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ぼっちと孤高の過ごし方  作者: トール
1/11

ぼっちと孤高 1

深夜

ナースさんの巡回を掻い潜りながら投稿



 孤高とは、高いところに登ってしまったばかりに降りられなくなった猫みたいな奴である。



 学校にもだいぶ慣れてきた五月。

 苦労の末に受験を突破して入学した高校だというのに、一ヶ月もすると行きたくなくなるのは人の性というものだろうか?

 幸いと家を出るのは自分が最後だ。

 このまま休んじまうか? という誘惑が湧いてきても仕方がないと思う。

 人間だもの。

 しかし未だに皆勤を保っているので、理由なく休むのも気が引ける。

 ……まあ、皆勤賞なんてとれたことないのだが。

 踏ん切りをつけるべく靴に足を通して立ち上がる。

 玄関に設置された姿見には死んだ魚のような目の男子高校生が映し出されている。


「うわ……なんだこいつあぶねえ」


 ……ああ、俺か。

 納得だ。

 本人にして長々と見つめられない目から視線を逸らすと、遊びのない黒髪に個性のない着こなしのブレザーをチェックする。

 髪は寝癖の範囲を出てないか、ブレザーは特徴的になってないかを確める。

 よし。

 中肉中背、髪は長すぎず短かすぎず。

 藍色の地味なブレザーは前を開けず、しかし下の白シャツは一番上のボタンを止めず、ワインレッドのネクタイも結ばず胸ポケットに入れてある。

 約三年はこの格好につきあっていく必要がある。

 目立たないように。

 何かしらの特殊な事情があるとか、能ある鷹ムーヴとかではない。

 単純に叩かれないためだ。

 『やらかしたら背負わされる』が学校という社会形態だ。

 たった一度の過ちだろうと何だろうと、印象に残っていれば卒業するまでどころか十何年と経ったあとでもイメージの払拭はできない。

 そんな十字架を背負わないためにも、今後も努力は欠かすことなく行っていこうと思う。学校行きたくない。

 これ以上は本当に遅刻するという時間が迫っているので、玄関の扉を開ける。

 もうすぐ梅雨を迎える筈なのだが、雲に遮られることのない太陽が目を焼く。

 その眩しさも怨めしい。


「……もう帰りたい」


 僅かながらの庭を横断し鉄柵の門扉を押しながら呟く。


 これから苦行の八時間が始まる。


◇◇◇


 なんて思ってはいるものの、そこまで辛いわけじゃない。

 始まるまでの時間は憂鬱なのに、始まってしまった後の時間の方は楽というあれだ。

 淡々と授業を消化する。

 うわ、真面目! ……なんて言われることもある授業態度だが、実際に内容が頭に入ってきてはいない。

 周りに合わせてるだけだ。

 聞き流すスタイル。

 考えているのは放課後のことばかり。

 指名されたら教科書を読むし、問題を解く努力もするが、特に印象を集めることなくこなす。

 面白い解答を書いたり尊敬を集めるような行動とは無縁だ。

 しかし回ってきた手紙はちゃんと教師にバレないよう回すし、クラスがうけたら笑う。

 絶妙な距離感というのが、学校生活には必要で。

 その距離感は既に熟達の域で身に染み付いている。

 ハブられているわけじゃないよ、そういうキャラなんだよ、という位置取りだ。

 実際に一人が好きなので演技でもない。


 この日も、俺の学校生活というのは順調だった。

 一限が終わったので次の体育のために移動している。

 教室で着替えて体育館だ。白い半袖に赤いハーフパンツだ。一年は赤。女子は更衣室があるため別行動。

 この時もクラスの奴らはグループごとに固まってゾロゾロと移動するのだが、俺のようなボッチは他のボッチに紛れて移動していた。

 ここでグループとグループの間なんかに位置取ると移動時間がちょっと気まずい。

 足早に追い越そうとするとなんか恥ずかしいし、後ろのグループに近づき過ぎるのも嫌なもの。

 前ボッチ後ろボッチがベター。

 タラタラと前後のペースに合わせて歩いていると、少し前の廊下が人で詰まっていた。


「……なんだよ、めんどくせえ……」


 思わずぼやいてしまう程の人だかりだった。

