既視感
「はぁ~、眠み~」
なぜか寝たのに欠伸+眠い謎発言をした俺は、顔を洗った後朝食を食べに部屋に向かうことにした。なんかいつもより家の中が静まり返っているような気がするが、偶にはこんな朝もいい。
そんなことを思いながら部屋に着くと、机の上に料理が置いてあるのだが、アスナ以外誰も見当たらなかったのだ。
いつもなら全員で食べるので不思議に思った俺はアスナに尋ねてみることにした。
「なあアスナ、ギル達はどこに行ってんだ? 見当たらないけど」
するとアスナはバツが悪そうにしている。
「申し訳ございません、ユウト様」
「なんだ、どうしたんだ?」
なんとなくだが、彼女の謝りたいことについて分かり始めてきた。まさかあの静けさは......?
「間に合いませんでした」
「......エレナはもう行ったってことか......竜の寝床に」
俺のその回答に申し訳なさそうにアスナは頷いた。
「はぁはぁ」
俺達は今家の中に誰かいないか走り回っている。
しかし全部の部屋を探したのだが、
「くそっ!」
「やはり誰も見当たりませんね」
アスナの言う通り、ギル達の姿が見当たらないので俺は仕方なく外に行こうとして玄関に向かった。
「あっ!」
玄関に向かった俺はそこで泣き崩れているジャネットさんを発見したが、今彼女に問い詰めても返って逆効果なのでそのまま外に飛び出すことにした。
玄関を出てると正面の道に今一番話したかった奴が目に留まった。
「おいギル!」
ギルは俺の声に気が付いて振り返る。
「なんだ氷柱野郎か、どうかしたか?」
そんな彼の顔は......少し寂しそうに見えた。
だったらなぜ!
「なんでお前エレナを行かせたんだ! 妹じゃなかったのか!?」
俺はギルの胸倉を掴みながら、強く問い正す。
そんな今の俺の様子と、昨日の俺達の一言で大方事情を知っていると思っていたのだろう。
「エレナは俺の妹だ! 行かせたくて行かせたわけじゃない!」
ギルは俺の腕を振りほどき、声を荒げ涙を流しながらそう叫んだ。
「だったらなぜ行かせた!?」
たしかにガラナさんからそのことを聞いた。だからそのことある程度は理解しているつもりだ。それを一番理解しているのはギル張本人だ。なのに彼は自分で妹であるエレナを竜の寝床に向かわせたのにそのことで苦しんでいる、その理由が俺には分からなかったのだ。
「それがこの里の決まりなんだ。今までこの決まりは守られていたんだ。俺がその決まりを破っていいはずがない」
それはまるでその決まりがすべてである、という感じに聞こえてくる。
「それに......今まで俺のように自分の家族を向かわせた人達がいるのに......俺だけなんて都合が良すぎるだろ」
それを聞き、俺は溜息をしながらギルにあること問いかけた。
「なあ、お前の仕事は何だ? この里の守り人なんだろ? だったらそれにエレナも入っているじゃないのか?」
ガラナさんからこのことは聞いたつもりだった。だが俺は素直に納得することができなかったのだ。なぜなら、彼の仕事はこの里を守ることだ。それに里の人であり、自身の妹である彼女の命も入っているはずなのに......。
「守り人の役目はこの里の安全を守ることだ。一人の為に里全体を危機に晒していいはずがない」
その役目が、本来の彼の心を縛り付けているように思えた。
「それじゃあ何で戦わないんだ? 竜神と。そいつも将来的にはこの里にとって脅威になるかもしれないんだぞ。」
未来永劫の平和なんてもの存在するわけがないのだ......だからそれを守るために立ち向かわないといけないんだ。
「竜神は殿の巫女を捧げ続ければ絶対にこの里を襲わないという決まりに縛られている。だからその可能性はない」
誰かの犠牲の上に平和が成り立つなんて考え自体がそもそも誤りだ。
俺は苛立ちを抑えるようにして頭を掻いて言った。
「なら竜神を倒すという考えは浮かばないのか!?」
今回の敵は明確なのに、なぜ今までの守り人である彼、そしてカルロスさんはそれをしなかった?
「お前は竜神を生で見たことないからそう言えるんだ。奴は神のような存在なんだぞ、俺達が束になっても勝てるような相手じゃないんだ」
なんとなくだが今の現状を知っていて、それを知った上で諦めた奴を俺は以前も見たことがある。
「俺とアスナはそのために来たんだぞ?」
「たしかにお前と彼女は強い。だが今の竜神はそれ以上に強いんだ......勝てる見込みは......ない」
彼の姿を見て、俺は既視感を覚えてしまった。
「やってみないと分からないだろ?」
「仮に失敗したらこの里は滅亡するんだぞ。すまないがこの里の命運は任せられない」
なぜなら俺は、こいつの姿を以前にも見たことがあったからだ。
「ならお前はどうしたいんだ? エレナを見殺しにしてそれでいいのか?」
それが自分のやるべきこと......信条だったのに......それを貫き通すことができない奴。
「言い訳ないだろ! あいつは俺の家族なんだ! そんなことしたい訳じゃない! でも! ......もう間に合わないんだ......俺の力じゃ。もう......」
ギルの姿がかつての俺の姿と重なった......大切のものを守れなかった俺の姿と......。
「仮にもしここでエレナを助けに行かなかった、お前は絶対に後悔するぞ」
だが今回はまだ間に合うかもしれない......俺がかつて守りたくて守ろうとしなかった......大切なものに。
「なら......なら俺はどうすればいいんだ......?」
だからその時の俺に、一番言いたかったことを彼に言った。
「お前はこの里の命とエレナの命、どっちを守るんだ? そのための守り人なんだろ。そんなことぐらい自分で決めろ! このシスコン野郎!」
ギルのことは一旦放置することにした。なぜならこの後どうするかは彼自身で決めなければならない、そんなこと当たり前だからだ。それに男同士で手取り足取りとか嫌だわ、あいつホモ説あるし。
とにかく今は動くことだ、何かしらの情報を得ないと行動できないからな。なので里の中で一番賑わいのある店が立ち並ぶ主要道路に向かうことにしたのだが、昨日とは打って変わってお通夜状態になっている。
ガラナさんの言って通り、エレナの存在はかなり大きかったようだな。
これが俺だったら、フェスティバル状態だろうな......ある意味すごい事なんじゃないのかこれは?
そんなことを考えつつ俺の目に果物店の前に立つガラナさんの姿が映ったので急いで彼女に声を掛ける。
「おばあちゃん!」
「おーあんたか......どうやら間に合わなかったようだね」
彼女が悲しそうに目を伏せた。
「まだ間に合う! とにかく竜の寝床までの正確な時間と場所を教えて!」
そんな俺の言葉が意外だったのか彼女は目を見開いている。
「......あんた行ってくれるのかい?」
「当たり前だろ! あんた達の願いを叶えないといけないし......俺はそのために来たんだから」
そして言葉にはしなかった......何より当の本人の願いだからな。
「そうかい、ありがとね」
そうガラナさんは涙を流しながら言うと、その場所まで時間と行き方と竜の寝床内部の地図を描いて教えてくれた。
「ありがとうおばあちゃん! 絶対にエレナ連れて帰って来るから!」
俺はそう言うとすぐさまアスナと一緒に竜の寝床を目指して走り出した。
もうあの時のように後悔しないように......そしてなりより......もう決めた道を違えないように。