不死の王
「ふー、緊張しますね」
「......たしかにな」
現在俺達は800階層のボス部屋の前にいる。
なぜなら、無事アスナはゴースト系モンスターを克服したので、俺達はついにボス部屋に挑むチケットを掴むことができたからだ。
俺は横目で彼女を見てみると、緊張というよりもどこかわくわくするような雰囲気を醸し出している。なんか遠足に行くこ小学生みたいだな。まあたしかに苦手なものを克服したから仕方ないか。
しかし、そんなアスナも初めの頃は、レイスに向かって南無阿弥陀仏や南無妙法蓮華経などと呟いていたものだ。人は成長する生き物であると改めて認識させられたのが、レイスとかって仏教じゃなくてキリスト教だろ。つまりアーメンとか言わないと意味がないと思うのだが......あっでもこれって地球感覚だからあんま意味ねえな。
アーメンラーメン僕つけ麺はどうでもよくて、先ほどのアスナの言うようになぜか肌がピリピリしてくるのだ......やっぱつけ麺はなしでオナシャス!
とにかく俺が言いたいことは、650・750階層の中ボスは雑魚だったし、700階層のボスでもここまでの感じはしなかったということだ。まあほとんどアスナがレギュラー選手で、俺が控え選手だったがな。
それらを総合して考えてみても、この扉の先にいると思われるモンスターは単純な力ではなくもっと他のナニカを持っているような気がしてくるのだ。ただし、ガス生命体の方ではなく、気配というか覇気のようなものだな。ご覧のようにというよりも、ここまで来たら分かると思うが、俺はネタを挟まない生きいくことができないのだ、誰かがこの注意を聞いていることを願うことにする。
そこで俺は一、度気分を切り替えるために自分の顔を叩くと、わくわくした表情から集中モードのに入っているアスナに声を掛ける。
「まあどちらにせよ、倒さないと先には進めんからな、さっさと中に入るぞ」
「はい」
俺達は腹を括ってボス部屋の扉を開けて中に入る。
部屋の構造としては、これまでのダンジョン同様である石造りでかなりの広さがあり、加えて部屋全体がロウソクで照らされていた。
広さとしては、小学校とかの体育館と同じくらいの大きさだな、それだけの敵が出て来るってことなのか? それにゲームでもよく見る西洋の城のような部屋作りだしな。
そんなことを考えていると突然、部屋中央に黒い靄が集まり一人の人物が姿を現したのだが、
「どうやらアスナの勘は当たったな」
現れたのはアスナの言った特徴に当てはまるモンスター......干からびたミイラのような風貌をした容貌に、双眸の瞳は赤黒く光り、その姿はまさしくノーライフキングである。
そんな奴は、赤いローブを被りこちらを興味深そうにして見ていたので、俺もそれに応えるかのようにして見ていたのだが......いつの間のかいたのか、レイスと言ったモンスターが大量に奴の周囲を守るかのように立ちふさがっているのに気が付く。
そんなノーライフキングがその乾燥しているであろうと思われる口を開いた。
「久しいな......生き物を見るのは......」
予想としては、年寄りの声に加えて乾燥しているような感じだと思っていたのだが、それとは逆で20代のように感じさせる若い男性の声をしている。
それにどうやら最上級のモンスターになってくると知能を持っているようだな。
奴について考察している間に、俺は奴のセリフに少しの違和感を思えたので質問することした。
「何言ってんだ? この階層には生き物なんていないだろ?」
俺達が散策している間はレイスといったゴースト系モンスターしか見たことがなかった。なので奴のセリフに違和感を覚えてしまったのだ。
「ん? ......あぁすまん、言い方を間違えた。ダンジョン攻略者をだ、加えて君達で三人目だ」
俺の疑問に一瞬奴は頭を捻る様子を見せるが、すぐに納得したのか軽く謝るかのようにして、ある興味深いだが明らかに矛盾している情報を俺達に教えてくれたので、
「それはおかしいだろ。ここのダンジョンの記録は俺の隣にいるアスナの記録が最大だぞ」
懐かしの、そして裏切りのダニーから聞いて情報では、アスナとその仲間達だった者達が成し遂げた記録が最大だったから。つまりそれ以上の階層の記録は存在しないだろ、そう思って訂正したのだが、奴はゆっくり頭を振ると、