 窓から出入口から教室の中を覗いている奴らで廊下がふさがっている。

 そこまでするなら教室の中に入ればいいのに。

 仕方なしに、廊下の端の方を体で割って進む。

 先人が切り開いた道なのでそこまで大変じゃないが、時おり予告なく下がってくる奴がいてぶつかってしまう。


「あ、わりぃ」

「……いや」


 『居たの?』という視線と共に飛んでくる謝罪の言葉を、適当に手を上げて回避する。

 謝っているように見えて、これは攻撃だ。

 その表情が物語っている。

 こちらの学内カーストの度合いを確認しての謝罪だ。

 下手に回るとこちらのせいにされるまである。

 さっさと撤退がいい判断だろう。

 この人だかりの原因も分かっている。

 なんとこの時期に転校生が来たそうで、その漫画のような展開にリアルがキラキラとか言っている奴らが物見遊山しているのだ。

 どうかと思うよ。

 見物とは名ばかり押し合いも。

 時期外れの転校生も。

 その転校生とやらはこの位置からは見えず、後ろの方にいる奴らってのは何が楽しいのか……。

 思っても口に出せることではないけどね。

 なんせここにいる奴らはAやらBやらのグループだ。

 Cどころか外れ者であるDの俺が太刀打ちできる奴らじゃない。

 大人しく押されながら廊下を渡るしかないのだ。


◇◇◇


 午前の授業を超えると、学校で最難関とも言えるお昼休みが始まる。

 なんせ飢えた十代後半の男女に自由を与えるというのだから……信じられないぜ教育。

 こんなところには居られない。

 私は席を外させてもらう!

 意気込みとは裏腹に、ガヤガヤと騒ぐ教室をコンビニ袋片手に静かに抜ける。

 ここでトイレにてボッチ飯を決め込むと思っている奴は素人だ。

 男子用のトイレは使用中だと一定の割合で絡んでくる奴がいるのだ。

 扉を強めに叩いたり、適当な一言を投げ掛けたり。

 落ち着いて飯も食えない空間なのだ。

 じゃあどこにいくのか?

 学校のお昼休みというのは、授業中と違って移動が許されているので、適度に分布が広がる。

 高校生という無法者どもの。

 教室の密度は上がったり下がったりで安定を見せず、部室というコロニーにも出没する。

 それまでの使用率がなかったベンチや食堂にも溢れ、更には学校内から飛び出す奴らもいる。

 絶望的とも言える状況だが、奴らは終了のチャイムは守るというおかしなリテラシーを持っている。

 そこを突く。

 そのリテラシーの中に、禁止とされている場所には近づかない、というのがある。

 保健室には入り浸るくせに校長室なんかには来ないのが良い例だろう。

 後者は高い確率で無人だというのに。

 やれやれだ。

 他にも更衣室や空き教室、倉庫なんかもある。

 そういった可能性の中で最も無人である確率の高い場所……それが屋上に通じる扉の前の空間なのだ!

 なんとここで人に遭遇したことがない。

 0%だよ0%。

 まあ、その前の階段に立ち入り禁止のテープが張られているし、少しホコリっぽいから。

 分からなくもない。

 しかし誰も気にせず食事ができるのだ。

 ボッチにとってのシャングリラと言っても過言じゃない!

 そんな聖域に住まう俺を神と敬って貰っても……。

 あ、いっけね、一人だった。

 なら仕方ないね。

 神より、人であることを選ぶよ。

 主人公的な結論に達した俺が、キープアウトと書かれたテープを跨いだ時にそれが聞こえてきた。


「なんか結構キレイじゃね?」


 おっと、どうやらボッチの環境美化が叫ばれている昨今であるらしい。

 なんとか食事するのに不快でないようにしたんだよ。

 足を止めて、そろりと頭上へと視線を飛ばす。

 息遣いすら潜める俺は、邪魔しないようにというマナーが計り知れない。


「こんなとこあったんだ?」

「遠くね?」

「たまになら……」

「案内ついででしょ? ってか吉村まで呼んでない」

「はい、氷川さん。椅子」

「……」

「バッカ、こういうとこだから堂々と食べられるものもあんでしょー?」

「ウィー」


 イエー。

 どうやら遭遇率が0から動いてしまったらしい。

 いや待てよ?

