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リセット  おとかーる

 二十一時十七分。本橋諒太は退勤のタイムカードを押した。スーパーのバイトは閉店までのシフトで入れていた。

「お疲れさま」

「お疲れ〜」

 閉店までのシフトに入ると帰りにお楽しみが待っている。それは従業員用の出入り口の手前にあった。

(お、今日は結構残ってる)

 出入り口の前の通路にテーブルが出してあり、そこに売れ残った惣菜が積んである。ここに置いてある惣菜は、各自好きな物を持ち帰っていい。残り物だからもちろんタダだ。煮物、揚げ物、サラダにパン。運が良ければ三点盛りの刺身まである。

(あ、唐揚げがある)

 唐揚げは人気があるからすぐになくなってしまう。今日はラッキーだ。諒太は迷わず唐揚げのパックを手に取り、他にだし巻き卵とポテトサラダも貰うことにする。

「大漁だねぇ、本橋くん」

 振り返ると社員の岡野が立っていた。

「あ、岡野さん。お疲れさまです」

「帰ってから食べるの?」

「軽く飲もうと思って…」

「この時間から揚げ物食べられるんだぁ。僕なんか胃もたれするよ」

 若いっていいねぇ。そう言いながら岡野は肉じゃがのパックを取った。

「じゃあね、本橋くん。お先に」

「お疲れっした〜!」

(咲月は今日は飲み会だしな…)

 同棲している彼女の手嶋咲月は、大学の友人たちと飲み会に行っている。諒太も誘われていたが、バイトが入ってたので行けなかったのだ。休憩時間に見たスマホには、咲月と友人たちが楽しげに乾杯する写真が送られていた。

(まぁ、いいさ)

 ツマミはタダで貰ったし、帰ればビールが冷えている。明日はバイトは休みだし、大学の講義は午後からだ。

(帰ってからひとりでのんびり飲むさ)

 朝は遅くまでゆっくり寝ることにしよう。そう決めて駐輪場に向かう。自転車の前カゴに荷物を入れて通路に引き出したとき。

「………」

 ひたり、と微かな音がした。と、思った。スーパーの灯りが消えた暗がりの向こう、諒太の背後に誰かがいる。静かな街に紛れるように、何かの気配がする。冷たい視線で諒太を見つめている。

 そっと。そっと諒太は振り返った。

 誰もいない。自分でも気づかぬうちに詰めていた息を、ゆっくりと吐き出した。

 耳の奥に、三日前にテレビで見たニュースが甦る。


【昨夜午前一時頃、緑町のアパートの敷地内で血を流した女性が倒れているとの通報があり、救急車で病院に搬送されましたが死亡が確認されました。死亡したのはこのアパートに住むウチダチナツさん二十一才で、警察は殺人事件として捜査をしています…】


 諒太の周りで妙な気配や物音がしだしたのは、このニュースの後くらいからだ。

(千夏…)


【…犯行現場の近くの防犯カメラに、黒っぽいパーカーを着た不審な人物が映っており、警察はこの人物が何らかの事情を知っているものと見て、行方を追っています…】

 何者かの気配を振りきるように、六月の湿り気を帯びた夜の中に諒太は自転車を漕ぎだした。



「あたしが帰るまでちゃんと待っててね?」

 あれは二月の空港だった。大きな窓の外には冬晴れの空が広がっている。この国に来た人たち、どこかの国へ行く人たち。見送りの人たち、迎える人たち。

「浮気しちゃ、ダメだからね?」

「誰が浮気なんかするんだよ」

 たくさんの人たちが行き交う喧騒の中、諒太は咲月の肩を抱いて答えた。英語が得意な咲月は語学留学プログラムに参加するため、これからオーストラリアに旅立つ。

「だって二ヶ月も会えないんだもん…」

「たった二ヶ月だろ?それとも俺、そんな信用ない?」

「そうじゃないよ!そうじゃないけど…」

「ずっと行きたがってた留学だろ。せっかくのチャンスなんだから、しっかり勉強して楽しんでこいよ。スカイプだって出来るんだし、二ヶ月くらいすぐだよ」

「うん…。そうだよね。…せっかく行くんだもん。楽しまなきゃね」

 笑顔を見せた咲月は、見送りに来てくれた人たちと出発の挨拶し、手を振りながらゲートをくぐって行った。

 待っててね、諒太。



 諒太の自転車は、人気の少なくなった交差点の赤信号で止まった。見上げた空は薄い雲に覆われて、星は見えない。信号の赤い光が、湿気を含んだ空気に滲むように光る。



 画面の中に咲月の姿が映り込む。今日は週に一回、スカイプで話そうと決めていた日だ。空港で別れたきりだったからちょっと久しぶりだし、一緒にいるときはたいていがLINEでのやりとりで、必要に応じて電話が少々。そんなふうだったからこういうのは初めてだ。画面越しに見る咲月は、いつもの咲月なのに見慣れない人のようでもあって、何だか不思議な感じがする。よう、咲月、久しぶり。そっちはどう?そう声をかけようとした矢先、先制攻撃は咲月から繰り出された。

