邂逅2
あの日の放課後、私は忘れものを思い出して二人に校門で待っててもらっている内に、教室に取りに行った。
「え~と、あっ、あった。早く行かないと」
二人を待たせては悪いと思い、急いでランドセルに入れていると誰かが教室の中に入って来たが、私は急いでいたのでその人物を誰かを確認しなかったのだ。そして、ランドセルを背負い振り返ると......。
「あっ! やっぱ貞子じゃねえか!」
そんなあの頃のことを思い出させるあだ名を......。
「はぁ~眠い。なんか雪遅いな、なんかあったのか?」
忘れ物を取りに行ったはずの雪が全然帰ってこないので待っている間暇だった俺は、地面にしゃがんである生き物達をみていたのだ。ズンズンと言いながら行進しているアリさんである。俯瞰して見ていると、彼らは黒い髪をした人間のように見えてきた。設定はサラリーマン、場所は大都市、取引先から帰っている真っ最中である。そんな彼らに対して一言......今日のお勤めご苦労様です。俺が心の中で先輩である彼らの感謝の言葉を送っていると、
『どんだけ~! 背負い投げ~! まぼろし~』
正人が最近ガチャガチャで手に入れた、お笑い芸人の一発芸が録音されている少し平たい形をした丸いやつで遊んでいたのだ。ちなみに俺は『にしおか~すみこだよぉ! すみこだよぉ!』若干カンニングザキヤマが混ざっているぞ、これ不良品じゃないのか?
俺が商品を販売元の送り返そうか迷っていると正人は丸いやつをポケットにしまう。そして先ほど俺が言ってたことについて少し考えているようだ。
「......たしかに遅いな、一応見に行ってみるか」
正人の提案に俺は頷くと、先輩方にお先上がりまーすと心の中で告げ、一向に帰ってこない雪を探すために教室に向かうことにした。季節は夏から秋に移ろうとしている時期、そして時間は夕時である。教室までの道すがらまったくと言っていいほど生徒の姿を見受けられない。西の空には建物から太陽が顔を出しているのだが、空はすでに茜色に染まってつつある。それはまるで暗に何かのタイムリミットを示しているように感じることができたのだが、今は教室に行くことが最優先だ。途中職員室の前を通った時、教師の姿を見えたので、何かあったらその時は頼めばいい、そうまとめ終わる頃に俺達は所属している4年3組の教室に来ることができのだが......。
「あれ~おかしいな。どこにも見当たらないぞ。すれ違って先に帰ったのか?」
「いや、冬島の性格を考えるとその線はないな」
たしかに正人の言う通り、雪はかなり真面目で時間にキッチリしているからだ。対して俺は、不真面目で時間にルーズである。これが高校で習う『逆ベクトル』というものなのか、そんなことを考えているとある一つの答えにたどり着いたのだ。
それは正人も同じだったのようで、俺達は同じタイミングで顔を見合わせる。
「「何かに巻き込まれたのかもしれない!」」
俺はパイプ煙草を吸う真似をしながらその場を軽く一周していると、その光景を正人は訝しげに見ているが何も言わなかったが、気しない。
「ん~誘拐事件のにおいがしますね。多分ですが、雪はこの学校のどこかにいるでしょうね」
「なんで分かるんだ?」
俺の刑事設定については何も触れずに訊き返してきたので、俺は勝手に設定した相棒の正人刑事に見えるように頭のてっぺんから生えているアホ毛を指差す。
「俺の妖怪アンテナ(アホ毛)が反応してんだよ」
「そ、そうか。たしかに悠斗の勘は当たるからな」
どうやら正人は納得してくれたようだが、これで納得するということはやはり俺には超能力があるということ、つまりFBIからの勧誘もそろそろかもしれないな。俺が黒スーツに身を包んで事件を解決することを夢見ていると、そんなことを知らない正人刑事は少し顎をさすりながら考え事している。なので俺もそれを倣って考え事をすることにした。
「うーん、問題はどう動くかだが......」
「そうだな。俺よりも悠斗の方が体力もあるし足も速いから冬島探しは任せる。俺は職員室に行って誰か先生を呼んでくることにするよ」
「了解!」
そう言って正人は山に芝刈りにではなく教師を呼びに、俺は川に洗濯にではなく桃探しでもなく雪探しに行くために一斉に走り出す。
「待ってろよ、雪」
彼女には聞こえないと知りつつも、俺はそう呟いたのだ。
「ホントお前ってなんなわけ!?」
......またあの頃と同じだ......本当に変わらないな、私は。
「髪切ってかわいくなったつもりかよ!」
多分......そういう星の元に生まれたのだろう、そう諦めざるを得ない状況だったのだ。
