召喚の理由
「ようこそお越しくださいました。リンドウ様、サカイ様」
道中知らず知らずのうちに寝てしまっていたのか、その声に俺達は呼び起こされた。奇妙な面を付けたおそらく女性だと思われる人がこちらを見上げていた。キリンはゆっくりと腹を地面につける。辺りを見回しながら俺は恐る恐るその人に尋ねた。
「ここは......?」
「ここは高天原です」
日本神話において、八百万神が住む場所がそこだというのは有名な話だ。全体的に黄色がかった雲に覆われているというのが、俺が高天原に来た時に抱いた第一印象だった。
「キリンに代わってここからは、私ハクジャがご案内いたします。どうぞ付いてきてください」
ここまで運んでくれたキリンに一言礼を言い、俺達は案内人ハクジャさんの付いていくことにした。
道すがら俺は彼女に対し、疑問に思っているいくつかのことについて訊いた。
俺達はここに呼んだのは誰なのか?
ここ高天原の主宰神である、ツクヨミ様とアマテラスオオミカミ様が呼んだのだ。
なぜ俺達は呼ばれたのか?
自分も詳しく聞いてはいないが、来るべき戦いに向けてだろう。
先の戦いで戦った仮想神と呼ばれていた鬼神とは一体何者なのか?
それに至る過程はさまざまで、一概にこれだという定義はない。仮に一言で言いあわらすのであれば、後天的に神となった存在を仮想神と呼び、祟り神や式神もそれに分類される。
そんな話をしているうちに、進行方向に現実世界では考えられないくらい巨大な建物が見えてきた。ハクジャが案内しているのはあの場所なのだろう。距離からして質問できるのはあと一個ぐらいか。
「ハクジャさんは......俺達は召喚された理由を知っていますか?」
訊いて少し後悔した。普通に考えてそんなことを彼女が知るはずがない。遠く離れた場所での話など、知っているはずがないのは誰が見ても明らかだ。
そう考え俺は軽い謝罪をしようとしたが、それより先にハクジャさんが口を開いた。
「お二人は、神という存在を信じていますか?」
「神というと、ツクヨミみたいな存在のことですかね? もしそうであれば、信じているという言葉が妥当だと思いますけど」
「すみません、私の訊き方が悪かったようです......」
俺の答えを聞いたハクジャさんは困ったようにこう言い直した。
「『今』ではなく『かつて』、お二人は神という存在を信じていましたか?」
「それは召喚される前という認識で合っていますか?」
アスナの確認にハクジャさんは頷く。そのことと俺達が召喚された理由との間に、どういった関係が成り立っているのかは現段階では不明であるが、それだけははっきり言うことができた。
「俺は信じていませんでしたね。困った時の神頼みっていう程度ぐらいにしか」
結局のところ、都合のいい時にだけ助けを求める。それが俺の抱く『神』への率直な考えだ。むしろ俺的には、異世界があることの方が信じ切れていないまである。
「私も似たような感じです。神社などにも、特別なことない限り赴いたりしませんでした」
俺達の大差のない答えを聞き、そうですか......と消え入りそうに呟くハクジャさん。その時には例の建物が目前に迫っていた。
「私から言えることは、そのことがお二人が召喚された理由だと思います。これ以上のことについては、私の口からではなく主祭神様達の口から聞くべきかと。さあ、どうぞお入りください」
彼女に促され、俺達はその建物に足を踏み入れた。案内はここまでのようで、こちらに一礼をするとハクジャさんは元来た道を戻っていた。
「とにかく行くか......」
「はい......」
建物内部はほとんど光のない暗闇で、自分がどこを歩いているのかさえ把握できない。けれど遠くの方に小さな光だけは見えていた。何かに導かれるかのようにして、俺達はそこだけを目指し進み続けた。
どのくらい歩いただろう、小さかった光もすでに自分達の姿を認識できるまでになっていた。
そして、その光源と思われるところに来た瞬間、突如として眩い光が襲った。思わず目を閉じ次に開いた時そこは、畳みが敷き詰められたどこまでも続く場所へ変わっていた。
「来たようじゃな」
