からまるまんなか~お風呂探偵の推理~ きき
はしゃぎ声で満ちた賑やかな校舎の階段を急いで駆け降りる。
待ちに待った昼休みの時間。今日は“からまるちゃん”との約束がある。早く行かないと、からまるちゃんがぶうぶう文句を言い始めてしまう。
一階に着いたところで後ろから「トール」と声をかけられた。振り返ると、クラスメイトのさっちゃんが困った顔をして立っていた。
「ごめん、何だか急いでる?」
「ちょっと、からまるちゃんと約束があって。…どうしたの?」
「えっと、そんな大したことじゃないんだけど…私のハンカチ知らないかなって。薄いピンク色で、お花の刺繍が入っているんだけど…」
そのハンカチなら前に見たことがあった。今は遠くに住んでいるというさっちゃんの親友が、去年の誕生日プレゼントに贈ってくれたのだと嬉しそうに話していたのだ。
「ごめん、見てないや…」
「そっか…実は今日の体育の授業の後から見当たらなくて…」
「どこかに置き忘れちゃったとか、ない?」
「授業の後に外の水道で手を洗ったから、そこに置き忘れちゃったのかと思ってさっき見に行ったんだけど、無くって。でも、自分でもう少し探してみる。引き留めちゃってごめんね」
「ううん。ハンカチ、見つかるといいね」
さっちゃんは「ありがとう」と笑いながら言いつつも、元気がなさそうだった。
うーん…これはからまるちゃんに相談してみるか。
*
早足で廊下を進み、一階の突き当りにある『カウンセリングルーム』に辿り着く。ここが、からまるちゃんのお部屋。ドアを軽くノックして「5年3組、花村透でーす」と言うと、中から「どうぞ~」と柔らかな声が返ってきた。
「遅くなってごめんね~」
「本当、遅いぞー。お昼休みの時間、限られているのに。それから学校ではちゃんと“金丸先生”と呼びなさい」
からまるちゃんは食べかけのお弁当とお箸を丁寧に机の上に置くと、胸元の『スクールカウンセラー 金丸愛花』と書いてある名札を指さしながら言った。
「だって、からまるちゃんの方が呼びやすいし、可愛いんだもん」
「そういう問題じゃないのよ。トールが変なあだ名で呼ぶから、この間なんて1年生の子にまで“からまる先生”なんて呼ばれちゃったじゃないの」
ぷくっと頬を膨らませて僕を睨むからまるちゃんの顔が面白くって、僕は「あはは、ごめんごめん」と笑いながら平謝りをした。
名札の通り、からまるちゃんは僕の学校のスクールカウンセラーだ。ただし本人曰くそれは仮の姿で、本当の仕事は“売れない小説家”らしい(“売れない”のフレーズまで本人が言っていた)。週に2~3日アルバイトとしてこの学校で働き、それ以外の時間は家で小説を書いていると前に話してくれた。
ほわわんと柔らかい雰囲気と可愛らしい容姿と話しやすいキャラクターで、からまるちゃんは学校の皆の人気者だ。
「そうそう、約束の話の前に、からまるちゃんに相談したいことがあるんだけど」
「あら、事件?なになに?」
「事件って程でもないのだけど…」と、僕は先程のさっちゃんのハンカチの話をした。
「ハンカチを無くしちゃったさっちゃんって、飼育係の子だっけ?」
「そうだよ。動物好きって学校中じゃ有名な位!暴れん坊なうさぎのぴょん吉をすぐに抱っこ出来るのはさっちゃんだけって、この間他の飼育委員の子が言っていた。あと、校庭で放し飼いにされている犬のバリーさんと一番仲良しなのも、さっちゃんじゃないかな。この間の放課後なんか、さっちゃんがいなくなった!って皆が騒いでいたら、バリーさんと一緒にお昼寝していたんだよ」
からまるちゃんは「ふむむ…」「ほうほう」と僕の話を聞くと、突然「トール、そこに置いてある桶を持って用務員室でお湯入れてきてくれる?温度はぬるめね。38度位」と言った。
「お湯…?あ、まさか、からまるちゃん…!」
「うん、もうすぐ謎が解けそうだからね」からまるちゃんはウインクして言った。
そう、からまるちゃんは、僕の学校のスクールカウンセラーであり、売れない小説家であり、そして誇り高き『お風呂探偵』でもあるのだ。
なぜ、ただの探偵ではなく『お風呂探偵』なのかと言うと、謎が解けそうになるとお風呂に入り始めるからだ。その理由はからまるちゃん曰く「全ての真相はお風呂の湯気に包まれている」からで、お風呂の湯気からその謎の真相がふわりと出てくるそうだ。
そんな感じで、からまるちゃんはお風呂に入りながら僕の学校やご近所で起こる謎を解決している。
しかし、今回はなぜこんな小さな桶…?まさか、この中に縮こまって入るとか?ぐるぐると思考を巡らせながら、言われた通りぬるめのお湯を桶に入れてカウンセリングルームに戻った。「ありがとう」とにこやかに言うなり、からまるちゃんはいそいそと靴下を脱いで桶の中に足を突っ込んだ。
「ふあ~気持ち良い~…本当は浴槽でゆっくり考えたいんだけど、流石に学校だからね。今日は足湯でご勘弁」
