聖女と姫
ある城の一室で二人の少女が座っている。
一人は聖女であるフユジマ、もう一人はこの国の姫であるアリシア・ユーリシア。
ここで部屋に人が入ってきたら誰でも驚くだろう。
なぜなら、本来はあり得ない組み合わせなのだから......。
私、フユジマ ユキは困惑している。
あの後、お姫様であるアリシア様の自室に連れて行かれた。当初は、『あのこと』について訊いてくる、そして罵倒してくる、そう思っていたのだが......。
「「.....,.....,」」
今の状況はまったくの無言。ゆえに気になったのだ、何故アリシア様が私の手を引っ張ってまで、自身の部屋まで連れてきたのかを。
そんな状況と少しの興味を持ってアリシア様に訊いてみることにしたのだが、
「あの、それで私に何か御用でしょうか?」
「えっ?......あっすいません! つい連れてきてしまいました」
どうやら無意識のうちの行動だったようだ。つまり『あのこと』ではない、そう安心すると同時にそんな自分に嫌気がさした。だがアリシア様からはそんな感情は微塵も感じない。
だから私は、無理やり自分を納得させて帰ろうと席を離れようと、椅子を引いた。
「そうですか。では私は訓練に出ますので失礼しーー」
「あの!」
だが私はアリシア様の声と手首を握られたことによって席を離れられなかった。アリシア様の顔を見ると、何か切羽詰まったような感じに見える。
「あの、なにか?」
「えっとですね、少しお話したいことがあるんですけど......いいですかね?」
......訓練までまだ時間はある。それにアリシア様の話というのにも興味というよりも、いやとにかく聞かないといけないような気がする。
「はい、大丈夫です」
「そうですか、良かった」
あからさまに胸を撫でおろすアリシア様。それが彼女の年齢にそぐわなくて少し可愛らしく見え、少し微笑んでしまったのだが、それに気がついていない彼女はすぐに真剣な表情というよりも、これは......。
「あの~つかぬことをお聞きするのですが、ユキ様はユウト様の彼女さんだったのですよね?」
あぁ、思い出した。
彼女はあの日、ユウ君と一緒に帰っていた。そして、その時の表情を私は鮮明に覚えている。
なぜならそれは、付き合い始めたばかりの私と同じ顔だったからだ。
そうか、彼女は......。
「彼のことが、好きだったのですね」
「......えっ?」
私の返答に素っ頓狂な声を出している彼女であったが、すぐに火にかけたやかんのように真っ赤になる。
「ままままさかそんなこと! 彼女さんのいる人のことを好きになるなんてそんな失礼なことを!」
驚く彼女が少し可愛らしくて、つい悪戯をしたくなった。
「別に構いませんよ。彼、やさしい人だったので」
「い、いや別にそんなこと考えている訳では......でも、やさしい人だったという点は、同じ意見です」
初めは即座に私の言葉を否定していたのだが、後半では下を見ながらその事実を恥ずかしそうにして認めていた。
そんな彼女の言い方と雰囲気が、まるで長年寄り添った夫婦のように感じ取ってしまった。もし彼の隣に立っていたのが、私ではなく彼女だったら、もしかすると......、そんなことを考えていると、それを知らない彼女が遠慮がちに私の顔を見ながら、
「あの、よろしければ元の世界での......ユウト様のことをお聞かせくださいませんか?」
そんな彼女の様子を多分私は、付き合う前の私のように見えてしまったのだ......だから。
「えぇ、喜んで」
私は笑って了承したのだ。
そして私は彼女に私とユウ君が初めて出会った時の話や廃墟事件のこと、そしてあの体育館での話もした。
「そこで彼が言ったの、『逃げるわけねえだろ。強い人間が弱い人間を守る、そんなの当たり前だろ。それに友達を置いて逃げるなんてクズのすることだ』って、その後同じ勇者の正人君達が助けに来てくれたんです」
「だからユウト様はお二人に慕われてるのですね。」
私の語った彼との思い出話に何か納得したのか、彼女は頷きながらも笑っている......でも。
「そんな彼を、私が殺したんです」
「......えっ?」
