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彼女とクラスメイト達に裏切られた絶望者は異世界を夢想する  作者: 滝 清幹
最終章:堕落した神々との戦い
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レクイエム⑥


「......(千鳴雷華(センメイライカ))」


 脚下から咲き乱れるようにして繰り出される千にも及ぶ雷撃は、竜王のたった一度の羽ばたきだけで消し飛ばされる。

 その後には、散りばめられた雷光が残った。それは花弁である。散り際に見せたそれらとともに、舞い上がる一閃が顎先から迫った。


(手ごたえが、ない......)


 触れてはいるのだ。しかし、ダメージが入ったかと言われれば答えはノー。この一撃では、竜王の外殻に傷一つさえつけることができない。

 眼前で開こうとする、竜王の口の端から漏れ出すのは、高純度に極めた黒。


闇夜を謳歌しろ屍(ナイトコープス)


 そのブレスを受けた者は、陽の沈んでいる時間帯での行動しかできなくなる。またその後に陽が昇れば、夜と共に去り、陽を浴びながら朽ち果てる。陽がない暗がりの中にいたとしても、その運命からは逃れられない。当たれば、残り半日の命を謳歌することのみで、確定で死が訪れる、陰の竜王の一撃必殺のうちの1つである。

 ブレスが放たれる前に、セツナは距離を取ろうとした。だが。


(えッ――――?)


 先を予測した竜王は、セツナと同じ速度で移動すると、その開かれた口から放とうとするブレスを、彼女が来たタイミングで、真正面から撃ち放った。

 当たれば死は避けられない、セツナは冷静にそう思うと。


(ああ、私、ここで死ぬんだ......)


 この現状、ここからどう切り返せばいいのか思いつかない。力になってくれそうなアバドンもまた、牛王に手を焼いているだろうから、こちらに手を貸してくれても、今これをどうにかしてくれと頼むのは難しいし、そもそも間に合いそうにない。

 そこから先の一連の事象は、走馬灯のようにセツナには見えた。

 

 そしてこれまでのことが思い出された。

 朧げな意識の中で母親と過ごした日々。

 母親の死後、育ての親ドウセツと過ごした日々。

 ドウセツと生き別れた後、ユウトとアスナと過ごした日々。

 2人ともに堕落した神々を倒し、今に至る日々を。


(お父さん、私、頑張ったよね......)


 形見のチドリに語り掛ける。返事の声は聞こえない。

 セツナは、両目を瞑った。

 その瞼裏に、真っ先に映ったのは、2つの光景。

 ドウセツの死を悲しむ自分と、ユウトの死を悲しむアスナの姿。


(私がここで死んだら、お姉ちゃんとお兄ちゃんはきっと......)


 残された者の気持ちは、一番理解している。

 自分は今、2人に対してそれを自ら強いろうとしている。

 それはダメだ、絶対に。

 

 次に開かれた瞳には、もう諦めの気持ちは宿っていなかった。

 セツナは両刀を構えた。時間の流れが元の感覚に戻った。

 生死を別つ判断は、自分の直感と両刀を信じることにした。


 竜王は自覚していないが、自身が放つブレスには、僅かながら、だが無視してもいい程度の魔力のムラがあった。セツナが狙ったのは、そのムラである。

 竜王の口元まで点在するそのムラを、点と点を結ぶ要領で、移動するという傍から見れば狂気の沙汰といえる手段をセツナは取った。

 そのため自らブレスに飛び込んだセツナに、竜王は驚くことしかできない。

 セツナもまた、もう一度それをしろと言われても二度と成功させることはできない。

 その神業は、竜王の顎への渾身の一撃に繋がった。

 

 たった今まで吐き続けられていた魔力の流れが止まった。

 突然行き場を失った途方もない魔力は、その身の内から超爆発を起こす。

 だが流石、八獣の王である。無傷ではないが、外殻に小さなひびが入っているのをいくつか見えるぐらいのダメージしか入っていない。

 対するセツナは、死の危機を脱することができたが、その代償としてライキリを失ってしまった。


(さて、どうしよう......)


 力の均衡は、未だ変わらず、さらに竜王側にあった。それを意味するかのように、竜王は高みからセツナを見下ろしている。しかし戦いはじめと今とでは、竜王のセツナを見る目は変わっていた。

 絶望的な状況でも、闘志を燃やし、八獣の王に届き得る刃を持つ人族。


「......」


 この時になって、竜王はセツナの力を認め、己の敵に相応しいと認知した。

 そのうえで、全身全霊で打ち捨てると。


世界よ嘆け竜星(ドラゴンレイン)