今私はクラスの男子二人組に体育館の裏に連れて来られているのだが、周囲にはというよりも学校全体に人に気配がまったくしないのだ。理由は簡単、空には茜色の雲が広がっている、つまり夕方、生徒は下校しており、ほとんどの教師も自身の仕事が終了すれば自宅に帰る時間帯である。
助けてくる人などこの場所には存在しないそんな状況に陥っているからだ。
「あーマジでうぜぇこいつ!」
そんな風に先ほどから親の仇のよう目をされて怒鳴られている。
だがそんなの私の知ったことではない、以前もこのように意味もなく強く当たられていたのだが、今回はそれ以上のように思える。理由は分からない、そもそもいじめられる理由さえも。何かの記事で書いてあったことだが、いじめっ子のほとんどが『共感性がない』、『自分を正当化しやすい』、『自己防衛意識を強い』の三つが原因であるという。その根源は『家庭環境』や『行為障害』であり、それが『いじめっ子』というものを生んでいるのだ。
だがそんな私には関係ない、それは当人の問題であり、それが自分自身で解決するほか方法がないからだ。それを周りにまき散らすのはお門違いであり、何の解決にもならない。
すると何か考え事をしていたのか、初めの方しか怒鳴らなかった片方の男子生徒がニヤリとした。悠斗君も時々そんな感じの表情をするが、それは善意のある思いつきをした時だけだ、まあごく稀に変なことを思いついた時にもするのだが......。とにかくこの生徒は、善意ではなくそれとは逆の悪意を含んだそれだった、だがら、
「あっ! 良い事思いついたんだけど」
「ん? なんだ良い事って?」
なんとなくだが嫌な予感がする。なぜなら彼らの思いつきは、大抵の場合というよりもほとんどが嫌なことばかりだからだ。案の定その生徒は、指でその『良い事』を表現する。
「こいつの髪の毛切ってもっとかわいくしてやろうぜ!」
「おー! 名案だなあ~ちょっと待て、今ハサミ出すから」
そう言われた男子生徒はランドセルからハサミを取り出した。これには流石に驚いてしまう。以前もそれなりに嫌なことはされてきたのだが、それでもほとんどが嫌な言葉を吐かれることばかりだったからだ。だが今回は間接的ではなく直接的にしようとしてくる、それを悟った私はそれから逃げようとしたのだが、
「いやっ、やめて!」
私は女子、あちらは男子、加えて二人もだ。力の差は明白である、そのせいで私の最後の抵抗はいとも簡単に空しく抑えられてしまった。
「まったく、手間をかけさせる奴だ」
そう言って私の髪の毛を強く握って髪を切ろうとした。
私はもうだめだと思ったが、突然あの廃墟に行った時のことを思い出す。あの時彼は、こう言っていたのだ。
『それにもし何かあったら、『助けて悠斗くーん』って言えば助けるから安心しろ』
私は涙を流しながら、小さく彼の名を、だが何故か確信しながらこう呟いた。
「助けて......悠斗君」
そのときだ。
「おい!」
「あ? なんだ?」
私の髪の毛を握っていた男子生徒がその声の主の方を見ようとして、髪の毛から手を離した瞬間誰かがその生徒に飛び掛かる光景が見えた。
「おら!」
「グウェ!」
それが原因なのか男子生徒が変な声を出して勢いよく吹っ飛んだのだ。それを見ていたもう一人の私を抑えていた男子生徒は、その吹き飛んだ生徒に駆け寄っていた。
「おい! 渡辺! 大丈夫か!?」
「目が......回って、しもうた」
「おい! 渡辺! しっかりしろ! 大丈夫か!?」
「目が......あぁ思い出した! それと大丈夫だ! てかなにすんだよてめえ!」
彼らは二人で何かコントのようなものをやっていたが、その吹き飛んだ生徒はすぐに思い出したかのように起き上がると、自身を吹き飛ばした原因である彼に憎たらしそうな目を向ける。
「あ? 何ってお前、特技のドロップキックを食らわしてあげたんじゃないか。優しいだろ?」
そんな言葉どこ吹く風といった感じでそう返したのは、たった今その名を呼んで私を救ってくれた悠斗君であった。私は確信しながらも、少し不安だったのだ......あの時みたいに誰も助けてくれないのではないか、私には味方などいないのではないかと。悠斗君達も私のことなど置いて先に帰ってしまっていたのではないか、そう思っていたのだ。それでも私は彼に助けを求め、彼は宣言した通り私を救ってくれたのだ。
私は涙や鼻水が出ていることなど気にしないで彼に抱き着いた
「悠斗ぐん! ごわがっだよ!」
「遅くなって、ごめんな」
彼は沈痛そうにしながらも、少し安心したかのような声で抱き着いている私の頭を撫でてくれたが、
「さぁ、とにかく今のうちに」
そう言うと私を自分の背中の後ろに隠そうとしたので、不思議に思いながらそれに従うことにしたのだ。
「痛ってぇなあ! くそが!」
