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異世界パン屋~赤眼の少女と機械じかけのパン職人~  作者: どるき
第七章 トスカーナ

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モトベの独白

 美味いパンなんて食べたのはいつ以来だったか。

 あのふたりを見送った俺は、昔のことを思い浮かべる。

 あれは俺がまだガキの頃だから四十年くらい前か?


「今日はお前の誕生日だろ? じいちゃんがとびきりの御馳走を作ってやらあ」


 そう張り切る爺さんが作ったパンが、俺の記憶に残る唯一のそれだ。

 自慢のモトベガレットは爺さんの代から続く老舗だ。今でこそ屋台だが、親父が菓子作り以外のことに熱をあげて店を売り飛ばすまでは駅前の一等地に店を構えていたもんだ。

 そんな爺さんは最初から菓子職人だった訳ではないそうで、元はパン職人だったらしい。モトベガレット自体、当初は別の名前のパン屋だった。

 俺の世代からしてもお伽噺みたいな感覚のある二千年問題。この騒動に少年志願兵として参加した爺さんは、ブルートという上官からパン作りを学んだと聞く。

 退役後、学んだ技術を生かして始めたパン屋は順調に売り上げを伸ばしたそうだが、輸入規制とバイオ小麦の事件で小麦の供給が途絶えて、泣く泣く菓子職人に鞍替えをしたという。

 まだ親父が十歳にも満たない頃の話だ。

 その後、俺が物心つくようになったころに爺さんは引退した。店を親父に譲り渡し、孫である俺や妹の世話をして余生を過ごしていた。

 昔の習慣だとは言っていたが、早寝早起きの爺さんは朝メシの支度とは別に、よくこそこそと何かをやっていた。

 今思えばパン作りの研究をしていたのだろう。


「うめえよジイちゃん。この味を知ったら、甘ったるいだけのジャムパンなんか不味くて喰えねえ」

「そうかそうか、それはよかった。だったらコーウェンにはしばらくは作ってやれねえな」

「なんだよそれ。ジイちゃんのケチ」

「流石にジイちゃんも歳だから、毎日は作ってやれねえ。だからと言って半端に作ってやったら、オメーも普段の菓子パンを喰わなくなっちまうだろ?」

「うーん……そうかも」

「それだと母ちゃんにジイちゃんが怒られるからな」

「残念だな」

「だからそうだなあ、月に一回だけ作ってやるよ。来月はイゾルテの誕生日があるだろう? 次はそんときだ」

「約束だぞ、ジイちゃん」


 その約束をした一週間後、爺さんはポックリとあの世に逝ってしまった。

 それから親父の元で菓子の修行をしたり、金に目が眩んでおかしくなった親父といざこざを起こしたりと、波乱万丈の末に俺はバーツク屋台の重鎮のひとりと言われるまでの地位についた。

 満足はしているが望んで得た地位ではないので歯がゆい。というか、親父のせいで苦労した妹が拗らせて、立派なヤの字の姐さんになって対立しなければ苦労もないのにと肩をいからせる。


「それにしてもあの若いの、やけに似ていたな。まさか本人だったりして」


 ふたりの背中が見えなくなった頃、俺は一枚の写真をみながら呟いた。

 それは爺さんが軍の補給部隊にいた少年時代に撮った一枚。

 中隊長のトスカー・ブルートの横にいるヨハネという優男に、あの青年はよく似ていた。

 彼はライカンスロープと呼ばれるオートマタンで、人間そっくりだが人間ではなかったそうだ。

 仮に彼が二千年問題後半のオートマタン排斥運動から逃げ延びたとすれば、人ならざる存在の彼が生きていても不思議はない。

 だが、名前まで同じ彼にその事を詮索するのは良くない。万が一に彼が若き日の爺さんと共に戦ったヨハネ本人ならば、彼にも聞かれたくない話が多いだろう。

 触らぬ聖女に祟りなし。

 有名な故事に従って、俺は彼の過去を詮索しないことに決めた。

 アマネと名乗るお嬢さんが連れていた将来の旦那様候補ヨハネ。俺にとって彼はそれ以上でもそれ以下でもない人間だ。

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