 天を穿つブレスを夜空に放つと、奇妙な波紋が不気味に夜空全体にゆっくりと、だが確実に広がっていく。もうこうなってしまえば、竜王にも止めることはできない。


「あら、まだ戦っているのですか?」


「......(うわ、バッタが喋った!)」


「ほらほら、戦いに集中してください」


 アバドンが促すように、波紋が凪いだ夜空に無数の黒点が現れてくる。その中の最も濃い黒点の1つが、黒雲から顔を覗かせる。

 それはおそらく、竜王を模倣した竜であった。ただその背に生えた翼は意味はなさず、単純に落下するだけだ。ただし、それは無数の竜が、である。

 雷撃で消し飛ばした竜は霧散したが、徐々にその落ちてくる頭数は増えていく。


「......(そっちは終わったの?)」


「それはもちろん。ただあの巨体でしたので、少々手荒な真似をして、やっと帰ってもらいました」


 いつの間にか牛王の足は見えなくなっていた。台詞からして殺してはいない様子であったが、上で何をしたのかはアバドンの知るのみである。


「ところで、それでは切りがありませんよ」


 そう言うわりには、アバドンは何もしていない。さっき、任せろ云々言っていたのに。


「......(なら手伝ってよ!)」


「ええ、手伝いますとも。ただ、竜王を倒さない限り、この雨は止まりません」


 無論、セツナも分かっていた。


「......(けど、私の攻撃は―――!)」


 竜王にダメージを与えることができない。その証拠に、先のダメージは竜王自身の魔力によるものであり、彼女の攻撃が当たった顎は無傷である。

 蝗を通して、これまでの戦いを見ていたアバドンも、そのことを重々承知であった。それを踏まえて、アバドンは言う。


「あなたなら、竜王に勝てるはずです」


「......(私が、あいつに......?)」


「少なくとも、力はほぼ互角でしょう。ですが、あなたは無意識のうちに竜王に屈しています。それでは勝てる戦いにも、勝てるはずがありません。今のあなたに大切なことは、視野を大きく持つこと。この戦いの構図に、疑問を持ってください。はっきり言えば、竜王が嫌うことを見つけてください。私が、あなたにできる忠言はこのぐらいです。任され、引き受けたのですから、しっかり勝って見せなさい」


 蝗の大群が、降り注ぐ竜星を貪り尽くしていく。その勢いは凄まじい。しかし、いつまでのこの均衡を維持できることは不可能に近かった。竜王の方がさらに凄まじいからである。

 そのためにもアバドンの言うように、竜王に勝たなければならないのだ。


(でもどうやって......)


 見上げた先にいる竜王は、悠然と構え、その姿から負ける気配を感じることはできない。いつまでもセツナを、いや世界を見下ろしていた。

 

(戦いの構図、竜王が嫌う......)


 今のこの構図が、竜王にとって最も望ましい構図。終始、構図はこの形を崩していないことを思い出した。

 

(私も、そうだ)


 他の魔獣も、竜王よりも上を行くことはない。それは本能的に、その上にいってはならないと警笛が鳴らしているからだ。

 しかし、竜王の上をいくものが、この世に1つだけある。


「......(......ここ、任せるから)」


「もちろん、勝ってきてください」


 セツナは、今度は、天は天、地は地とした。彼女の様子に、竜王は次に何が起こるのか察した。両翼を大きく――――


「......(駆け上れ稲妻)」


 飛翔するその脇を、雷光が横切るのが見えた。それは、黒雲の中に消えたかと思うと、空を覆っていた黒雲が2つに割れた。

 眩い陽の光が、世界を明るく照らし、竜王の目をさす。

 そして光の中に、竜王は見た。

 その光を背に、天高く振り上げられた刃を。


「......(天上天下唯我独尊テンジョウテンガユイガドクソン)」


 ありえない量の魔力が込められ神々しく光り輝くチドリ。当たればどうなるか想像に難くない。

 形勢が完全に逆転したといえる。竜王もそれを認めた。

 

 では逃げるか? 

 否、力には力をもって打ち砕く!


 降り注いでいた竜の雨が止む。代わりに、その全魔力が竜王の口に集まる。

 かつて好敵手に放って以来、二度として使うことがなかった竜王渾身の一撃である。


世界を憂う滅びの歌(ワールドエンド)


 一直線にこちらに迫るそれを、セツナもまた真っ向から迎え斬った。

 衝突した瞬間、両者ともにどちらが競り勝つ分かった。

 それがために竜王は、己の命を張る、魔力の量を10倍にまで増やして見せた。

 セツナの姿が霞むように見えなくなる。


「......」


 ここに至ってアバドンにも、この戦いの勝者が分かった。にやりと笑い呟く。


「お見事です」


 竜王のブレスが真っ二つに、一気に割れた。


「!!??」


 眼前に迫る刃を、竜王が認識した時、すべてが決した。


「......(いっけえええぇぇぇぇぇえええ!!!)」


 竜王の頭部にチドリが当たった。今の今まで竜王に戦うことを強いてきた調伏の輪は、跡形もなく吹き飛ぶ。その勢いは衰えず、竜王も今度こそ無事であるはずもなく、頭部に大きな裂傷を負った。致命傷とは言えないが、癒えても消えない傷となる。

 体勢を立て直すと竜王は、すぐに次の攻撃に備えた。だが攻撃が来ることはなかった。


「スー、スー(......)」


「お疲れ様です、ゆっくり休んでください」


 魔力を使い果たしたセツナは、アバドンに抱きかかえられ、その腕の中で眠っていた。今まさに命をかけた戦いをした者とは思えない寝顔をしている。

 調伏の輪なしでも戦いを楽しんでいた竜王。それは毒気を抜かれたと言っていい。だが久しぶりに良い戦いができた。


「代わりが務まるか分かりませんが、まだ戦いたいのであれば私がお相手いたしますが、いかがします?」


「......」


 裂かれていた夜空と暗雲の切れ間から光が漏れ始めた。放射状の光の柱が地上を照らす。

 竜王は、翼を大きく広げる。風が2人の髪をなびかせた。


「この人族の名は、タチバナ セツナ。覚えておきなさい」


 最後に、セツナを横目に見た。

 陰の竜王ウロボロス、八獣の中で1位、2位を争う王。

 数え切れない戦いを経験を経験してきたが、勝負が付かなかったのは、これで2度目である。

 人族タチバナ セツナ。

 その名を己の記憶に刻み、竜王は西の空に飛び去る。

 また会いまみえることを願いながら.......。

 

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