師匠
「異世界の勇者様! どうかこの国をお救いください!」
これは、記憶だ......。
「おぉ! 天職が勇者ですぞぉぉぉぉぉ!」
あの日......。
「勇者様......どうか魔王を倒しこの国に安寧をもたらせください」
異世界召喚された日の......。
なるほど、これが試練というものなのかしら。たしかにリアムさんが言っていた通りのように感じる、それに近くには......ユウト様もいないようだし......べべベ別にユウト様がいなくても不安になんてならない......多分。
そんな変なことを考えているうちに記憶がさらに流されてしまっている......懐かしいな、初めの頃はこのことが現実だと認識したくなくて、いつも自室のベットの毛布に包まっていたんだっけ。でも、その状況を打破しないとどうしようもない、このままでは元の世界に戻れない、そう思うことでやっと剣を握る覚悟ができたんだ。それでその剣を指導してくれる人を、召喚した国の人が紹介してくれた......そうか......もしかすると私の試練は、『あのこと』かもしれない。
「いいかアスナ、剣で一番大切なことの一つは、何だと思う?」
「やはり剣のランクかと」
それにノータイムでミーハー丸出しでそう答えた瞬間、即座に頭に向かって彼の持つ木刀が降ってきたが、私はそれが頭に衝突する前に避けてみせた。
初めの頃はいつも当たっていたので、それをどうにかしようとして俊敏だけは上げようと思ったんだ。
「......俊敏だけはいいな」
私が避けたのが悔しかったのか彼は溜息しながらそう言った後、
「たしかに剣のランクも重要だが、剣で一番大切なことの一つは『握り』だ。剣を両手で握った時に、包み込むように握りながら力を入れすぎないようにしろ。不必要な力が入っている人間は肩が張って脇が甘くなり、結果振り下ろす際に肘から動き始じめる」
実際にその場で身振り手振りしながら教えてくれる。初めの頃は何をやっているかさっぱりだったので、この光景をぼけーと見ていたものだ。だが最近は、徐々に剣の振り方をマスターでき始めたような気がするので、彼の言っている意味もある程度は理解できるようになってきたのだ。
「まあ初めは、このことを踏まえながら練習していけばいい。分かったかアスナ?」
「はい! ルイ師匠!」
「ルイはいらん。師匠だけでいいと何回言わせるんだ」
毎度のことのように私は彼に注意される。そしてこの後も毎度のことのように、
「......すみません、ルイ師匠。あっ!」
「はぁー......もうそれでいい」
私の口癖にいつも頭を悩ましていた、ルイ師匠......今回の試練は多分、彼との『あの刀』が関係している。
彼の本名はルイ・シルバ。彼はある流派の師範をしており、気になって一度聞いたのだが詳しく教えてくれなった。しかし国からは信頼されており、私は魔王討伐メンバーが集まるでの間、彼の道場で剣術を習うことになっていたのだ。ただ気になったのは、私の他に道場に人がいなかったことだ。そのことについて彼は何も言わなかった、だから私も余計な詮索をしようとも思わなかったのだ。それがお互いのためだと信じて......。
そんなルイ師匠と過ごした時間は少なかった、と言いつつも三ヶ月程度である。その間にこの世界で生きていくための技術について、詳しく習うことができたのであまり不安になることはなかった。
その理由は簡単、魔王討伐のチームメンバーが揃ったからだ。たしか、人族側の各国から選りすぐりのメンバー達を、当時人族側最大のアスラン帝国に招集し、そこで最高品質の魔法や剣術を教えようとしたはずだ。そのために私は、ルイ師匠の道場から去ることになり、帝国で魔王と戦うためのメンバーの人達と一緒に訓練をしたりすることになったのだ。女性メンバーは良い人だったのだが、男性の方は......といった感じだった。とにかくそんな風に感じながらも、彼らと訓練をし実戦経験を積み、そして魔王討伐という偉業を成し遂げることができたのだ。
帝国で習ったこともそれなりためになったが、彼から学んだことが私の剣の一部として一番に活躍してくれた、当時の私はそう思ったりしたものだった。
そして魔王討伐が終わった後、なぜか地球に戻れなかった私は、久々に彼の道場を訪れることにしたのだ。
道場に到着してこっそりと中に入ると、ルイ師匠のいると思われるリビングのような部屋に行くことにしたのだ。すると案の定そこに彼がいたので後ろから近づくことにした。