なるほど、浴槽がなければ足湯で解決ということか。この発想はからまるちゃんらしい、と僕はすっかり感心してしまった。
「さて、トール。さっちゃんのハンカチの場所、わかったよ」
「本当?!どこにあるの?」
「うん、バリーさんの小屋の中にある」
「バリーさんの小屋の中?」
僕が尋ねると、からまるちゃんは得意気に話し始めた。
「まずは、さっちゃんはバリーさんとこの学校の中で一番の仲良しなのよね。私もトールの話を聞いて思い出したけれど、何度か校庭で一緒に散歩しているのを見たことがあるわ。そしてその散歩の時、さっちゃんはうさぎ小屋に寄っていたんじゃないのかしら。バリーさんはうさぎ小屋の中に入れないから、いつも外で待っていた。これがこの謎を解くカギの一つ。
もう一つは水道。校庭の水道はうさぎ小屋の近くにあるわね。さっちゃんは体育の時間以外もうさぎ小屋から出た時に手を洗うためにこの水道を使っていたんじゃないのかしら。その習慣をバリーさんも覚えていた。
そこで今日の体育の時間に戻るわ。授業を終えたさっちゃんは、いつものようにうさぎ小屋の近くの水道で手を洗っていた。そして本人の予想通り、そこにハンカチを忘れてしまった。ここでバリーさんの登場よ。放し飼いにされているバリーさんは一人の時もさっちゃんとの散歩コースをうろうろしていた。すると、いつもの水道のところにさっちゃんのハンカチが置いてある。見た目じゃわからないだろうけれど、犬は鼻が良いからね。匂いでそれがさっちゃんのものと判別したの。さっちゃんがうっかり忘れたものと思ったバリーさんは、また放課後に会った時に渡そうと自分の小屋に持って帰って大切に保管している…こんなところかしら」
「なるほど…でも、例えバリーさんがさっちゃんと仲良くても、ここまで出来るかなあ」
「あら、犬は私たちが思っている以上に賢いのよ。それに仲良しの人の事だったら尚更よくわかるんじゃないのかしら。信じられないんだったら、バリーさんのところに行ってみたら?」
からまるちゃんが自信満々な表情で見てきたので、僕は言われるがままバリーさんのところに向かった。
「バリーさん、ちょっとごめんよう」と小屋の中を覗くとバリーさんが気持ち良さそうにお昼寝をしていて、そのふわふわしたお腹でさっちゃんのハンカチを大切そうに包んでいた。
「さっすが、からまるちゃん!言っていた場所にあったよ!」
カウンセリングルームに戻るなり僕が興奮気味に伝えると、からまるちゃんは「当たり前よ、私は誇り高きお風呂探偵だもの」と、えっへんと胸を張った。
「あれ、ハンカチは持って来なかったの?」
「うん、バリーさんから渡してもらった方がさっちゃんも喜ぶと思って。あ、でもバリーさんが持っていることは教室に戻ったら言っておくよ」
「それがいいわね」と、からまるちゃんが笑った。
昼休みの残り時間が少なくなってきたので急いで今日の本題を話そうとした瞬間、カウンセリングルームのドアがコンコン、と鳴った。「はーい」とからまるちゃんが返事をすると、深刻そうな表情をした男子二人組が入ってきた。
「翔と恭介じゃん。どうしたの?」
二人は私と同じ登校班の4年生だ。今朝も一緒に登校してきたけれど、その時は特に変わった様子はなかったのに…どうしたんだろう?
「あ、トールもいる!ちょうど良かった…実は最近、大河の様子がおかしいから相談したくてさ」
4年生の中でもしっかり者の翔が言う。
「何かあったの?」
「実は今日の書道の時間に、大河が恭介の文鎮も無理やり奪おうとしてさ」
「えっ、大河が?」
僕の反応を見ていた恭介が、控えめに頷いた。
「やめてって、何度か言ったら返してくれたんだけど…訳を聞いても『うるさい』って言って教えてくれないんだ。それに最近、何かをずっと考えているようでずっと上の空だし…」
大河も二人と同じく僕と一緒の登校班の4年生だ。学年の中で一番背が高くて大柄な大河は少し不器用で、気に入らないことがあるとすぐ手を出そうとしてしまう。だけど、本当は心の優しい子で下の学年の子たちの面倒もきちんと見てくれる。それに、自分が悪かったことにはきちんと謝ることが出来る子だ。
「それよりもっと変なのが、崇斗のことをずっと無視しているんだ」
「崇斗って…いつも大河と一緒にいる、あの杖をついている子のこと?」
「うん。いつもなら教室移動も一緒に行くのに、ここ最近は崇斗を置いてさっさと一人で行っちゃうんだ。崇斗が話かけても無視しているし。喧嘩でもしたのかなあ」
考えこむ翔に、恭介が首を振る。
「それはないよ。僕、前に二人が口喧嘩しているところを見たことあるけれど、その後の教室移動の時はちゃんと大河が崇斗のところに行って教科書を持ってあげていたよ」
崇斗という子のことを僕は詳しく知らないけれど、大河を校舎内で見かける時はいつもその杖をついた男子と一緒だった。喧嘩もしていないのに訳もなく大河が彼を無視するとは思えない。僕たちは「う~~~ん…」と唸った。
