4日目夜
メアリさんと一緒に俺の家の玄関前までやってきた。
「昨日は玄関に入った瞬間に襲われたので、今日は念のため慎重に玄関を開けます。それでもし俺がまた襲われでもしたら、そのときはすみませんが助けてください」
「わかりました」
「では、行きます」
イエアカンの結界魔法をいったん解除したあと、まるでお化け屋敷に侵入するかのように、そろりと静かに玄関を開けた。
ちらりとドアの隙間から中を覗いてみた。だが人影らしきものは見当たらなかった。というか家の中は真っ暗だった。今日はリリィは電気をつけていないらしい。
「メアリさん、家の中の状況は不明ですがとりあえずオッケーです。入ります」
「了解です」
俺はそろりと玄関に入った。続けてメアリさんも入ったところで、イエアカンの魔法で家に結界をかけ戸締りをした。第一関門突破だ。
まず家が暗いので耳をすませてみた。だが音沙汰なし。家の中は嫌なほどに静かだった。
これは何かある。罠が仕掛けてある。そう予感した俺は、まず廊下の電気をつけるために慎重に玄関から廊下へと足を踏み入れた。その時だった。
「うおおおっ!?」
廊下の床がぬるっと滑り、思わずコケてしまった。おかげで腰から転倒だ。ああ腰が痛い痛い……。
「アレンさん、大丈夫ですか?」
「ええ、まあ腰を打ったくらいで何とか……。それよりメアリさん、気をつけてください。この家、何かトラップが仕掛けてあるようです。それでまず、ここの床はものすごく滑りやすいです」
「わ、わかりました。では慎重に、慎重に、慎重にぃー!?」
ああーっ!
メアリさんもコケてしまったー!
そして俺に向かって思いっきりダイブしてしまったー!
「メ、メアリさん、大丈夫ですか?」
「はい、なんとか。アレンさんがクッションになってくださったおかげで……。それにしてもこの床、どうなってるんでしょうかね?」
俺は床に触れてみた。
ぬるぬる。ぬるぬる。
めっちゃぬるぬるする。
このぬるぬるはもしや……。
あれか!
「ローションだ!」
「ローション? ってなんでしょうか?」
「あ、えっと、ローションというのはですね、簡単に言うとぬるぬるする液体です」
「ローション……。そのようなものがこの世にあったのですね……」
ああ! なぜ俺はこんなときにローションの説明をせねばならんのだ!
しかもメアリさんという美しい女性に!
というか我が家に謎のトラップが仕掛けてあるかもしれないってどんな状況だよ!
ローションのおかげで床から立ち上がるのにも一苦労だし、一体なんなんだよこの家は……!
いやはや、ツッコミたいことが続々と出てくる出てくる。
こうして俺はしばらくの間ぬるぬるする床と格闘、そしてやっとのことで勝利したあと、ゆっくりと壁伝いに歩き、廊下にある電気スイッチ前に辿り着いた。
「まずはスイッチを押して明かりをつけます」
「わかりました。お願いします」
まだ立ち上がれないでいるメアリさんに報告をして、俺は電気をつけた。
すると、俺のすぐ目の前で全裸のリリィが佇んでいた。しかも無言で。そしてなぜか右手にバイブ、左手にローターを持った状態で。
「ひいっ!」
思わず上ずった声が出てしまった。
いや、いやいやいや。マジでビックリした。
だって電気つけたら目の前に幽霊のように突っ立っとるもん。しかも全裸やし。両手には何かいかがわしい物も持っとるし。そんなんビックリするやん、普通。
「おかえりなさいなさいませ、ご主人様。そしてようこそ、性奴隷ランドへ」
リリィは律儀におかえりの挨拶をするとニコッと微笑み、こちらに向かってぬるぬると歩き出した。
本当は「性奴隷ランドって何だよ!」とかツッコミたいところなのだが、そんな余裕は残念ながらない。
「リリィ、こんなバカなことは今すぐにやめてくれ」
