決意
私、冬島雪は懐かしい夢を見ている。
忘れるはずがない記憶だ。
小学校の頃の私は人見知りで、前髪を伸ばしてなるべく人と関わらないように生きてきた。今更ながら自分でも馬鹿だったと思うことがある。
なぜならそのせいでいじめられていたからだ......つまり自分自身のせい。
当時の私は無知であったのだ、だからなぜ彼らが自分をいじめてくるのか理解できなかった。
彼らにとって、私は格好の遊び相手のように見えたはずだ、その時の私は一言でいうと貞子のようであったから。
だがそれは意図してやったわけじゃなかった、それ以外の解決策を思いつくことができなかった、ただそれだけのこと。
そして更におかしなことに、その時の私はなぜか周囲の人に助けを求めていたのだ、自分でその環境を作ったと知りながら......そうして絶望したのだ......周囲に......そして何より自分に。
そんないつから始まったのかいじめに耐えながら、気が付けば進級して四年生になっていた。
五月のある日、その時も今まで同様私はいじめを受けていた。
でも......もうどうでもよかった......多分、心が死んでいたのだ。
だが、その日だけは違った。
「こらー! いじめはやめないか!」
そう言っていじめっ子達を追い払ってくれた人物が目の前に現れたのだ。
それが初めて彼ーー竜胆悠斗という人を認識した日......。
その後、その場に居合わせた彼の親友である成田正人と三人で友達になることができたのだ。
その日以降の日々は最高だった。
ユウ君が髪を切った方がかわいいと言ってくれたからすぐに美容室にも行ったし、あの夏の思い出の一つである廃墟事件もある意味では楽しかった。
この頃にはすでに、以前の人見知りだった私はここにはいなかったのだ。
だからユウ君のことを好きになっていたんだと思う。
そしてそれが決定的になったのが、いじめっ子達に体育館の裏に連れて行かれたあの日だ。
私は自身の髪が切られそうになってもうだめだって諦めていたのだ......以前の私なら。
しかし、今の私には彼がいる......だから私は願った。
「助けて......悠斗君」
彼は廃墟での約束通り、いじめっ子達から私は救ってくれたのだ。
その時の彼は私にとっての白馬の王子様のように見えた。
それと同時に自覚した、私にとって彼はヒーローであり運命の人だと......。
その後も同じ中学に進学し、彼と同じ高校に行けるように必死に勉強もした。
そのおかげで私達三人は無事同じ高校に進学することに成功したのだ。だからその時の私はかなり浮かれていたのだろう、その勢い余って桜の木の下でユウ君に告白してしまったのだ。
「あの日、私を救ってくれた日からずっと、ユウ君のことが好きでした! 私と付き合ってください!」
ユウ君は一瞬驚きそして嬉しそうしながら、
「俺もあの日からずっと雪のことが好きでした。俺でよければよろしくお願いします」
その日から私とユウ君は付き合い始めた。それを知った正人君が秘密裏パーティーを計画していて更に驚いが、それ以上に驚いたことは彼はまるで自分の子供かのように私達を祝福してくれたのだ。これには私とユウ君も少し引いていたが、彼の心からの気持ちだと分かっていたのでその言葉をありがたく受け取った。
そんなことがあった後の高校生活は最高に楽しかった。
三人で学校生活を送れたこともだが、私にも鳩羽由衣という親友ができたからだ。
多分この時にいや、それよりも前、あの日ユウ君に助けてもらった日から私は運を使い始め、そしてあの日異世界に召喚された時には全部使い果たしたんだと今なら思う。
だから私は、あの日ユウ君を......。
「......」
目を覚ますと天井が見えた、周囲には私以外の姿を見ることはできない。
どうやらあの時気絶してしまったのだろう。
気絶する前、正人君がユウ君のことについて話していた内容を思い出すことにした。
「ダンジョンでの実戦訓練が終わってから二日後、再度俺と団長そして他の王宮騎士団の人達と悠斗がいたところまで行ったんだが......そこには何もなかったんだ」
「......何もって?」
私の質問に、正人君はまるで感情のないロボットのような口調で事実を淡々と述べ始めた。
「地面ごと消失していて大きな穴が開いていたんだ。団長はこの高さからじゃ助からないと言った。それに助かったとしてもダンジョンの深層に続いているんだ。キマイラって奴みたいのより強いのがうようよいるんだ」
「でも、ユウ君ならーー」
私が一縷の望みを口にする前に正人君がそれを遮って、
「冬島......この世界は漫画やラノベの世界じゃない、生きてるんだ! 俺だってそう思いたいが......現実なんだ! たらればなんてないんだ! 時間なんて戻せないんだよ! もう悠斗は......死んだんだ!」
血が出るくらい自分の手を握り締めながらそう叫んだ。私は彼がここまで感情的になることを知らなかった。つまり彼にとってユウ君は私と同様にそれだけの存在であるということだ。でも初めから分かっていたのだ、私達にとってユウ君はそれほどの大事な存在であるということに......しかし、正人君のいきなりの豹変に私はもちろん、由衣も同様に驚いて黙っていることしかできなかった。
すべてを吐き出した正人君は最後に頬に一筋の涙を流すと、
「俺は悠斗の仇をとる......魔族を必ず滅ぼす」
そう静かに決意すると部屋を出て行った。