「で、その大河くんの様子が心配だから私のところに来たってこと?」
「その通り!からまる先生、どう思う?」
翔が救いを求めるような目でからまるちゃんを見つめる。
「そんな、私だって大河くんに話聞かなきゃわからないわよ」
困ったように笑うからまるちゃんに、二人が「そうだよね…」とため息をついた。
すると「そういえば」と恭介が口を開いた。
「大河、ここ一週間くらい登校班の列から途中でいなくなってるよな。朝の会の前には学校に着いているけれど」
「えっ、そうなの?」
翔と僕が恭介の方を見る。
「うん。列の一番後ろで歩いていて、途中でそーっと別の細い道に入っていくんだ。場所は忘れちゃったけれど」
「トール、気が付いていなかったの?」とからまるちゃん。
「だって、5年生は2年生とペアで列の前の方に並ばなきゃいけないんだもん」
「というか、恭介、気が付いていたのに止めなかったのかよ」
翔が突っ込むと、恭介は「だって、理由を聞かれたくなさそうなんだもん…」と、しょんぼりした。
だんだん静かになっていく僕らを見て、からまるちゃんが空気を仕切り直すようにパン!と手を叩く。
「とりあえず、彼に何か事情があるのは確かなようね。そうだ、トール、ちょっと大河くんの様子見てきてよ」
「僕が?!」
「だって同級生の子たちのことは無視する訳でしょう?一応上級生のトールが聞いたら、ちょっと違うんじゃない?」
「一応って…。そしたら先生のからまるちゃんが聞けばもっと良いんじゃない?」
「駄目よ。先生の私が聞いたら、逆に私に怒られるんじゃないかって話してくれなくなるでしょう。子ども同士の方が効果的なこともあるのよ。ねっ、トール」
「ええ~…」
「トール、お願い!僕たち、大河が心配なんだよ…」
嘆く僕に追い打ちをかけるように、二人が真剣な眼差しを向けてくる。
「ええーい、わかったよう!今日の放課後、4年生の教室行くから!」
「ありがとう、トール!」
大河の話がひと段落したところで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「ほらほら、午後の授業が始まるわよ。早く教室に…って、トール、結局約束の話が出来なかったじゃない!」
「今日はしょうがないよ。放課後、大河の様子の報告がてらまた会いに行くから!」
「よろしくね~」
からまるちゃんは少し残念そうに手を振っていた。
*
結局、放課後に大河のクラスの教室へ行ったが収穫はゼロだった。僕が「元気なさそうだけど何かあった?」と聞いても「何にもない」の一点張りだった。それどころか、上級生の僕が自分の教室に来て目立ったことが気に食わなかったらしく、「何で来るんだよ」とぶつくさ文句まで言われた。
僕でも駄目だったじゃないか、と、からまるちゃんに文句を言いたくなってしまった。
その日の帰り、僕はからまるちゃんの家に寄った。からまるちゃんは僕の家の近くにある、赤い屋根のアパートに“ドウキョニン”という男の人住んでいる。因みに僕は“ドウキョニン”の本当の名前を知らない。からまるちゃんがずっとそう呼んでいるからだ。だけどドウキョニンはからまるちゃんのことを“愛花”と呼んでいる。
チャイムを鳴らすと、ドウキョニンが現れた。
「トール、いらっしゃい。愛花がお待ちかねだよ。」
奥の部屋へ進むと、からまるちゃんがふかふかのソファーに座りながらプリンを食べていた。
「お、いらっしゃい。大河はどうだった?」
「全っ然なにも話ししてくれなかった…。しかも超機嫌悪いしさ。教室行ったら『何で来るんだよ』とか言うんだよ?ひどくない?」
「それは災難だったわねえ。ほら、プリン食べて元気出して。ドウキョニンの力作よ」
ドウキョニンが瓶に入った可愛らしいプリンを渡してくれた。一口食べたら、さっきまでのトゲトゲした気持ちが少しだけ柔らかくなった気がした。
「他には何かあった?」
「うーん…あ、そう言えば教室に行った時に、翔と恭介が崇斗に会わせてくれたよ。優しそうな子だったし、やっぱり大河のことを気にしてた。今日も帰りの会の時に高学年の合同キャンプの話し合いがあったみたいなんだけど、大河はずっと黙っていたんだって。ついこの前までは『楽しみだね』って話をしていたのに、何故かいきなりあんな態度になっちゃったって、崇斗が悲しそうに話してた」
「そう…それは早く解決してあげたいわね」
「というか、キャンプってこんな梅雨の時期にやるものなの?」
ドウキョニンが首を傾げる。
「そうそう。でも何だかんだ毎年ちゃんと晴れるんだよね。皆の日ごろの行いが良いのかな?」
「…トールは本当に単純よねえ」
「からまるちゃん、喧嘩売ってる?」
僕はじろりとからまるちゃんを睨んだ。
「まあまあ、それは置いておいて…とりあえず、トールは明日、登校班とは別で学校に行きなさい」
