儚い
「ムラサメか......」
この世界が現実でも夢の世界でもどちらでもいい、目の前に救いを望んでいる者がいる。ただそれだけで十分だ。
完全に元の姿に戻った『妖刀ムラサメ』を握りながらそんなことを考えつつ、俺は独り言のように呟いた。すると後ろからアスナが俺の顔の横から顔を覗かしている。
「ルイ師匠が持っていた妖刀と似ている名前ですね」
「ん~まぁ似ていると言われれば似ているかもしれないけど、まあ偶然だろうな」
ここでムラサメとムラマサとの関係を説明したら100%話が長くなる。ムラサメ事件はもう解決したんだ、俺達は早くここから出て次の目的地に急がないといけない。だから落ち着いた頃にでも話せばいいかな......忘れてなければいいが......。
「おいナナツ、ムラサメは助けたんだ。約束通りここから出してもらうか」
「......」
当初、彼と交わしていた約束であるムラサメ救出作戦は無事終わった。なので地面に置いておいた彼にそう問いかけたのだが、何の反応も示さない。仕方がないので彼を拾って手に握る。
「おい壊してもいいのか? ムラサメはもう大丈夫だし、スクラップにしてもいいんだぞ」
「......ん? 何か言ったかね?」
「ん? スクラップにしてもいいかって訊いたんだ」
「あぁそうだな......それもいいかもな」
えっ、いいのか? 真ん中からパッキンしちゃってもいいのか? よしそれじゃあやってみよう! ......やった結果地面に叩きつけた衝撃が俺の手に伝わることにより、ある意味俺の手がスクラップになってしまった。それによく考えたら今ステータスが低下している、そのせいで折れなかったのか......だがもしこれで無事折れていたら、職務放棄で確定ガチャで即クビ決定である。よかった、折れなくて。
「てかホント大丈夫か? ボケたんじゃないのか」
「ん? あぁボケたんじゃなくて、彼女の怨念が消えたからだ。もともと独りでに力を発揮することはできない。だが彼女の怨念がそれを可能にした、結果私は君達を呼ぶことができたんだ。そして今、彼女の怨念は完全に浄化された、だから私も喋れなくなるだろう」
「へーそうなのか。まあ一応礼を言うよ、ありがとう。あんたのおかげで、ムラサメを救うことができたからな」
俺は左手でムラサメを拾い上げると、経緯はどうであれここまで導いてくれた彼に一言礼を言った。
「それは私のセリフだな。私としても君達の可能性を信じることができた、そのおかげで彼女を救えたのだから」
「いやそれは俺のセリフだよ、あんたがこの館に招いてくれたおかげでムラサメを救うことができた。感謝するのは寧ろ俺の方だ」
「いやいやそれは私のセリフだよ」
なんか雲行きが怪しくなってきたな、そろそろ雨に混じってあられが降ってくるかもしれない。仕方ないな、ここは俺が更に否定することによりこの流れを止めることにするか(ひょうに注意)。
「いやいやいやそれは俺のセリーー」
「ユウト様......先ほどから誰と話しているのですか? あのムラサメという元人形だった女性の時も......」
しかし、この終わりの見えないエンドレスの会話を終結させたのは、訝し気な目でこちらを見ながらそう口を開いたアスナだった。
「もしかしてお前には、妖刀の声が聞こえていないのか?」
さっきからうるさいぐらいに聞こえているんだがな、ほら「チュンチョン」小鳥さん達のさえずりがよ。
「えぇ特には聞こえませんねってユウト様には聞こえるんですか!?」
「あぁまあな。それにほら俺って地獄耳だからさ、そういうの聞き取りやすいんだよ多分」
「いえ地獄耳はそういう意味ではなく、一度聞いたこーー」
なんかアスナ先生による、『正しい日本語の使い方』の授業が始まったぞ。このままだと音楽家シリーズのように、長い説明になることは明白だ。それに地獄耳は冗談のつもりで言ったんだけどな......。もしこれがガチなら、永遠に井戸端会議をしている世間話好きのおばさん皆、妖刀の声が聞こえるということになる。ロマンがねえなおい、ロマンスの神様は一体どこに行ったんだ?