「諒太、合コン行ったでしょ」

 語尾に『?』がついた疑問系ではなく、あった事を事実として話している。そんないきなりの一言に諒太は

「…合コン?そんなの俺、知らないよ」

「とぼけないで。友達から聞いてちゃんと知ってるの。水曜日に行ったでしょ」

 ささやかな抵抗を試みるも、あっさりと跳ね返された。ちっ、その友達って誰だよ。余計なこと知らせやがって…。諒太が友人に誘われて合コンに参加したのは、咲月がオーストラリアに向かったその翌週のことだった。

 これは誤魔化すのはムリだな。そう悟った諒太は、腹を括って作戦を変更した。

「ごめん、咲月!実は俺、合コンに行った…」

 諒太は画面の咲月に手を合わせて頭を下げた。

「やっぱり…!あたしが留学に来たばかりなのに、それはあんまりじゃない!」

たちまちその声が尖るのを聞きながら、頭を下げ続ける。

「いや、何か急にドタキャンされて人数が二人足りなくなったとかで声かけられて…。俺、断ったんだけど断りきれなくて…」

「浮気しないって言ったのに!」

「だから浮気はしてないって!何にもないんだよ!」

 もう嘘!合コン行った時点ですでに浮気だからね?! 信じらんない!憤っている咲月に

「ほんとだって!安田に聞いてくれれば分かるよ!」

 安田の名前が出たとたん、咲月の責める口調が止まった。

「…やだ。安田くん、合コン行ったの?!」

 安田は俺の友人で、咲月も知ってる。口数が少なくてぼそぼそと喋って、大人しいというより暗い印象のやつだ。同性からは「悪いやつじゃないんだけど…」と言われ、異性からは「ちょっとオタクっぽくてムリ」といわれるタイプで(別に安田はオタクではないのだが)、例え人数合わせとはいえ、合コンなどには積極的に参加して欲しくない人物だ。そんな安田にも誘いがいったのは、どうにも最後の一人が見つからなくて、苦肉の策だったのだろう。

「安田くん呼ぶんなら、テディベア置いといた方が全然よかったのに…」

 安田はぬいぐるみ以下か。

「…咲月、そこまで言う?」

 言うわよ、と少し笑いながら

「安田くんに動員がかかるなんて、よっぽど切羽詰まってたのね…」

「だから俺もほんと、断りきれなくてさ…」

 ごめん、と改めて頭を下げる。

「なるほど、事情は分かったわ」

 合コンに行ったことにはムカついてるけどね!そう言われて、はい、と神妙に返事をする。

「で?どうだったの?」

「それがさ…」

 ため息をひとつ吐く。

「何か、咲月を思い出しちゃって」

「え…?」

「いや、行くからにはそれなりに楽しむか、とか思ってたんだよ、実はね。イタリアンのお店に行ったんだけどさ。そしたら、このワイン咲月が好きそうだな、とか、アサリのパスタ、咲月の大好物だなとか、このデザート、咲月が喜ぶだろうなとか色々考えちゃって…。何か、無性に咲月に会いたくなっちやってさ」

「諒太…」

「だから、全然合コンって感じもしなくって。俺は早々に帰ってきた」

 ま、安田が参加した時点ですでに結果は分かってたんだけどね!そういうと咲月は笑いながら

「…そうだったんだ」

「合コンに行ったのはほんと悪かったけど、でもそのおかげで咲月のことがすごく好きなんだってことが分かったっていうか、やっぱ、離れてても大切に想ってるのは、咲月だけっていうか…」

「…うん」

「待ってるからな、咲月。留学、がんばれよ」

「うん、ありがと諒太…」



 住んでいるアパートに着くと下から窓を見上げた。二階の部屋の明かりは点いてない。咲月、まだ帰ってないんだな。階段を上がりながら、諒太は四ヶ月前のことを思い出していた。

 あの日、俺は…

 鍵を開け、暗い部屋へと入った。ただいまーと小声でつぶやきながらキッチンの明かりを点け、小さなテーブルに荷物と貰ってきた惣菜をおき、電気を点けようと部屋に入ったところで

「うわッ!」

 諒太は思わず声を上げた。部屋の中に誰かが横たわっている。

「ちっ…」

 カーテンを開けたままの窓から街の灯りが差し込み、薄っすらと明るく照らす中に、ショートボブの髪が見えた。

「ちょっ…咲月?…脅かすなよ、帰ってたのか?」

 部屋の中の人物は、横になったまま動かない。何だよ、寝てるのか…

「おい、咲月?そんなとこで寝てたら風邪引くぞ。さーつーきー。起きろよー」

 側まで行って声をかけたが、起きる様子はない。こないだ買ったネイビーブルーのパーカーは着たままで、うつ伏せ気味に伏せられた顔には髪の毛がかかり、部屋の暗さもあってよく見えない。

 似てるんだよな、最近…

 咲月が長かった髪をばっさり切ってショートボブにしたのは、十日ほど前のことだ。



「思い切って切っちゃった!どうかな、諒太?似合う?」

 少し赤を強めにして染めた髪を触りながらそう聞く咲月を前に、諒太は息を呑んだ。

「え?大丈夫、諒太?そんな似合わない?」

「あ、いや…。ずいぶんイメージ変わって驚いただけだよ。咲月、短くても似合うんだな」

「ほんと!?」

「あぁ、可愛いよ」

 違う。本当は別の人を思い浮かべていたのだ。


…千夏。


 赤を強めにして染めたショートボブ。それは千夏と同じ髪型だったからだ。

「…少し赤くしたんだな」

「これ?店員さんに薦められたの。これから梅雨とかで、雨が多くなるでしょ?こんな時期はぱっと明るい方がいいですよって」

「あぁ、そうなんだ。咲月に合ってるよ」

「ほんと?! 嬉しい。諒太が気に入ってくれて良かった!」

 それから咲月は悪戯っぽく笑って、諒太にこう聞いたのだ。


 …ね? あたし、誰かに似てると思わない?


