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魔法使いの弟子  sleep

 21XX年

 数世代前から現れた超人的な力を持った人類の誕生によって、世間には『魔術師』という職業が誕生した。

彼等の使う魔術は対象物に触れずにものを動かしたり、壊したり、人を思いのままに動かしたりと様々だ。100年も昔なら不気味がられた能力だろうが、資源が枯渇寸前な現代では重宝され、公式な職業となっている。もっとも、『魔術師』はけしてポピュラーな職業ではなくその能力故に人を選ぶので、魔術師たる存在を知る人間は限られているが。

 多くの魔術師が要人に雇われている中、庶民を相手に何でも願いを叶えてくれる魔術師が存在する。それは、まことしやかにささやかれる、ネット上の都市伝説だ。



【序】


『もう一度、あなたに会いたい』それだけが、私の願いだった。

 

 この世界は残酷だ。

100年も昔から少しずつ広がりを見せていた富の二極化は今ではすっかり定着し、労働力となる下級層とそれを束ねる支配層で別れている。下級層も最低限度の生活は保障されているが、自動車などの文明利器や質の良いサービスなどの恩恵は概ね支配層が受けているのが現実だ。例外があるとすれば、10年ほど前に成立した『優性人種保護法』により政府により特権階級とされた『魔術師』くらい。つまり下級層の人間は、仮に支配層の人間に理不尽な目に遭わされたとしても、対抗できるチャンスは0に近いのだ。

 昨年、恋人が例によって支配層の運転する車にはねられた。当て逃げに近いものだったらしく、目撃者からは『しばらくして立ち上がった彼は、ふらふらではあるが歩いてどこかへ行ってしまった』とのことだった。



【1】

 『人を探しています。身長180cm。体型は中肉中背。黒髪の20代前半の男性です。心当たりがあれば、返信お願いします』


 人捜しの掲示板にもう何度目か分からない書き込みをした後、スズは溜め息を吐いた。

「スズ。そろそろ出ないとまずいんじゃない?」

 スマホから聞こえた彼の声に反応して、慌ててPCの画面を閉じる。ふと時計を見ると、時刻は8時になろうかというところだった。ここから職場まで45分。道路状況を考えると、どう考えてもギリギリだった。

「スミマセン!お会計お願いします」

 そう言って、宿泊場所にしているネットカフェを出る。

 去年まで、朝に弱いスズのために恋人のアキラは必ずと言って良いほどスズのことを迎えに来てくれた。金策のため、そのアパートを引き払ったのは、つい半年前のことだった。昨年のことなのに、その過去が懐かしくてズキリと胸が痛む。

「・・・行ってきます」

 誰に向けてでもなくそう行って店を後にした。



【2】

 クタクタに疲れて派遣先から帰宅する。無理矢理夕飯を詰め込み、だらりと椅子にもたれかけながらSNSの掲示板をチェックした。返信の欄には、いつものようにネットショッピングや出会い系の広告メールが溢れている。

 収穫なし、か

 諦念めいた感情で、そう息を吐く。そのまま襲ってきた睡魔に誘われ、目覚めたのは日付も変わろうかという頃だった。

「・・・ヤバ。シャワー」

 そう思って体を起こすと、開いたままの掲示板には新着の通知を知らせるアイコンが映っている。

・・・

僅かな期待を持って画面をスクロールすると、それは案の定掲示板の書き込みへの返信がついたことを知らせる通知だった。

 とりあえず、シャワー浴びよ

 期待を裏切られることに慣れた思考は、日常の営みの隅へと希望を追いやる。そんな自分に虚しさを感じながら、スズは着替えを手にブースを出た。


 『貴方は「魔術師」のウワサを知っていますか?このネット上には、何でも願いを叶えてくれる魔術師が存在しているそうです。契約金は高額ですが、腕は確かだとか。興味があれば、こちらのURLを覗いてみて下さい』