「それでなんで俺にしかあんた達の声が聞こえないんだ?」
指を立てて目を瞑りあたかも教師の雰囲気を出してながら説明をしているアスナ先生の授業を早退して、その原因を知っているであろうナナツ先生に訊くことにした。
「私や人族の姿をした彼女の声は、外の存在が大きかったからだろう。一般的に内の存在は、周囲に今自身を取り巻いている感情をばら撒くことで存在感を訴えかけてくる。その対象になる者達、つまり君達だ。だからその声を聞くことができたんだ」
あの時のムラサメを取り巻いていた感情は、相棒であるムラマサとの仲を引き裂いた者に対する憎悪という名の怨念という感じか。
「それに対して外の存在は、そのようなことは決してしない。だから私達の声が聞こえることは、まずありえない。仮に聞き取ろうとしても不可能だろう」
不可能を可能にする男......つまり俺。スネーク達と並んでウィキペディアに載る日も近いだろうな......。
「へーなるほどな」
「それで私達の声が君にしか聞こえないのは......何分こんなことは初めてだからな、これは記憶頼りなんだが、それでも構わないかい?」
普通刀の声が聞こえるなんてこと言った日には、即精神病院行き決定だからな。ここが地球じゃなくてホントに良かった。そして相も変わらずアスナ先生は、まだ先生をやっていらっしゃる。すでに生徒(そもそも一人しかいない)である俺が早退したことも気づかないという教師としてあるまじきことだ。というわけで即クビ決定だな。
「あぁ別にそれでも構わない」
「多分その理由は......それが君にとって必要なことだからだろう」
「? あんた達の声が聞こえることが必要なことなのか?」
「詳しくは私も分からないが今回の場合で考えてみると、私と彼女は誰かに助けを求めていた。それが君にとって必要なことだった......何か心当たりはあるじゃないのか?」
俺にとって必要なこと、今回はムラサメがムラマサをただ返してほしい、その一心だけで内の存在になりかけていた。そんなムラサメをどうにかして救いたいと思っていたナナツ。両者ともに俺の道に関係する思いを抱いていた。その影響で二人の声が救いを求める声が聞こえたってわけか......。
「心当たりはあるよ」
「ならその認識で正しいはずだが、すべてにおいて当てはまるわけではない。何か例外があるかもしれないだろう。そういう時は、私達の声を聞くことはできないと思っていたほうがいい」
「なるほどな、助かったよ」
今は例外について考える必要もないからな、そう思い答えた瞬間突然ーー
「うおっ! なんか館が揺れだしたぞ! どういうことだ!?」
館全体が上下左右に揺れ始めた。このような予測不可能な事態が起きるとは夢にも思っていなかったので、かなり動揺しながらもこの原因を知っているであろうナナツに訊くことにした。
「会った時に話したと思うが、この館は私の力で出来ている。しかし、持ち手なしに妖刀の力は働かないんだ。だから本来ならもっと昔に、ここに私達を持ってきた人物から篭められた力の限界を迎えていたはずだったんだが、それを今まで持続させてきたのは皮肉にも彼女の怨念だったんだ」
「それだったら俺の力でもできるんじゃないのか?」
先ほどから少しずつだが、魔力が使えるようなってきたような感じがするからだ。これならナナツに再度力を篭めることにより、館倒壊の危機を脱することができるかもしれない、そう思っていたのだが......。
「それは無理だな。なぜならその人物は、只者ではなかったからだ」
「なら俺も只者じゃないぞ。俺といま独り言を言っているアスナは異世界人だからな」
あいつまだ説明しているのか......てか館が揺れてんの気づいてないのか? もしかして高次脳機能障害なのか? ホントよくあんなんで強いか知らんが魔王なんて倒したな。まったく反応しない自動ドア並みだぞ。なんかある意味すごい奴見直してしまった......。
俺は少し離れたところでまだ説明という名の独り言を言っているアスナを、呆れを通り越して若干尊敬の域に至りつつ親指で指しながらナナツにそう告げた。
「異世界人......たしかにその人物もこの世界の者ではなかったな」
ナナツの言い分が正しいと、その人物は俺達と同じ地球出身の異世界人と思ってもいいかもしれないな。......でも待てよ、ならそこで妖刀が出て来るのはおかしくないか? なんか時系列がおかしいような気がするぞ。たしかこの館が経ってからかなりの年月が経っている。つまりその人物ってかなり昔の奴ということになる......そもそも生きている可能性がナッシングトゥーマッチ!
「それでも君にはできないだろう」
できないのかーい! どうやらウィキペディアに載る日はまだ遠いようだ。少し期待していたのに......グスッ。
「理由は?」
「その人物は、私達の製作者である者と親しかったという話をしたと思う。そのおかげなんだ、だから君はそれをすることができない」
「オーケーよくわかった。ところでこのままだとこの館はどうなるんだ?」
更にその人物の謎が深まるのでそのことについてかなり気になっていくのだが、事態はそんな気持ちを待ってくれない。先ほどからどんどん館の揺れが大きくなっていく。そしてアスナは今だに説明をしている。この後、どうなるか若干理解しつつもナナツに訊いた。
「今彼女の怨念は、君達のおかげで跡形もなく消え去ったんだ。つまり怨念がない、私の力も消えつつある......この館も時期に消え去るだろうな」
「そもそも地獄耳の由来はーー」
やっと由来かよ! 今まで何を説明したらそんなに長くなるんだ!?