彼女は私の言っている意味が理解できていないのか、先ほど同様素っ頓狂な声を出した。てっきり私は、彼女の父親である国王様からそのことを聞いていると思っていたのだが、彼女の様子から察するに何も聞かされていないように思えたのだ。
「聞いてないのですか? あの日ダンジョンで魔族に操られて、彼を囮にしたのは私達のチームなんです」
「.....,そうなんですか」
まさか彼と付き合っている私が、そんなことをしたとは思っていなかったんだろう、彼女は顔を俯かせる。
「だから恨んでもらっても構いません。あなたにはその権利がある」
彼女は彼を好きだった......それを付き合っているはずの、私が壊した......だから彼女には恨む権利がある......そして私には......それを報いる責務がある。
そんな考えで彼女に言うと、
「たしかにユウト様が亡くなられて、この気持ちを誰かにぶつけたいと思ったことがありました。なぜユウト様を囮にしたのかと......」
やはり彼女は、彼が死んだことが悔しいのか、小刻みに体を震わしている。それを見て私はその後に来るであろう罵倒に耐えるのように構えていたのだが、
「でも......それを言ったら後悔すると思うんです。以前ユウト様がこう言いました」
彼女は罵倒するでもなく、私の言葉を否定するわけでもなく、ただ私の目を見て以前彼が言っていたという言葉を語り始めたのだ。
「『大切なものは失って初めてその大切さに気が付くんだ。俺もそんな経験をしたんだ。だからアリシアは、俺みたいになるなよ』、と。だからもしここであなたにそれを言ってしまったら私は後悔してしまうのです」
それを私は呆然と、そして憧憬の念を籠めた目で見つめることしかできなかったのだ。
「......あなたは、強いのね」
私より......。
「それに決意したんです」
彼女は決意した眼差しで、どこかここではない遠いところ......私には、それが理想郷を見ているように感じたのだ。
「私は今回の魔族との戦争を和平に持ち込みたいと思うんです」
ある程度予想していたのだが、そんな彼女の言葉に私は耳を疑ってしまう。なぜなら、私達は魔族達と戦うためにこの世界に召喚されたからだ。それに以前ユウ君と図書館に行った時に、これまでの魔族との戦争の背景などを見たことがあったのだが、その内容からどうやっても和平に持ち込むという考えは、どうしても浮かべることができなかったからだ。
そんな私の気持ちを彼女は察したのか、
「たしかに不可能なことだと思います。歴代の王達も魔王達も戦争で決着を着けていましたし」
ならば何故、無理だと分かっている上でそれを成し遂げようとするのか、そのような気持ちで見つめると彼女は、
「私達人族に感情があるように、彼ら魔族達にも感情があるはずなんです」
......そうか、だから彼女は......。
「これ以上私達のように大切のものを失う人達を増やしたくないのです。それは人族、魔族関係ないのです」
彼の失った悲しみを......大切な人を失う悲しみを、この世界に住むすべての種族の人達に味合わせたくない......ただ、それだけのために。
こんな私と違い、それだけの夢を持つ彼女は最後にこちらを見ると、
「私一人の力でどうにかできる問題ではないのです。お願いします、ユキ様。どうか私に力を貸してください」
ここで私は迷ってしまう。それは彼女の夢を否定したいからではない、むしろ賛同したほどである。あの気持ちを他の人に味合わせたくない、そんなこと、それを経験した私達が一番だろう......だがそれは、私達がこの世界に召喚されたのとはまったく逆のことであるからだ。
「アリシア様。私の意志は人族を守るために魔族、つまり魔王を倒すことです」
そしてそれが終わったら私は死ぬ。
私のその考えを彼女は頷きながら聞いている。そして聞き終えると、
「たしかに、それが人族の側の世論であり常識です。魔族が悪であることは幼い子どもでも知っています。そして魔族側では人族がその悪になります。実際に私達もユキ様達をその目的のためにこの世界に召喚しました、本当に申し訳ございません。そして、そんな私のやろうとしていることは、この時代の波に逆らうことです」
