朝溶けの
「あんたムラサメでいいんだよな?」
目を覚ましたムラサメに少し警戒心を示しながら一応本人確認を怠らない俺。しかしよく考えてみると、警戒心を抱いている割には膝枕をしているというある矛盾しているということに、時差ボケの要領で気がつくうっかりペネロペな俺。
「......はい、そうですけど......ここは、どこですか?」
そんなうっかりペネロペを知らないムラサメは、ぼーとした様子で一応肯定していたが、自身の首を少し上げると周囲を確認するかのようにゆっくりと見回しながら訊いてきた。
今の言動から察するに、あの戦闘の時とそれよりも前のあのリアル鬼ごっこの時の記憶もないんだろうな。よかった、あれが本人の意思じゃなくて『内の存在』のせいで。もし仮にあれが『外の存在』だったら......考えるだけで恐ろしいな(自分の思考が)。とにかくあのままだと確実に『内の存在』に飲み込まれていた可能性が高かったが、俺達のおかげでギリギリセーフの満塁ホームランで一件落着というわけか。
「ここはあんたのいた館の屋上だ」
「......そう、ですか」
それを聞くと一言ムラサメはそう口にした後、また眠りに着くのか目を閉じようとする仕草を見せ始める。しかし今のムラサメの雰囲気は、儚げで今にも消えそうに感じるというよりも実際に透けて俺の膝が見えている。どういうことだ?
「多分だが、具現化している彼女の姿は、ヘーリオスの光が当たると消えるかもしれない」
なるほど、だから今までこの館から外に出てムラマサを探しに行こうとしなかったのか。それについさっきもヘーリオスが出ようしたのに気が付いたから急いで逃げようとしたってわけか。
彼の話に納得しながら東の方向を見てみると、後数分ぐらいでヘーリオスが出るだろうと予測できた。
すぐに俺の膝の上で永遠の眠りに着こうとして目を閉じかけているムラサメを見る。
「あのちょっと起きてください」
このままでは手遅れになりそうなので、俺はあまり機嫌を損なわないよう口調に気を付けてムラサメの体を優しく揺さぶりながら声を掛けた。それに気づいたのかさっきまで閉じようとしていた目をゆっくりと開き、眠りを妨げた俺のことを親の仇のような憎々しい目ではなく、どこか不思議そうな感じを醸し出している様子だ。
「......なん、ですか?」
「ゴホッゴホッ、えーとあんたの願いは何だ」
「......願いとは?」
いきなり赤い服を着た不審者にプレゼントは何がほしいのかあ~? といった感じで訊かれたが、すでに現実を理解している天才小学生は、そのことに訝しそうな目をしながら不審者(俺)を注意深く観察するかのような雰囲気を醸し出すと逆に訊き返した。
「そのままの意味だよ。あんたは何の為にこの館を彷徨っていたんだ?」
あまり不審がられないように気を付けて分かり易く簡潔に噛み砕いて伝えた。一応彼からその理由を聞いていたが、ちゃんと本人の口からその願いを聞いておかなければならない。
「......私が、この『悔恨の館』を彷徨っていた理由」
「えっ、何その名前?」
「そういえば言ってなかったな。この館の名前は、『悔恨の館』というんだよ。たしか私達をここに連れてきた人物の心境を読み取って名付けたんだ」
いきなりなんか地味にかっこいい名称が出てきたもんだからついムラサメに訊き返したのだが、その前に地面に置いておいた彼が俺の疑問に答えてくれた。そんな名前があるんなら手紙にもそんな感じで書いといてくれればよかったものを、何だよ『化け物の館』や『パンツレスラーの館』って。俺達センスなさすぎるだろ......特に俺。
「その声は......もしかして、ナナツさんですか?」
「その通りだ。君も無事といっていいか分からないが、『内の存在』に飲み込まれなくてよかったよ」
「なあそーー」
「ということは、この記憶は......」
「あぁもう少しで取り返しのつかない事態になっていたかもしれなかった」
「お願いだーー」
「ならやはり彼は、もうこの館には......」
「残念だが、すでムラマサ君はここにはいない。私の力に反応しない、それほど離れているということだ」
「......」
「そうですか......」
「......なあ」
「「......なんだ?(ですか?)」」
ここになって初めて俺という存在が認識されたようだ。一応君達の至近距離にいたんだけどね、なんで無視しちゃうのかなあ? 相手をしないと泣いちゃうぞ、血なんて平気だぞ。だから婆婆を呼んじゃうぞ。
「それでなんでこの『悔恨の館』を彷徨っていたんだ?」
「......探していたんです。いなくなった、彼を......」
