2日目朝
一睡もできなかった俺は、朝から本当に気分が悪かった。頭痛と吐き気がやばかった。
そこで今朝はリリィが朝食を作ることになった。俺は具合悪いし朝食はいらないと言ったのだが、リリィが「ご主人様が元気になれるごはんをどうしても作りたいのです!」と言って聞かないので、しょうがなく作ってもらうことにしたのだ。
リリィはサキュバスのなのに人間の料理にやけに詳しかった。人間が朝食でよく食べる定番のウインナーやスクランブルエッグ、それとサラダにコンソメスープにパンを用意した。
一見するとちゃんとした朝食だ。だが俺は見逃さなかった。
コンソメスープに入れた調味料と一緒にひっそりと睡眠薬を混ぜていたことを。
あの睡眠薬はリビングの隣の部屋にある魔法研究室からくすねてきたのだろう。迂闊だった。今度から研究室には入れないようにしておかないと。
さて、料理を口にする前にリリィをどうしてくれようか。
本来ならお仕置きと称しておしりペンペンエンドレスセックスをヤりたいところだが、それをやったらもれなく俺が死ぬのでそれはできない。
とりあえず口頭注意するか。
「リリィ、俺のために料理を作ってくれてありがとう。だが、これは一体なんだ?」
「ご主人様、お言葉ですがこれとは?」
「このコンソメスープに入っているものだよ」
「私の愛情ですが?」
私の愛情!
ああ、なんて美しい響きなんだろうか!
これまでの30年間、魔法使いになるためとはいえ異性との交流はほぼ絶っていたため、このような言葉は聞くことすらできなかった!
私の愛情!
実に素晴らしい言葉だ!
だが、俺は心を鬼にしてリリィを叱らねばならん!
睡眠薬を盛ったことについて咎めなければならん!
「リリィは愛情とやらで睡眠薬を盛るのかね?」
「えっ?」
「睡眠薬だよ睡眠薬。俺は用心深い魔法使いだからね、いつも食事をする前に毒などが盛られていないか魔法で確認をするのだよ。今回も念のために確認をしたのだが……。なんということだろうか、魔法検知した結果、睡眠薬の反応が出たのだよ。実に残念だよ、まさかリリィが主人であるこの俺に睡眠薬を盛るとはな!」
「睡眠薬を盛るとはな!」の部分を無駄に大声を出して威圧したところ、リリィは身体をビクッとさせて震えだした。
「も、申し訳ございませんでしたご主人様! どうかお許しください! 私、睡眠薬とは知らなかったのです! 素敵なかわいらしい小瓶に入っていたもので、てっきり美味しい調味料かと思っていただけなのです!」
「ふん、そんな言い訳が通るものか! あの小瓶はキッチンではなく俺の魔法研究室にしか置いていなかった! それにはっきりくっきりと小瓶に睡眠薬と書いてあるだろうが!」
リリィよ、嘘が下手くそか!
もっとマシな嘘をつかんとサキュバスとして立派にやっていけんぞ!
「……申し訳ございませんでした、ご主人様。私、嘘をつきました」
「すぐに非を認めたことだけは褒めてやろう。それで、なぜ睡眠薬を盛ったのだ?」
まあ、睡眠薬で俺を眠らせたあと、ひたすらセックスしまくって、精子という名の生命力を根こそぎ吸収するつもりだったのだろうということは容易に想像つくのだがな。
「そ、それは……。ご主人様が昨夜一睡もされていないとのことだったので、眠って楽になってもらいたくて……。それで私、つい睡眠薬を盛ってしまいました。ううっ、本当に……申し訳ございません……」
俺のため!
俺の健康状態のためにわざわざ睡眠薬を盛った!
リリィはなんて性格のいい性奴隷なのだ!
かわいいうえに性格もいい! 最強じゃないか!
だが、油断は禁物、サキュバスの巧みな話術による罠かもしれん! ここで簡単に許してはならん!
