3日目夜
「ただい……んぐっ!」
嵐は突然やってきた。
家に帰って「ただいま」と言おうとした途端、リリィに抱きしめられてキスされた。おかげで俺の大切な初キッスはあえなく奪われてしまった。しかもリリィは全裸だった。
「ンンッ! ンンンーッ!!」
リリィが舌を絡めてくるため声を出そうとしても出せない。
突き放そうとしても強い力で抱きしめられているため非力な魔法使いの俺では引き剥がすことができない。
対抗する術がないうえに仕事で疲れていた俺は、そのまま玄関前の廊下に仰向けになぎ倒されてしまった。
「はあっ、はあっ、スヤス……んんんっ!」
廊下になぎ倒された際にいったん口が離れたためスヤスヤリの魔法で抵抗しようとしたが、再びキスで発言権を奪われてしまった。
そしてあろうことか、リリィは隠し持っていた手錠を出してきて、俺の両手にカチャリと手錠をかけてしまった。
さらにリリィの攻勢は続き、俺の口にタオルで猿轡をして、そのうえ上着も無理矢理脱がされてしまった。
そう、リリィは本気だった。
見た目こそ美少女だが、やはり中身はサキュバスだった。
「ふふっ、おかえりなさいませ、ご主人様」
俺に跨り、愉悦に浸った表情で見下ろすリリィ。
「ンンンーッ! ンンンーッ!」
「ご主人様が悪いんですよ? 私が何回も何回もセックスしようと言ったのに、一回もシてくれないんですもの。だからこうやって、私が強制的にシてあげることにしたんです。ご主人様の性奴隷として」
完全に立場が逆転してしまった。もう俺には戦える手段がない。手詰まりだ。
そしてこのような状態になって改めて思った。
やはり最初にリリィがサキュバスだとわかった時点で、躊躇なく燃やすなりして殺すべきだったのだと。
洞窟で割ったドラゴンの卵のように、未然に脅威を防ぐべきだったのだと。
「さあて、ご主人様の黒い巨塔を解放してあげないといけませんねえ」
リリィは俺のズボンとパンツに手をかけ、淡々と一気に下ろした。
俺の黒い巨塔があらわになってしまった。
「まあ! ご立派な黒い巨塔だこと! これはセックスのやり甲斐がありますわ!」
リリィは恍惚な瞳で黒い巨塔を見たあと舌舐めずりをした。そして黒い巨塔にリリィのリリィを近づけていった。
「さあご主人様、私がご主人様を天国へ連れて行って差し上げますね」
ああ……もうだめだ……これが俺が最期に聞く言葉なのか……。
俺、天国にちゃんと行けるのかな……。
ドラゴンの卵を割っちゃったし地獄かもしれないな……。
こんなことを思い、死ぬ覚悟を決めたその時だった。
ドンドンドン!
俺とリリィが繋がるほんの寸前のところで、玄関のドアが叩かれた。
来客だ! 誰か来たのだ!
また不幸中の幸い、今日はイエアカンの魔法を使う前にキスで口を塞がれたため、玄関は開いている!
「玄関開いてます! それでいま俺ちょっとピンチで! 早く助けに来てください!」と言いたいが猿轡をされているため言えない俺は、ドアの音で驚いているリリィの隙をつき、最後の力を振り絞って家の壁を思いっきり何度も蹴りつけた。
ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ!
助けてくれ! 助けてくれ! 助けてくれ!
そう願いながら俺は壁を蹴りまくった。
すると玄関がゆっくりと開かれ……。
「こ、こんばんは……。だ、大丈夫ですか……?」
来てくれたのはメアリさんだった。
どうしてメアリさんが?