 そんなメッセージが返信欄に貼り付けてあるのを見たのは、髪を乾かしてブースに戻ってきた直後だった。散々騙されてきて、その手の書き込みには辟易していたはずなのに、何故かその時だけは吸い寄せられるように自然と手が動く。そのページには、書斎のような空間に魔術師らしき人物のアバターが座っているものだった。

【イラッシャイマセ。ここは、あなたの願い事のために、「魔術師」が運営しているサイトです。アナタの願いは何ですか?】

 ・・・

『昨年交通事故にあった恋人を探しています。昨年、支配層の運転する車に当て逃げされたきり、行方不明になりました。目撃者の証言によると、ふらふら歩いてどこかに行ってしまったそうです。何とかなりませんか?』

 一気にそう打ち込んで我に返り、天井を仰いで息を吐く。

 特に感慨もわかぬまま目を閉じると、暗闇の中にアキラの顔が浮かんできた。

 アキラ、会いたい・・・

 この一年、何度も繰り返した祈りにも似た願いを頭の中で反響させる。それに応えるように、『ピコン』と音を立ててアバターからの返信が表示された。

【承知しました。あなたの願いを叶えます。つきましては、今週の日曜日、下記の住所にてお待ちしております。費用は1000万。現金一括でお願いします】

 1000万。確かに高額だが、払えない金額ではない。迷いはしたがそれは一瞬で、次の瞬間には住所の場所を地図アプリで調べていた。



【3】

 魔術師の事務所は、繁雑とした裏通りにある小さな雑居ビルの中だった。

 何もこんな場所じゃなくても・・・

 そう思いながら階段を上がる。階段を上りきった場所にあるドアを開けると、アバターの外見とそっくりな姿の青年が座っていた。

「やぁ。キミがスズさん?」

 飄々とした雰囲気、眼鏡にフードらしきものをかぶったその青年は、立ち上がり胡散臭さの漂う空気をまとったまま近寄ってくる。たじろいで一歩後ずさりすると、開いていたドアがいきなり閉まる。

「ヒッ」

「ふむ」

 恐怖と共に声を上げると、彼は不服そうに頬杖をついてこちらを見ていた。

「どうやら、キミの心の中は猜疑心でいっぱいみたいだねぇ」

 ・・・

「こんな怪しい場所で、信用しろって方が無茶な話です。貴方、本当に『魔術師』ですか?」

「そりゃまた、ひどい言い分だな」

 肩を竦めて笑う彼の本心が読めずそう口にすると、彼は苦笑する。

「だって、魔術師って今は『優性人種保護法』で並以上の生活ができるじゃないですか。それなのに、何でこんな場所にいるんですか?」

「何で、って聞かれてもねぇ」

 どこまでも人を食ったような話し方をする彼は、そう言って溜め息を溢すと被っていたフードを脱いで窓の方へ向かう。

「あ、あの」

 戸惑うスズを尻目に、彼は勝手に開いた窓に座って外を指した。

「スズさんさぁ、その『優性人種保護法』って何年前にできたか分かる?」

「え・・・っと、確か10年くらい前に」

「そ。それまで、俺はあそこにいたの」

 そう言って魔術師が指さした建物は、確か児童養護施設だったはずだ。意外な出自に息を呑んでいると、彼は続ける。

「子どもの頃は上手く能力をコントロールできなかったし、親も気味悪がって施設に預けられたわけ。施設でも、施設長はそうでもなかったけど、他のスタッフも子供もみんな、俺のことは避けてたな。特に子供なんかは、俺が隠れて飼ってた猫を殺したり、ね。いろいろあったよ」

「・・・それなのに、ここにいるんですか?」

 彼の話を鵜呑みにすれば、そんな因縁がある場所になどには近付きたくはないのではないのだろうか。信じられないという思いと共に彼を見ると彼は複雑そうな表情でこちらを見た。

「一応、施設長には恩もあるしね。ついでに言えば、俺は人の心なんかも読めるから、ロクでもない思想の金持ちなんかとは関わりたくない。昔から、この能力を利用されることも多かったし」