本来正人君はあんな感情的な人ではない、つまりあんな風に変えてしまったのに、は何かしらの原因がある......その原因は......。
「......私のせいだ......私がもっとしっかり訓練をして、レベルを少しでも上げてたら、そんな魔法に掛からなかった!」
彼を変えてしまったのは私である......そして彼の親友であり、私の恋人であるユウ君を殺したのも私だ。
「ちょっと雪落ち着いて! なにもあなただけのせいじゃないわ!」
由衣が落ち着かせようとするけどそんなこと意味がなかった。言葉上では何でも言えるかもしれない......だが感情が......自分自身がそれを許そうとしない。
「私がしっかりしてなかったからユウ君を裏切ったんだ! 私......彼女なのに!」
脳裏で裏切った時のユウ君の表情を思い出した。
それはまるであの日、誰にも助けてもらえず、絶望していた私と同じ顔だったのだ。
でも、そんな私をユウ君は助けてくれた上に、友達にもなってくれた。
いじめっ子達に連れて行かれて不利な状況にも関わらず来てくれたときも、
『逃げるわけねえだろ。強い人間が弱い人間を守る、そんなの当たり前だろ。それに友達を置いて逃げるなんてクズのすることだ』
そう言って私を助けてくれた。
知っていたんだ......彼は正義感があり、思いやりがあり、そしてなにより......優しい人であるということを......。
知っていたんだ......時々彼が何か過去を思い出そうとする度に、そのせいで苦しんでいることを......。
「お願いだからジッとして雪!」
そんな私を押さえつけようとしているのか、由衣がそう言いながら抱き着いている。
彼女も優しいのだろう......こんな私を慰めようとしているのだから。
だが......ユウ君はもっと優しかった......だから、私を救ってくれたのだ。
なのに私は......そんな彼を......私は!
「ユウ君を裏切った!!」
これは私の思い込みかもしれない......だが彼にはやるべきことがあったのだ......私のような......正人君のような......世界に絶望していた人達を救うというものが......。
だが......そんな、可能性のある未来を......彼の可能性のあった未来を......一緒に歩むことのできた未来を......消したのは......私だ......私なんだ!
「私が......私が! ユウ君を殺したんだ!!」
そして私は気を失ったのだ。
すべて思い出した......。
「そうか......ユウ君......死んじゃったのか......」
ユウ君のいない世界なんてなんの意味もない......何も描かれていないキャンパスと同じ様に、何もない白い世界と同じだ。私にとってこんな世界いてもつまらないなんてことは、当たり前であった。
私は、これからあることをするために部屋にある窓に目を向ける。時間は夕方から夜に移ろうとしているのだろう、空は赤と黒が混在しているように見えた。
それが気になったからなのか、本来しようと思っていたことなど忘れ、窓に近づき開けてその光景を見ようと思ったのだ。
そして開けた先には先ほどと同じ、赤と黒が混在している世界を見ることができる。ただし西の方は、まだ茜色の雲を見ることができるが、それを取り込もうと東から黒い闇が迫ろうとしている。私は何も考えずにその二つの光景だけを眺めることにした。そして時間が経過するごとに黒が空を覆いつくすが、そんな中に一つの光が生まれた。それは名も知らない『一番星』、それに続いて一つまた一つと黒の世界から光が生まれ始める。そのせいか、初めに生まれた『一番星』はすでにその星々の中に埋もれて見えなくなってしまった。だが、それでも必ずどこかに存在するのだろう。
ここから見える星々の多くは幾星霜の時を経て、この世界までその光を運んでくる。だから今見ている星々の多くは過去の光、もしかするとすでに存在していないかもしれない。だがその度に新しい星が生まれ、その消えた星に代わり、新しい光を届けるのだろう。
『万物は流転する』......これは世界は絶えず変化しているという意味だ。そうやって世界は回っている......それは星だけでなく、私達もだ。
当初私は、ここから飛び降りて死ぬつもりだったのだ。こんな誰かを犠牲に、それも一番大事だった彼の命で助かった、こんな命で今後一生生きていくなんて、彼に対して申し訳ないと思うと同時に、私自身がそれを許せなかったからだ。。
だがこの光景を見て思いとどまってしまった......それと同時にあることを私は思い出したからだ。
『強い人間が弱い人間を守る、そんなの当たり前だろ』
ここで死んで何の意味がある? この世界で私達異世界人が強者の部類に属するのは明白だ。
私が死ぬことによってどれだけの人々が魔族に殺されることか。
星々の世代交代があるように、私にもそれがあるのだと思う。だから私は、人族に新しい光をもたらさなければならない。
多分これは、死にたくない自分の言い訳に過ぎない。
それでも私は......。
「ユウ君ごめんね。そっちに行くには時間がかかりそう」
私は決意した。
”これ以上絶望する人を出さない。そのために魔族を倒す”
そしてそれが終わったら......死のう、と。
私は開けた窓から見える夜空をもう一度だけで見て、部屋に備え付けてあるタンスから新しい服を取り出し、着替えを終えると扉に向かって歩き出した。
これが私にできる、彼に対してできる、たった一つ贖罪......そう思いながら......。