疑問に思ったが、色々と考えている暇はない。
「ンンッンンンーッンンンーッ!!!」
全力で声にならない声を出し、暴れてセックスを拒んでいる様子をメアリさんに見せつけた。
「ア、アレンさん! いま助けます!」
メアリさんもさすがにこの異常な状況に気づいたのか、俺の家に急いで入ってきた。
「な、なんなのですかあなたは! 勝手にご主人様の家に入ってきて!」
「あなたこそアレンさんに跨ってそんな格好で何をやっているのです! アレンさんは嫌がっているでしょう!」
「これは嫌がっているのではなく悦ん」
「バリシバル!」
そして俺に跨っているリリィの言葉を最後まで聞くまでもなく、メアリさんはバリシバルの魔法を繰り出したのだった。
マジでヤられる5秒前の救出劇だった。
◆
メアリさんによって落ち着きを取り戻した我が家は、やっと静かな夜を迎えていた。
俺とリリィはまずメアリさんの命令により服を着せられ、散らかってしまった玄関と廊下を掃除させられた。そして今はリビングで正座させられている。
「色々とありすぎて何から聞けばいいのかわからないのですが……。まずこれは一体どういう状況でこうなってしまったのですか?」
メアリさんが俺たちの目を見ながら尋ねる。
さて、何と応えるべきか。俺は悩んだ。
返答案だけでも複数考えられる。
まず一つ目。
『リリィはサキュバスで、さっきは無理矢理俺を襲っていた最中だった』
と言ったらどうなるだろうか。まあこの場合はもちろんリリィは殺されるだけだろうな。危険なサキュバスが人間を襲ったという理由で。
二つ目。
『リリィは性奴隷だったけど実はサキュバスだったから俺がセックスしないでいたら、痺れを切らして無理矢理俺とセックスしようとして襲ってきた』
これが本当の理由だが、これを言ったら俺はメアリさんにドン引きされるだろう。『えっ、性奴隷買ったの?』と冷たい目で見られるだろう。そしてリリィは殺されるだろう。
三つ目。
『リリィは性奴隷だったけど俺の体調が悪かったからしばらくセックスしないでいたら、痺れを切らして無理矢理俺とセックスしようとして襲ってきた』
これだとやはり俺は性奴隷を買ったことになり、メアリさんにドン引きされる。さらには、体調が良くなったらセックスすればいいじゃないという話になり、最終的に俺は死ぬ。なのでこの返答案は却下だ。
四つ目。
『リリィは遠い親戚の子なんだけど、今は親が仕事の都合で遠くへ行かなきゃならなくなったからしょうがなく俺が一週間だけ預かることになった。だけどリリィは今が性に最もお盛んな時期で、自分のことを性奴隷だと言ったりするうえに、今日は実際にプレイしようとしてきた結果、こうやって襲ってきた』
うん、この思いっきり嘘まみれの返答案だったらとりあえず俺が性奴隷を買ったことにはならないから安心だ。だがリリィはサキュバスだということが知られることはなくなり、後日俺は再び襲われる可能性がある。うーむ。どうしたものか……。
「私、実はご主人様の性奴隷なのでございます。ですがご主人様がこれまで一回もセックスしてくださらないので、痺れを切らした私が先程のように無理矢理セックスしようとした次第でございます。これが今回の全貌です」
あああああああああああああああああああんんんんん!!!!!!
リリィが先に発言しちゃったあああ!
性奴隷って言っちゃったああああ!!
ほぼ三つ目の返答案のように答えちゃったあああああ!!!
「アレンさん、今の話は本当なのですか?」
「いや、あの、えっと、その、あの、その、えっと、あの」
「早く答えてください!」
いつになく真剣な目でメアリさんは俺を見て問いただしてきた。
俺に残された時間はない。
もう、言うしかない!
「じ、実はこの子、リリィって言うんですけど、リリィは遠い親戚の子なんです。それで今は親が仕事の都合で遠くへ行かなきゃならなくなったらしく、しょうがなく一週間だけ俺が預かることになったんです。だけどリリィは今が性に最もお盛んな時期だったようで……。自分のことを性奴隷だと言ったりするうえに、今日は実際にシたいと言ってきて、こうやって襲われたんです」
四つ目! つい四つ目を言っちゃった!
「ち、違います! ご主人様は嘘をついています!」
「メアリさん! リリィこそ嘘をついています!」
「わかりました! わかりましたから二人とも静かにしてください!」
メアリさんの宥めるための大声がリビングに響く。そしてメアリさんは考え込んでしまい、三人ともに沈黙した。
沈黙の間に俺は考えた。
なぜ俺の口から漏れ出てきたのは四つ目の返答案だったのか。
四つ目を言えば俺が性奴隷を買ったことはメアリさんに知られなくなる。俺はメアリさんに軽蔑されたくなくて、失望されたくなくて、性奴隷を買うような浅ましい男だと思われたくなくて、四つ目をつい言ってしまったのだろう。
だが、四つ目の返答案はリリィを生かしてしまうことにもなる。俺はついさっきリリィに殺されかけたというのに、まだ俺には生物を殺したくないという思いが、心の奥底にあるとでもいうのか……?