すると吹き飛んだ男子生徒が立ち上がるとこちらを睨んできた。だから悠斗君は私をその大きな背中に隠してくれたのか、一人納得すると同時に幸せな気持ちになっていると、
「竜胆てめえタダで帰れると思うなよ。こっちは二人、お前は一人で加えて介護持ち。そいつだけ置いて逃げればお前は助かるぜ。どうせそいつ弱いんだからよ」
笑いながらその男子生徒が悠斗君の後ろに隠れている私を指差してそう言っている。それを聞いた彼は不愉快そうに眉を顰めて、私が今後の人生の中で絶対に忘れることのできないあるセリフを口にするのだ。
「逃げるわけねえだろ。強い人間が弱い人間を守る、そんなの当たり前だろ。それに友達を置いて逃げるなんてクズのすることだ」
「はっ、どうせビビってんだろ。二対一で勝てるわけないだろ」
だがその生徒は彼の言葉を馬鹿にするかのようにして自分の隣に立っているもう一人の仲間を指差しながらそう言っている。それを見て悠斗君はその男子生徒を馬鹿にするような目をする。
「お前はば・か・か? 誰が好き好んでそんな不利な状況で戦うと言うんだ」
「何だと?」
いきなりそんなことを言われたからなのか、威勢のいい生徒は悠斗君を訝しげに見ていたが、それに気が付いていない悠斗君は
「......そろそろか」
私に聞こえるくらいの声量でそう呟くと、遠くの方から次第に誰かの話し声と走る音が近づいて来るのに気が付いた。
「先生! 多分こっちです!」
「ちょっと待ってくれ、年寄りを走らせるのは」
その声の正体は正人君と海老沢先生であったのだ。悠斗君が助けに来てくれたので、正人君もいるだろうと思っていたのだが、まさか海老沢先生までいるとは思わなかった。
「正人君と海老沢先生......どうしてこんなところに?」
「えっとね、簡単に言うと冬島が帰ってくるのが遅いから教室に行ったけどいなくて、悠斗が事件のにおいがするって言って、悠斗が走りで探して、俺が先生を呼びに行って最後にここを見に来たら今に至るってことかな」
私のそんな疑問に正人君は一から順に答えてくれた。つまり全部悠斗君のおかげということでいいのだろう、だがまず二人に言わなければならないことがある。
「二人とも迷惑かけてごめんなさい」
その話を聞いて私は二人に対して申し訳なく感じて謝る。今回の件は二人にはまったく関係のないことだ、それにも関わらず二人は私を助けようとして奔走してくれ、実際に救ってくれたのだ......それと海老沢先生も。
「気にすんな、俺達友達だろ。それに......」
一度溜めを作ってあの時のように、
「若い者が気にするんじゃない。気にするのは年長者の役目だ」
するとその言葉に一瞬海老沢先生の体が反応したと思ったのも束の間、
「き、君じゃったのか! 儂のモノマネをしていたのはあの後大変じゃったんだからな!」
どうやらあの話は本当だったようだ......。
「まっ先生、悠斗のおかげで冬島を助けることが出来たんだし許してあげましょうよ」
そんな彼を見かねた親友の正人君が助け船を出してあげたようだ。
「たしかに竜胆君のおかげで未然に防ぐことができた」
それと聞いて安堵するかのように胸を撫でおろす悠斗君。
「ただし!」
ただならぬ雰囲気に気が付いて顔を上げる悠斗君。
「そこにいる二人と一緒に事情聴取じゃ。異論反論は認めない」
それを聞いていじめっ子達同様に顔が青くなる悠斗君。
「オワター」
そう言うと二人の男子生徒と仲良く一緒に夕焼け空の下、悠斗君は連行されてしまった
その場に残った私と正人君、私は何となく今一番言いたいことを口にする。
「悠斗君って、なんかすごいよね」
「まあ、俺も助けられた奴の一人だからな」
「えっ? 正人君も?」
私は驚く声と同時に彼の方を見た。
「あぁ。三年の頃クラスの奴にいじめられてて、その時、横浜の方から悠斗が転校してきたんだ。それで俺がいじめられているのを見て、いじめている奴にドロップキックして何て言ったと思う?」
私はなんとなく思いついたが、黙っていることにした。すると正人君は、その時のことを思い出すかのようにしながらその続きを語り始める。
「『強い人間が弱い人間を守る、そんなの当たり前だろ』って言ってさ、その後いじめてた奴と殴り合って先生に止められて、次の日からいじめられなくなったんだけど、悠斗もハブられて、そんで同じ仲間同士つるんで今に至るってわけだ」
私は初めて悠斗君と正人君の成り初めを聞いた。まさか二人にそんな過去があったなんて、そう思っていがそれに気が付いていない正人君は、最後に彼は笑いながらこう言って締めくくったのだ。
「その時から俺にとって、あいつはヒーローなんだ」
きっと私はその日のことを忘れないだろう。
彼が私のヒーローであり、初恋の人になった日のことを......。