「え、なんで?」からまるちゃんの不思議な指令に僕は顔をしかめる。
「大河を尾行するの。登校班だと下級生のお世話があって、大河が列から離れても追いかけられないでしょ」
「なるほど…って尾行?!」
「大河の気持ちを理解するには、まずは大河の行動を観察しようって訳。もちろん私も一緒に行くわ。明日は学校のお仕事、お休みだし」
「わあ、探偵っぽくて楽しそう!」
「おーい、探偵ごっこをする訳じゃないんだろう?っていうか、愛花、先生なのにそんなこと言っていいの?」
盛り上がる僕たちをドウキョニンがとあきれた顔で見る。
「し、失礼ね。ドウキョニンは真面目なんだから。こういうのは楽しんでやらないとね。と、言う訳でトール、明日の朝は我が家の前に集合!」
「合点承知!」
大河には申し訳ないけれど、“尾行”という響きにどきどきして明日が楽しみになってきた。
「…あ、そうだ。もう一つの大事な用事を思い出した。からまるちゃん、新作読んだよ」
「そうよそうよ、今日のお昼に話したかったのに、すっかりバタバタしちゃったわね」
僕はからまるちゃんの小説作りのお手伝いをしていて、新作が出来るといち早く原稿をもらい感想を伝えている。僕の感想によっては、内容を書き換える時もある。
僕のような小学校高学年向けのファンタジー小説を専門にしているからまるちゃんの新作は、お花の妖精たちが活躍する冒険ものだった。
「いつもの倍くらい可愛さ詰まっていて面白かったよ。主人公の向日葵のおてんばっぷりが良いよね。でも、紫陽花の話は切なかったなあ。だって、雨が全然降らなくて皆が『のどが渇いた』って辛そうな時、雨を降らせる為に自分の花弁ちぎっちゃうんだもん」
僕の話を聞きながら、ドウキョニンがうんうん、と頷く。
「そこは僕もよく覚えているなあ。でも、それが雨を降らせるおまじないになるからしょうがないし、結果的に皆が元気になることが紫陽花にとっての幸せなんだもんね」
「そう、そこなのよ。皆の為に自分を犠牲にできる紫陽花、かっこいいよね!」
僕とドウキョニンが語り合っている様子を、からまるちゃんが照れ臭そうに笑いながらで聞いていた。
「うんうん、私の意図が伝わっているのが分かったから安心したわ。今日の内に手直しして担当さんに送っちゃおうっと。トール、ありがとうね」
「いいえ!じゃあ僕も今日は帰ろうかな」
玄関で「また明日ね」とからまるちゃんとドウキョニンが手を振って見送ってくれた。外に出ると、もわんとした梅雨の空気が僕にまとわりついた。
*
翌朝、約束通り僕はからまるちゃんの家へと向かった。登校班とは別で学校に行くことについては、前日の内に翔へ連絡をして解決済みだ。
家から出てきたからまるちゃんは、黒いシャツに黒いズボンという全身黒ずくめのスタイルだった。「尾行と言ったら黒でしょ!」と自信満々なからまるちゃんに、僕は冷静に「いや、逆に目立っているよ」とツッコミを入れた。
大通りのところで待ち伏せをしていると僕の登校班がやって来た。大河は列の後ろにいて皆から少し離れて歩いている。
特に何も起こらないまま学校へと近づいていく。大河が途中でいなくなるというのは恭介の見間違いだったのだろうか…。そんなことを考えながら歩いていると、石材店の前のところでいきなり大河の様子が怪しくなった。きょろきょろと周りを確認したかと思うと、そっと登校班から離れて脇の道に入って行った。
「恭介の言った通りだ…!」
「ついに離れたわね。行くわよ」
「うん!」
大河に気が付かれないように時々物陰に身を潜めながら後を追い続けると、小さな公園に辿り着いた。ここは放課後になると僕の学校の生徒たちが遊びに来る公園だ。
公園に入った大河はそのまま真っすぐ奥の花壇へと歩いて行った。ここの花壇は綺麗に手入れされていることで有名で、今は色鮮やかな紫陽花が咲いている。ここに何かあるのだろうか…からまるちゃんと滑り台の陰に隠れながら様子を伺った。
「紫陽花をずっと見ているわね…あっ」からまるちゃんが小さく叫んだ。
「なに、なに、見えない」
「大河くんが、紫陽花の花弁をちぎっている」
「ええ?」
少し身を乗り出して見ると、確かに大河の手には小さな青紫の花弁があった。
「ええー、なんであんなことしちゃうの?紫陽花が可哀想だよ。って…しかも何か喋ってる?口がもごもご動いてる…」
ぶつくさ言う僕の隣で、からまるちゃんは黙ってじっと大河を見つめていた。
ようやく口の動きが止まったかと思うと、大河はそのまま自分のポッケに手を突っ込み、公園の出口に向かって早足で歩いて行った。大河が公園を出て行った後も、からまるちゃんは黙ってその場で何かを考えている様子だった。
「からまるちゃん、どうしたの?大河、行っちゃったよ?」
「…ううん。何でもない。さあ、私たちも行きましょう」
そうして僕たちも急いで公園を後にした。