 ここでこっそりと身を翻せば……実質0%ということではないかね!

 なんてことだ……天才かよ。

 世界が俺を待っている。

 そんなわけで、跨いだ足を戻し、来た道をすごすごと帰ることにした。


◇◇◇


 別の候補地で昼飯を終えた俺は、静かに午後の授業を受けていた。

 この時間からソワソワするのは、何もボッチだけではない。

 部活に恋愛に帰宅にと、若者の胸を弾ませて止まない放課後が待っているからだ。

 もうすぐそこに。

 だからといって油断はできないのが午後の授業。

 放課後に全力を傾けるために、体力を温存するのがベストプレイスだ。

 しかしそこで安易に睡眠なんて選択をとってしまえば、目立つことこの上ない。

 バカ! 行くな! 罠だ!

 カースト最底辺は、なんとなく睡眠が許される環境でしか寝てはいけないのだ。

 プールの後とか、自習の時間とかだ。

 それ以外のタイミングで寝ていると、机を蹴って起こされるならともかく、なんらかのネタにされてしまうこともある。

 寝ているのが悪いのだから、と。

 これがAランクである生徒なら、教師すら手玉にとり、なんとなく許される雰囲気にまでなる。

 しかしCランク以下ならば『もう眠いよ犬』なんてネタをぶち込もうとも、放課後に呼び出され翌日から『犬』というアダ名が着いてしまうまであるのだ。

 恐ろしいな高校。

 ゴールテープを切る直前が一番危ない、これ常識。

 気を引き締めなければ。

 といっても、午後の授業は二つしかない。

 午前を生き抜いた我々に越えられないものではない。


 なのに鳴り響く着信音。


 俺ではない。

 しかしDランクの奴だ。

 バカな。

 昼休みが終わる前には戻しておけとあれほど……。

 言ってないな。

 よくよく考えれば友達でもない。

 ちなみに携帯は禁止の学校だが、今のご時世で持っていない奴の方が珍しく、実際には黙認の状態だ。

 見つかってはいけない時以外は見逃してくれたりする。

 まあ授業中はアウトなのだが……。

 これも先生によってはセーフ判定を貰える。

 動画やゲームならともかく、着信ぐらいなら許してくれる。


「誰だ」


 まあ、この先生はアウトなんだけどね。

 あーあ、可哀想に。

 どこかシラーッとした空気が教室を漂う。

 誰も何も言わないが、背を向けていた先生以外は犯人を知っている。

 これがAグループの奴なら、なんとCランク以下に擦り付けて事なきを得るまである。

 しかしCランク以下は、Bランク以上の者に飛び火しない内に名乗り出なければならない。

 でないと、その後の高校生活が危うい。

 でも携帯という個人情報満載のツールを手放したくないという葛藤が、この沈黙を呼んでいる。

 辺りはBランク以上……もしくはクラス全員の『早く言えよ』というプレッシャーで犯人を苛んでいる。早く言えよ。

 沈黙が長々と続くと持ち物検査をし出す先生なのだ。


「……あ、お、俺っ、です……」


 渋々と立ち上がった男子生徒が、これまた渋々とスマホを先生に手渡しする。

 今の短い時間にキチンとロックは掛けたかね?