 そこまで離すと、彼は窓枠から降りてこちらに向かってくる。勝手に閉まる窓からも、彼の言葉を疑う余地はなかった。意を決して、現金をいっぱいに詰めたアタッシュケースを彼が最初に座っていた机の上に置く。

「1000万、言われたとおり持ってきました。これでアキラを見つけて下さい」

「オーケー。承りました」

 そう言うと、魔術師は口元に弧を描いた。



【4】

 あーあー。馬鹿なお嬢ちゃんだねぇ

 部屋に仕掛けられた魔術の込められた札そして機械、それによって作動した魔術を本物だと思い込む単純な小娘を前に、ライは内心ほくそ笑む。彼女に話した経歴は自分のものではなく、同じ養護施設で暮らした『魔術師』のものだ。この世界は、最下層の人間にとっては熾烈で、のし上がるチャンスすら与えられない。人間嫌いのライはこうやって、協力者を得て人の金をピンハネし暮らしていた。人はそれを詐欺と呼ぶのだろうが、そんなのは知ったことではない。庇護してくれる家族も、身を立てるだけの能力も持たないライにとってそれは罪悪感すら感じない行為だった。

 さて、と。金も手に入ったことだし、明日にでもこの事務所は解約するか

 足がつかないようにと現金にした費用の真実にも気付かず、スズと名乗った女性は神妙な顔をしてこちらを見ている。

「それじゃあ、確かに」

 そう言って立ち上がると同時に、事務所のドアが開く。

 え

 魔術で閉ざされた空間には、それこそこの札を仕掛けた『魔術師』しか入ってこれない。驚きと共にその光景を見ていた。



【5】

 ああ

 案の定、入ってきたのは幼少期を共にした『魔術師』その人だった。共に過ごした施設であんな目に遭っておきながら、今でも施設に補助金を出資しているという彼は、呆れるくらいに人が良い。

 俺が人を騙そうとしているのを見て、止めに来たのかね

 そんな風に『才能のあるヤツの余裕』を見せられウンザリしていると、目の前にいたお嬢ちゃんの顔が輝いた。

 え。何・・・

「アキラ!」

 そう叫ぶと、彼女は何故かライの手を握り、ブンブンと上下に振る。

「ありがとう、魔術師さん!」

「あ、ああ」

 呆然としているライを尻目に、彼女は『魔術師』に抱きついた。『魔術師』も、柔らかな雰囲気のまま彼女の背に手を回していた。

「バカバカ!今までどこにいたのよ?!」

「ごめんごめん。実は、怪我に加えてしばらく健忘障害?ってのになって入院してたんだ。記憶がなくなるヤツ。つい最近、思い出してスズのアパートに行ったんだけど、もう別の人が住んでるしさ」

 そんなことを述べながら、『魔術師』は呆然としているライを見る。

『まったく。アドバイザーとしての費用の請求に来てみれば、何をやってるんだ?お前は』

 ご丁寧に念を送ってきた『魔術師』にようやく我に返ると、ライは居心地の悪い思いで肩を落とした。

 だってさ。俺達を迫害してきた奴等に、一泡吹かせたいと思わないか?

『だとしても、彼女は関係ない。更に言うなら、無関係な人間を巻き込んで辛い目に遭わせるなら、俺達を迫害してきた奴等と同じだ。その時点で、お前に弁明の余地はない』

 帰ってきたのは、覆しようのない答えだった。返す言葉もなく憮然とした表情で『魔術師』を見ると、彼からは溜め息が念で送られてくる。

『お前が人間の姿で生活するには、まだ時期尚早だったみたいだな』

 えー?