 その問いに諒太はぎくりとした。目の前の咲月に、千夏の面影を重ねていたところだったからだ。見えない手で胸の奥を鷲掴みにされたようだった。

「あ…、えっと、誰だろ。芸能人の誰かかな」

「ほらぁ、こないだ一緒に見たドラマに新人の女優さんが出てたでしょ?名前、何てったっけ。諒太、ちょっと可愛いって言ってたじゃない」

「あ〜、そんなこともあったな。まぁ咲月の方が可愛いけどな」

「もう、諒太ってば…」



「ほら、咲月、起きろって。…もう、そんなに飲んだのかよ。仕方ないなぁ」

 もう六月になったが、明け方はそれなりに冷える。このままで良いワケがない。ちゃんと布団に寝かせないと。ちょっとかわいそうだけど一度起こして、そうだ、そんなに酔ってるなら水を飲ませて…。

諒太が水を取りに冷蔵庫に向かったとき、テーブルに置いた荷物の中から着信音が聞こえてきた。スマホを取り出してみるとLINEが入っている。

『諒太、おかえり〜。バイトお疲れさま。これから和ちゃんやヨウちゃん達と二次会でカラオケに行ってきます!久しぶりだから楽しみ〜!遅くなっちゃうから、先に寝ててね。』

 マイクを持って熱唱しているウサギのスタンプ付きのメッセージは

「えっ?咲月から?!」

 咲月のスマホから送られている。え、咲月?二次会?! いや、だって咲月は今そこで…

 赤みがかったショートボブ。顔は見えなかった。でも咲月なんだろ?だって咲月じゃなかったら…


 今、部屋で寝ている、あれは誰だ。


 諒太は知っている。千夏も同じショートボブだった。背中を冷たい震えが走った。でも千夏はこないだの事件で。【死亡したのはこのアパートに住む内田千夏さん二十一才で…】いや咲月だろ。千夏…?いや、まさか。

 混乱した諒太が振り返ろうとしたそのとき、背中を激しい衝撃が襲った。

「……ッ!」

 肩と背中に強烈な痛みが走り、胸に抜けて息が詰まった。何だ、何が起こった?! 次の一撃を喰らい、前にのめるようにテーブルにうつ伏せた。

「かっ……、あ」

 意味にならない声を上げるので精一杯だった。さらに後頭部に衝撃がきた。

 思考が止まる。痛みというより、抗いきれない強い眠気のような感覚に襲われた。膝から力が拔ける。体が崩れて倒れる。諒太はそのまま、真っ直ぐ闇に落ちていった。


 音が聞こえる。遠くから。聞き慣れた着信音が聞こえてくる。

 …スマホが鳴ってる。

 そう思ったとたん、諒太は一気に目を覚ました。辺りは暗い。点けたはずのキッチンの電気は消されていた。流し台の窓から漏れる外廊下の明かりで、ぼんやりと明るいだけだ。

背中と頭を殴られたところで記憶は途絶えている。そうだ、後ろから誰かに襲われて…。殴られたあと、しばらく意識を失っていたようだ。背中に堅い床の感触。キッチンで倒れていたらしい。

 そうだ、スマホ。

 着信音を探して起き上がろうとすると

「…痛ってぇ」

 頭の後ろ側を重い鈍痛が走った。くそ、さっき殴られたとこだな。さらに動こうとして、右足に違和感を感じた。

「何…だ、これは……?!」

 諒太の右足はテーブルに縛り付けられていた。ただ、その縛り方が尋常ではない。

 縛るのに使われているのはただのビニール紐だ。スーパーや百均なんかで売られていて、諒太も週刊誌や雑誌をゴミに出すのによく使っている。そのビニール紐が幾重にも足に絡みついている。諒太の足から伸びた紐は何度もテーブルの脚との間を往復し、ぐるぐるに巻き付けられ捻られて、すでにビニール紐というより太いザイルのようだ。それが一本ではなく四本もあり、それぞれがテーブルの別の脚に繋がっている。つまり諒太の右足は、テーブルの全ての脚に繋がれてしまっていた。

 一本だけではなく、四本。

 底の知れない執念のようなものを感じた。

(普通じゃない…)

 じわりと嫌な汗をかいたのは、頭の鈍痛のせいか背中の痛みのせいか、目の前の異常な光景のせいか。

(そうだ、スマホ!)

 とにかく誰かに連絡して来てもらわなくては。それとも警察か?動かすたびに背中に走る痛みに呻きながら何とか体を起こし、手を伸ばせば届くぎりぎりの範囲にスマホがあるのを見つけ、そろそろと腕を伸ばした。さっきの着信は切れてしまったが、着信履歴に安田の名前が残っている。と、再び着信音が鳴り始めた。

(安田!)

