亡者の行進④
もともと下級神程度の脅威であったツチグモは、神化によってそれよりも上位の存在、仮想上級神へと昇華した。
神化によって得られた力は絶大で今のツチグモの攻撃は、まるで竜巻そのものだ。たとえ木の後ろに隠れたとしても、ただ草の根を引き抜く要領で木は根元から次々と勢いよく斬り倒されていく。そのため隠れるという行為には時間制限がある。
今はまだ隠れる木があるだけマシだが、このままいけばこの辺り一帯の木々が無くなってしまう。そうなってしまえば、いざ戦う時になったとしても戦術的活用ができなくなり、それこそ運の尽きだ。そうそうにどうにかしなければ。
自分達の生死問わず探し続けるツチグモを見ながらそう考えるリュウ。
「リュウ。あれ、どうするつもりだ?」
ハンゾウやジュウベエは近くにはいないが、比較的近い位置にいたジロチョウは物音を出さないように気を付けながらリュウのいる場所まで来た。
「ジロ、ハンゾウとジュウベエがいる位置は分かるか?」
「多分あの辺だ。あいつらは俺達がいる場所は分かっているだろうから、今頃向かっていると思う」
ジロチョウの言う通り、二人はツチグモの動向に注視しながらリュウのいる場所に向かっていた。
「最悪死ぬ覚悟で挑まなければ、私達はあれには勝てない」
「リュウ......お前、それ本気か?」
「まさか。私だって可能であれば死ぬことなど視野にいれたくなどない。やっとの思いで国を立ち上げたのだから。だからこそこれは、最悪の場合だ」
だが戦火の中にその身を置いているからこそジロチョウには、リュウが今考えていることを察していた。
「その最悪以外、思いつく策がない......だろ?」
「......不甲斐ないが、その通りだ」
そもそもの話。彼らが臨んだ戦いの多くは、対国戦の構図がほとんどであり、対個人戦は数えるほどしかない。だが対個人戦が少ないからといってそれが不得意なのかと言われればそういうわけではない。リュウやジロチョウ、ハンゾウにジュウベエといった面々は、それぞれ一騎当千の力を持っているため逆に対個人戦の方が得意なのである。
だからといって対国戦が不得意というわけでもなく、実際にこれまで何度も他国から攻められたことがあるが、そのすべてに勝利をし続けてきたという戦績を持つ。
しかし今回に限っては、これまでの戦いとは大きな違いが一つある。相手が人ではなく鬼だという違いだ。先の神化する前のツチグモであれば、勝つ可能性もあった。だが上級神並みの力を手に入れた今のツチグモを彼らが相手にすることができるかと問われれば、可能性は限りなく低くなる。
その身をもって経験したことがあるからこそそれに対する策を立てられる。言い換えれば経験したことのない戦いから、策など立てれるはずなどないのだ。
すなわち四人は今、断崖絶壁に立たされているのと同じ状況にあったのだ。
「リュウ様、ご無事ですか?」
「ジュウベエか。私とジロ、どちらも無事だ。お前達の方はどうだ?」
「私は大丈夫なのですが、ハンゾウの方がどうも攻撃を受けたようで......」
「これはダメなやつ。死んじゃうやつ。誰でもいいから遺言を、自分の許嫁に――――」
「見せてみろ......かすり傷だ。放って置け」
目を瞑り独り言のように、それでいて誰かに言っているハンゾウを一蹴するジロチョウにリュウとジュウベエは苦笑いをした。
しかし四人に和んでいる暇などない。ツチグモを猛威は収まることを知らず、すでに四方にして50平方メートルもの木々を斬り倒していた。
「このままだと本当にマズイな」
「私かハンゾウの名刀が使えればもしかすると、なのですが......」
「自分の名刀は、光源がないと役に立たないからね。これだけの影しかないなら、あれを倒すのは無理っぽいかな」
「お前やっぱ元気じゃねえか」
その時、四人は後方の茂みから何者かの気配を感じ、一斉に見た。別の鬼かと思ったが、すぐにその可能性は霧散した。茂みから出てきたのは、オニボウズ セイキチ。リュウの正式な家臣ではないが、彼自身はそれだと思っている。
四人を見つけたセイキチの顔は、パッと明るくなった。
「やっと見つけましたよ、皆さん!」
「どこかで見たことがあるような気がする......」
「へー自分は知らないかな」
ジュウベエとハンゾウの心からの言葉にセイキチは心を抉られかけたが、即座にジロチョウが二人に対し馬鹿野郎と言い、セイキチの援護に回ったかのように見えた。
「馬鹿野郎。こいつはイシカワ ゴエモンだって以前聞いただろ」
「いや全然違いますその人物凄く伝説的な人ですから。自分の名前はオニボウズ セイキチです」
「じゃあ知らねえな」
「えぇぇ......」
「この前牢屋で見たことがあるような気がする......」
「多分それ自分じゃない......」
「うーん、やっぱり知らないかな」
「......」
完全に心を抉り出されたセイキチを、リュウは気遣おうと思うも今はそれどころではないことを再認識し、改めてセイキチはこの場所に来た理由を訊くことにした。
「それでセイキチは、なぜここに来たんだ? 何か用がないとわざわざこんな場所には来ないと思うが」
「あっ、そうでした! 実は、これをリュウ様に渡すように頼まれたんです」
