4日目昼
ギルドへとやってきた。
今日は俺が一番乗りだった。
しばらくギルド内の様子を見ているうちにメアリさんがやってきた。服装は朝まで着ていた紺色のローブから黒色のローブへと変わっていた。
「メアリさん、こんにちは」
「こんにちは、アレンさん」
「なんか変な感じですね。今朝挨拶して、一緒にごはんまで食べたというのに、またこうやって挨拶するなんて」
「ふふっ、そうですね。変な感じがします」
「はははっ」
お互いに笑い合う。
「あ、メアリさん、昨日から今朝にかけてのことは、色々と複雑な事情なので俺たち二人だけの秘密にしててくださいね」
「わかりました。二人だけの秘密ですね」
お互い目を合わせる。
たった一日だけで、メアリさんと深い信頼関係が芽生えた気がする。これまで異性と話すことすらほとんどなかった俺にとってはすごい進歩だ。
「やあやあお二人さん、今日はなんか雰囲気いいねえ。何かあったの?」
キララさんがやってきた。
どうやら俺たちが仲良く話してたところを見られてたみたいだ。
「いえ、特にはなかったんですけど、ちょうど今朝食べたごはんの話をしたら、二人とも似たようなメニューだったので、それでなんだかおかしくて笑ってました」
「なんだいそりゃ。ごきげんなほんわかトークじゃないか。いいねえいいねえ」
よし! 咄嗟についた嘘が炸裂!
もしかして俺って嘘つく才能あるのかな?
「ほんと私と似た朝食のメニューだったのでびっくりしました。なんだかこういうのってほんわかしますよね」
「うんうん、ほんわかする。で、同じようなごはんを食べて、同じようなシャンプーの香りをつけて、同じような寝不足の表情と。なるほどねえ」
キララさんはそう言うとニヤリと笑った。
これ完全に今朝まで一緒に過ごしたことバレてますやん。
そしてセックスしたんだと勘違いされてますやん。
ご飯の話で墓穴掘ってしまったやん。
「キ、キララさん、何か勘違いしてません?」
「勘違い? 何の?」
「何のってそりゃあ」
「よお! 今日はみんな早いナ!」
俺とキララさんが話している途中で、最後にルーニーさんがやってきた。
そして俺とキララさんの顔を見比べ、ルーニーさんは何かを察した。
「ん? 何かあったのカ?」
「いえ、ただキララさんが俺とメアリさんとの関係について変な勘違いをしているようだったので訂正しようかと」
「結婚式には呼んでくれよな!」
「ちょっ、キララさん!」
キララさん、無茶苦茶だ。なんかもう色々とキララさんに対して言いたいことはある。だがとにかくキララさんが勘違いしていることは確定した。
「まあいいか! それじゃあ今日も張り切って行くゾ!」
ルーニーさんの高らかな号令がかかった。
ルーニーさんは特に気にしないタイプだったようで、そのままキララさんとの話はお流れとなってしまった。
ふとメアリさんを見たところ、恥ずかしそうに黙って顔を真っ赤にしていた。そうだよね、勝手にあらぬ想像をされたりして恥ずかしかったよね。巻き込んでしまってごめんなさい、メアリさん。
◆
今日は魔物討伐のため森にやってきた。
ザクザクと草を切り裂きながら森を突き進む。
その道中、俺はずっとリリィが放った言葉について考えていた。
存在意義。心の中に引っかかってムズムズしていたため、俺はリリィの存在意義などについて色々と考えてみることにした。
まず性奴隷とはその名の通り性のはけ口となり、道具同然として扱われる存在だ。それが存在意義だと思う。
俺もリリィをそのような存在にするために購入した。俺の欲望を思いっきりぶちまけるためだけに……。いま思うと最低だなと思うが。
で、次にリリィはサキュバスだ。サキュバスの存在意義は、男性とセックスをして生命力を吸収することによる生命の維持、それと子孫の繁栄……はどうしてるのかは実際わからないが、生命の維持と子孫の繁栄、だと考えている。
つまり何かを食べて生命を維持し、また男女が交わり子孫を残すという人間とさほど変わらない存在だと考える。
ではちょっと思考を変えて魔法使いの存在意義はどうだろうか。
魔法使いは、その名の通り魔法を使って役立つことで、その存在価値を認められているのではないのかと思う。
さて、リリィは性奴隷だ。だが性奴隷の前にサキュバスという存在だ。そして俺がセックスしたくてもできないのは、リリィが人間の性奴隷じゃなくサキュバスだからこそ起こっている問題なのだ。
リリィはサキュバス。リリィの存在意義はセックスし、生き続けて子孫を残すこと。だが、俺も生きねばならん。
ということは、セックスしなくてもリリィが生命力を吸収できる何かを作り上げることができれば、この一連の問題は解決するはず。
つまり俺ができることは、セックスせずにリリィを生き延びさせる何かを生み出すことだ。
なに。俺は魔法使い。一週間経過まであと3日ほどはある。
それまでに必死に研究して、セックスせずにリリィを生かすことのできる何かの方法を生み出せばいいだけなのだ。
そしてその何かの方法が完成すれば、リリィは俺を襲わなくなる。また、その何かの方法が世間に広まれば、サキュバスも人間も共に生きていける未来になるかもしれないのだ。
「おーい、アレンくーん。さっきから何考えてるのかなー?」
キララさんの声がする。
おっと、俺が考え込んでいるうちに歩くのが遅れて、みんなから離れてしまっていたようだ。
「すみませーん、すぐ追いつきまーす」
走ってみんなに追いつく。
「なになに? 結婚式の日程でも考えてたの?」
