃場所での掃除が終わった面々も続々と帰ってきている。

 俺もその一人。

 そして手伝うことなくボーっと終わるのを廊下で待っている。

 これは俺だけじゃなく大抵のクラスメートがそうだ。

 自分の分はやった精神で手伝わない。

 やれと言われた仕事しかやらないのが現代。

 昨今の若者云々じゃなく老いも若きもそうだから。

 余計なことしたら怒られるからね。

 むしろ老いちゃんの方が分からない操作とかもある。


「はいペース上げてー」

「うるせーぞシゲ」

「もっと丁寧に降ろすー」

「これ以上?!」


 声援というか、ふざけて絡んでる奴らはいるけどね。

 一部から上がる笑い声。

 今日も我がクラスは平和かな。

 実際にイジメもないし、陰湿な行為も……見たことはない。

 俺の生活線では、概ね平和。

 どうかクラスが別れるまでこの平和が続きますように。


「あ、まだ掃除終わってなかったか?」


 俺がクラスの平和イコール世界平和を神に祈っていると、階段のある角から担任が顔を出した。


「おーい、先生来た」

「運べ運べ」

「バカ、早く降ろせ」

「丁寧は?!」


 一斉に廊下から教室へと入っていく傍観者ども。

 同時に数人でやっていた机の移動と椅子上げ下げを手伝い出す。

 自分にも利益が及ぶとなる違うのだ。

 ぶっちゃけ早く帰れるとなると話が変わる。

 俺も素早く参戦して机を運んだ。


「あ、いや! 少し待っててくれ、って言いに来たんだ。職員室に用があるから。直ぐ戻る」


 そう言って、足早に階段へと消える担任。

 おーい、なんだよ。この机どうしてくれる?

 こうしてくれる。

 運んでいた机を定位置に降ろして、椅子も下げる。

 大体の掃除も終わったらしく、各々が自分の席へ戻る。

 直ぐと言っていたので、ガヤガヤしつつも席を立つことなく担任を待った。

 担任は宣言通り直ぐに戻ってきた。


「あー……静かに」


 席につけとは言わなかった。

 もうついてるからね。

 ただ……なんだろう?

 急いだせいか汗を掻いている。

 ……それにしては結構な量だ。

 いやそもそも、そんなに直ぐ済む用事ならわざわざ様子を見にくる必要なかったのでは?

 早く帰りたい定期な我々なので、ざわつきは直ぐさま収まった。

 それを確認して軽く咳払いする担任。

 ……なんか緊張してね?


「えー、兼ねてより報告していた転校生なんだが……」


 金髪か?

 とうとう金の力で校則もねじ曲げて男子校に行ってしまったのだろうか?

 『彼』の今後が心配だ。

 そんなブッ飛んだ妄想とは別のブッ飛んだ発言を、担任がし出した。


「今日から、というか手違いがあって……」


 男子校に行った?


「いや、時差の関係で、だな。登校が今になった。えー、では、あの、入ってきてもらえますか?」


 ……うん?

 なんか突っ込みどころ多いな。纏めてくれよ。

 そう思ったのは俺だけじゃない筈。

 金髪、クラス替え?

 しかし予想していた金の輝きはなく、目に飛び込んできたのは銀。


 ――長い銀髪をツインテールにした美少女が、扉を荒々しく開けて入ってきた。


 そう美少女。

 うん、美少女

 美、少女。


 ――どう高く見積もっても中学生なんだけど。


 ここ最近高校生になったクラスなので、それは普通と思われるかもしれない。

 だが中学も三年と一年で差ができる。

 というか、サバ読んで読んで読んで中学生。アウト寄りのアウトで。

 ロリコン歓喜の姿形。

 しかも制服を着ていないことにも……いやどう言っても高校生は無理だろ。

 着ているのは白いゴスロリ服。

 ヒラヒラだ。

 高校生こんなの着ない、こともないが学校には着てこない。

 よね?

 銀色の髪に青い瞳、白い肌。

 完璧外人。

 一人別世界の……なんてった?

 転校生?

 ツカツカと教卓の前に来た銀髪ツインテ少女は、そのキャラの御多分に漏れることなく強そうな雰囲気で左端――俺がいる席とは逆端の列の生徒の顔をジロジロと見つめ出した。

 男子。

 一目惚れかな?

