約束
ユウト達が800階層のボスであるセスと別れたのと同時刻に、勇者達は城で訓練をしているのだが......。
「なあ? 冬島さん一緒に訓練しないか?」
「ごめんなさい。今日は由衣達と一緒にやる予定だから......」
「そうか、それは残念だ。でももし機会があったら言ってね?」
私が経った今作ったウソの理由を言うと須藤君は残念そうにしながらも、最後はそう言って私に念を押してくる。
「あ、うん。機会があったらね」
なんとか愛想笑いをしてその答えると、それに満足したのか彼はニヤニヤしながら一人で訓練場に歩いて行った。
「......はぁー」
その姿を見えなくなったところでやっと肩の荷が下りたので、私は大きく溜息をする。
はっきり言って、私は須藤君が嫌いだ。
それは見た目云々ではなく、性格そのものが嫌いだからだ。
彼は地球にいた時は嫌味を、この世界に来た時はあろうことか暴力をユウ君に振っていたのだ、それも私や正人君が見ていない隙を狙って。それに私達二人は気づいていたので、私が代表して彼に一言文句を言おうとしたが、ユウ君が気にするなと言い私を引き留めてきた。だから彼の言う通りにして引き下がったのだが、多分あの時文句の一つでも言っていたら今もユウ君は私の隣にいたかもしれない、そう何度も考えてしまうのだ。
その度にそんなたらればを考える自分に毎度嫌気がさす、それを毎日のように繰り返すのだ。
再度私は気持ちを入れ替えるために溜息をしようしたその時、
「あの~......」
そんな声が聞こえたので振り返ると同い年くらいの可愛らしい少女がいた。
「あなたはたしか......」
どこかで見た顔だが思い出せない。これほどの美少女は、一度でも会ったら忘れることはないのだけれど。
そんな表情が顔に出ていたのかその少女は苦笑いしながら、
「あ、すみません。儀式の時には会ったと思うんですが......一応、自己紹介をしておきますね」
すると先ほどまでおどおどした様子ではなく、どこか威厳の感じさせる雰囲気を纏い始めたので、それに倣って私もそれを聞く姿勢に入る。
「私の名前はアリシア・ユーリシア。一応この国の姫という身分です」
その名前とその顔を見てやっと私は思い出すことができたのだ。あの日ユウ君と一緒に歩いていた少女であることを......。
私ーーアリシア・ユーリシアは、一人で泣いていた。
ダンジョンでの実戦訓練の一か月前のあの日の帰り道で、私はユウト様にダンジョンから無事に帰って来るように約束した。当初彼は何かと小言を言っていのだが、最後は渋々ながらもその約束してくれた。
それでも私は嬉しかったのだ、多分安心感を得たかったからだと今ならそう思う。
あの時は、彼に気の置けない人だからと言い、誤魔化していたのだが今ならその理由が分かる。
私は、その時から彼のことを気になっていたのだ......彼は、他の勇者様達と何かが違ったから。
私は立場上王の娘である、だから頻繁に他の人族の国のトップや貴族と会わされたりする機会が多かったのだ。
そういう経験のおかげからなのか、私は一目でその人物がどのような性格なのかを見破ることができるようになった。
そのおかげで貴族などといった輩は、逆玉の輿を狙う者がほとんどであるということに早い段階で気づくことができたのだ。
あの日異世界から勇者様達を召喚した時、そのほとんどが貴族ほどではないが、それに近い考え方を持っていると瞬時に悟ったのだが、その中で一人だかそれに当てはまらない人がいたのだ。
それが彼、ユウト様だ。
彼を一目見たとき、正義感があり友達思いのある人物だと感じた。
召喚した時彼は、元気ですなどと叫んだりして、それを聞いた周囲の数人の勇者様達から崇められるかのようにされていた。
そして儀式の時は、一人で劇みたいなものしており、それを他の勇者様達は呆れた感じで見ていたが、ある二人の勇者様達だけはそれに付き合っていた。
多分だが、その二人は彼の正義感に救ってもらったのだろう。
私は何故かそれが気になり、彼が自分の天職調べると言って図書館に行っているという話を聞いたので、急いで彼の元に足を運ぶことにしたのだ。
最初はかなり動揺していたみたいで、「お、お姫様、ご機嫌麗しゅうございます!」などと言っていたのでその態度を直すのに苦労したものだ。それから時間を重ねる毎にそんな態度も軟化し、落ち着いてきたおかげで、その後の彼との時間は本当に楽しかった。
なぜなら彼の天職について図書館で調べている時に、時々だが彼が自身の住んでいた世界の話をよく聞かせたりしてくれたからだ。
そんな私の立場上仲の良い人物は、家族や専属のメイドだけであった......だから彼と仲良くなれたので嬉しく感じたのだ。
そんな彼を信じ、あの日私は彼の無事を願いあの約束をした......だが彼は、あの約束を忘れたのか、ダンジョンから帰って来ることはなかった。
帰還した勇者様達の中に彼の姿が見えないことに気が付いた私は、すぐに事情を知っていると思われる人物の元に足を運んだ。
