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異世界パン屋~赤眼の少女と機械じかけのパン職人~  作者: どるき
第七章 トスカーナ

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そして土曜日が訪れた

 市役所での申請を終えたわたしたちは、この日は精神的な疲れもあって早く眠りにつき、翌日から土曜日に向けての準備に取りかかった。

 お品書きの看板を用意したり、個々のパンの値段を決めたりとやることが多かったのだが、最後のひとつは後回しになってしまっていた。

 それは───


「どうしよう。なんて名前がいいかしら」

「こればっかりはアマネが決めてくれないと。だってキミのお店なんだから」

「そりゃあそうなんだけれど」


 わたしが後回しにしていたのはひとつ理由があった。

 実のところ、わたしはずいぶん前からそれを決めていた。

 だがしかし、この名前はヨハネに断りもなく使える名前ではない。彼の過去に関わる大切な名前だからこそ的確だと思いつつも、それを軽々しく使うことで彼を傷付けやしないかと恐れていた。

 そうこうしているうちに、いよいよ開店日が明日に迫ってしまった。そろそろ聞かなければいけないのに。


「ねえヨハネ……本当にわたしの好きにして良いんだよね?」

「あたりまえさ」

「それがもし、ヨハネには受け入れがたい名前でも?」

「僕は構わないよ。そもそも僕が受け入れがたい名前ってどんなのさ」

「……トスカーナ……」


 わたしは少し震えた声で、その名を呟いた。


「え?」

「だから、トスカーナよ」


 わたしが決めていた名前。それはヨハネがかつて恩師と開いていたというパン屋のそれだ。

 彼がトスカーさんとの過去を語っていた時の目の輝きと、その言葉の響きにわたしはときめいた。

 それに彼が関わるパン屋なんだから、彼にも馴染みがある店名にしたいとわたしは思う。その上でトスカーナという名前がどこか心の琴線に触れていたわたしは、その名前を使いたいと思っていた。

 無論、ヨハネがそれで良いのならだが。


「待ってくれ。アマネはそれで良いのか? 僕に気を使っているとかではなく」

「むしろ逆。ヨハネには思い入れがある名前だからこそ、ヨハネが嫌じゃないか心配して、今日までずっと聞けないでいたのよ」

「僕としては思い出の名前を使ってくれるのならば嬉しいよ。でもどうして?」

「ヨハネが……アナタが語っていたトスカーさんとの思い出が、とても綺麗だったからよ」


 正確には「それを語る際のヨハネの表情が」である。

 夢を語る少年のような顔をおもいだすと、ヨハネへの恋心を自覚した今のわたしには愛しさで胸が苦しい。


「ありがとうアマネ」


 こうしてわたしたちの屋台の名前が正式に決まった。

 そして一晩開けて土曜日。わたしたちは朝五時に起きて焼き上げたパンを持って、モトベさんが待つ中央公園に向かった。

 持ち込むパンは試食として無料提供するぶんを含めて各二十個。一回の焼成で焼き上げることができる最大個数で挑む。

 到着したのは約束の十分前で、頃合いとしては適切だろう。


「おはようございます」

「おう。時間ぴったりだな」


 わたしたちはカーゴをモトベさんの屋台に横付けすると、折り畳みの机を広げて手製の看板を立て掛けた。

 看板にはそれぞれのパンの値段が手書きで書かれているのだが、丁字なので金額以外はわたしには読めない。

 ちなみに値段は「初恋の味」と「シホウクロワッサン」が百五十ルート、「いちご大福パン」が二百ルートと大量生産品に近い値段設定にした。

 ライ麦の仕入値がキロ千ルート、パン一個辺りの平均使用量が約七十グラムなので原価率は半分程度。単純計算で三十個売り上げられれば元が取れる計算だ。

 手早く準備を終えて、後は客を待つだけとなったところでヨハネはカーゴの中に入る。それを見てモトベさんが口を出した。


「なんでぇ? ヨハネの兄ちゃんは店先には立たねえのか」

「当たり前じゃないですか」


 わたしは事前に考えておいた理由を述べる。


「ヨハネは顔に傷があるから、怖がってお客さんが逃げたら大変ですし。それにわたしは店長であると同時に看板娘ですので」

「俺っちみたいなヤクザ者でもお客は気にしないもんだけどなあ」

「それでもなるべくわたしが表に出たほうがいいかなって。自分で言ったら恥ずかしいですけど、こういうときは若くて可愛い女の子は武器ですし」

「いやいや。アマネお嬢ちゃんが可愛いのは否定しないでおくが、兄ちゃんもあれで結構な美男子だぜ。女性客も多いから、看板息子として兄ちゃんも店に出たほうが良いって」

「それは客の流れを見ておいおい」


 わたしが単に惚気ているわけでもなく、同性の客観的意見でもヨハネは美男子と言われて、わたしの顔は赤くなった。

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