 違うようだ。その視線が後ろの席の男子に移った。

 まさか品定めですか? うん。女子高生。


「あ、あの、自己紹介」


 その鮮烈なキャラだろうと意に介さないのが高校生だとばかりにざわめきが強くなるクラスメートとは逆に、担任はどうもこのツインテの勘気に触れないような言動を取ってる。

 そこで品定めを中断されたのが気に食わないのか、瞳を細めて担任の方を向く銀髪。


「す、…………せ、ん」


 小さな声でゴニョゴニョと呟く担任。

 あれ、謝ってね?


「シャルロッテ・A・ヴァイングスト・エヴァンス」


 見た目通りの高い声だ。つか日本語上手いな。

 女子が「かわいい」「かわいい」を連呼している。

 それで自己紹介は終わりだと品定めを再開する銀髪ツインテ。名前長ぇよ。覚えきれるか。


「え、えー。しゃ、シャルロッテさんは、親の」

「――いつ、あたしがファーストネームを許したの?」


 被せられる声は高さに反して冷たかった。

 あれ、先生? 大丈夫? 顔青いよ? 保健室連れてこっか? 心配だからついていくよ。

 押し黙る担任。

 名前がダメなら名字を呼べば? なんて洒落も通じない空気。

 恐らくはこれ以上がヤバいと知って喋ることもできないのだろう。

 そこでようやく『あれ、なにこの空気』『なんか変じゃね?』と気付き始めるクラスメート。

 中には登場時から怪しんでいた奴も、この担任の態度から確信に至ったようで……。

 そう。

 うわ、可愛い! え、ほんとに高校生? マジラッキー!

 ではなく。

 うわ、怖いぃ! え、ほんとに高校生? マジヤバたん!

 が正解である。

 一部合ってる。

 これだけ注目を浴びてるというのに、まるで萎縮することのない様は、慣れてるというよりか()()()()()()()ように思える。

 つまり路傍の石。

 河原で砂利が集まってるのに恥ずかしくなる奴はいない系。

 帰りたい。

 自己紹介は終わってるっぽいのに進行役がフリーズしていてこの後どうしたらいいのかと困惑するクラスメート。

 男の顔を一人ずつ見つめる銀髪。

 譲り合いの精神で最初の一言を誰も上げない。

 なので段々と静かになる教室。

 なにこれ。

 銀髪はそんなことを気にするでもなく淡々と男子の顔を確認している。

 それに動かない奴、目を逸らす奴、何故か挑むような奴、見惚れる奴。

 大体がそんな反応。最初と最後は同じだね。赤くなってるかなってないかの違い。

 オーケー。目を逸らそうじゃないか。

 こんな時のマストアイテムを鞄から取り出す。

 ……うん?

 なんか真っ黒なんですけど? どうしたお前?! 使用率高くないくせにもう壊れたのか?!

 ……ああ、電源ね。電源とか切ってたっけ?

 すると届くメール。

 ……ろっ?!

 初めて二桁数届いたよ。ほんとだ震えそう。怖い。

 全部同じアドレス。

 えー……なんだよそれ。

 内容も同じなんじゃないの?

 カーソルを一つに合わせてみる。

 開くつもりはないが、操作してる雰囲気が出れば……。

 そこで回ってくる順番。

 呑み込まれそうな透き通る青い瞳。

 怖えよ。

 視線があったのは一瞬。

 滑り込むようにスマホを見つめる。

 バカ、ビビったんじゃねえよ、メールだ。

 ……………………なんか長いな。

 ふと顔を上げると強い視線が俺を射ぬいていた。

 銀髪ツインテールは、強そうな――――笑顔を浮かべている。

 その変化にクラス中の注目が集まる。

 うん?

 動揺からついスマホに触れてしまう。

 開かれるメール。


『銀髪の女に気をつけて』


 短い警告。

 ツカツカと歩み寄ってきた銀髪が、人差し指を俺の鼻先に突きつけて言う。



「あなたね?」



 ちょっとこういうの困るんですけど?




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[一言] ひょー!こっからどうなるんですかね!? 超楽しみです! (0゜・∀・)wktk!!
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