公園を出た大河は学校とは更に反対の方向へ歩いて行った。このままでは朝の会の時間ぎりぎりになってしまう。遅刻の二文字が頭によぎりつつも、僕とからまるちゃんは大河の後を追った。
次に辿り着いた先は神社だった。
一の鳥居の前で大河はしゃがみこんで、もぞもぞしている。そして両手を合わせて何かに拝むような格好をした後、一礼して鳥居をくぐって行った。大河が去ったその場所を見に行くと、小さな蛙の置物があった。
「蛙…?」
「これは立派なアマガエル様ね~」
「感心している場合じゃないよう。大河はこれに拝んでいたってこと?まだ鳥居の前なのに」
「そうねえ…あっ、トールあれ見て」
からまるちゃんが指さした先で、大河は更におかしな行動をとっていた。手水舎の周りをぐるぐる回っているのだ。一心不乱に、ひたすらに。
「あそこって手を洗うところなんじゃないの?」
「洗うっていうか、清めるところね…って大変!トール、大河くんこっち来るよ」
大河の進行方向に居た僕らは慌てて近くの植え込みに隠れた。幸い、大河は僕たちには気が付かずそのまま行ってしまった。
「からまるちゃん、追っかける?」
「いや、こっちの道は通学路に通じているはず。時間もぎりぎりだから、このまま学校に行くでしょう」
そう言ってからまるちゃんは一の鳥居をくぐり手水舎に向かった。僕もその後を付いて行く。
「ここの神社、僕も家族とお正月に来るけれど、なにか特別なことがあるのかな?」
「う~ん…」と唸りながらからまるちゃんは手水舎をじっくりと眺めている。
すると、ぽつり、と僕の鼻の上に水滴が落ちた。あれ?と思った次の瞬間、それは大きな雫となって次から次へと降ってきた。
「…雨!!」
「やだ~、ここら辺雨宿りできる場所ないわよ」
「手水舎があるじゃん」
「駄目よ、そんなことしたら神様に失礼よ」
「からまるちゃん、そういうところ真面目だよね」
そんな会話をしている間にも、どんどん雨は強くなる。
「もうびしょびしょ…っていうか僕も学校行かなきゃ!」
「そんな格好で行ったら怪しまれるでしょう。どっちにしてももう間に合わないから、一旦私の家にいらっしゃい。学校とお家には私から電話しておくから。それに、大河くんの行動をまとめて推理しちゃいたいしね」
「からまるちゃん、先生とは思えない発言だよ…」
僕がじとりと見つめると、からまるちゃんは「にゃはは」と笑った。
*
「すごーい、こんなにびしょ濡れの人たち久しぶりに見たよ」
からまるちゃんの家に着くと、ドウキョニンがびっくりしながらタオルと着替えを渡してくれた。洗面所で身体を拭いて、貸してもらったからまるちゃんのTシャツとジャージに着替えた。からまるちゃんは小柄な方だけど、僕にはまだぶかぶかだった。
「洗面所お借りしました」
「はいはーい、私も着替えようっと。っていうか、もうお風呂入ろうかしら。トールも一緒に入る?」
その問いに、僕は「いい」と即答した。
「なによう、つれないわねえ」
からまるちゃんはぶつくさ言いながら洗面所へと消えて行った。その様子を見てドウキョニンはくすくす笑っている。
「からまるちゃんって本当に子どもっぽいよねえ。僕、もう5年生なんだよ?」
「愛花にとっては、トールはいつまでも妹みたいなものなんだよ。それより何か飲む?レモネードがあるよ」
「わーい!飲む!」
「はい、じゃあ用意するね。そしたらそれを持って、お風呂場に行ってあげて」
突然のドウキョニンからの指令に僕はぎょっとする。
「え?僕はお風呂、入らないよ?」
「うん、入らなくていいよ。だからドアの前で愛花の話を聞いてあげてくれるかな?」
「なんで…あっ!」
僕の反応を見て、ドウキョニンがにっこりと頷く。
「うん、彼女は誇り高き『お風呂探偵』だからね。お風呂に入ったからには、謎が解けるかもしれない」
*
「からまるちゃん…?」
レモネードを片手に、お風呂のドアをノックする。
「トール?ちょうど良かった。やっぱり大河くんの不思議な行動の真相も、お風呂の湯気に包まれていたわよ」
「え…え?!謎が解けたの?この短い間に?!!」
「ええ。なんて言ったって、私は誇り高きお風呂探偵だもの」
お風呂場にからまるちゃんの自信満々な声が響く。
「何となく引っかかる部分は沢山あったんだけどね。でもお風呂に入った瞬間、全てがすっきりしたわ。トール、洗面台に置いてある袋を見て」
言われた通り洗面台を見ると、そこには空の入浴剤の袋が置いてあった。それに描かれていたのは…
「逆さまの富士山…?」
「そう、逆さ富士。それを見てピーンときたわ。ポイントは“逆さま”。大河の願いは逆さまってこと」
「ちょっと、意味が分からないよ」
洗面台の鏡には、眉間にしわを寄せている僕の姿がうつっていた。
「ところでトールは今度のキャンプの日、晴れて欲しい?」
さっきまでの話とは全く違う質問がお風呂場から投げかけられた。
「そりゃあ、晴れて欲しいけれど。それと大河と何か関係が…あっ!」
