正義の味方
「なんだこいつ? 誰か知ってるか?」
「知らね。新しく入園した奴じゃないか」
「そう言えば先生が言ってたな。田舎の方から一人来るって」
たしか薫は、親の仕事が理由で宮崎から横浜まで来たんだって言ってたな。
この時それを知らない俺と、そんな俺をいじめていた奴らは、突然の出来事に少々驚き、先ほどまで俺に対して続けていたいじめをやめて話し合いを始めている。なぜならそれは、本来あり得ないことだからだ。この幼稚園にいる同年代の奴らは、誰もこのことについて注意することなんてしなかったからな。
その結論に至ったそいつらも薫の方を軽く睨んでいる。
「おい新入り! 都会の洗礼受けたくなかったらあっち行ってろ!」
こう言われたこの幼稚園に在園しているほとんどの奴らは、こいつらを恐れてすぐに逃げだすだろう。だがそんなことを知らない薫は、そんなことを言われてあからさまに怒りの表情を浮かべている。
本来ならそれを知っている俺が止めるべきなんだろうが、俺にはそれができなかったのだ......それは......初めて誰かに、手を差し伸ばされたから......。
「弱い者いじめしているのを見て、あっそうですかってなるわけないだろ!」
俺が止めなかったせいで薫は、吐き捨ているようにそう言うと何かするつもりなのか、そいつらに向かって走りながら近づいて行く。
「食らえ、特技ドロップキック!」
まさかこちらに来るとは思っていなかったのか、そいつらは動揺しており薫のドロップキックを避けることができなかった。その餌食になったのは、いじめの主犯格の奴である。それが直撃すると、砂ぼこりを上げて地面に転がるように転倒したのだが、
「痛ってねえな、何すんだよ!」
そいつはすぐに起き上げると同時に薫に殴り掛かり、そのまま殴り合いが始まった。
お世辞にも薫は強くはなく、加えて体格も小柄だった。
後で彼に聞いたところ、持病を持っておりそれが原因であまり体格が良くないからだそうだ。
だから、一方的な殴り合いになり、それに他のいじめていた奴らも加わろうとしている。だがすぐに、その騒ぎを聞きつけた先生が止めに入り、何とかその場の収まることに成功した。
その後俺は薫のところに行ってお礼を言おうと思い、彼を探して見つけたのだが、彼は顔や腕に絆創膏などを張っていった。
近づいて行くと俺の存在に気付いたのか、不思議そうな顔をしてこちらを見ている。彼は無自覚で助けてくれたかもしれない、それでも俺はその事実に救われたのだ。
「あの......佐々木君、さっきはそのケガまでして、助けてくれてありがとう」
たどたどしいながらも感謝の言葉を言われたのが嬉しかったのか、彼は鼻を触っている。
「気にしなくてもいいよ、強い人間が弱い人間を守る、そんな当たり前でしょ? それと薫でいいよ、君の名前は?」
「えっ......あっ、ぼ僕の名前は、竜胆悠斗」
まさか名前を訊いてくるとは、この時の俺は予想していなかった。だからすこし間抜け表情をしながらも、何とか自分の名前を告げることができたのだ。
「分かった、よろしく! 悠斗!」
それを聞き少し頷きながら彼、まるで太陽のような笑顔をして俺に握手を求めて来た。
「う、うん! こちらこそよろしく! 薫!」
俺はそんなことしてもらったことがなかったので、動揺しtながらもすぐに破顔すると彼の握手に応じた。
多分俺はその時に本当の意味で彼に救われたんだと、今なら分かる。
その後、薫といじめっ子達との騒動の話を聞いた他の幼稚園生は彼に近づかなったが、同じ環境になった者同士......そして助けてもらった感謝の気持ち......そして本当に彼の仲良くなりたい、そう思い彼と行動を共にすることにしたのだ。
そんな幼稚園時代は、薫との出会いで以前よりも遥かに楽しいものに感じた。