「ルイ師匠お久しぶりです!」
「......おう、アスナか。随分とたくましくなったな。魔王討伐はどうした?」
一応驚かせるつもりでそう言ったのだが、ルイ師匠はゆっくりとこちらを向いて私のいることを意外そうにしてそう言うだけだ。
そして彼は、私の口癖がすでに修正不可能であることを知っているので、そのことについて何も言わない。
「無事討伐しました!」
私が誇らしそうにそう言うと少し微笑みながら、
「そうか、なら良かった」
その時になって気が付いたが、会わない間に随分とルイ師匠は老けていたのだ。
「ルイ師匠......老けました? だから先ほどあんな反応しかできなかったのですか?」
「これは老けたのではなく男に磨きが掛かったと言うんだ。それとボケていたんじゃないぞ、ただの考え事をしていただけだ。言葉に気をつけろ」
彼は少し不機嫌そうな顔をしながら言ってきた。
「は、はぁー、すみません......それで考え事というものは何ですか?」
ルイ師匠が考え事をしているのはかなり珍しいので、そのことが気になり何となく訊いてみることにしたのだ。
「ん? あぁあれが考え事だ」
彼はそう言って他の剣とは少し離れたところに立て掛けている、以前ここにいた時一度も見たことない剣があるのを発見した。だが普通の剣なら何とも思わないが、その剣からは何とも言えない雰囲気を感じ取ることができるのだ。
「ルイ師匠、あの剣は何ですか? あの、なんていうか......」
口を詰まらしているとその先をルイ師匠が言ってくれた。
「妖しい、か?」
「そんな感じです」
彼はここで言いにくそうにしながら、
「あれは......以前変わったモンスターを倒して時に手に入れたものだ」
「へー、で名前は何と言うんですか?」
「......ムラマサだ」
この国では聞かないような名前だったのでつい気になって尋ねてみた。
「強いんですか?」
ルイ師匠はその質問に難しい顔をする。
「お前は知らないと思うんだが......この手の剣は『妖刀』と言うんだ」
「知りませんね。それで妖刀って何ですか?」
「ざっくり言うなお前......」
私の返答に驚き苦笑いをしている。
だが知らないものは知らないので、それ以外言いようがないのだ、そう思っているとルイ師匠はどういう言おうか悩んでいる様子だ。
「そうだなあ......一言で言うと呪われた剣だ。古文書に書いてあったんだが、製作方法については不明、神が作ったとも言われている。加えて存在そのものが禁忌だそうだ」
詳しく訊いたところルイ師匠曰く、妖刀というものが初めて確認されたのは、神話時代に起こった神災級の災害が起こる前だそうだ。しかしその当時は、その妖刀は妖しい雰囲気を醸し出しており、危険なものとして判断されたのか、古文書にはそれを知ることさえ禁忌とさえ書かれていたのだ。そんな妖刀が急激にその存在を世間から認知されるようになったのは、神災級の災害が起こった後からだ。それによって次第にその妖刀を使用しようとする者が現れてきたのだ。なぜならそれら妖刀はし、何かしらの力を持っている、だから力を求めた者達がこぞってその妖刀を巡って争ったりもしたそうだ。
そんなあり得ない話を聞いて私は、すぐにその妖刀とルイ師匠を見比べる。
「ちょ! ルイ師匠! そんな危険な剣どうして持ってるんですか!? さっさと捨てればいいんじゃないですか!?」
「俺も捨てようと思ったんだがなあ~なぜか捨てても気が付いたら家にあるんだよなあ~不思議だよなあ~」
まるで他人事のようにゆったりとした様子で言ったのだ。
自分の身に呪いなんていうものが降りかかろうとしているのに、何故こんなにもゆったりしているんだこの人は!?......まさか!
「なんでそんなに余裕なんですか!? すでに呪われていますよ!」
そう言って私はルイ師匠の顔に死相が出てないかどうか調べてみるのだが......よく考えると死相を見たことないので、その意味がなかったのに気が付いてしまう。
「まあ実害がないから大丈夫だろ......後、老けたのは関係ないからな」
再度ルイ師匠は睨みを利かせて、私に釘を刺しておくのも忘れなかった。
それに渋々ながらも納得した後私は、気を取り直してルイ師匠と昔話や魔王討伐についての話を交えながら、久しぶりに心から笑えるようなひと時を過ごすことができたのだ。
だからこそ、この時私は考えもしなかった。
私にとっての恩師であるルイ師匠が、私の前からあんなかたちでいなくなるなんて......。