「バカなこと? はて? それよりもご主人様、さっそくですがセックスしましょう。都合よく床がローションまみれですし」
そう言うとリリィは手に持っていたバイブとローターを起動させた。ブルブルという振動音が廊下内に響く。
「リリィちゃん、私からもお願いです。こんなことは早くやめてください」
「ご主人様? どうしてメス犬が今日も我が家に転がり込んでいるのですか?」
「リリィ、昨日も言ったけどこの人はメス犬じゃなくてメアリさんという人間だ。メアリさんはリリィを心配して今日も家に来てくれたんだ。だから今すぐに謝りなさい」
「嫌です。ご主人様に尻尾をぶんぶん振るようなメス犬なんかには謝りません。ですのでメス犬はさっさと我が家からお帰りください。これから私とご主人様は一晩中セックスしますので」
「リリィ! いい加減にしろ!!」
我慢できなかった。
俺の怒号が家中に響いた。
そしてしばらくの間、沈黙が続いた。
沈黙を解いたのはリリィだった。
「ご主人様は性奴隷の私を目の前にしながら、セックスしたいという衝動に駆られないのですか? 今日も私は全裸なんですよ? 普通は欲情しますよね? どうしてそこまで我慢なさるのですか? 変態なんですか? なんなんですか? 私とセックスしたら人生が変わりますよ? セックスして人生変えたくないんですか?」
リリィからの怒涛のような質問攻め。
もちろん欲情はするさ、なんたって俺好みの美少女だからな。セックスもしまくりたいさ。だけど俺の場合はそのセックスをした時点で死んじゃうの。人生変わる間もなく終わるの。
と言いたいがそれだけは言えない。ぐっと堪える。
「リリィとだけはセックスできない」
「せめて黒い巨塔のさきっちょだけでも入れてみたいとは思わないのですか?」
「思わない」
「わかりました。でも一つだけ言わせてください。私の存在意義はセックスすることです。ですのでご主人様がセックスしてくださるまで、私は何度でも誘惑します。命ある限り」
リリィはこの言葉を最後に、リビングへと戻っていった。
◆
リリィは焦っている。セックスできずに生命力が枯渇することを、自分が死ぬことを恐れている。
今日のリリィを見て俺はそう感じた。
だから一昨日、昨日、そして今日と、過激な言動で俺を誘ってきたのだと思った。
間違いない。今のリリィは限界が近いのだ。
俺はこの日の夜から風呂にも入らず、ごはんもまともに食べず、魔法研究室に籠ることにした。
全てはリリィのため。俺がセックスして死ぬことなくリリィを生かすためだ。
リリィは魔物だ。だが、やはり消えようとしている命を見捨てることはできない。俺は人間として甘い考えをしているのかもしれない。しかしもう俺は決めたのだ。リリィを救うと。
とりあえず今日だけはメアリさんにリリィの面倒を見てもらうことにしてもらった。
メアリさんは俺が何の研究をするのかについて詳しく尋ねることはなく、ただリリィの面倒を見ることを快諾してくれた。本当にありがたかった。感謝してもしきれない。
まあリリィはメアリさんに相手してもらうことを相当嫌がっていたが。
まず俺はサキュバスに関する様々な資料を読み漁った。
俺の精子をいったん何かの容器に移し、それをリリィに注げば上手くいけるんじゃないかと考えた。
だが、その方法は過去の資料によるとすでに先人が試しており見事に失敗していた。
つまりサキュバスは精子を男性から直搾りしないと生命力を吸収できないらしい。
次に俺はセックスせずにリリィを生かすことのできる何かしらの魔法を必死に生み出そうと取り組んだ。
補助魔法や回復魔法に関する資料から、何か活かせられるものがないか必死に探した。だが、何も見つけきれなかった。
こうして俺とリリィが出会って四日目の夜が更けていった。