その声にひかれ見ると、ツクヨミとハクジャさんが言っていたアマテラスオオミカミなる女性が立っていた。ツクヨミとは対照的に、白を基調とした服装であった。二人を代表してツクヨミが言う。
「立ち話もなんじゃ、座って話した方が会話も弾むじゃろう」
「それもそうだ」
ツクヨミの提案にアマテラスも同意した。特に言うこともないので俺達もそれに従い、近からずも遠からずの距離に座ることにした。
座ったところでツクヨミが大きく伸びをした。
「さあてと、何から話そうかのお。姉上は何から話せばいいと思う?」
「私達からの頼みは最後でいいだろう。その前に、彼が抱く疑問に答えるのが先決だ」
「じゃな。では、リンドウにアスナよ。お主達がつい先ほどハクジャと話していたことについて答えよう」
次に続く言葉に俺達は自然と身構えた。オーブリー達の口から聞くことができなかったその理由を、今日知ることができるのだ。
「お主達が召喚された、その理由と言うのは......」
たっぷりの間を置いてツクヨミはこう言った。
「一連の出来事、すべてお主達のせいだからじゃ」
「「......は?」」
思考がフリーズしかけた。それでもどうにか持ち直すことができた俺はその言葉の意味を考えた。ツクヨミのいう一連の出来事と言うのは、主語はないがまず間違いなく堕ちた神に関することだ。そしてツクヨミから言わせれば、それに関するすべてのことが俺達のせいで起こったということ。
まったくもって意味が分からない。アスナも同じように考え込んでいた。そんな俺達の様子を見て、アマテラスが肘でツクヨミの脇を突いた。
「ツクヨミ。それでは言葉足らずだ。私が彼らの立場であったとしたら、同じ反応をする」
「そうじゃった。二人ともすまんすまん、妾の言い方が悪かった。もっとわかりやすく言うと、お主達現代人の考え方が悪いせいじゃ」
おい、余計に分からなくなったような気がするぞ。アマテラスも同じなのか大きくため息をついた。
「もういい、ツクヨミ。あとは私が代わって言う」
なぜじゃと文句ありげに言いながらも、ツクヨミはその言葉に従った。
「まず第一に、堕落した神々が生まれたことと君達異世界人との間には、一切の因果関係は存在しない。それは君達がこの世界の住民ではなく、異世界人だからだ。なぜなら君達の住む地球がある世界には、もうすでに私たちのような神が存在していないからでもある」
今の言い分が正しければツクヨミの言葉に矛盾が生じる。アマテラスもそれを知った上で続けた。
「前提として覚えていてほしいのが、堕落した神々は力を持たないということだ。それもそのはず本来なら彼らは、力を失った上で下界に堕とされるというのがここでの決まりになっているからだ。そうなってしまえば、それらはほとんどただの人と遜色ないだろう。しかし、現状そうはなっていない。ツクヨミの言葉は正確に言えば正しい。堕落した神々が力を持った理由は、君達異世界人と大きく関わりあっているからだ」
そういうと、俺達から向かって右に空中に浮かぶ透明な液晶画面が現れた。そしてそこには農作業をしている風景が映し出されている。服装からしてこの大陸の人だとも取れるし、地球で言えば昭和以前とも取れることができる。
「これは君達が住む、そして私達がかつて住んでいた数百年前の日本だ。当時の人々は、自分達の生活とそれと密接する自然現象を神として崇拝してきた。君達が分かる範囲で言うなら、庶民信仰のそれに近い」
映像が切り替わり、食べ物を供えたその周りを人々が取り囲み、神主の姿をした人物が何やら大麻のようなものを使って何かを崇めている映像が映し出された。
「生ある者はすべて関わりあい生きていた。勘違いしてほしくないが依存しあっていたのではなく、本来あるべき姿がこれであったということ。もし仮に当時の考えのままに、時代が流れて行けばよかったのかもしれない。そうすれば、ああはならなかったはずだ。しかし、現実はそうはならなかった」
次に出された映像は、急に時代が進んだ。見た感じだと多分第一次か第二次世界大戦のものだ。爆弾を大量に積んだ飛行機が次々と飛び去って行く。また塹壕から銃で敵を撃っていたり、たくさんの戦車や装甲車などといった乗り物類が戦場を蹂躙している映像が流れた。