 諒太は飛びつくように電話に出る。

「あ、本橋?お疲れ〜。あのさ」

「安田!頼む助けてくれ!」

「は?何、どうしたの…」

「とにかくすぐ来てくれ!」

 諒太は安田に今の状況を必死になって説明した。バイトから帰ったら暗い部屋の中で咲月が寝ていたこと、その後咲月から二次会に行くというメッセージがあったこと、突然背後から殴られ気を失ったこと、目覚めたら足をテーブルに縛り付けられ身動きが取れないこと…

「じゃ、その部屋にいる誰かって、今はいないの?」

 諒太はハッとして部屋を見た。状況の展開についていくのが精一杯で、『彼女』の存在にまで気が回らなかったのだ。暗い部屋の中で、『彼女』は横たわったままだ。

「…いや、まだ部屋にいる」

 暗いからよく見えないが、『彼女』が動いた様子はないように思えた。

「な、本橋。その人、ほんとに手嶋さん?」

「え、どういうことだよ。咲月じゃなかったら誰だってんだよ」

「だって手嶋さん、まだ帰らないって連絡あったんだろ?なのに部屋に誰かいるんだろ?何か他に心当たりはないの?」

「……何が言いたいんだ?」

「顔は見たの?」

「顔は…」

 うつ伏せ気味の顔には髪の毛がかかっていて、よく見えなかった。

 言い淀んだ諒太に、安田は声を低くする。

「……あの人じゃないのか?」

「あの人って…安田、千夏のこと言ってるのか?」

「いや、だって…」

「あり得ないだろ!だって千夏は…!」

 千夏は。



 諒太と千夏が出会ったのは咲月が語学留学に旅立ったその翌週。急に声がかかった合コンでのことだった。突然舞い込んだ合コン話だったが諒太は出る気満々だったし、出るからにはきっちり成果を出すつもりだった。


 待っててね、諒太。

 浮気しちゃ、ダメだからね?


 分かってるって、咲月。ちゃんと待ってるから、心配しないで行ってこいよ。

 もちろん最初はそう思っていた。同棲中の恋人である咲月に対して、決意やけじめのようなものがあったといっていい。あの合コンの話を持ちかけられるまでは。


 いや、分かってるよ。分かってるけどさ、二ヶ月も何もなしに待ってるとか、どんだけファンタジーなんだよ。こっちは生身で生きてんだぜ? 頼むから無茶言わないでくれよ。


 諒太の言い分である。咲月のことは可愛いし、好きだ。同棲してるくらいだから当然だ。愛してもいる。

 でもこれはそれとは別問題なのだ。諒太はそう思っている。

 千夏は六人いた女性側の参加者の一人だった。座った席も諒太からは離れていた。二人が話したのは、合コンがお開きになって場がバラけたときだった。

「ねぇ、ちょっといい? 本橋くんだっけ」

「あ、どうも…。あの…?」

「内田千夏。千夏でいいよ。少し本橋くんと話してみたかったんだ」

 初めて会った千夏は細身ですらりとした印象だった。ショートボブにした髪は赤めに染められ、アクティブなイメージが強い。合コンなのに一人だけパンツスタイルなのも面白かった。咲月とは全く違うタイプの千夏に、諒太は強く興味を引かれた。

「このあと、ちょっといい?」

「もちろん、大丈夫だけど」

「場所変える?向かいにコーヒーショップがあるけど?」

「いいね」

 そこで安田が諒太の背中をそっと突つくと小声で

「いいのか?本橋。だって咲…」

「いいから黙ってろよ」

 諒太も小声で被せ気味に返す様子に、千夏は軽く笑いながら

「本橋くん彼女いるんでしょ?聞いた。てか、聞こえてきた」

「あ……そう」

「まぁ、その辺のことも含めて?」

 何かを企んでいるように笑いかけてくる。何やら意味深な展開になってきた。

「…了解」

「おい、本橋…」

 なおも言ってくる安田に

「咲月には黙ってろよ」

 釘を刺してから、二人で人の輪を抜け出した。


 コーヒーショップのカウンターでカフェラテを二つ頼み、席につくとさっそく諒太は切り出した。

「で、その辺のことも含めての話って?」

「本橋くん、彼女いるんでしょ?」

「あ、うん。まぁ…」

「でも今、留学に行ってるんだって?」

「あぁ、二ヶ月な。四月に帰ってくる」

「じゃ、その間一人なんだ?」

「まぁ…、そうだけど」

 千夏は前に身を乗り出すと、まるで秘密でも打ち明けるように言った。

「じゃ、彼女が帰ってくるまで、私と付き合わない?」

「……内田さんと?」

 千夏でいいってば。そう笑いながら

「私ね、今年に入ってから彼と別れたの。だから今は一人なんだ」

「へぇ…」

「でね、彼氏募集中」

「それで?」

「だから私と付き合わない?本橋くんの彼女が帰ってくるまででいいよ。二ヶ月でしょ?その間に私も次の彼氏探すし。ほら、お互い一人じゃ寂しいじゃない?」

「……」

 つまり、千夏は次の彼氏を探すまでの『繋ぎ』として諒太と付き合うというのだ。

 そして諒太は咲月が帰るまでの『繋ぎ』として、千夏と付き合う。

(…面白い)