「私の見解を言います」
俺が考えている間にメアリさんが口を開いた。そして続けて話し始めた。
「私はアレンさんの話を信じることにします。その理由は、リリィちゃんが言った話では性奴隷の立場のリリィちゃんがご主人様であるアレンさんに迫って襲った、とのことでしたが、常識的に考えて性奴隷の立場の者がご主人様を襲うということはありえないからです。性奴隷はご主人様の言いなりとなるのが通常です。よって私は、リリィちゃんは嘘をついていると判断しました」
「そ、そんな……」
メアリさんの話を聞いたリリィは明らかに落胆し、ぽつりと声を漏らした。
一方の俺は安堵し、ほっと胸を撫で下ろした。
「リリィちゃん。私はね、セックスは興味本位でやったり、快楽を貪るためだけにやったりするものじゃないと思っているの。あとセックスはただ好き同士ってだけでもやっちゃダメだと思っているの。だって、セックスしたら子どもができちゃうかもしれないから。だからね、セックスは子どもをちゃんと育てていけるような、真に愛し合った大人な者たちだけがやっていいものだと思っているの」
メアリさんがセックスについて熱心に語り始めた。
サキュバスのリリィには理解できない話かもしれないが、俺の心には今のメアリさんの言葉がグサリと突き刺さった。
俺はただ、俺の欲望のためだけに、快楽のためだけに、女性を性の道具として扱うためだけにセックスしようとしていたんだ……。なんて、なんて最低で卑劣な男だったんだろうか……。
「リリィちゃん。だから、自分のことを性奴隷だと言ったり、アレンさんを一方的に襲ったりはしないこと。いいですね?」
「嫌です」
「リリィちゃん……」
メアリさんの語りも虚しく、リリィはやはり理解できないようだった。
まあそりゃそうだろうなと俺は思った。
だって、リリィにとっては俺とセックスすることは生きるために必要な行為なのだから。
リリィはただ生きるために俺を拘束して、セックスしようとしていただけなのだ。リリィにとっての性奴隷とは、ただセックスするための口実にすぎないのだ。
そしてリリィは俺たちがごはんを目の前にして食べられないのと同じで、セックスの対象が目の前にいながらセックスできないという辛い状態だったのだ。リリィは我慢の限界だったのだろう。
でもだからと言ってリリィとセックスする訳にはいかない。セックスしたら俺は死ぬからな。
「メアリさん、俺から一つお願いを言ってもいいですか?」
「お願い? なんでしょうか?」
メアリさんが不思議そうに俺を見つめる。
「今日、俺の家に泊まっていってくれませんか?」
「ふぁっ!?」
俺の言葉を聞いたメアリさんは急に取り乱し、あたふたしだした。顔は急激に紅潮し、メアリさんのメガネはなんかガタガタ震えだした。
あのメガネどういう仕組みなんだ?
バイブ機能でも付いているのか?
「実はリリィは俺の家に来てからずっとこういう状態なんです。なので俺一人だとまた襲われるかもしれません。だから今日だけでもいいですので泊まっていってくれませんか。ご迷惑をおかけいたしますが、どうかお願いします」
「な、なるほどですね。わわ、わかりましたっ」
「ありがとうございます!」
「い、いえいえっ」
急にメアリさんはどうしたんだ?
なんかすごく緊張しているみたいだけど。
「あ、風呂とかは自由に使って大丈夫ですので」
「お風呂……男性のお家のお風呂……」
「メアリさん? 何か言いましたか?」
「いえっ、な、何も言ってませんっ」
なんかさっきからメアリさんがあわあわしたり小声でぶつぶつ言い出したりしてるけど、まあいいか。
「あっ、メアリさん。もう一つ聞いてもいいですか?」
「ひゃい! な、なんでしょうか?」
「どうして俺の家に来たんですか?」
そう、なぜメアリさんが俺の家に来たのか、それが謎だった。
メアリさんが来なければ俺は死んでいただけに、メアリさんが突然家に来た理由だけは聞いておきたかったのだ。
「あの、それは……。昨日今日とアレンさんが体調を悪くされていたので、大丈夫かなあ、途中で倒れたりしないかなあって思って不安になってしまい、ついつい跡をつけているうちに家の前まで来てしまったという訳なんです……」
「なるほど、そうでしたか。わざわざ俺のことをそこまで心配してくださってありがとうございました。さらには俺の危機まで救ってくださって、本当に助かりました」
「いえいえ……」
それからメアリさんは俺の家に泊まる準備を始めた。俺たちはリリィを監視しながらそれぞれ別々に風呂に入った。
寝る時はもちろん俺とリリィは一緒に寝れないので、メアリさんとリリィにベッドルームで寝てもらうことにした。
おかげで俺は二日連続でリビングの固い床で寝ることになった。
こうして絶望的とも言えた3日目の夜がどうにか過ぎていった。