それから時が流れ、俺と薫は小学生になった。
「薫、この後どうする?」
今は放課後、そして小学生である。つまりこの後あまり用事など入っていないのだ。
だからいつも通りの感じで薫にそう訊くのが、次第に無意識のうちの日課となり習慣となっているのだ。そしてこの後に続く彼の返答も、ある意味習慣のようになっているのもまた事実である
「ん~そうだねえ......公園は、人が多そうだし僕の家で『正義のヒーロー・ジャスティスマン!』でも見よっか?」
「それもそうだなあ。よし! 君に決めた!」
それに何の疑いを持たないのは、それだけの日々を彼と過ごしてきたというものだろう。いつものように彼は自分の好きなアニメを提案してきたので、俺もそれに賛同することにしたのだ
そんな風に話しながら俺達は、いつも放課後の予定を立てていたのだ。
「お邪魔しまーす」
「は~い、いらっしゃい悠斗君。薫なら二階で待ってるわよ」
薫の家に入ると同時に、彼のお母さんが俺の訪問を予想していたかのようにすぐに出迎えてくれた。というかこれもいつものことである、大方薫が事前にいつ頃来るか伝えているのだろう。
「うん分かった、おばさんありがとう!」
何となくそれを知っている俺は、彼女にお礼を言うとすぐに二階に上がり、薫の部屋に向かうと扉は開いていた。彼も俺がこのぐらいに来ると予想していたのだろう、そんなことを考えながら部屋に入る。
「お待たせ薫!」
そう言って入ると、彼は既にテレビをつけて準備万端の様子でこちらを見ながら、
「おぉ~丁度いいタイミング、もうアニメが始まるよ」
それを聞き俺は、すぐに薫の隣に座ると同時にアニメは始まった。
最近薫とこのアニメを見始めたのだが、どうやら薫はこれを見てその影響を受けているように思える。なぜなら彼のあの時のセリフは、このアニメの主人公であり、正義の味方と名乗っている人物がいつも誰かを助ける際に、言っているセリフと同じだったからだ。それに彼の部屋には、そのアニメのキャラクターのフィギュアなどがあるのを見て、それが徐々に確信に至ったのだ。
そして時間が経過し、アニメもそろそろクライマックスに突入しようかとする時に、薫がもぞもぞしながら、
「僕ちょっとトイレ行ってくるね」
「うん、そろそろクライマックスだから早くした方がいいよ」
そう言って部屋を出て薫を見送り、俺は視線をテレビ画面に向けたのでが、彼と入れ替わりで入って来たのだろう。薫のお母さんが部屋に入って来たが、俺の視線を画面に釘付けであった。
それを知っている彼女もそっと俺の近づくと、あるものを俺に差し出してきた。
「悠斗君。はい、ジュース」
「わぁ、ありがとうおばさん!」
それを貰い俺は、満面の笑顔で彼女にお礼を言ってそのジュースを受け取って飲むことにしたのだ。
そんな時だ......彼女のこの時の俺にとっては当たり前な......そして今の俺にとっては、すでに守ることができない約束をしたのは......。
「悠斗君、これからも薫と仲良くしてやってね。あの子友達少ないから」
そんな当たり前のことを言われた、当時の俺はサムズアップしながら、
「うん! 任せてよ! 」
その時の俺はアニメの方が気になっていたので、彼女の言葉の重要性に気が付かなったのだ。
だがそんな俺の返事に彼女は満足した様子だった。
「それじゃあよろしくね」
嬉しそうにそう言うとドアを閉めて部屋を出て行った。
その後トイレから戻って来た薫と一緒にクライマックスを見た後、他にも録画しているアニメがあると言っていたので、ついでにそれを見て俺は自分の家に帰ったのだ。
この頃の薫は、いつも通りの薫だった......だがそれは、一年生の頃の彼と比較したものだ......だから俺は知らなかったのだ......今、薫がどのような状況にいるのかを......。