そこまで言って僕もようやく気が付いた。
「大河は、キャンプの日は雨が降ってほしいってこと?!」
「正解!大河くんがやっていたのは、全部“雨が降るためのおまじない”だったのよ。
書道の時間に文鎮を奪ったのは、逆さのてるてる坊主を作りたかったから。頭に文鎮を入れれば重さで逆さまになるからね。王道の雨降りのおまじないだわ。そして神社の手前の蛙の置物。これは蛙の置物を大切にすると雨が降ると言われているの。しかもあの神社にあるのは立派なアマガエルだったからね。ご利益がありそうだわ。置物の前でもぞもぞしていたのは、汚れを拭いていたってところかしら。とにかく綺麗にして大切に守っていたんだわ」
大河のおかしな行動が、からまるちゃんの推理によって一つ一つ理由が付いていく。
「それから手水舎の周りをぐるぐる回っていたのは多分、手水舎とお社を間違えていたからじゃないかしら」
「お社?」
「ええ。雨降りのおまじないの一つに『竜神様のお社の周りをぐるぐる回ると、雨が降る』というものがあるの。あの神社の手水舎、龍の形をしているからお社と間違えていたんだと思う」
「へええ…そしたら、紫陽花は?」
僕が尋ねると、お風呂場が一瞬、静かになった。
「からまるちゃん、のぼせた…?」
「もう、違うわよ。それはね…」とからまるちゃんが言いかけると、
「紫陽花の花を一つちぎって落とし、呪文を唱えると雨が降る」
僕の後ろからドウキョニンが答えた。
「トール、愛花の小説読んだのに気が付かなかったの?」
ドウキョニンの言葉に僕は「ああ!」と叫んだ。僕とドウキョニンが盛り上がったあの紫陽花の妖精の話だ。
「あれは思い出のおまじないだからね」
「もう、ドウキョニンは余計なこと言わないで!」
お風呂場からからまるちゃんが、ぶうぶう言っている。
「ドウキョニン、このおまじない知っていたの?」
「そうだよ。だって僕が愛花に教えてあげたんだもん」
「もう、ドウキョニンは退場!」
喚くからまるちゃんに、ドウキョニンがくすくす笑いながら洗面所を後にした。そしてお風呂場から「おほん」と咳払いが聞こえると、再びからまるちゃんが話し始めた。
「気を取り直して…最後に、大事なおまじないが隠れているの」
「大事なおまじない?」
「そう。それは『好きなものを断つと願いが叶う』。これが、大河くんが崇斗くんを無視し続けていた理由よ」
「…ということは、大河は崇斗のことが好きなのにそれよりも叶えたいことがあったってこと?」
「違うわよ。崇斗くんのことが好きだから叶えたいお願いだったってこと。トール、今度の合同キャンプの日が雨だった時に登山の代わりに行くところは?」
「えーっと、4年生はプラネタリウムだったと思う」
そこまで言って僕ははっと気が付いた。
「もしかして…晴れたら登山になって足の悪い崇斗が参加できないと思ったから…雨が降ったらプラネタリウムで崇斗も来れると思ったから、こんなことを…?」
「そういうこと。不器用な大河くんのことだから、きっといきなりそっけなくしちゃって崇斗くんと喧嘩したような雰囲気になっているけれど、本当は大好きだからこその行動だったって訳よ」
「もう、大河は本当に不器用だなあ~」
僕が盛大にため息をつくと、からまるちゃんが笑った。
「でも、このままじゃあ折角晴れても大河も崇斗も楽しくキャンプに行けないと思う…」
「そうね。それじゃあ、このお風呂探偵・からまるちゃんが更にもうひと肌脱ぎますか!次はいよいよ、小説で言うところの解決篇よ」
そこまで言ったところで、お風呂場からじゃぶん!という音が聞こえた。かと思ったら、今度はいきなりドアが開いて髪の毛がしっとりと濡れているからまるちゃんが、ひょっこり顔を覗かせた。
「な、なに?どうしたの?」
びっくりする僕に向かって、びしっと指をさしながらからまるちゃんが言う。
「とりあえず、今日は午後から学校に行くこと」
「ええ~いきなり?!」
「ぶつくさ言わない!それでね…」
僕の耳元でこれからの計画を囁いた。
*
昨日の大雨とは打って変わってすっきりと晴れた朝、僕はからまるちゃんと共に例の神社に居た。そこでは大河が昨日のように手水舎をぐるぐると回っていた。僕たちが近づくと、大河は驚いたような、気まずそうな表情をしてこちらを見た。
「おい、なんでトール達がここにいるんだよ…」
「皆が心配しているってことを教えてあげようと思って」
「はあ?…意味わかんねえ」
「最近の大河がおかしいって。崇斗のことを無視しているって。そんなことしたって、崇斗は喜ばないと思う」
大河の表情がどんどん険しくなる。
「…トールに、何がわかるって言うんだよ」
「わかるよ…大河は、崇斗と一緒にキャンプに行きたいんでしょう?」
僕がそう言うと大河はかっと顔を赤くした。その様子を見ていたからまるちゃんが大河に近寄る。
「ごめんね。皆があまりにも心配しているから、気になって少し貴方の様子を観察させてもらったの」