「アスナ! 説明はもういいからさっさとここから飛び降りるぞ!」
「へ? あれ!? なんで地震がではなく建物が揺れているんですか!?」
それを聞き終えたと同時に、まだ説明をしているアスナにそう声を掛けた。彼女の一瞬目をパチクリ君していたが、お得意の直感型思考からなのかすぐに地震ではないと気づいた様子だ。流石に可哀そうだし、簡単な説明くらいはしてやるか。
「かくかくしかじか」
「なるほど、今までそのナナツさんの力でこの館が形成されていた。しかし、それはムラサメさんの怨念のおかげだった。怨念が存在しない今、この館は倒壊する運命にあるということですね」
これで伝わっちゃうのかよ! そもそも簡単な説明じゃなくて話を省略したい時に使う表現だなこれ。一体この八文字に何の意味が含まれているんだ? 仕方ない......むっちゃ便利な言葉だからこれからも重宝してやるか!
「階段なんて使ってる暇なんてないからこのまま飛び降りるぞ!」
ステータスも戻っているようだし、飛び降りても大丈夫だろう。それにショートカットした方かいろいろ手間が省けるからな。
アスナが頷いてのを確認して俺は、ナナツとムラサメをしっかりと握り締め、清水の舞台から飛び降りるつもりで走って屋上から飛び降りた。
それと同時に、たしかに耳にした。
「感謝する、二人とも。彼女の怨念を晴らしてくれて......」
脳内にナナツの感謝の声が俺の耳に届く。それに反応しようと思った時には、すでに俺達は地面に着地していた。握っているナナツとムラサメを見ても何ら変化はないが、一つあるとすればもう口を開く気配がないということだ。すべてムラサメのおかげってことか......。
何気なしに館の様子を見ようと振り返って見ると、そこには......。
「これは驚いたな......」
「たしかに凄いですね......」
俺に追随しアスナも嘆息を漏らしている様子だ
そこにはあったのは、あの『悔恨の館』ではなく色鮮やかな花々が咲き誇る花畑があったのだ。たしか今この大陸は、日本でいうところの春から夏に移行する時期だったはずだ。春はエアル、夏はテトスと本に書いていたような気がする。だからなのか、目の前に広がる花々のいくつかは、その時期に当てはまるものばかりであり名前ぐらいは知っているものが多い
春の季節だと菜の花、菫、霞や千鳥が。そして夏の季節では向日葵、朝顔、百合などが咲き誇っている。他にもこの世界特有の花々も確認することができるが、流石に名前までは知らない。
そんな花々の葉の上には朝露のせいなのか、露が下りておりそれに日光が当たる度にキラキラと宝石のような輝きを発している。こういうのを極彩色っていうんだろうな、そのせいで目がチカチカしてきた。
それにしても展開早すぎ! この一日にも満たない間にいろいろあったから脳がクラクラする感じがしてきたぞ。
そんなけばけばしい花々と一旦脳をリスケするためにそれらから目を逸らそうと思ったのが、その時ある花が目に留まった。
その花は、まるで自分の存在だけを隠しているのかそれとも隠されてしまったのか、どこか儚げで忘れ去られたように隅の方に咲いている。
「あの隅に咲いている花の名前知っているか?」
「えっ......あぁあれたしか、『勿忘草』ですね。色はピンクや白もあるそうですが、よく目にするのはやはりあの薄青色ですかね。この勿忘草は英名で『forget‐me‐not』といい、直訳で『私を忘れないで』というものが花言葉として広く世間には知られています。......後『真実の愛』も」
その光景に浸っていたアスナにいきなり声を掛けたので、彼女は一瞬目を丸くしていたがすぐに名前+追加情報を話し始めた。最後の方はあまり聞き取れなかったがまあいいや。それにしても音楽の他にも花にも詳しいのか......なんか多趣味な奴だな。
「ほー、たしかに名前だけは聞いたことがあるな」
「何か気になることでもあるんですか?」
「いや、何となくだ」
適当にそう返してもう一度、勿忘草を見る。どこかで見たような気がするのだが、度忘れのせいで思い出せない。これはあれだ、後になって突然思い出す地雷みたいな奴だ。こういうのは放っておくのが一番だ。しかし、ここで気を付けておかないことが一つある......それはそのことすら忘れてしまった場合だ。結果地雷を踏んでしまい、あの時の抜き打ちテストのようになってしまう可能性がある。
プロモートシンキング......ナナツ、収納しておくか......。
ナナツと一緒にムラサメも収納することにより、晴れて『いつもの』思考に戻ったような気がする。
「これって彼らのお礼ですかね......」
するとアスナが、俺に対してというよりも単なる独り言のように呟いた。
「そうだといいな......」
頬が緩むのを感じつつも俺も独り言のようにそう呟く。しかし、心の中では、彼らだとどこか確信した思いを抱きながら......。