 言わずとも「わかってる」と返ってきそうな小言を述べて、先生が授業を再開する。

 気落ちした生徒を生み出しつつも、午後の授業は続いていく。


◇◇◇


 ようやくここまで辿り着いたぜ……。

 幾多のDランクを犠牲にしながら、我々は自由への切符を手に入れた。

 まあ、帰れるってだけなんだけど。

 正直今日は色々とあった方だ。

 いつもはもっと退屈な授業が続き、転校生なんて非日常は絡まず、ただただ繰り返しの日々が続くだけだ。

 無論、それを望んでいる。

 無駄に心を乱されて辛い思いなんてしたくないしね。

 それでも、何かあってこの程度が我々カースト最底辺なんっスけどね。

 五月に入って転校生、なんてアホらしいイベントがあっても、我々が受ける恩恵なんて『見物人にぶつかる』ですよ。

 ドラマチックな展開や日常におけるドキドキなんてのは、貴族(AB)様達の特権なんですよ。拗ねてないですよ。

 むしろカオス理論から日常を乱されているまであるね。

 昼食のベストスポットを獲られたことや、授業中の油断着信を考えれば……。

 なんてことだ、学会で発表できる。

 ああ、しかし一人だった。

 すまない世界。


 ホームルームが始まる僅かな時間を潰すために思索に耽っていると先生が教室に入ってきた。

 この時間ってすげー嫌いだよ。

 なんにも考えてないと無駄に長く感じるし、タイムアップの正確な時間帯がわかんねえし、周りはうるせえし、おあずけ食らってる犬の気分だ。


「席つけー」


 先生が気の抜けた声で着席を促す。

 適当に散らばっていた奴らがガタガタと席に着く。

 その際に「あとで」やら「コンビニな」やらの掛け声を相手に掛けている。

 相手のいない俺の一人勝ちかな?

 同士だと思っていた数少ない戦士()たちもスマホを弄るのに忙しい。

 間違いなく最初に教室から出られる俺は、誰よりも放課後を満喫できるだろう。

 バッカ、泣いてねえよ。

 でも誰か抱きしめてくれる?


「――以上、誰か何かあるか?」


 先生が何らかの連絡事項を告げて、最後に質問を受け付けている。

 連絡事項なんだって?

 いつも無いのに……今日はなんか言ってたな。

 しかし聞き返せる相手がいない。

 だが質問を受け付けているので、少し恥ずかしいがもう一度聞き返せば解決。


「……」


 ……なんてできるのは発言力が強い上位者だけなんスわ。

 この「なんかあるか?」の時に聞き返した奴はいない。

 実際には『ないない、ないから早く終われ』って皆思っているからだ。

 そんな中、帰るのをほんの少しでも遅らせることを許容されるのはランクAぐらいだ。

 まあ、いいや。

 どうせ大した連絡事項じゃないんだろう?

 サッカー部の不祥事とか不良生徒の飲酒とかだ。

 自分には関係ない。

 授業の変更でも、勉強道具を全置きしている俺には問題ない。

 うん、大丈夫。


「よし。じゃあ日直」

「きりー――」


 若干のモヤモヤを残しつつも立ち上がる。

 しかし問題ない。

 そう――

 礼を終えて三々五々と生徒が動き出す。

 もう生徒の時間だとばかりに足早に先生が教室を出ていこうとしている。

 ――ここで聞き直せば問題ない。

 あくまで自然に先生に追い付く。

 なんせほら、俺って呼び止めてくる友達とかいないから?

 いやもう泣いてますけど?


「……せ」

「あ、あの遠藤先生!」


 余計なことを考えてたせいか、一歩出遅れた。

 授業中にスマホを没収されてた奴だ。

 なるほど。担任から遠回しにスマホを回収しようという魂胆か。

 その意気込みにボッチ最速を自称する俺も遅れをとったようだ。

 というか「せ」なんだよ。

 恥ずかしいわ。

 幸いにも最初の一文字、被ったお陰か周りには聞こえていない。

 あたかも『そっちから出ますよ』とばかりに、先生と男子生徒を追い抜いて教室を出てしまった。

 とぼとぼと、しかし前の奴らからしっかり距離を置いて廊下を歩く。

 ……うーむ。これで連絡事項が『何か持ってこい』系かなんかだったら、間違いなく一人浮いてしまう。

 しかしつい勢いで教室を出てしまった。

 もう面倒だ。

 切り換えよう。

 せっかくの放課後がモヤモヤとしたまま過ごすのは良くない。

 いざとなったら欠席早退という手段もある。

 目立つ? いいえ。

 普段から存在感のない奴がいなくなっても目立つことはないという。

 ぶっちゃけもう号泣ですが何か?