さすがに婆婆を呼ばれたらマズいと悟ったのか、ムラサメは若干坊になりかけている俺を見つめながら自身の目に涙を浮かべそう答えた。なんか俺が泣かしたみたいな構図になってしまった......と、とにかく! 怨みじゃなくて願い聞き届けたり。
「よし分かった。その彼のとこまであんたを連れて行くよ」
「.....どうしてですか?」
地獄少年ユウトの返事が意外だったのか、ムラサメは目を丸くしてそう尋ねてきた。ここでもし、「どちらにせよあんた達妖刀を集めるのは仕事の一つだからな、どこにあるかも分かないから行き当たりばったりだ。だから気にするな」なんて言ったらなんかかっちょ悪い。だが逆に、「君が涙を流してまで願っていることだ。無下にはできない......そうだろ?」なんて言ったら、この世界に来てからの多分初めての黒歴史を作ってしまう可能性がある。なんだよ「そうだろ?」って、若干委員長の神谷と巨大ワックス野郎が混ざってんじぇねえか。それにこれ傍から聞いていたら悪寒ものだな、だからあの時も鳥肌が立っていたのか。まーた思考がプロモートされちまっている。とにかくここはあまり深刻にならず、そして少し冗談を混ぜるとするか。
「言っただろ? 相棒探しのドライブに行かないかって」
「......ふふふ、言っていましたね、先ほど」
それを聞いた瞬間、一瞬だけだが「ワイジャパニーズピーポー! ジョーダンをジョーダン・ヘンダーソンと言い間違っているぜ! 一回リヴァプールFCに帰りやがれ!」みたいなよく分からない顔をしていた。それに生憎だが俺はヘンダーソンではなく、エジル推しだ。それよりも退団すんじゃねえエジル! ガンバレエジイイィィィィル! そんな俺の表情から言いたいこと(多分エジルではない)を察したのか、微笑みながら一応納得してくれたようだ。
「お願いします。彼の元に、連れて行ってください」
「任せろ。困っている人の願いなんだからな」
そう言い終えるとムラサメは、俺の膝の上で瞳を閉じ器用に頭を下げた。そんなムラサメを安心させるためた俺は、最近雀の涙ほど筋肉が付いてきたような気がする自身の胸を叩いて見せた。ホント俺って全然頼りないな......大船じゃなくてビート板並みである。沈まないように気をつけていきましょうか。
「朝焼けですね......」
今まで俺の後ろでこの一連の流れを不思議そうな顔をして静観していたアスナがそう呟いた。それに釣られて東の方角を見てみると......。
「綺麗だな......」
「そうですね......」
俺の言葉にムラサメも追随するようにそう言った。
初め遠くの山々の間から見える東の空は、陽の光で綺麗な紅黄色に染まっていた。しかし徐々に山々の間から、ヘーリオスの姿がまるで蜃気楼のようにゆらゆらと姿を現し始めたあたりで周囲の状況に気が付いた。この『悔恨の館』の屋上は、周囲にある木々よりも高い位置にある。だからいつもは見えない風景を見ることができたのだ。
そこから見える風景は、この館の周囲を取り囲むかのように存在する木々を覆うようして霧が立ち込めている。更にすごいことにその霧の森は地平線まで続いており、遥か彼方に竜人の里があるアダム山脈の白い山肌を一望することができた。そんな風景を見ていると、竜神との戦いやギルやエレナ達と出会った日々が実際に起きた出来事なのか違うのか、そんな不安な気持ちに襲われた。それと同時にこの世界は、本当に現実なのだろうか......と。
「あの......」
そんな漠然とした趣で目の前の広がる風景を見ていると、申し訳なさそう声がしたのでその発した主であるムラサメに目を向ける。今のムラサメは先ほど以上に透明感が増しており、その存在感が今にも消えそうなくらい希薄になっていた。
「何だ?」
「あなた様のお名前は、何というのですか?」
そういえば会ってからリアル鬼ごっこと戦闘ぐらいしか俺達してなかったな。
「俺の名前は竜胆悠斗、めんどいからユウトだけでいいよ」
それを聞くとムラサメは、俺の名前を咀嚼しているかのように口をもぞもぞとしていたが、自分の中で何か決意が固まったのか見上げて俺の顔をジッと見る。
「ユウト様、願いを聞き届けて下さったこと、感謝致します」
それと同時にヘーリオスが完全に顔を覗かせその光を全身に浴びたムラサメは、全身が朝焼け色に染まった。そんな朝焼けに溶けるかのように次第にその体を光の粒に変えていく。その光の粒になったムラサメは、自分自身である妖刀に溶け込むかのよう消えていき、その度に妖刀全体が仄かに輝いている。そしてすべてが終了した時、そこに残っていたのは一本の青い刀だけだ。




