正念場
「アスナそれ頼んだぞ!」
「来るぞっ!」
アスナの返事を訊く前に彼が叫ぶようにそう言った瞬間、ムラサメは俯いていた状態でまるで空気に溶け込むかのように右に移動しながら消えた。それを信じ右を警戒しようとしたと同時に左の方からまるでフェイントを掛けたかのようにムラサメと思われるからの殺気が急速に近づいてきた。あり得ねえだろその動き! そう考えつつもすぐに急転換し、その殺気に対応するためにすでに真横に迫っているムラサメに刀を向ける。
それと同時火花と手ごたえがあった、刀と刀がぶつかり合うその手ごたえが。そして伝わるその重み......手が痛い! しかしそれ以上に背骨がヤバイ! 普通では出ないような音が体の中に響き渡っている。
そして始まる鍔迫り合戦。今ムラサメの顔は何か靄が掛かっているのか見えにくい。しかし力を一向に弱まらないし、加えて疲れている雰囲気もしない。軍配も向こうに上がりかけている。だがここで耐えないとムラサメ自身をどうしようもない、それに......それは俺の役目だ。
「く......そ、が!!」
そんな気合と熱意とド根性を胸に秘めると徐々に形勢がムラサメから俺に変わっていき、ついには鍔迫り合いに打ち勝つことができた。その勢いのままムラサメを吹き飛ばす形で押し返すことに成功したのだが、その代償として息切れを起こしてしまう。
なんか右脇腹が痛い。走った後におきる例の現象が今俺の右脇腹を襲っている。どうやらステータスが低いとこんなもんなんだな。今まではステータスに頼り切っていたからそれを自覚しなかった。つまり地球にいた頃の俺ならすでにへばっていたわけだ......だが今はやるべきことがある。だからこんぐらいで音を上げていたらそれこそあの時のまま、それにそんなんじゃこれからの堕落した神々との戦いに勝つことなんて不可能、この世に絶望している人を救うなんて夢のまた夢。
だからここが俺にとっての正念場。ステータス補正なしの、そして俺がどれだけこの世界に来て成長したのかを示す場所。そのためには、アスナが準備を終えるまで目の前のムラサメの攻撃を凌ぎ続けなければならない。
ムラサメに注意しつつアスナの方を見てみると彼女は離れたところで地面に巻物と半紙を広げ、正座をしつつ巻物と時折見ながら筆で何か書いている様子だ。筆なんて見つけた覚えなんてないが、大方俺と別れた後どこかで見つけたんだろ。
アスナも自分の責任を果たそうとしている。相棒の俺がそれに応えれなければ相棒失格だ、金魚のフンになってしまう......そんな嫌だ普通に嫌だ絶対に嫌だ。
「とにかく後数分のしんぼーー」
「ユウト様出来ました!」
後少しで『数分間ムラサメの猛攻撃耐久レース!』が始まりそうだったのだが、突然アスナのその叫び声によって急遽取りやめになった。短いように感じるかもしれないが、実際に体験するとかなり長い。『熱したストーブの上に一分間座る耐久レースは長く感じるが、美女と一時間一緒に座る耐久レースはものっそい短く感じる』といった風に例えられる、アインシュタインの相対性理論でも明らかだ。だが人によっては、美女と一緒に一時間なんてあっつあつストーブよりもキツイ! と思う人もいるだろうっといった風にまた思考がおかしな方向に進んでいる。
心機一転、でかしたぞアスナ! そう思いながら横目でアスナの方を見てみると、その手には半紙に墨で書かれた絵というよりもイラストが握られていた。その中心には二本の日本刀が交わるかのように、そしてそれを囲むかのように花のシルエットが描かれている。てかアスナ頭もいいけど、絵もうまいんだな。美術館に置いてある水墨画のように見えてしまったぞ。
「あの絵がそうなんだな」
「あぁ、あの絵をどうにかして彼女の持つ妖刀の刀身に張り付けることができれば、今の彼女を抑えることができる」
確認のつもりで彼に訊くと、そう肯定したので加速した思考の中で俺は瞬時に次の経路を導き出す。
「アスナ! 俺がどうにかしてあいつの足を止めるから、その間にあいつの持つ刀の刀身にその絵を張ってくれ!」
「分かりました!」
今武器を持っているのは俺だからな、故にムラサメの担当は俺と彼、その間に封印なのかは知らないがあのイラストを貼り付ける担当がアスナ。だが俺一人の力では時間と稼ごうにもあまり稼ぐことができないだろう。そのために彼の力を借りることにした。
「さっきみたいな力まだ使えるか?」
「あぁ問題ない、ここが踏ん張りどころだからな。すべて君に預けるよ」
それを聞いて先ほどから注意して見ていたムラサメは、まるで怨念に憑りつかれている幽鬼の雰囲気を纏いながらこちらに刀を振りかざしくる。それになんとか対応しつつ俺は、ある一瞬の好機を探すことにした。やるとしたら一瞬にだ、そうしないと今のムラサメを止めることはできない。そんな好機を探しつつムラサメの攻撃に耐えているとついにその時がきた。
ムラサメの刀が運よく彼の刀身から出ている枝の部分に引っかかったからだ。
「今だ!」
「了解した!」
その瞬間引っかかった刀を外そうとしていたムラサメの動きが格段に鈍る。それを確認したと同時に、俺は手が切れることなどお構いなしにムラサメの刀が枝から外れないよう左手で握る。案の定血が滲み出ていたが今はそれどころではない。
「アスナ今だ!」
「分かっています!」
いつの間にか後ろに控えていたアスナがそう言い俺の影から飛び出してきた。そのまま俺が握っている妖刀の刀身に例のイラストの描かれた半紙を貼ろうと手を伸ばす。突然の乱入者に当の本人であるムラサメは驚き、一瞬だが東の方向を見るとすぐに刀を外そうとするが生憎俺が絶対に外れないようにしているから不可能だ。そしてアスナによって半紙が刀身の中心付近に覆うように貼られた瞬間。
「いやあああぁぁぁぁぁぁ!!!」
ムラサメが耳をつんざくほどの声量の断末魔のような叫び声をあげる。俺はすぐに手と刀を外し、アスナに目で合図をして後ろに下がることにした。ムラサメの妖刀を見ると、濃青色だったはずの妖刀は徐々にそれから怨念が抜けいくかのように刀身の先端付近から元の青白い色に変わりつつある。それに合わせるかのようにしてムラサメの容姿も淡い青の光に包まれていたが、その光が次第に収縮していくとそこには、あの巨大な日本人形ではなく、アスナよりも小柄な黒い長髪で着物を着ている20代の若い人族の女性が仰向けの体勢で倒れていた。
もう安全だと確認し終えた俺は、すぐに仮の姿ではなく正真正銘本物のムラサメである女性の元に歩み寄ることにした。その時アスナが何か言っていたが適当に誤魔化しながらムラサメの元に到着するとそのまま彼女の頭を俺の膝に置くような要領で彼女が目を覚ますのを待つことにしたのだが、ものの数分もしないうちにゆっくりと目を開く。
「......ここは」
人形の時とは違い、今のムラサメの瞳は日本人特有の黒をしており、その瞳はどこまで澄み渡っているように感じた。そんなムラサメは、俺がいることに気づいていないのか独り言のようにそんなことを呟いた。