「すべての始まりは、産業革命だろう。私の知る世界の筋書では、あれが絶対に起こりえない出来事だった。だがどれだけ願っても、現実は今だ。過去の改変は誰にもできない。あれが起こらなければと思いたいのはやまやまだが、すべてはもう手遅れで、現に君達がこの世界に召喚されてしまっている。それが起きなかったら、この世界は安定した世界のままだったはずだろう」
最後の映し出されたのは、現代の各国の都市を上空から映し出したものだった。産業革命から始まった技術革新は、元からあった思想や文化などをその根底から覆す力があったと耳にしたことがある。そういったものが根幹を支えているおかげで、今の生活があるのだ。今の現代人でそのことを理解している人はどれだけいるだろうか。
「君は、『神は死んだ』という言葉を知っているか? それが世に広まったその日より前からすでに君達の世界には、一人として神と呼べる存在はいなくなっていたのだよ」
映像が終わると共にそれを映していた液晶画面も消えた。
以前おやっさんが言っていた言葉を思い出した。祭りなどを行う理由は、そういった存在を忘れないためなのだと。今の現代人にそのような考えの下で、祭りに参加している人がいるとは到底思えない。
「あんた達の存在意義は誰かに必要とされること」
「そうだ。それがなければ私達は消えてしまうだろう。要は神などという古典的なものを、今の現代において必要とされていない。それが現実だ。だから私達は、この世界に来ることになった」
「そんなことできるのか?」
「意外かね? 一応君達が私達をどういった存在として認識しているのは概ね理解しているつもりだ。その上ではっきり言おう、それは誤りだ。君達と私達の間には、ただ属する集団が違うだけで、そこには上下関係などという優劣は一切存在しない。だから君達が召喚されたように私達もそれに近いことをしただけだよ。幸いなことに、すべての始まりであるこの次元の世界と、君達の住む次元の世界は最も近く位置している。次元というのを分かりやすくいうなら、その世界を占めている要素だと思ってもらえば差支えない。すべての世界で共通なのは時間であり、地球固有なら物理法則。この世界固有なら魔力がそれに当てはまる。他にも数多くの次元を持つ世界が存在するが、この場では関係ない話か」
今の話を聞いて俺の中でどうでもいい内容だが新たな疑問が浮かび上がった。
「どうして俺達の世界に、魔力っていう言葉があるんだ? よく小説やゲームとかで取り扱われたりしているけど」
大抵というかほぼすべての人がその言葉に疑問を持たず受け入れている。それによくネット上でステータスがどうのこうのとか、ゲーム脳だとか馬鹿の一つ覚えみたく叫んでいる人間を以前俺は目にしたことがある。あたかもそれが自分達から始まったと言わんばかりに。
俺の疑問に、アマテラスは少しの考える素振りさえ見せなかった。
「この世界からでも地球の様子を見ることができるが、十中八九それは、世界を超えての情報のやり取りがあるからだろう。現にそれは公の場所で知られている。時代背景と不一致すぎるものとして」
分かるだろ? とアマテラスの顔には書いていた。彼女の言う、『時代背景と不一致すぎるもの』というもの。ある程度知識のある人は、この言葉は知っているだろう。
「『場違いな工芸品』 オーパーツ」
「その通り。大半は偽物だが、中にはこの世界や別次元の世界から流れ込んだものある。どれがとまでは言及しないが。ほかにも世界各地にある書物から、それが真実だと言えることができる。『北欧神話』からは世界樹ユグドラシル、『旧約聖書』からは悪魔や天使。挙げだしていけば枚挙にいとまがないほど、君達の世界はこの世界の影響を受けている。これらを書いた者達は、間違いなく異世界があると知っていた、または実際に自分でもそこに赴いたことがあるのどちらかだろう。そうでなかったら、あんなもの書けるはずがない」
つまり異世界を取り扱うものは、一括りにこの世界を無意識のうちに模倣しているに過ぎないってことか。というよりも、すべて始まりがこの次元の世界というのであれば、枝木のように広がっている俺達の住む世界を含むすべての世界がその影響を受けないとは言い切れるはずがないか。
アマテラスの話を聞き終えた俺だったが、それでも核心となるところだけは分からずにいた。