「観察っていうか、尾行じゃん…」
僕が小声で言うと、「余計な事言うな」と言わんばかりにからまるちゃんが睨んできたので僕はそっと黙った。
「貴方がやっていたのは全部雨を降らせる為のおまじないね?でも、文鎮を奪って、紫陽花の花弁をちぎって、それで雨が降って一緒にキャンプに行けたとして、崇斗くんは喜ぶと思う?」
優しく尋ねるからまるちゃんに、大河が俯く。
「それからもう一つ、教えてあげるわ。あなたがぐるぐる回っているそれは、竜神様じゃないわ」
「…え…?」
からまるちゃんがそう説明すると、大河の顔がみるみるうちに歪んで、その目から涙がこぼれ始めた。
「…なんだよ…俺がやっていたのは、全部無駄だったのかよ…俺は、ただ、崇斗と一緒にキャンプに行きたいだけなのに…。あいつ、足が悪いだけで、体育の時間も休み時間の鬼ごっこも一緒に出来なくて…だからせめてキャンプだけは一緒に行きたいって…登山はきっと難しいだろうけど…雨が降ったらプラネタリウムだから、そしたら一緒に行けるって思ったのに…」
泣きじゃくる大河の背中をからまるちゃんがさすっていると、鳥居の外から「大河!」と叫び声が聞こえた。
「…崇斗?」
「トールさんに教えてもらったんだ。大河、お前って本当にバカだなあ」
杖をついた崇斗がゆっくり、一歩ずつ大河に近付いた。急いできたのだろうか、息が上がっている。
「ば、バカってなんだよ!」
「だって雨降っちゃったら、お前が楽しみにしていた登山、できないじゃん」
「…バカはお前だよ!何のために俺がこんなことやったと思っているんだよ!」
大河と崇斗の軽い口喧嘩が始まってしまった。からまるちゃんは「あらあら」と言いながら笑って見ている。
「じゃあ、百歩譲って俺のことを考えてくれたのは嬉しい。ありがとう。でも、恭介のものを奪っちゃだめだ」
崇斗の言葉に大河が口を閉じる。
「それに、俺のことを甘く見すぎ。どんなに遅くなっても、最後になっても、俺、大河と一緒に山を登るよ。一緒にキャンプに行くの、ずっと楽しみにしてたじゃん。…俺も、楽しみだったんだよ」
にやり、と笑う崇斗を大河がびっくりしたような表情で見る。
「一緒に登ってくれるんだろ?」
その言葉に大河が照れ臭そうな表情をして、ぼそりと「…当たり前だろ」と言った。
「大河は本当照れ屋だなあ~」
「うるっせーな」
さっきとは打って変わってじゃれ合う二人を見て「男子って本当に単純だなあ」と僕が呟くと、「トールもなかなか単純よ」とからまるちゃんが言った。…そんなことは無いと思うんだけど。
「さ、問題も解決したことだし、二人とも早く学校行きなさい!」
先生らしく言うからまるちゃんに向かって二人は「はーい」と元気よく返事をした。
「大河、行こうぜ」
「おう、あ、お前の鞄持ってやるよ」
「ありがとう」
「あとさ…ごめんな」
「ううん。大河、ありがとうな」
それから二人はくるりとこちらを見て
「からまる先生、トール、ありがとう!」と叫んで学校へと向かっていった。
小さくなっていく二人の背中を、からまるちゃんと眺めていた。大河も崇斗も昨日までのしょんぼり具合は何処へやら、とっても楽しそうだ。
「これにて一件落着ね!」
「二人、仲直り出来て良かった。…って別に喧嘩していた訳じゃないんだけどさ」
「そうね。さあさあ、トールも早く学校行かなきゃ!二日連続遅刻なんてしたら、トールのお母さんに私が怒られちゃうわ」
「…本当にからまるちゃんって先生っぽくないよね」
「うるさいわねえ」
そうしてお風呂探偵・からまるちゃんは、見事にまた一つ事件を解決したのだった。
*
「…で、結局昨日のキャンプはしっかり晴れたってわけだね?」
キャンプの日の翌日、からまるちゃんの家に行くとドウキョニンが尋ねてきた。からまるちゃんは出版社の人との打ち合わせとかで留守にしていた。
「うん。山の天気は変わりやすいっていうけれど、それはもうばっちり晴れていたよ。大河のおまじない、全然効かなかったねえ」
「でも良かったじゃない。念願叶って、二人は一緒に登山できたんだろう?」
「うん、とっても楽しそうだった」
崇斗が言った通り最後尾にはなってしまっていたが、二人揃って頂上まで登り切った様子は僕も見ていたし、お昼の時間も二人で楽しそうに過ごしていた。大河のおまじないは効かなかったけれど、これでよかったのだ。
「あ、そういえばさ、この間ドウキョニンが紫陽花の花のおまじないをからまるちゃんに教えてあげた話をしていたけれど、あれ、どういうこと?」
「ああ、それはね、僕も大河くんと同じことをしようとしていたんだよ」
「ドウキョニンが?」
「うん。愛花は小学校の頃、身体が弱くってね。僕たちも高学年の時の遠足が登山だったんだけど、これじゃあ愛花が参加できないと思って、何とかできないか色々調べたんだ。そしたらあのおまじないを知ったんだ」