「最初みたとき本橋くんのこと、ちょっといいなって思ったんだけど、彼女いるっていうし?でも留学って話みたいだったから、これはイケるかなぁって思って」

「……いいよ」

「ほんと?!」

「あぁ」

 咲月がいない二ヶ月を、どう過ごそうかと思っていたところだ。

「彼女さん、いつ帰ってくるの?」

「四月二十二日」

「じゃ、四月二十日まで」

「…二十日までな?」

「そ」

 よろしく、と差し出された手を、諒太は握りかえした。

「こちらこそ」

 二人は期間限定の恋人で。

「さっそくだけど、この後どうする?」

「軽く飲み直そうか?」

「いいね。行こう」

 共犯者になった。


 彼女が帰ってくるまで、私と付き合わない?

 四月二十日までね。

 自分からそう言い出しただけあって、千夏はさっぱりとした性格だった。例えば急な用事でデートに行けなくなったとき、咲月だったら

『えーっ、諒太何でダメなの?どうしてもダメ?ほんと絶対ムリ?あたし、すっごい楽しみにしてたのに!ねぇ、何とかならないの?…まさか、隠れて別なコと会うとか…?諒太、浮気してない?!』

『そんなんだったら、いちいち咲月に言うかよ!』

 散々ゴネられた挙げ句、ちょっとした小物や服や、気になっていたスイーツを買わされるのが常だった。可愛いといえば可愛いが、正直面倒になるときもある。一方、千夏は

『用事?うん、分かった。ちょっと楽しみにしてたんだけど、仕方ないね』

 咲月とのやり取りに慣れていた諒太としては、それだけ?! という感じで

『…ほんとにいいの?』

『だって、外せない用事なんでしょ?私だって急な用事でキャンセルすることもあるだろうし?お互いさまだよ』

 時間できたらまた連絡してね。またね。それで終わってしまった。

(……千夏、ラクだな)

 咲月との付き合いが長い諒太としては目からウロコ状態だ。千夏と付き合い始めてから毎日が新鮮で、我ながらなかなか充実してると思う。「期間限定」だから互いに深く踏み込んでない、というのもあるが。

(たまに違うコと付き合ってみるのも大事だな)

 そんなことまで思っている諒太に、安田は

「本橋、大丈夫なのかよ。手嶋さんにバレたりしたら…」

「バレないようにやってるから大丈夫だよ。安田も絶対黙ってろよ」

「僕は言ったりしないけど…」

 諒太は千夏と会うときは、必ず外か千夏の部屋で会うようにしていて、自分と咲月の部屋に千夏を上げることはしなかった。女の勘は怖ろしい。こいつ超能力者か!と思うことさえある。まして諒太は咲月がオーストラリアに行ってすぐ、合コンに参加した「前科」がある。何とか誤魔化したが、咲月としてはこれだけで疑う理由としては充分だろう。そんな状況で千夏を部屋に上げるほど、諒太も馬鹿ではない。

 いや、一度だけ部屋に入れたか。

(あれは不可抗力だったけど…)

 四月に入ってすぐの週末。休みを合わせた諒太と千夏は、ぶらぶらと散歩をしながら桜を見る、お花見デートに出かけたのだ。満開の桜は春の陽射しを受けて淡く光り、街も人も柔らかく照らした。

「キレイだなぁ」

「やっば日本の春は桜だね!」

 駅を出てから通りを抜け、川沿いの桜並木の下を歩く。同じように桜を見に来たたくさんの人たちで、川沿いの道は賑わっていた。一年ぶりの桜との再会を、誰もが喜び楽しんでいる。

「この先の公園に、大きな桜の樹があるんだよ。古くて太い桜の樹で、今すごいキレイなんだ」

「ほんと?見たい!」

 その公園は諒太の部屋の近くだったが、もちろん寄るつもりなんてなかった。そのまま駅に戻ってどこかで軽く食べ、千夏の部屋に行く予定だったからだ。雲行きが怪しくなったのは、文字通り空に黒い雲が現れたあたりからだった。

「ね。何か変な雲が出てない?」

 千夏が見上げた先に諒太も視線を向けた。いつの間にか西の空を、真っ黒な雲が覆い始めている。

「雨降るなんて予報、あった?」

「いや…。てか、最近天気予報見てないし」

 まだ雲は遠くにあるから大丈夫だろう。そう思っていた矢先、強い風が吹いたかと思うと、ぼたり、と滴が落ちてきた。あれっ?と見る間にぼたぼたと滴が降ってくる。

「うそ〜!降ってきた〜?!」

「風で雨が流されてきたんだ!」

 あっという間にアスファルトが濡れて色が変わっていく。周りにいた人たちも、突然降り出した雨に慌てたように走り出した。

「千夏、こっち!」

「こっちって?!」

「俺の部屋、近くなんだ!」

 そのつもりはなかったが、こうなったら仕方ない。このままでは二人ともずぶ濡れだ。突然の春の豪雨の中を、とにかく千夏を連れて部屋まで走った。アパートにたどり着いて階段を上り、部屋に駆け込んだときには、かなり濡れてしまっていた。