「結局のところ、俺達がこの世界に召喚された理由は何なんだ?」
「はっきり言うと、地球出身の私達がこの世界にくることになった原因を作ったから。それが理由だ」
「?」
どういうことだ。俺とアマテラスとの間で、話が噛み合っていないような気がする。
「それのどこが悪いんだ?」
「それが堕落した神々が力を持つきっかけになったからだ」
どうして、と言う前に俺とアマテラスとの間にツクヨミが入った。
「姉上よ、それ以上はまずいと妾は思うぞ」
「お前も同意したはずだが」
「たしかに妾も初めはそう思っていたが、この様子だと大陸の方が神からあまり事情を聞いていないようじゃ。ユウト、お主達は堕落した神々について何と言われた?」
急に話を振られたので少し詰まってしまったが、記憶の欠片を集める要領で俺はそれについて言う。
「堕ちた神のボスが凶神っていうやつで、そいつを倒しても残りの奴らは力を持ったままだから、全部を倒さないと意味がないとかそんな感じのことなら」
「他には?」
「他にはって......」
それについてオーブリー達は何か言っていた覚えがあるが、あいにくだいぶ前の話なのでこれ以上俺は覚えていない。しかしアスナはそれとは別のことを覚えていたようだ。
「アスナはどうじゃ?」
「私の覚えている限りだと、堕ちた神にも何かしらの理由があって堕ちているから、あまり詮索はするなとは聞きました」
「なるほどのお......。大陸の神はそう決めたか」
一人納得するツクヨミは、難しい顔をしている。そんな彼女を他所に、アマテラスは確認するかのように訊く。
「で、真実を話すのか?」
「......話すには話すが、概要だけじゃ。詳細は省いた方がいいと妾は思う」
そういうとツクヨミは椅子舞いを正した。
「リンドウ、アスナ。今お主達は、妖刀を集めているであろう?」
「そうするように言われているからな。その理由までは知らないけど」
「そうか......まあそれでもよいか。それでじゃが、その妖刀というのはある神の遺品なんじゃよ。神名は妖刀神といい、その名の通り妖刀を創ることを専門とした神じゃった。妾も数回しか会ったことないが、素直で良い神じゃったことだけは今でもよく覚えておる。ここでお主達に覚えていてほしいのが、妖刀神という神名はこれまでなかったということ。そう、妾達が来る前までは。だからこそ、あの一件は本来なら起こるはずのない悲劇だったのじゃ」
「「......」」
「お主達は知らないかもしれぬが、今とは違い昔妖刀は人々から必要とされることがほぼなかった。理由は妖刀が纏うものが、その当時の人の肌に合わなかったからなのか、ただ単純に好まれなかったからなのか。今となっては分からぬが、一つだけはっきりしていることがある。それは、妖刀神の迎える運命が確定したことじゃ」
風の大精霊シルフも似たような話をしていた覚えがあるが、今は黙っておくべきか。
「それで、その妖刀神は......どうなったんだ?」
「人々の信仰があってこそ、妾達神はその身を存在させることができる。じゃが妖刀神は......それができなかった。いや、正確に言うのであれば人々のせいで、その存在を否定されたといっても過言ではない。妖刀神......彼女は消えたのじゃ」
「消えた? 死んだんじゃなくて」
「そのような前例が一つとしてなかった。だから彼女が死んだのか、はたまた死とは別のどこかへ向かったのか、それを知っている者は妾を含めて誰一人と知らない」
不意にツクヨミは指先で目元を拭った。
「やりきれない気持ちじゃっただろう。一度しか会ったことがなかったが、どれほど想っているかだけは伝わったからのお。そう考えれば、すべての辻褄が合う。本当に心の底から愛していたのだと」
ツクヨミが誰の話をしているのか、俺達は知る由もない。けれどツクヨミが話したそれが、俺達がこの世界に召喚された理由なのだろう。
「真実は時には残酷じゃ。これだけは誓って言える、お主達はそれを今知るべきではない。もし知ってしまえば、お主達は絶対に戦えなくなる」
力強く言われたその言葉に返す言葉など、今の俺には持ち合わせていなかった。だから俺は、ただ黙って頷く他なかったのだ。