 逃げ道ができたことで幾分か気持ちが楽になった。

 さあ帰ろう。

 靴を履き替えて校外に出ると満たされる全能感。

 なんでもできるぜ。

 一人カラオケ、一人飯、一人ゲーセン、一人タピオカ、一人立ち読み……あとなんだ、とにかくソロだ。

 誰かに気兼ねすることなく、自分のしたいことができるフリーダム、それが一人。

 寂しいとか悲しいとか言う奴らは分かっちゃいない。

 ソロこそ至高、ボッチこそ最強である。

 なんせ一人なら経験値を割らなくていいんだぜ? 凄いやソロ。

 他にもあれやこれや……色々と利点だらけだな、うん。

 何はともあれ。

 さあ行こうじゃないか! 楔のない世界へ!


◇◇◇


「ただいまー」


 ええ、帰宅です。

 帰るって言ったので。

 自分の発言に責任を持つ……大事だよね。

 具体的には先立つ物がないからなんですが……クラスの高ランクどもはよく毎日遊べるなと思うよ。

 そこら辺は本当に。

 資金力に差がありすぎじゃない? ブルジョワじゃなきゃ成れないの高ランク?

 冒険者かよ。

 鉄柵を抜けて玄関の前に立つ。

 小銭入れの中に入れておいた鍵を取り出して鍵穴に挿す。

 何故小銭入れなのか?

 一向に膨らむ気配のない財布の嵩ましである。鍵って超便利。

 ……あれ、鍵の手応えが軽い?

 扉を開けて玄関へ入ると、先に帰宅したことを示すように脱ぎ散らかされた靴があった。


「あ、おかりー」


 キチンと靴を揃えてやっていると、その持ち主が洗面所から顔だけ突き出してきた。

 ショートボブにした髪が濡れているのはシャワーでも浴びていたのだろう。

 クリクリとした大きな瞳でこちらを見ている。


「知ってる生首だな」

「帰宅早々ご挨拶ですね、お兄さま」

「お前、何回も言ってるけど靴揃えろよ。なんで俺が一々……」

「あ、待って待って兄ちゃん。今それどころじゃない。キンキュー事態だから! キンキュー!」


 この妹の緊急は、あまり緊急だったことがない。

 カブトムシが逃げ出したとか、ゲームのアイテムが取れないとかだ。

 どうせ説教逃れだろう。


「そうか。達者で暮らせよ」

「パンツがない」

「大事件だぜ」


 は? なに? 盗まれたとかそういう?

 うちの妹は今年中学に入学したばかりの小学生上がりな上に、乙女成分が少ない。

 セーラー服なのに逆立ちしちゃうバカだ。

 しかしそういうのを好む性癖の持ち主もいるというから……。


「パンツ持ってくるの忘れた。とってきて」


 少ない乙女どこに置いてきた? ああ、部屋ね。


「いや自分で取ってこいし」


 兄は年頃、お前も年頃、オーケー?


「だって床が濡れるじゃん」

「拭け。いや待てバスタオルは?」

「バスタオルも持ってきて」

「ふざけんな」

「あとティーシャツと短パンも持ってきて」

「ふざけてんな?」


 なーに、この妹? 全部か? 全部忘れてシャワーを浴びたのか?

 性別だけでも思い出して!