「それは人族での記録だ、他の種族は当てはまらない。それにその攻略者はこっそり入ってきたそうだ。だからどこにも記録なんてないだろうな」
この階層まで一人で来るとなるとアスナと同等、またはそれ以上の実力者と考えた方がいいな。ならなんでそれを申し出ようとしなかったんだ? この世界じゃそれってかなりの偉業のように思えるのだが。そのことが気になったので、俺は奴に追加で訊こうと思い口を開いたのだが、
「それじゃあその種ーー」
「お話はそこまでだ」
それを言い終える前に、急に奴の纏う雰囲気が変わってしまい俺は自分の口を閉じせざるを得ないかったのだ。
「君達は攻略者だ......ならば私を倒してから聞くんだな」
「......そりゃあそうだな。すまん」
たしかに奴の言う通りだ、俺達は攻略者で奴はそれを阻止する者。簡単な役割設定だ。ならば奴を倒してそれを訊き出す、それが正攻法である。
奴に軽く謝ると俺はすぐに黒刀を出して構える。
「そのスキルは......」
ノーライフキングがなにか呟いたが俺の耳には聞こえなかった。
「アスナ戦闘準備だ!」
「はい!」
そう言ってアスナもセレーネを召喚して構える。
俺はそれを確認すると同時に奴の周囲を取り囲んでいる大量のモンスターが目障りに感じた。このままでは正面の敵であり、この場での最強の敵に集中することができないからな。
俺よりも魔力を多く保有しているアスナに、この場の処理を任せることにするか。
「アスナ、様子見に一発どでかいの頼む。周囲にいる雑魚がかなり邪魔だ」
「分かりました」
俺の意を汲んだのか、アスナはそう言うと一歩前に出ると天井を見上げる仕草をした。俺もそれに続いて天井を見たのだが、そこには石の天井しかない。
どういうことだ? そう思っていると、
「神ノ慈悲!」
その瞬間天井付近が曇り始めた。
それはまるで小学校の夏休みの間に、あの二人と一緒に遊びに出掛けた時に見た雲に似ているような気がした。あの頃は何もかもが楽しかったものだ。だが......もうあの頃にはもう戻れないだろう。たしかユングの言葉だったか、『人間関係は化学反応』。それらが一度作用してしまえば、もうその時の状態には戻らない。俺と彼女との関係はすでに以前のものではないからな。
そんな過去を懐かしんで今を後悔するかのような思考を切り替えて天井にある雲の名称を呟く。
「積乱雲か......」
それはかなり面積範囲は狭いが、その範囲を猛烈な雨が襲うというものだ。夏の空の風物詩のようなものである。
「ユウト様下がってください」
心の中で一人解説していると、アスナが俺を押し戻すかのように手を出したので忠告通り後ろに下がると同時に雨が降り始めたのだが、それはただの雨ではない。
「......赤い雨か」
まるで血のように赤い色と纏っている雨だ。見る人からはそれがたった今まで生きていた生き物の血のように感じるだろう。
そんな雨が降り注ぎ、それを直で受けてしまったモンスター達を見てみると徐々に体が溶けていっているようだった。その対象にはレイスも含まれている。
なんかすごいな、レイスってあんな攻撃受けるんだな。いや違うか、そもそもここって雨なんて降らんからそれに驚いたとかそんな理由だろ。でもそれで溶けるとかなんか可哀そうな奴に思えて来たぞ。
そんなレイスはいいとして、この雨には酸性系の成分が含まれているようだな。すでにその場にいた大量のモンスターはすでにその存在を消している。......ただ一体を除いて。
「さて本丸のあいつはどんな感じかな」
俺はある程度ダメージを受けて、纏っている赤いローブも溶けてしまっている奴の想像しながら、本丸であるノーライフキングのいた位置を見てみると、
「良い雨だ。久しぶりにシャワーを浴びたぞ」
......超余裕だった。
なんでそのローブ溶けないの? 金・白金製なの? それとも酸化膜が形成して不働態だからなの?
てかこいつシャワーとか浴びんの? それ意味あるの? 水分吸ってふやけるんじゃないの?
ということで、ここまで計6回同じ言い回しをしました。
俺がかなり面倒くさそうな顔をしているのに気が付いたか、奴は濡れた髪をポケットから出したタオルで拭いていたが、それが終わるとすぐに俺達に向き直る。
「冗談はさて置き、かなりいい技だ」
酸性の雨をシャワーと言うのは冗談に聞こえないんだが......それにそのタオル溶けてるぞ、そのローブと同じ繊維で作ってないのか?