「とにかく上がって、千夏」

「うわ〜、結構濡れた〜」

「ほら、タオルタオル!」

「あ、ありがと」

 千夏は着ていたコートを脱ぐとハンガーに掛け、タオルで髪や肩を拭き始めた。

「買ったコート、おろしたばっかりだったのに〜」

「それはお気の毒さま」

 あー、最悪。クリーニング出した方がいいかなぁ。もぅ、買ったばかりなのにぃ?! ぼやく千夏を苦笑いしながら見やる。

 タオルで拭いた千夏の髪が乱れて頬や額に掛かっている。雨で濡れた服が貼り付いて肌の色が薄っすらと透け、身体の線が浮き上がって見えた。細い肩。くっきりとした鎖骨。髪の間から見える、形のいい耳と首すじの滑らかな肌。

「…千夏」

「何?」

 諒太はその手首を掴む。

「今は雨で外に出られないし、どうせコート乾くまでうちにいるだろ」

「それはそうだけど、いいの?彼女さんと住んでる部屋でしょ?」

「構うもんか」

 そのまま千夏の身体を抱き寄せた。


 

 あの人じゃないか?

 そんな安田の言葉に諒太は動揺を隠せない。

「あり得ないだろ!だって千夏は…!」

 千夏は。

【死亡したのはこのアパートに住む内田千夏さん二十一才で】

「こないだの事件で、……千夏は死んだじゃないか!」

「そうだけど!じゃあ本橋、他に心当たりあるのかよ!手嶋さんは帰ってないんだろ?!」

「じゃあ今部屋にいるのは死んだ千夏だってのかよ!」

 隣の部屋で横たわっている『彼女』は。

「まさか!そんなこと、あるワケない!だいたいなんで俺なんだ?! 千夏とはきれいに別れたんだぞ!」

 四月に入ってからしばらくして、千夏から連絡があったのだ。諒太は千夏との関係がすっかり気に入っていて、(咲月が帰ってからも上手く隠して付き合えないかな)などと考えていた。

 

 あのね、新しい彼氏が出来たの。友達との飲み会に来てた人で、もう二〜三回会ってるんだ。で、付き合うことになって。だから、予定より早くて悪いんだけど…


 そう言われたとき、だからひどくがっかりしたのだ。

 

 …そっか。そういうことなら残念だけど…、まぁ、仕方ないよな。新しい彼と上手くやれよ。

 うん、ごめんね。ありがと。そっちも彼女さんと仲良くね。

 

 それで千夏とは終わったのだ。始まったときと同じように、唐突にあっさりと。

「でも、内田さんがほんとはどう思っていたのか分からないじゃないか!何か、思うところがあったのかも…」

「俺が知るかよ!」

 千夏なのか?俺は死んだ女と一緒にいるのか?!

 もう、ワケわかんねぇよ!

「とにかくすぐ来てくれよ安田!頼むよ、今すぐ来てくれ!」

「…分かったよ。じゃ、今から出るけど…でもうち、駅から遠いから電車だと遅くなるし、急ぐならタクシーになるけど…」

「それでいいから!急いでくれ、頼むから…」

 じゃ、これからタクシー呼ぶから。いったん電話切るからな。そんな言葉を残して、安田は通話を切った。諒太は部屋の中に身動きできないまま、得体の知れない女と取り残されている。安田がくるのは二十分後か三十分後か。

 あの女はどうしてるだろう。諒太はそっと様子を伺った。さっきと同じ、横たわったまま動いていない。

 …と。

「あ……」

 『彼女』の頭が、微かに動いた。もぞり。さらに大きく動く。ざらり。

 指先が曲げられ、腕が体に引き寄せられて、上体を起こしている。ぞろり。

 投げ出されていた足がその体を支え、床から引き剥がすように上体を起こしていく。ずるり。

 ゆっくりと。ゆっくりと『彼女』は立ち上がった。

 ひたり。右足を一歩、踏みだした。

 ひたり。左足も一歩、踏みだした。

 歩いてくる。ひたり。暗がりの中から、諒太に向かって。ひたり。ひたり。

「……っ!…あ、」

 声が出ない。お前は誰だと誰何する声が。来るなと制止する声が。

 だから諒太は、体を強張らせたまま『彼女』を見つめて、ただそこにいるしかなかった。

 誰だ、誰なんだよ!千夏か?死んだ千夏なのか?!

「……ね。諒太」

 『彼女』が口を開いた。聞き覚えのある声。この声は…

「さ、つき…?」

 『彼女』が近づいてくる。薄暗い中にも顔が見えるようになった。『彼女』は

「咲月……」

 咲月だった。千夏じゃない。大きく息を吐き出して、諒太は初めて自分が呼吸を止めていたことに気づいた。全身の強張りが解けて力が抜ける。そうだ。そうだよ。死んだ千夏がこんなふうに、ここにいるワケないじゃないか。当たり前だろ。よく考えろよ。