小声でキララさんが尋ねてきた。
「そんなんじゃないですってば! からかわないでくださいよ!」
「あはははっ」
「もうっ!」
「おい! ターゲット発見ダ!」
俺とキララさんが無駄話していた途中で、ルーニーさんの声が響いた。
今日のターゲットはリッチという魔物で、情報によると魔物だが知能が高く、妙な魔法を使うらしい。
「さあ集中して行くゾ! メアリ!」
「はいっ! バリシバル!」
いつもの要領でメアリさんがバリシバルを放った。
だが、リッチは特に拘束されている様子はない。バリシバルは効き目なしだったようだ。
「バリシバルは効かなかったが構わン! 次! アレン!」
「はいっ! バイマジ!」
俺もいつものようにルーニーさんとキララさんにバイマジをかけた。
「よしっ! キララ、行くゾ! ウインドアローで狙撃ダ!」
「あいよっ!」
そして二人はリッチに向けて魔法、ウインドアローを連射した。
だが、リッチの身体は矢に貫かれることはなかった。全ての矢を防御魔法で撃墜させたのだ。
「な! あいつ防御魔法が使えるのカ!」
予想外の出来事にルーニーさんが慌てる。
そして次の瞬間だった。
リッチが手に持つ杖が光った途端、こちらに向かって無数の氷柱が飛んできたのだ。
「あぶない! みんな避けロ!」
ルーニーさんが叫んだ。
その声を聞き、みんな蜘蛛の子を散らすように逃げる。
「うわあああああっ!!」
後方からキララさんの呻き声が聞こえた。
恐る恐る振り返ると、キララさんは肩を抑えて地面に倒れていた。肩からはおびただしいほどの血が出ているのが見える。
は、早く助けなくては……!
「みんなは逃げてくれ! 早く!」
「キララさん! 何言ってるんですか! すぐに助けます!」
「アレン! 奴は強イ! このままだとみんな死ヌ! 逃げるゾ!」
ルーニーさんはキララさんを見捨てて逃げるように命令した。
だが、俺はキララさんを見捨てたくはない。
だって、だってキララさんは2児の母で、家では今日も家族が待っているんだ。
死なせるわけにはいかない!
氷柱の魔法は今は飛んできてはいない。だがリッチがじわりじわりとキララさんのほうへ歩いてきている。また氷柱の魔法でも撃たれたら次こそは命がないかもしれない。
「キララさん! いま行きます!」
俺はキララさんのところへ一目散に駆け出した。そしてリッチが追いつく前にキララさんのところへ到着。キララさんを背中に担ぎ、急いで逃げ出した。
「アレン……今までありがとうね……」
「なんで死にそうなセリフを言ってるんですか!」
背中からはキララさんの温もりが伝わる。キララさんはまだ生きている。生きている限りは絶対に死なせない。
「ははっ……結婚式……行けなくなっちゃったよ……」
「弱気にならないでください!」
俺はキララさんを励ましながら全力で走った。走って走って、やっとルーニーさんとメアリさんがいる安全圏まで逃げ出した。
「メアリさん! 早く回復魔法を!」
「はいっ!」
メアリさんはキララさんに回復魔法をかけ始めた。そしてしばらくすると呼吸も落ち着いてきた。どうやら一命は取り留めたようだ。
「アレン、よくやったナ」
ルーニーさんが俺に声をかけてきた。
「よくやったなじゃありません! キララさんを見捨ててどうするつもりだったんですか!」
俺はルーニーさんに怒鳴った。怒りが収まらなかった。人の命を何だと思っているんだ。
「アレン……あれでよかったんだよ……」
キララさんがぽつりと話し始めた。
「ど、どうしてですか! キララさんは死ぬとこだったんですよ!」
「ああ命令しないと……みんな死んでたかもしれないんだ……。ルーニーはリーダーとして正しい選択をしたのさ……」
一人の命よりみんなの命。確かにそうかもしれない。だけど、目の前でまだ生きている命を見捨てるだなんて……。
◆
森での危機を脱したあと、俺たちはキララさんを病院へ連れていった。病院の治癒術師の話によると、キララさんは全治2ヶ月らしい。
そして俺たちのパーティはキララさんが復活するまで休止することになった。
「それじゃあ今日からいったん解散ダ。また集まる時期がきたら魔法メールで連絡するからナ」
ルーニーさんの話が終わり、一同解散となった。
「アレンさん、今日は本当にお疲れ様でした」
メアリさんが話しかけてきた。
「メアリさんこそお疲れ様でした」
「それで、あの……。ちょっとよろしいでしょうか?」
「どうしたんですか?」
「あの、今日のことなんですけど……」
今日のこと?
森での一連のことか?
「あのリッチとかいう魔物、魔法も効かないし強かったですね。魔法使いの魔法が効果なしだったら、自分たちの存在は何なんだろうって思いますよね」
「そうですね。でもあの、そのことじゃなくて……」
そのことじゃない?
じゃあ何のことだ?
ルーニーさんの例の命令のことか?
それともキララさんがケガしてしまったことか?
「えっと、何のことですかね?」
「あの……今日も泊まってもよろしいでしょうか?」
「へっ?」
「その、リリィちゃんのことが気になるので……」
そ、そうだったー!!
さっきまでの出来事のせいで忘れてしまってたけど、我が家にはリリィという魔物がいたんだったー!!
「そうですね。リリィが今日も昨日のような調子だったら俺一人で対処しきれないかもしれないので、メアリさんがよろしければ、是非ともお泊まりお願い致します」
「わかりました。では一緒にアレンさんの家に行きましょう」