「褒められてもうれしくありません」
ホントそれな。
「私一人だと少々キツイかもしれない......仕方ないか」
冗談は顔と言動と、そしてなによりそのローブだけにしろ。ホントその繊維について知りたいわ。
まあ俺の冗談はここまでにしておくか、何やら嫌な予感がするからな。
ノーライフキングが両サイドに腕を伸ば仕草をすると、
「呪術・降魔転生!」
その瞬間その場に黒い魔法陣が現れ、その上に黒い靄が集まり二体のモンスターが現れた。それを俺達はここに来る前に見たことがあり、加えてそれがアスナの訓練の最終撃破対象で倒したモンスターでもあった。
「ホモ・リッチと女たらしか」
一応倒せないこともないな。あの時でも余裕だったし、あれからそれなりに時間が経ったので、奴らの倒し方などは熟知しているつもりだからな。てか同一モンスターなのか? なら危険だな......俺達の貞操が。俺は自身の尻を優しく撫でながら危険レベルをマックスまで上げることにした。
しかし奴のある一言で俺の淡い期待は一瞬で砕かれ、俺達の貞操は安全が確定する。
「ちなみにこの二体は私の折り紙付きだ。君達が戦ってきた奴らと同じ認識で見ない方がいいぞ」
マジかよ!? その折り紙っていうのがどのくらいのレベルでの話なのか分からないが、あのノーライフキングが言うのだから間違いなく手強いと思えてしまう。つまりあいつらではないってことだ。危なかった......あと少しで非常事態警報が鳴るところだったからな。
「大丈夫です、ユウト様」
俺の前半の思考を読んだのか、アスナが以前見せたあの勝気顔をしながら俺に声を掛けてきた。どうやら彼女にはこの状況を打開する方法があるようだな。
「......何か策があるんだな」
「はい。なので少し下がってください」
その指示に従い数歩ほど後ろに下がりこの後の状況を見守ることしたのが、何も手を出してこないノーライフキングを見てみると、何やら考えているのか顎を手でさするようなポーズを取っている。
何故攻撃してこないか気になるが俺達にとってはそれが好都合だがな。
アスナも一瞬だが奴の方を見たが、問題ないと判断したのかすぐに魔力を自身の立っている目の前に集中させている様子だ。
そしてそれが完了したのかそれらの名前を口に出す。
「召喚魔法!『聖竜』・『四龍』!」
その場を一瞬光が包み込み目を開くとそこに五体の竜(龍)がいた。
『聖竜』は全身が純白の鱗に覆われおり、その眼はまるで目の前の者を見透かすのような印象を受けるそんな『聖竜』の全長は5メートルほどの二歩立ちの竜だ。だがそれだけも迫力がある。それになんていうか、説明しづらいのだがその名に付いている聖なる力? を感じるような気がするのだ。
そして『四龍』はそれぞれが炎・水・雷・風を冠した神龍のような龍である。それぞれの属性を感じさせるような鮮やかな色と帯びている。炎の龍は紅蓮の瞳をしており、時々その口から炎さんが顔を出したりしている。水の龍は慈愛に満ちた瞳をしており、その体は水で形成しているのだろう、少し透明感があるように感じる。雷の龍は瞳に時々スパークが走っており、その電気で形成していると思われる体からも落雷時のような光が地面に落ちている。最後に風の龍はどこかぼーとしているように感じさせる瞳をしているが、その風の体からは常に強風が吹いているのか、力を入れておかないと立っていられないほどのものだ。それら全員に当てはまることは、全長10メートルほどであるということだな。
それらを総合した俺の感想は......?
「かっけーな」
小学生レベルである。いや小学生なら『レックウザだー!』みたいな感じだから俺よりもまだ具体性がある。つまり俺の感想は小学生以下! といことは幼稚園児レベルである!
「なるほど......神達のお導きか」
そんなことを考えていると、先ほどまで静観に務めていたノーライフキングがそんなことを呟いていた。
「ユウト様、これで私達はノーライフキングだけに集中できます」
どうやらこの竜(龍)達をリッチとヴァンパイアロードにぶつけるわけか。なら俺達の相手は正面で悠々とこちらを見ている奴だけってことだ。
「助かった」
「どういたしまして」
そう言って俺達はそれぞれの武器を構える。それに応えるかのように奴も懐から一本の刀を取り出す。
そして、
「では......戦闘開始といこうか」
その声を皮切りに俺達とノーライフキングとの本当の戦闘が始まったのだ。