「…何だ咲月かよ、驚かすなよ。どうしたんだよ、何の冗談だ?」

「チナツって、誰?」

「……え?」

「諒太、さっき電話で言ってたよね。チナツって誰?」

「べ、別に、何でもないよ」

「そう。何でもないんだ?」

 そして咲月は赤めに染めたショートボブの髪を触りながら

「ね、諒太。あたし、誰かに似てると思わない?」

「だ、誰かって…」

 確か以前に同じ会話をした。あの時は…

「ほら、あれだろ。ドラマに出てた新人の…」

「あたしが教えてあげようか」

 最後まで言わせない、咲月の言葉に黙り込む。

「チナツ。ウチダチナツ。同じ髪型にしてみたの。…あたし似てるでしょ?」

「…咲月。お前…?」

 ふふっと笑う咲月を前に、諒太は混乱した。咲月が千夏を知っていた?何故だ?いつ?! だって咲月が帰ってくる前に千夏とは別れて…。だから咲月は千夏を知らないはず…

 ふと、諒太は咲月に何かイヤなものを感じた。このままここで、咲月と二人だけで居たくない。そうだ、安田はまだか?そろそろ着く頃じゃ…?スマホにそっと目を落とす諒太に

「安田くんなら来ないよ」

「…え?」

「安田くんには諒太に電話してもらっただけ。だから来ないの」

「だから来ないって…まさかお前ら、グルなのか?!」

「グル?」

 軽く首を傾げる。

「安田くんには色々助けてもらったり、協力してもらってるの」

「協力……?」

「前ね、出かけたとき、駅で安田くんを見かけたの。駅のホームにいてね、次の電車待ってるんだなって思ってたんだけど、電車が来ても安田くん、乗らないの」

「……」

「電車が混んでるから、その次のにするのかなって思ったの。でもまた電車が来ても安田くん、乗らなくて。不思議に思って見てると、電車から降りた人たちに混じってエスカレーターに乗って行っちゃったの。何だったのかな、ホーム間違えたのかなって。でも気づくとまたホームにいるのね」

「……」

「そしてまた、電車から降りる人たちを見てるの。そしてそのうちに、降りた人たちに混じってエスカレーターに乗って行くの。…安田くん、いつも必ず、スカートをはいた女の人のすぐ後ろについて乗ってた」

 それってまさか…

「…盗撮……?」

 咲月はこくん、と頷くと

「でもそんなこと続けてて誰かに見つかったら、大変なことになるでしょ?就職なんてまず出来ないだろうし、下手したら大学にだって居られなくなるかも。だからそう、安田くんに教えてあげたの」

「教えてって、咲月…。安田のこと、脅したのか?」

「脅した?ううん全然違うよ。そんなことしてていいの?って言っただけ」

 咲月は、とんでもない、というように首を降った。

「言っただけって…」

 お前が盗撮してるのを知っている。バラされたら大学にいることも就職することも出来なくなるぞ。

 どう見ても脅迫としか思えないが、咲月は違うという。まるで親切なことでもしたように、教えてあげたの、と。

 何だろう。諒太は咲月と何かがズレてるように感じた。

「だって安田くんは諒太の友達だもん。そんなことしないよ。でもそしたら安田くん、何でもするから誰にも言わないでくれって。…だから、聞いたの」

「聞いた……?」

「あたしが留学してる間の、諒太のこと。諒太、チナツってコと一緒にいたんだね」

 あいつ喋ったのか!

「いや、それは…。の、飲み会でたまたま知り合って、友人として…」

「諒太、浮気してたんだね。そのチナツと」

「いや、そうじゃない!違うんだ咲月、千夏とは」

「ベッドの下にピアスがあったよ。あたしの持ってるのとは違うピアス」

「いや、そんなはずは…!だってあの後ベッドの下は」

「あの後?あの後って何?チナツとベッドを使った後?」

 ……しまった。諒太は唇を噛んだ。安田が盗撮している事実を教えられ、それを咲月が脅していると知り、さらに千夏の名前を出されて動揺していたとはいえ、決定的な言質を取られてしまった。これはどうやっても言い逃れできない。諒太は観念した。

「さ、咲月。…俺が悪かった。本当に悪かった。赦してくれなんて言えないけど…」

「いいよ」

「……は?」

 あっさりと言う咲月の言葉に、諒太は呆気にとられて咲月を見つめる。

「い、いいの?」

 うん。と咲月は頷く。

「最初はね、ショックだったの。諒太、待ってるって言ってたし、あたしも信じてたのに、浮気してたなんて。すごくショックで悲しくて、絶対赦せないって。でもね、よく考えたら、諒太も人間だもんね。完璧じゃないよ、神様じゃないんだもん。間違えちゃうことだってあるよね」

「え?あ、あぁ。そうだよな…?」

 なんだ、どうしたんだ、咲月?

「間違えちゃったのはしかたないよ。次からはきをつければいいの。だからあたし、もうりょうたが間ちがえないようにしてあげたから」

「は?間違えないように…?」

「そのチナツが、りょうたがまちがえちゃった原因なんでしょ?だから、そのげんいんをなくしてあげたの。もうりょうたが間ちがえたりしないように」

「咲月…?原因をなくしたって…」

 ふふっと咲月が笑う。

「これでもう、だいじょうぶだからね、りょうた」

「大丈夫って……」

 何が?目の前に立つ咲月を見上げる。咲月のお気に入りのネイビーブルーのパーカーは、暗がりの中で黒っぽく見えた。

【犯行現場の近くの防犯カメラに、黒っぽいパーカーを着た不審な人物が映っており】

「咲月、お前まさか、千夏を…!」

 諒太は自分の顔が強張るのが分かった。固い表情で自分を見上げる諒太を、咲月は不思議そうに見ている。

「お前が千夏を、殺した、のか…?」

 咲月はそれには答えず、諒太の横を通りすぎて流し台に向かった。

「りょうた、まちがっちゃったんだよね。まちがって、わるいことしちゃったんだよね。あたしね、わるいことしたら、ちゃんとばつをうけて、つぐなわないといけないっておもうの」

