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彼女とクラスメイト達に裏切られた絶望者は異世界を夢想する  作者: 滝 清幹
第四章;堕落した神々との戦い・和の国編
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ジルニトラ


 一匹のドラゴンがいた。名前はジルニトラ。全身を黒い外骨格に覆われた魔大陸屈指のモンスターであり、幻獣種でもある。ジルニトラが生きたこれまでの中で窮地に立たされたことはほぼないといってもいい。だが実際のところは、まだジルニトラ自身幼く覚えていなかったというほうが適切かもしれない。しかし、それを覚えていないジルニトラにとっては、今日がその記念すべき一日となるだろう。


 今、ジルニトラの瞳に映るのは、六人の人間。姿からして人族だろうとジルニトラは推測した。そう、ジルニドラは他のモンスターと違い、知性が存在した。それ故に、魔大陸においてジルニトラを知る者は一人としていなかった。


 仮に自分の前に姿を現し武器を構えたならば、それは自分を殺し名を上げようとする者か、はたまたただの無知で命知らずのどちらかだろう。だからこそジルニトラは、銀髪の人族は発した言葉に自身耳を疑わずにはいられなかった。


「練習相手にちょうどいいかもしれないわね」


 これまで見て来た者達の中に、このような考えの者はいなかった。自身を練習相手として認識する者など。この時ジルニトラの中に、怒りと共に何かが生まれた。しかし、それが何であるかその時のジルニトラは知らないし、どうでもよかった。


 ジルニトラはノーモーションである攻撃を仕掛けた。声帯が発達していないジルニトラの声は誰にも聞こえず、それは自分自身の頭の中でしか響かなかった。


 いつもの通りであればこの時点で勝敗は決していた、はずだった。そんなジルニトラの想定を打ち破ったのは、またしても銀髪の人族である。


「全員、この場を離れて」


 彼女の言葉に従った残りの五人は、すぐさまその場を離れる。直後、六人が立っていた地面が赤く染まり、爆炎と共に溶岩が噴出した。わずかでもその場を離れるのが遅かったならば、六人の姿は消し炭になっていただろう。


 予想外のことであったが、すぐさま人族達に目を向けるジルニトラ。溶岩から発せられる煙の奥に、四人の人族の姿が映った。そのことに気付いたジルニトラは、自身の体の下に何者かの気配を感じ取り、空に逃げようと即座に翼をはためかせようとした。


「「させるか」」


 翼に激痛が走った。見ると、剣を握る二人の人族の姿が目に入った。剣には赤い血が付いており、自身の翼を斬り裂いたのはそれであるとジルニトラは思った。千の剣を用いても傷一つ付けることさえできない自身の外骨格を斬り裂くのは、ただ剣のランクが高いからなのか腕前が良いからなのか。どちらにせよ許すことなどできない。


 ジルニトラは、二人の剣士を噛み殺すため二人に近づこうとした。巨体とは思えないほど反射神経のジルニトラを前にした二人は、動く素振りすら見せられずその接近を許してしまい、今にもジルニトラに餌食になりそうになる。


 完全に捉えた、そう確信したジルニトラだったが、突然脳内に警笛が鳴った。本能に従い身構えると同時に、爆音と一緒に鈍い痛みが襲った。攻撃をしたのは、先ほどジルニトラに下にいた二人の人族だとジルニトラは見ずに理解した。この時になって初めて自身の過ちにジルニトラは気付く。攻撃対象は剣士だけではなかったのだ。


 それでもまだ、ジルニトラに余裕があった。今の攻撃はそれなりに強力なものであったが、外骨格を破壊するまでの威力を持っていなかった。二人の剣士を殺した後に殺せば問題ない。そう思い攻撃対象を変更せずに二人の剣士に目を向けると、片方の剣士が微かに笑みを浮かべた。どういう意味を含むのか、人族について知らないジルニトラには理解できなかった。しかし、意味のないものではないのは確かだということだけは理解できた。


「一撃だけと思ったか?」


 その言葉に過ちは一つだけではなかったとジルニトラは悟った。再度先の爆音と痛みを背中から感じたからだ。それも今まで以上のものだ。数撃なら耐えられた外骨格も、予想を遥かに超える連撃の嵐の前では原型を留めているだけで精一杯。すぐ表面に亀裂が生じ、それが全身に広がった。