「ほーう。即興にしてはまともな嘘をつくではないか。ちろちろと涙まで流しおって。だが、どうせ俺を眠らせているうちに家中の金品を奪って逃げ出そうとでも考えていたんだろうが!」
「それは違います! 私はただ、ご主人様に眠って楽になっていただきたかったから睡眠薬を盛っただけなんです! 本当です! 本当なんです! 信じてください!」
リリィは大粒の涙を流し、必死に俺に訴えてきた。
ああ、なんかさすがに可哀想になってきたな。
本来の俺は、こんなに誰かを虐めるような嫌な人間ではないのだ。むしろ周りの人たちからは女神様と言われているくらい穏やかな人間なのだ。てか男なのに女神様って。
まあそんなことよりもだ、リリィは人間ではない。人間の形に扮したサキュバスなのだ。リリィはサキュバスとして、俺の命を常にしたたかに狙っているのだ。これは俺が死ぬかどうかの話になってくるのだ。
無駄なやさしさは死への近道にしかならない。よって俺は鬼畜になる。
「俺に楽になってもらいたいから睡眠薬を盛った? 信じられんな!!」
「そ、そんな……」
「さっそくだが、お前には罰を与えるとする」
「ご主人様、それだけはどうかお許しを! 私、何でも致します! ご主人様の気が済むまでカラダでご奉仕致します! 性の道具になります! ですからどうか! どうかそれでお許しください!!」
「それだけはならん!!!」
「えっ?」
「もう一度言う、それだけはならん!!」
「それだけはならんということは、つまり……」
「カラダでご奉仕することだけはならんということだ!!!」
「ど、どうしてでしょうか?」
「どうしてもだ!」
「でも私、性奴隷で……」
「ならんといったらならん!」
ふぅー。あっぶないあっぶない。
危うくリリィの巧みな話術にハマってお仕置きエンドレスセックスさせられるハメになるところだったわ。セックス、それはすなわち死を意味するからな。マジで付け入る隙を与えないよう気をつけないと。
しかし、早いところこっちのペースに持っていって話をせねば……。
「リリィには私が考えた相応しい罰を与える。それで許してあげることにしよう」
「相応しい罰……どのようなことでしょうか?」
「一週間セックス禁止の罰だ」
一週間セックス禁止、というワードを聞いた途端、リリィは明らかに表情を暗くした。どうやら効果は抜群だったようだ。
「一週間セックス禁止……どうかそれだけは……」
「どうかそれだけは……? なんだね? ご主人様に逆らうとでもいうのかね?」
「そ、その罰だけはやめていただきたく……」
「だめだだめだ! この罰はもう決定だ! 一週間セックス禁止だ!」
「し、しかし……!」
一週間セックス禁止の罰だと聞き、食い下がるリリィ。そりゃそうだろうな。だって衰弱死するもん。
「なんだね? 何か言いたいことでも?」
「ご主人様、なぜ一週間なのですか?」
はううううううっ!
い、痛いとこを突いた質問をしてくるではないか……!
「なぜ? それはだな、えーと……。い、一週間セックス禁止からの解放セックスは最高だからさ。ほら、カレーはその日食べるより一晩寝かせたほうが美味いというだろう? あれと似たようなものだよ」
「そうなのですか。ではセックス禁止は一晩で充分なのでは?」
「リリィの場合はカレーではなくワインなのだよ。リリィが芳醇なワインになるためには、最低でも一週間の日数が必要なのだ。わかってくれたまえ。ついでに言っておくが、これ以上何か異議を申し立てるというのなら、さらに酷い罰を与えることになるぞ」
「一週間セックス禁止の罰……了解しました、ご主人様」
勝った……!
これで俺が直接魔法で手を下すこともなく、リリィは衰弱死して死ぬ。俺の勝利だ。町も世界も平和になるというものだ。
2日目の朝から始まった激闘はこうして俺の勝利で幕を閉じた。