「お父様どういうことですか!?」
「アリシア、一旦落ち着きなさい」
お父様は私とユウト様が仲が良いこと知っていた。
本来なら王の娘という立場から考え、他の男性と仲良くしているのを見られるのはいろいろと世間体が悪いのだが、それを知って黙っていたのは私が食事の時に楽しくユウト様のことを話していたからだ。
「なぜユウト様だけ帰ってきていないのですか!?」
お父様はこの国を指揮している王、だから今回ユウト様だけが帰還していない理由もしているとおもったのだ。
私の梃子でも動かないといった様子を察したのか、はぁーとそこでお父様は目元と押さえながら溜息をする。
「......お前が彼と仲が良かったからあまり教えたくなかった。だが仕方ない」
ここで私は嫌な予感がした。お父様のこの癖のような行動をする時は、決まって何かしら悪い話がくるからだ。そんなことを知っているのは私達家族だけではなく、この国に所属している騎士のほとんどである。
お父様が何かを決意したのか、自身の座っている椅子の横に立つある人物に目を向ける。
「アレックス、報告を」
「はい、了解しました」
それに応えたのは、王宮騎士団団長、アレックス・カルマンである。
彼は貴族出身なのだがその身分を利用せず、自身の実力だけで今の地位を得ている。このユーリシア国でなないが、ほとんどの国では親の七光りというのか、力もないのにそれだけを利用して自身の地位を確立させようとするものが大半なのが現状である、
そんな者達とは違い彼は、このユーリシア国で歴代最強の団長と呼ばれ、人族側で1,2位を争うほど力、そして何より知識を持っている。彼の持つ力と知識は、それだけで魔族との戦争が大きく左右できるそれほどのものなのだ。
加えて彼は、側近の中で一番お父様に信頼されている。現に今も彼は、お父様のすぐ隣に控えているのが良い証拠だ。彼らは前述以外にも、政治から戦争までのすべてのことを指揮する宰相の地位に就いていおり、度々お父様と相談している姿を目にすることがある。
それほどの実力と権力を持つ彼が口を開く。
「申し上げます。我々は、ダンジョンでの実戦訓練をするため、この世界最古である『神の箱庭』を訪れました。そこで各隊長に彼ら勇者様達の護衛兼案内者として同行するように指示しました。その後ほとんどのチームが実戦訓練を終え、無事ダンジョンから出てきたのですが......一組だけ遅いチームがあり、その後一応は帰ってきました。ですが......」
そこで彼は一度、顔を苦痛で歪ませているように見えた。それがこの後に続く話がそれほどのものであると暗に語っているようなものである。それに気づいた私は、自身を落ち着かせるために一度唾を飲み込んだ。
「そのチームに所属していたはずのある勇者様の姿がいないことに、その勇者様と仲の良い勇者様が気が付きました。なので事情を知っていると思われる隊長のダニエルに訊いてみたのですが、『弱者が強者の糧になる、自然の摂理だ』などと意味の分からないこと言っていました。それでも何とかして彼から事の顛末を訊き出すと、どうやらその勇者様一人だけを囮にして逃げたと言っていました。本来ダニエルは仲間思いが売りの人格の出来た人物です、そんな彼、といよりも帰還したその勇者様達からもおかしな言動をしているのに気が付き、それを確認するために彼らの目を見てみると、どうやら精神魔法に掛かっており、それが原因でその勇者様を囮にしたのかと」
私は、彼の話をどこか遠くの異国の地の話のように聞いていた。この頃から気づき始めたのだ......その一人だけダンジョンから帰ってこなかった、そして一人囮にされた勇者様が誰であるかと......。
「その後、ダンジョンの入り口付近で魔族が発見され、私はその魔族が今回の黒幕と判断してその場で拘束し、城に帰還しました」
「たしかに魔族は精神魔法を得意とするな」
「はい。ご報告は以上です」
「問題を挙げるとすれば......今が停戦中であるにも関わらず、人族領に入って来ていること......]
「その上勇者様達にまで手を出したこと、ですね」
「あぁ、ここは一度人族会議を開いた方がいいかもしれないな」
二人がこの後のことについて話し合っていたが、今の私にとってそれはどうでもいいことだ。
「それで、その勇者様というのは......?」
そこで私は一番気掛かりなことをお父様に確信しながら聞くことにした。その事実を受け止めないといけない気がしたのと、もしかした彼ではないという可能性を信じて......。
私の声に気が付いたお父様は、一旦のその話し合いを切るようにアレックスさんに目線で送り、それに彼は小さく頷いたのを見て、そこでやっと私の方に目を向けると、
「分かっていると思うが......」
一瞬躊躇う様子を見せていた。だがそれはほんの一瞬だけだ、その後お父様の口から一番絶対に信じたくなかった名前を聞いてしまう。
「お前と仲の良かった......ユウト殿だ」