懐から折った紙を取り出すと、涙目のセイキチはそれをリュウに渡した。開いてみてみるとそこには、簡潔にやるべきことが箇条書きで書いてあった。リュウにとってその文字は、見知った文字だ。
あいつ、来ていたのか......それに目を通したリュウはそう思った。
「イシマツ達も来ています。やるならいつでも」
リュウがそれを決断するまで、少しの時間も要さなかった。
「でてこおいいいにんげえええええん!!」
更に速度が上がるツチグモにより、一層木々は薙ぎ倒されていく。このままリュウ達を探し当てることができなかった時、ツチグモの攻撃対象は四人から『キトウ』へと移り変わるだろう。
そんな中、木々の隙間らから一本の矢が放たれた。それは、ツチグモがいる場所から少し離れた地面に突き刺さった。
「なんだ......あで」
暗闇の中でもツチグモがそれに気づくことができたそのわけは、それがただの矢などではなく火のついた矢であったからだ。そしてその火矢は、ツチグモを取り囲むようにいくつもの放たれた。
自分に攻撃するわけもなくただ放たれ続ける矢に、ツチグモは不信感抱きかけた。だがそれが固まるよりも先に、ツチグモの前にリュウとジロチョウ、二人が姿を現した。
「さあて、鬼退治といこうじゃねえか、リュウ」
「死ぬんじゃないぞ、ジロ」
「じねええええええ!!」
決死の覚悟で戦う二人を、離れた場所から見守るハンゾウとジュウベエ。火矢を打ち尽くしたイシマツ達が、二人に合図を送る。それを確認して、二人はそれぞれの名刀を鞘から抜いた。するとハンゾウの周りに、火矢によって生まれた影が次第に集まり始めた。そんなハンゾウの肩に、ジュウベエは優しく手を置き言った。
「ハンゾウ。この戦いの命運は、お前が握っている。本当に頼んだぞ」
「ジュウちゃん。あんまりプレッシャーかけんといて.....」
リュウ達は、ツチグモの攻撃を躱しつつ隙を見ては攻撃をして、決してツチグモがその異変を悟らないよう注意を引きつつ、それでいて時間稼ぎもしていた。
火矢によって影が生まれ、その影をハンゾウの名刀の力で集める。その間にかかる時間を稼ぐのが、リュウとジロチョウの仕事であった。
悟られないようリュウは地面に目を遣った。そして倒された木々の影がないことに気付いたのと、ツチグモが攻撃対象を二人から変わったのはまったく同じタイミングだ。
ツチグモが見つめる視線の先にいたのは、右手に名刀を握るジュウベエ。
根拠などない、ゆえにこれは本能に近い。この二人よりも最優先に倒すべきは、あの人間......! 一度刀を握り締め行動に移す。
対するジュウベエは、名刀を片手から両手に握りなおすと、澱みのない動きで頭上高くまで振り上げる。
その狭間で、ツチグモは見た。ジュウベエの名刀を纏う黒い何かが。そのおかげでツチグモは冷静さを取り戻すことができた。
攻撃はダメだ! 攻撃から一転、盾を構えると、己のすべてをその盾に注ぎ込み、ジュウベエの一撃に備えた。
この時のツチグモの盾は、お世辞抜きでこの世界にある物質より硬度で、たとえ戦神リーバイであったとしても、一撃では壊せないほどまでに成っていた。つまるところこの盾は、最強に近い盾といっても過言ではないのだ。
これを聞き、なぜ最強ではなく最強に近いと評したのかと疑問を持つかもしれない。戦闘に特化したリーバイの一撃をも防げるのであれば、最強だと言ってもいいのではないかと。
たしかにツチグモの盾は最高なほどまでに完成した一品であった。しかし、この盾には一つ弱点のようなものがあったのだ。それは、一般的な盾という領域から抜け出せていないという点。
影。それは物質的なものでない。そのためそこには、質量というものは存在しない。
ツチグモの盾が持つすべての盾に共通する常識的な弱点、それは物理攻撃しか防げないという点であった。前提として、攻撃手段は大きく分けて二つある。精神に作用する攻撃か、質量のある物質から構成された攻撃か、この二つだ。影による攻撃は、この二つどちらにも属さない特殊な攻撃であるため、それを防ごうとなると物質的ではなく概念的な盾でなければならない。
ツチグモの盾が、最強に成り得ない理由はそれであったのだ。
「新影流 影月」
威力はすべて、その直線状にある敵にだけ集約された、ジュウベエとハンゾウによって編み出された大技。絶対に防げると思っていたからこそ振り下ろされた直線状にいたツチグモは、信じられないと言わんばかりに現実を否定していた。
「う、ぞ.....だ」
なぜなら今の一撃によりツチグモは体は、盾と共に真っ二つになっていたからだ。
「おで、が、まげる、なんて......」
猪突猛進な自身の性格が、ツチグモを死に追いやった。あの場面で回避していればツチグモは死なずに済んだだろう。強力であるからこそ、影による攻撃は一度きりのものだったからだ。
徐々にツチグモの体は溶けるようにして消えていく。最後の最後まで自身の負けを認めることができずにツチグモの姿をとうとう跡形もなく消え去った。それを確認したところで、その場に居合わせた者全員に向けてリュウは言った。
「気は抜くな、戦いはまだ終わってなどいない」
「リュウの言う通りだ。敵の親玉が倒されない以上、さっきみたいな奴がうようよ湧き出てくる」
未だ湧き続ける黄泉戦の殲滅のために、彼らは再度戦火の中へと足を踏み入れていったのだった。