 カタ、カタカタ…。微かに木の触れあう音がした。流し台の引き出しを開ける音。

「もしまちがっても、つぐなえばいいの。ちゃんとつぐなって、そうしてやりなおせばいいの」

 引き出しの中に入っているのは、確か。

「咲月お前…。何持ってんだよ…」

 咲月の手には光るものが握られていて

「りょうたがばつをうけてつぐなうの、あたしがてつだってあげる」

 ひたり。右足を一歩、踏みだした。

 ひたり。左足も一歩、踏みだした。

 咲月が歩いてくる。ひたり。その手に包丁を握りしめて。ひたり。ひたり。

「やめろ咲月!…くそっ」

 咲月がおかしい。このままだと一体どんな目にあうか…。早く逃げなければ。だが逃げようにも諒太の右足はテーブルの脚に縛られていて、立ち上がることなど出来ない。こうなったら這ってでも。テーブルを引きずりながらでも、這ってでも逃げなくては。

 諒太は腹這いになろうとした。しかし右足の自由が利かず、身体をひねることすらままならない。だから蜘蛛の巣に絡め捕られた虫のように、ただそこで、もがくしかなかった。

「やめろ、咲月……来るな…!」

 何か。何か身を守るもの。それを探してとにかく辺りに手を伸ばした。椅子に置いてあったクッションに触れると、強く掴んで無茶苦茶に振り回した。咲月が無造作に腕を振る。びっ!と布を裂く音がして、クッションの中の羽毛が弾けるように飛び散った。

 諒太には、そこからの全てがスローモーションになった。

 キッチンに舞う羽毛は、まるでぼたん雪のようだった。暗い空から大きな雪片が幾重にも幾重にも重なって、音もなく降りてくる。その中に、咲月が立っていた。

「りょうた。ちゃんとつぐなおうね。今までのこと、ぜーんぶなかったことにして、きれいにリセットして、さいしょから、もういちどやりなおすの。だいじょうぶ。すぐおわるからね」

「頼む咲月、…やめてくれ…。俺が悪かった。お願いだから、助けて…」

 懇願する声は、かすれて震えていた。咲月がゆっくりと腕をあげると、包丁が外から漏れた明かりにぬらりと光った。振り下ろされたその切っ先が

原作:原作者は ひろさん です(編集者注)


主人公 大学生(男) 

の彼女 主人公と同棲している 

主人公の友人  


■プロット

夜、主人公が自分の部屋に帰ると彼女がうつ伏せで寝ている

声をかけるが反応がない

飲み会があると聞いていたため、飲み過ぎて寝ていると思う主人公

部屋の明かりは点いておらず暗い


水を取りに行こうと彼女から離れたところでスマホにメッセージが届く

彼女から二次会も行くのでまだ帰れないとの内容

驚く主人公

謎の提起「では今部屋に寝ている女性は誰なのか」

突然、背後から襲われ気を失う主人公


目を覚ますと、部屋の端に片足を縛り付けられていた

部屋の中心には変わらず女性が寝ているが、暗いためよくわからない


主人公の友人から電話がくる

現状を伝える主人公

友人は「その女性に心当たりはないのか」など問いかける

主人公と友人の会話続け、適当なとこで会話が切れる


寝ていた女性が起き上がる

暗がりからこちらに歩いてくる女性、顔を見ると主人公の彼女だった

真実「主人公が浮気をしていないかを疑った彼女による芝居」

部屋に横たわっていたのは初めからずっと主人公の彼女(シラフであり眠ってもいなかった)

知らない女性が寝ている状況で、主人公が友人との会話で他の女性の話をしないかを観察していた

冒頭、主人公に送られた彼女からのメッセージは、協力者が彼女のスマホを操作して送っていた


以上が彼女の口から明かされ、閉幕へ


■補足

・コンセプトはオカルト的なホラーに見せかけての、彼女の狂気を滲ませるサイコホラー

・冒頭に主人公が声をかけるシーンで、何を持って彼女だと判定するかのさじ加減はお任せします

 顔を確認すればその後のメッセージの不可解さは増しますが、ややあからさまかなとも思います

・友人は彼女の芝居を知っている方が話を進めやすいと思います

 彼女の恐ろしさを増すために、友人は何かしら脅されて協力しているというのも素敵です

・友人との会話に心霊的な話を混ぜ込むとオカルトホラーへ読者を誘導できるかな、と思ったり

・友人との会話の内容によって、締め方は2パターン考えています

1.主人公が女性の名前を挙げる場合

 「(女性の名前)って誰?」から、拘束されている主人公を煮るなり焼くなり

2.友人との会話で主人公が女性の名前を挙げない場合

 「疑ってごめんね」から、挙げていた場合どうなっていたかを話す

もちろんこれらに限定せず、思いつくまま面白いと思ったラストを採用してください

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