嬉しさのあまり
パンを売り切ったわたしたちは店を片付けると、四時過ぎまではモトベさんの店を手伝った。
ジャムの件を含め、今回の初出店で大きな協力をしてくれた彼への恩返しの意味も込めて、わたしは手伝いに精を出す。
「今日はお疲れさん。それにしても完売とはめでたいね」
「モトベさんのおかげですよ」
「謙遜だぜ。俺っちからしたらあの痴話喧嘩のおかげじゃねえかなって思えてくるぜ、ククク」
「笑わないでくださいよ」
「良いじゃねえか。体よく常連になってくれそうな子だったし」
「それはそうでですけど」
客としては大歓迎だが、ヨハネを横取りしようとする泥棒猫としては歓迎できないなあと、わたしはいぶかしんだ。
後々彼女と親しくなって、自分の旦那に対して一方的に惚れている妹分として付き合うようになるとはこの時点のわたしでは想像できなかった。
「それじゃあまた来週。今夜はお楽しみか?」
「祝杯は挙げますけれど、そう言うのはまだちょっと」
別れ際に指で作った輪にもう片方の手の指を出し入れしながら「お楽しみ」とからかうモトベさんに、わたしは真っ赤な顔で否定の回答をした。
いや、今日のテンションではそう言うことをしたい気持ちがあるのは正解だが、まだわたしたちはそう言う関係ではないのだと。
公園を出たのは五時なので、ホームに戻ったのは二時間後の七時。荷物を降ろしてリビングの椅子に腰を落ち着かせると、興奮が覆い隠していた疲れがどっと溢れてきて、わたしは力が抜けてしまう。
「お疲れ様」
「ありがとう」
そんなわたしを見かねてか、ヨハネは朝と同じコーヒをわたしに淹れてくれた。病み付きになりそうなほど濃いカフェインに少しの覚醒をしたわたしは、それによるちょっとの興奮が後押しをしてヨハネに抱きついた。
それはまるであの女の感触をヨハネから消し去りたいと思うかのように。胸をぎゅっと押し当てるが、わたしの胸はそこまで豊満ではないのでヨハネにはどう感じているのだろうか。
「あ、アマネ?!」
「ヨハネ……」
わたしはそのまま彼の首筋にキスをした。
興奮しているのか彼の体は温かく、唇から伝わる熱は首が相手なのに唇同士のキスのようだ。
わたしは勢いで抱きついて、勢いでキスをしたのでこの先の考えなどない。でも勢いでこのまま彼を押し倒し、恋仲になりたいと告白したい気持ちがあるのは確かだった。
だが残念なことに二日間の疲労が貯まっていたからか、その先を伝えることはかなわない。わたしは電池が切れたかのようにそのまま固まってしまい、彼への告白は夢の中に持ち越してしまった。
「らいしゅき……しゅぴい……」
「寝てしまったのか」
ヨハネはキスの後、立ったまま寝始めたわたしに困惑しつつもしばらくはそのままわたしを受け止めてくれた。
このときのわたしには知りようがないことだが、ヨハネはわたしの体を全身で受け止めて、わたしに劣情を覚えて悶々としていたそうだ。
夢の中では告白をして、現実よりも先にわたしは結ばれていた。
一方で、現実では物理的に結ばれているこの状況にヨハネは喜んで浸っている。
嫉妬することなどなかったほどに、ヨハネもわたしのことを好きだったようだ。
その証拠にヨハネはあの女が抱きついたときよりも興奮を覚えて、頭から湯気をあげていた。
「大好き」
ヨハネに向けたその言葉は様々な意味を含んでいた。
後のわたしから見ても、この時点のわたしはストロベリーなほどに初々しい。