人族側の、それも王の娘である彼女がそれを一番分かっているのだろう、途中で一度私に異世界召喚のことを謝り、自身のしようとしていることのその大きさが認めた。
しかしそこで人差し指を立てると、
「例えば、今回の事件で考えてみましょう。たしかに今回の魔族がしたことは許されるはずがありませんし、そもそも許すつもりもありません。なぜなら、現在人族と魔族は、停戦協定を結んでいます。それにも関わらず彼らは、それを無視した上にユキ様達に魔法を掛けて操り......あのようなことをしました」
再度怒りがこみ上げってきたのか、わなわなと震えていたので、私が手を伸ばそうとして彼女に触れようとしたのだが、それに気が付いたのか誤魔化すようにし苦笑いをしている。
今、彼女は辛いはずだ、それを自覚しているのだろう。だから膝に置いている拳を握りしめて震えていのだ。
その気持ちを忘れるために彼女は、一度小さく深呼吸をしてから途切れていた話の続いを語り始めた。
「そして今回のようなことが、魔族側でも起こっているかもしれません。ならば私が考えるように、魔族側でもこのような感情を抱いている者がいることは明白です。もしここで、今回のことを私のように違う見方で考えることができれば、何かしらの道が開けるかもしれません。しかし、ここで手を出せば戦争はさらに激化してしまいます」
しかし、急に少し悲しそうな顔をし始める。
「それに......悪い人は人族にも魔族にもいます。それだけで、その他大勢を敵と考えるのはどうかとおもいます。それに今現在、魔族との戦争は、あの事件を考えなければ形上は停戦状態です。だから、まだ考えるは時間があります。なのでその間にユキ様には、世界を見てほしいのです。この国だけではなく、他の人族の国、そして他の種族のことを。そこで、何が善で何が悪かを見極めるだけの価値観を養ってほしいのです。同じ大切な人を失った者同士......それからでも遅くはないと思います」
そして最後に彼女は言った。
「仮にもしそれでも、ユキ様の意志を変えることができなかった、その時は......」
覚悟のある眼差しで私の目を見ると、
「ユキ様とも、戦います」
そう強く断言した。
それを聞いて私は、あることを考えてしまったのだ。
彼女は自分の意志で物事を考えている......それに対して私の意志は何だ、全部ユウ君のことを引き合いに出し、それに縋っている。まるで何の意志のない操り人形と同じだ。私はそんなものじゃない......自分で考え、自分で決め、そして行動することができる、それこそが私......人間だ。
ただ......今のままでは、彼の意志を守っているつもりで、実際は自分を守っている、ただの生き人形のまま、何も変わらない、そしてそのまま朽ちていく......ホントの自分を隠したまま。
それは、ある意味あの魔族がしたこと以上に質が悪いように思えてしまう。
そんなものになりたくない......自分の道は、自分で決めるものだ!
だから考えなければならない......もう彼に縋りつかないために......自分の意志で、自分の道をするむために。
そんな私の......ここになって初めて思い出した......私の意志、それは......。
「もう争いたくない......もう大切な人を失いたくない......もうそんな人生、こりごりなの......」
涙を出しながら言った......これが私の......本来の私の意志だ。
だからそのためには......。
「こんな、どうしようもない私ですが......アリシア様の力になりたいです」
それに対して彼女は、
「こちらこそよろしくお願いします。それと様は付けずアリシアとお呼びください」
優しく微笑み、手をゆっくりと私の前に出してきた。私は泣きながらも、彼女の握手に応じたのだ。
その日私は、この世界に来て初めて自分の道を決めた。
それは余りにも幼稚で、漠然としており、願いと言ってもいいか分からないほどだ。だがこれが私の意志だ、だからこれを信じなければならない。それは彼のために、......そして自身のために......そして何より......もう大切な人を失いたくないために......。