「兄ちゃんが持ってきてくれたら早いじゃん。とってきてくんなきゃ、裸でビショビショのまま兄ちゃんの部屋に突入して転がり回る」

「あー、待て。いいよ、分かった」

「転げ回る」

「そっちじゃねえけど?! 持ってくる持ってくる、部屋から取ってきてやるって言ってんだよ、このアホめ!」


 ズイッと肩まで出してきたアホにストップを掛ける。

 ぶっちゃけ妹の下着にそこまでの抵抗はない。

 洗濯物を入れる時に触ることがあるからだ。

 急な雨とかね。

 それでも年頃なのだ。

 お互いに。

 この状況はおかしい。


「あ、白でお願いします」


 いや妹の頭がおかしい。

 階段を上がりながら追いかけてくる妹の声に、思わず呻きそうになる

 バスタオルの色の指定だな、うん。


◇◇◇


「兄ちゃんの好みが、よく分かった」

「待て。きっと誤解だ」


 相手を場外に叩き出すゲームをしながら、妹と夕食を待っている最中だ。

 キッチンからは、既に帰宅して料理を始めた母が良い匂いを漂わせている。

 妹は赤い半袖のティーシャツと黒の短パンに着替えていて、俺は黒い長袖長ズボン姿だ。

 既にシャワー騒動から二時間以上も経過しているのに、妹がこんなことを言い出したのはゲームで負けそうだからだろう。

 あまいな元小学生。

 そんなんで動揺する兄ではない。


「あ、勝った」


 しかし兄は先程の台詞を脅迫と取りました。

 決して不自然な震えのせいではない。


「これで兄ちゃんの分のアイスはあたしんだ」

「なにそのルール知らない」

「既にシャワーの後に貰ったから、大丈夫」

「勝敗が関係ねえ」


 俺には分かっている。

 これも日常におけるコミュニケーションの一つだということを。

 ただの掛け合いさ。

 だからきっと、俺のアイスは残っている筈。

 カチャカチャとコントローラーを動かしながら、涙目で、そういえばと気になっていたことを訊く。


「今日帰ってくるの早くなかった?」


 妹は部活というか同好会に入っている。

 いや、入っているというより自分で作ったそうだ。

 『どうすればもっとご飯が美味しく食べられるのか同好会』だそうだ。

 妹はアホだ。

 そんな緩い同好会でも、活動はあるだろ……多分。恐らく。

 なにより俺の高校よりも中学は遠いのだ。

 誰よりも早く帰宅する俺より早いというのは、ちょっと考え難い。

 どんなトリックだ?


「うん、速かった。過去最高。五時間目くらいかな? じゃんけんで多めの給食を勝ち取ったあたしは眠くなってきて……あ、兄ちゃんより早く帰りたいなって思ったの。だから学校終わるなり走った。全速力。友達の声も先生の声も置いて」


 それ注意されてね? どんな速さ?

 って、力技かよ。

 どうりでシャワーなんて浴びてたわけだ。

 運動部でもないし、普段からの習慣があるわけでもないのに。

 おかげで俺のアイスが犠牲に。

 納得。

 できん!

 思考の飛躍もその後の展開も分からんね。

 得意気に決め技を放ってくる妹に溜め息を一つ。


「……そうか」

「すごい? ねえ、すごい? ならもっと褒めてご褒美にアイスを買ってきてください」

「ああ。罰として冷蔵庫上段納豆の後ろに隠してあるちょっと高めのチョコレートを食ってやるよ」

「兄ちゃん兄ちゃん! ひゃあああああ?!」


 なんだよ。

 画面の中では、俺が操るキャラが妹のキャラにカウンターを決めて叩き出しているところだった。


◇◇◇


 夜更かしがデフォ。

 特にすることなくダラダラ。

 二階にある自室のベッドでゴロゴロ。

 至高。

 なんてこった、これが幸せか。 

 漫画を読むこともあればゲームをすることもある。

 撮り溜めたテレビ番組の視聴もあれば動画を適当に探すこともある。

 どうも神です。

 今日は古本屋で買った完結漫画を読み返している。

 その内に襲ってくる眠気に身を任せるのがパターンだ。

 もちろん無性に眠たくて早く寝ることもあるが。

 パラパラと好きなシーンのページを前後しながら、何を考えるでもなく手を動かす。

 集中力が無くなってきた。

 漫画では主人公が告白に全力を出している。

 青春だなあ。

 こういうのを読んだり見たりするのは好きだが、経験したいとは思わない。


 一人が好きなのだ。


 負け惜しみや意地などではなく、本当に一人が好きなのだ。

 束縛やコミュニケーションが嫌いとかではなく、気楽さや自由を選んだだけなのだ。

 もちろん、全力を出してもカーストの上にはいけないだろうけど。

 しかし、こういう漫画を読んでいると、もし自分にこんな出会いがあるのなら……なんて考えてしまう。

 自己投影というやつだ。

 漫画を閉じて、少し想像してみる。

 いや、できない。

 おおおお?! 彼女がいる想像ができない! バカな?!

 落ち着け思春期男子。彼女だよ彼女。わかるだろ?

 彼女がいたらあれだ……ああ、なるほど。

 フラれるところならいけた。

 どうなる?

 一人だ。

 結果は同じだ。

 あれ? この枕の染みはなんだろう? 広がっていくよ?

 きっと早く寝ろっていう体からのサインだな。うん。

 俺はそのサインに従い、ゆっくりと意識を手放した。



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