 告げられたのは、その結論。優性人種保護法が成立する前、アキラの暮らす養護施設を餌場にしていた猫のライは、アキラを『化け物』と罵る子供達によって餌に毒を入れられ亡くなった。その後、それを嘆き悲しんだアキラの魔術により、ライは彼の使い魔となる。今回、人間の姿をとったのは、彼の代わりに金を稼ぐためだった。

『金を稼ぐにしても、やり方に問題がある。お前は少し、倫理観と道徳を身につけろ。それから、くれぐれもスズに余計なことは言うなよ』

 へーい

 あ、これマジで怒ってる。普段は温厚で滅多に怒ることのない彼の口調にヒヤリとしたものを感じながらも、ライは頷いた。



【6】

「それじゃあ魔術師さん、ありがとうございました」

「いえいえ。それから、今回は特別サービスで金は受け取らないことにするよ。その金、消費者金融で借りたんでしょ。利子が付く前に返してきなよ」

 来た時とはうって変わって明るい表情のスズにそう言うと、彼女は「良いんですか?!」と、その表情を輝かせる。

「良かった!明日から、どうしようかと思ってたんです」

「大丈夫。今日からは、俺の家に来なよ。ついでに、嫁さんになって」

「!何言って・・・」

 ・・・

 どさくさに紛れてプロポーズする『魔術師』と頬を赤らめる彼女。そんな、砂を吐きそうな場面を前に、ライはこの後のことを思い内心ウンザリと溜め息を吐く。

「あー、はいはい。後は二人でよろしくやっちゃって」

「そうさせてもらうよ。それじゃあ、行こうか」

 そう言って、『魔術師』は彼女を促し二人で事務所を後にした。



【7】

 文字通り『猫の手』を借りて一緒になった二人の足音が遠ざかった頃、ライは猫の姿に戻る。

『全て世はこともなし』

 そう結論づけると、ライも二人の後を追った。


(終)


原作:原作者は ゲオルギオ・ハーンさん です


起 ― 去年、恋人が事故で行方不明になった主人公。SNSやインターネットを使い幅広く情報集をするが、見つからなかった。しかし、なんでも願いをかなえるという魔術師のことを見つけた主人公は費用を支払うために(魔術師は現金以外での支払いは受けないので)魔術師の事務所へと向かう。

承 ― 魔術師を名乗る人物と会う主人公だが、会ってみるとどうにも怪しい。費用を支払う前に彼が本物の魔術師かどうかいろいろと魔術関連やこれまでの経歴についての質問をしてみる。魔術師を名乗る人物はそれらすべてに答えたどころか身体をほとんど動かさずにものを動かしたり、壊したりと魔術のような現象を起こし、主人公の疑念を取り払う。

主人公は快く支払おうと現金をいっぱいに詰めたアタッシュケースを机の上に置く。

転 ― 魔術師を名乗る人物は実のところは詐欺師で、経歴はでたらめ、魔術関連の知識はこの詐欺を行うためにアドバイザーの魔術師から教えてもらったことを言っただけ、魔術と思われる仕掛けもアドバイザーの助言で用意した機械や魔術を込めた札を使っただけだった。金を受け取ったらさっさと事務所を引き払い金を持ち逃げする予定だった。現金の受け取りにしたのも口座振り込みでは足がつくことを避けたため。

結 ― 金を受け取る直前で、事務所に人が尋ねてくる。それは詐欺師がアドバイザーとして雇った魔術師で、その人物はまだ支払いを受けていなかったので催促をしに事務所を尋ねた。驚いた詐欺師だったが、主人公は驚くどころか感動して詐欺師と握手をして、次にアドバイザーと抱き合った。実はアドバイザーの魔術師が主人公の恋人で事故の時に魔術で助かったが、けがの治療や主人公が金策のためにアパートを引き払いネットカフェ生活をしていたこともあり、再会できなかったのだ。恋人はアドバイスのことを秘密にしておく代わりに費用は受け取らないように詐欺師に念話で伝える。詐欺師は肩を落として了承し、主人公と恋人は再び幸せな生活に戻る。

補足:世界観は魔術が実在する現代社会、ジャンルとしてはロー・ファンタジーです。


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