思い違い
「ケイリー様、我々とのご同行をお願いする」
「バージル様の命令ですね」
「......」
書類を書いていた手を止めて、必要最低限のものを持ったケイリーは、バージル直属の部下達に従った。逃げるつもりは毛頭ないが、前後左右を取り囲まれる形で連れて行かれた。
(どうしても私を逃がしたくないようだ)
呼ばれた理由はブスケツのことだろうと、あらかじめ理由は察していた。以前にも何回か似たようなことが起こっていたからだ。ただケイリーの裁量力を取っていたバージルは、そのたびに許していた。国政を優先したのだ。
「バージル様、連れてきました」
「前に出てこい、ケイリー」
玉座に座るバージル。言われた通り前に出た。ここまで想定通りだ、だが次が違った。
「貴様は、死刑だ」
この時ケイリーは、顔色を少しも変えなかった。バージルは、やると決めたことは絶対にやるということを知っていた。それに焦ったところで、状況が好転する様子でもなかった。
ケイリーは、バージルに対して1つだけ質問したいことがあった。
「バージル様、1つご質問がございます。よろしいでしょうか」
「......焦らんのは立派だ。良いだろう、言ってみろ」
「今回の処罰は、ブスケツの告げ口ですか?」
「違う」
一瞬顔の筋肉が引きつったのをケイリーは見逃さなかった。この時ほど、ケイリーがバージルに対して、そして自分自身に失望したことはない。
(私は、取り返しのつかない思い違いをしていた)
「執行日は、明日の式当日だ。おい、地下牢に入れておけ」
「はっ!」
(皇帝は、救いようのないほどの子煩悩だった)
「放しなさい!」
「なっ、逆らうつもりか!?」
(そして私は、そうではないと信頼していたとは)
「子供ではありません、自分で行きます......」
(私もまた、救いようがない......)
「ケイリー遅いっすね」
予定であれば、ケイリーが自室を訪れることになっていた。時間通りに動くケイリーが来ないことに、グリシャは妙な胸騒ぎを感じた。
自ら迎えに行こうかとした時、扉がノックされた。
「失礼します、師団長」
「誰かと思ったらなんだ副団長、と......なるほど、行きますよ」
ハンナの後ろにある顔を見て、グリシャは事情を察した。素直にその指示に従い、玉座に座るバージルの前に来た。
「バージル様、連れてきました」
(この香水の匂い......ケイリーと入れ替わりっすか。なんだか嫌な予感が)
「グリシャ、即刻ユーリシア国への戦争の指揮を命じる」
(やっぱりかー、ケイリー負けちゃってるじゃないっすかー)
睨みを利かすバージルに、変な策を仕掛けるのは得策ではないとグリシャは即決した。
「了解っす。それじゃあ自分達はこれで」
「言い忘れていたが」
「?」
「首輪はただの首輪ではないぞ」
特に戦いの場に駆り出されるグリシャやハンナ、その他大勢の者達は、全員が首輪を付けているのだが、これは現皇帝バージルに代わってからのもので、体の著しい損壊、焼死、水死などによる人物特定を可能にするための手法として強制されている。
この時まで、確実にそれは、シリアル番号が彫られたただの首輪であった。
「儂の意に反せば、首が飛ぶ」
「首が飛んでクビって、ご冗談がうまいっすね」
「そうだろう、ではお前達のどちらかで試してみるか......?」
「うーん、やっぱまだ死ぬのが惜しいんでやめときます。副団長、出発の準備をしましょう」
「―――というわけで、戦うことになったんすよ」
グリシャと対面するアレックスの後方には、それぞれの国兵が控えている。両軍ともに戸惑いが見受けられ、この戦争が突如として起こったのだということが分かる。またユーリシア国側には、異世界人のカミタニの姿があった。彼もこの戦いに志願していたのだ。
「事の起こりは分かった。それで、ケイリー殿は生きているのか?」
「生きてます、ただ死刑になるそうで。出発前に小耳にはさんだ話だと、婚約式の式典の一環として刑を執行するとか」
「他国へのパフォーマンスか」
「それと国内への牽制っすね。いやー、君主制の先にあるのはどうやら独裁制らしいっすよ」
「実質的に帝国は元からそうだろう、似たようなものだ」
「言われて見ればたしかに」
あくまでも互いに悲観的な様子を見せないようにしている。避けられない戦いであるならば、そう振舞った方が幾らか気楽であるからだ。
「ではでは、そろそろ始めましょうか。どこから見ているのか分かんないので」
「......この戦い、勝っても負けても、戦い損だな」
「まあそんなもんっすよ、戦争をするっていうことは」
グリシャとアレックスが、それぞれの軍の戦闘に戻った時。
戦争の火蓋が切られる時。
遥か上空に一匹の黒影が現れた。