ドウキョニンもおまじないとか信じるんだ、と思いつつ僕はふむふむ頷いた。
「ある日、愛花と一緒に帰っていた時に紫陽花があったから、そのおまじないを試したくて一枚花弁をちぎってみたんだ。そしたら愛花が突然怒ってさ。『なんでそんなことするの』『それじゃあお花が可哀想』ってね」
「何だかからまるちゃんらしいね」
「だろう?」とドウキョニンが笑った。
「その時に、あの紫陽花の花のおまじないのことを教えたんだ。そしたら愛花、なんて言ったと思う?」
「うーん…わかんない」
「『私のことを心配してくれたのは嬉しい。でもお花を傷つけるのは良くないし、おまじないがなくても私は絶対に山を登り切る』って堂々と言ったんだ」
「うわあ、ますますからまるちゃんらしいね」
「結局遠足の日は雨になったんだけど、あの日の事はずっと忘れられなくてね。でも、今回の話を聞いて、愛花もずっと覚えていたんだなって何だか嬉しくなった」
「小説にしちゃう位だしね」
僕の言葉に、ドウキョニンが優しい顔で微笑んだ。
「たっだいまー!ふいー、暑い暑い…」
ちょうど良いタイミングでからまるちゃんが帰ってきた。
「おかえり。打ち合わせどうだった?」
「あのお花の妖精の話、担当さんもすごく気に入ってくれてね、無事に出版に進められそうよ!トールが読んでくれたおかげよ、ありがとう。はああ、安心したら何だかのど乾いちゃった。ドウキョニン、ジュース!」
「はいはい、今用意するね」
ドウキョニンが優しく返事をした。まるでからまるちゃんのお父さんのようだ。元々子どもっぽいからまるちゃんだけど、ドウキョニンの前だと更に甘えん坊なように思える。
「いつ頃出版になるの?」
「これから調整だから、まだわかんないのよね。今度こそ売れて欲しいなあ…私の渾身の力作…」
それを聞いて、僕は先程のドウキョニンの話を思い出した。昔から変わらないからまるちゃんの真っ直ぐさ、そしてからまるちゃんの大切な思い出が詰まった、からまるちゃんの新しい小説。沢山の人に読んで欲しいな。
「トール、なににやにやしているの…?」
「やめてよ、にやにやだなんて。そんな変な顔してないよ」
「っていうか、さっきまでドウキョニンと二人で何話していたの?さては私の噂ばなし…?」
「ひ、ひみつ!」
「なによう、トールのくせに生意気よっ。このお風呂探偵を甘く見ないで。汗を流しがてら、トールのひみつも暴いてやる!ドウキョニン、お風呂入って来る!」
「いいけど、ジュース飲まなくていいの…?」
そうして僕らの愛する『お風呂探偵』は颯爽とお風呂場へと消えて行った。
おしまい
原作:原作者は ひめありすさん です(編集者注)
「お風呂に入るの。もうすぐ謎が解けそうだから」
主人公の僕こと、トール(小5女子)には頼れる名探偵がいる。アルバイトのスクールカウンセラーで近所に住むお姉さんのからまるちゃん(金丸愛花)どこをとってもとがったところのないほんわかスタイルの、しかし誇り高きお風呂探偵だ。梅雨の時期の学校は高学年合同の登山キャンプに向けて忙しい。そんな中4年生の大河が、クラスメイトから書道の文鎮を無理やり奪おうとしたという相談が入る。幼馴染で足の悪い崇斗の事も無視し続ける。理由を尋ねても教えてくれない。大河は大柄ですぐ手が出そうになるけれど、優しい子。何か理由があるのでは、と察した二人は調査を開始する。大河は石材店の前で登校班から外れる、紫陽花の花を毟ろうとする、神社の手水の周りをぐるぐる回るなどの奇行が続く。
大河を追いかけている内に雨に降られ、ずぶぬれになってしまった二人。一緒に入る?と尋ねる愛花にトールは渋い顔。代わりにお風呂のドア越しに話をする。入浴剤のパッケージに書かれた逆さ富士の絵を見て、愛花は気づく。
「願いは、さかさま」
「雨が降る為の、お呪いだ」
重たい文鎮を頭に仕込めば、逆さづりのてるてる坊主ができる。
蛙の置物を大切にすると、雨が降る。
紫陽花の花を一つちぎって落とし、呪文を唱えると雨が降る。
竜神様のお社の周りをぐるぐる回ると、雨が降る。
そして、好きなものを断つと願いが叶う。
それは、仲良しの崇斗と一緒にキャンプを過ごす為だった。足の悪い崇斗は一緒に登山ができない。でも雨ならばプラネタリウムや博物館の見学など、一緒に過ごすことが出来るから。
だから大河は雨が降るお呪いをしていたのだ。
翌朝、一人で手水の周りをまわっている大河に、愛花とトールは声をかける。
「それは龍神様じゃないよ」
手水は竜の形をしているから、龍神だと思っていた。意図に気づかれ、泣き出す大河の前に崇斗が現れる。
「どんなに遅くなっても、最後になっても、オレ、一緒に山を登るよ。一緒にキャンプに行くの、ずっと楽しみにしてたじゃん。オレも、楽しみだったんだよ」
仲直りした二人はいつものように連れ立って学校へ向かう。
やわらかな雨が上がって、夏を思わせる日差しの中で。