ヨハネの独白
やれやれとでも言えばよいか。
興奮が途切れた途端、急に寝てしまったアマネを見て僕はぼやいていた。
崩れるように倒れたので心配したが、大事には至らないことに僕は安堵する。もし大事に至っていようものならどうしようもない。
アマネの安否を確認した僕は、彼女を抱き抱えるとそのままベッドに運ぶことにした。
両腕には彼女の体重がのしかかり、彼女の柔らかい体に腕が食い込む。彼女の匂いは鼻先もくすぐっており、抱き抱えるだけで僕は興奮を覚えていた。
ベッドに寝かせて布団をかけた僕は彼女の眠る姿に見とれてしまうが。ぐっと気持ちを押さえつける。気持ちの上ではやってみたいと思うものの、彼女との関係を考えた僕は心の中だけで彼女の唇にキスをする。
「おやすみ」
部屋を出て台所に戻って後片付けをした僕は、食べかけのいちご大福パンの味見をしながら思考を走らせる。
木苺の酸味はムラムラとした気持ちが渦巻く今の僕には刺激的で、アマネの言うとおり大成功だと感じている。
しかし、僕の中の機械的な部分はそれに警鐘を鳴らしていた。アマネへの好意が客観的判断を覆しているのではないかと。
アマネが推測した通り、ジャポネでは酸味は評価が別れる味かもしれないからだ。産まれが作り物なこともあり僕には好き嫌いがないし、トスカーさんやマリーも好き嫌いを語っているところは見たことがない。
とかく酸味に関してはトスカーナではベリー系のパンは作っていなかったので、当時の売れ行きから推測することも叶わない。故に僕にはアマネの予測を覆す材料がなかった。
その点を踏まえて考えた場合、基準のライ麦パン程ではないとはいえ、その半分程度にはこのパンの酸味は強い。甘酸っぱいと受け入れられるか、酸っぱさが甘さを邪魔していると拒絶されるかは賭けに思えた。
「ここまではアマネが頑張ってくれたんだ。僕も何か考えないと」
アマネはこれまで「酸味を生かす」方向でパン作りのアイデアを出してくれていた。そのアマネが自分の方針に懸念を持っているのならば、ここは僕が支えるべきだろう。
酸味をうまく押さえつつ、最初の失敗作のように僕らしさが無いと言われないような力強いパン。それを僕たちのパン屋における三つ目の柱にしなければ、パン職人としての僕を必要としてくれるアマネに申し訳が立たない。
なまじ一度は失敗したテーマをさらに磨きあげるとなれば、これは一筋縄ではいかないだろう。最初のように単純に味を変えたのではない、まったく別のベクトルでの工夫が必要だろうと、僕の頭脳は導きだした。
「それにしても、柔らかかったなあ」
しかし考えても現状のヒントだけでは答えは出ない。
行き詰まった僕はストレスの解放を兼ねて、先程のアマネの体を思い出す。
彼女の衣服が柔らかいことは洗濯をしているので知っていたが、服を着た彼女の体の柔らかさは想像以上である。
夢よりも柔らかく、そして微かに体臭が漂う彼女の肢体。体温の温もりも添えられたそれは初めての感覚だった。
いままで僕は女の子の体などろくに触れた経験の無い。百年生きていてもそのうち九割を引きこもっていたのだから、恥ずかしながら仕方もない。
パン生地の固さを女性の胸や赤ちゃんのほっぺに例えて加減を教えるので、知識としてはどのくらいなのかは知っていた。それでも実際の感覚は知識とは別物だろう。
もし僕らが恋人同士ならば、妄想ではなく現実にキスの一つもしていたのだろう。そのときの唇に当たる柔らかさと、彼女の味を想像するだけで、僕の頭は熱くなってしまった。
僕らフォーチュナー社製AMH48型オートマタンは機械による人間の再現を目的に開発された。先行オートマタンの一部で自我を獲得した個体が散見された例を参考にしている僕らは、人工人体を先に完成させて心は実際に人間と触れあうことで育成する段取りで産み出された。
それゆえ、僕らは人間に可能なことは一通り出来るように───それこそ男女の恋愛で必要となるアレやコレも出来るように作られた。
その一貫として、AMH48型オートマタンは人間が持つ三大欲求を自制プログラムで押さえられるようになっている。
簡単に言えば通常は自慰で発散せずとも自制プログラムで代替できるのだが、僕の場合は自制プログラムを育ちすぎた感情が凌駕してしまった弊害で、限度を超えると意味を成さない。
逆に言えば自慰行為も意味を成さないので、こうなったら実際に行動に移して満たすか収まるのを待つより他にない。
昼間アマネは「むっつりスケベ」だと僕のことを言ったわけだが、自分の生態を考えれば、それは間違いのない指摘だ。
「そろそろ眠るか。おやすみアマネ」
リフレッシュを兼ねて意図的に発露させた劣情が収まったところで僕は床につく。
昨夜に続いて竜の夢を見た僕はアマネの体の柔らかさを堪能し、偶然ながらそこに求めていたヒントを見出だす。