「二人とも、一旦離れろ!」


 そう叫んだのは先ほど笑みを浮かべていた剣士だ。彼の指示に従ったジルニトラの背中にいた二人は、そこから飛び降りた。二人の両腕を見ると、ジルニトラと形状は似ているが色違いの金色と銀色の外骨格に覆われていた。


 二人が退いたのを確認した上で、もう一人の剣士を伴いジルニトラから距離を取った。


 全身に亀裂が走るジルニラを見た銀髪の人族を除く残りの五人は勝利を確信した。これまでも同様の状況になった際、大抵のモンスターは死んでいったからだ。けれど、それはすべての場合において当てはまるわけではなく例外も存在していた。それがジルニトラだった。


 亀裂により外骨格が剥がれ落ちた。本来であれば下から皮膚が露出するはずであったが、見えたのは真新しい外骨格だった。例外、それはいくつもの外骨格が存在しているというものである。これがある以上、一番外側の外骨格を破壊しただけでは死に至らしめることはできない。しかしジルニトラの例外はそれだけではなかった。


「格段に強くなったわね......」


 四人よりも距離のある位置に立つ二人の人族のうち、ジルニトラに挑発的な一言を浴びせた銀髪の人族はそう呟く。その言葉通り今のジルニトラは、別のモンスターといっても納得できるほど明らかに強くなっているのだ。ジルニトラを含む数少ないモンスターは、自身の外骨格が破壊されればされるほど、それに比例するようにその力も増すという特性を持つのである。だからといって、自分自身で意図して破壊できるほど簡単なものではない。あくまでも戦いによって得られる経験値とそれに伴うレベルアップのようなものであり、壊れればいいという簡単な話ではない。


 いち早くそれに気づいた二人の剣士はすぐに剣を構え、臨戦態勢に入った。それに気づいた残りの二人も同様に構える。


 彼らを前にしてジルニトラは、例のごとくノーモーションで攻撃を仕掛けた。今度はその異変に全員が気づいた。大気の流れが変化したからだ。


 各自ジルニトラからの攻撃に備えようと構えるが、そのほとんどが不発に終わる。


「なっ!?」


「!?」


「防いだ、はずなのに......!」


「どうして、俺の体が、斬り刻まれているんだ......!?」


 防御をしたはずなのに予想以上の攻撃を受けてしまったことに動揺を隠せない四人。彼らは知らないだろうが、ジルニトラが使ったのは風魔法の一種であり、付け加えるなら風と波の性質を応用したものである。障害物を人とし、仮に障害物があったとしても回り込むという波の回折を用いることにより、四人は図らずもジルニトラの攻撃を受けてしまったのだ。


 致命傷とまではいかなくとも、戦況を左右する傷を受けた四人。このままいけば負けは必須であるが、その時四人それぞれを覆うかのようにして緑色の光が発生した。


 ジルニトラは、その原因と思われる方を見た。たった今自身が放った攻撃を防いだ銀髪の人族の隣にいるもう一人の人族が起こしたものだと考え、再度四人に目を遣ると装備の欠損を残して彼らの傷はなくなっていた。


 このまま戦ったとしても、ジルニトラに分があるのは明らかなのだが、この時にジルニトラの目にはすでに四人の姿など映っていなかった。いや、戦いの火蓋が落とされた時からの方が適切だろう。


 身構える四人のことなど眼中にないジルニトラが、その人族に狙いを定めた。すでに自分達を敵とさえ認識してないことに気づいた四人は、自身が得意とするスキルや魔法を用いジルニトラを攻撃しようとした。だが、そうしようとする前に彼らは膝を地面に着いてしまった。正確に言うならば、着けさせられたといった方が正しいのかもしれない。そうなった理由は、さきの風魔法と共にジルニトラが彼らに気付かれないように仕掛けていたものが時間差でその力を発揮したからであった。


 今彼らを襲っているのは、一般人であれば圧死するほど凄まじい高気圧。それにより彼らは武器を構えることも、立ち上がることさえできないのだが、そんな状況下でも例の銀髪の人族だけは立ち続けている。その横にいるもう一人の人族は、おそらくその人族の保護下にいるからだろうとジルニトラは結論付けた。


 四人の状況を見た銀髪でない方の人族は、何が起こったのか理解できていない様子でただただ動揺し、それが納まると彼らの元に駆け寄ろうとしたが、そうはさせまいと銀髪の人族はその人族の肩を掴み、一言二言話した後、その人族をそこから離れた場所にやり、自身はジルニトラの魔法によって動けない四人をその人族のいる場所まで運んだ。


 不思議なことにその間ジルニトラは、銀髪の人族の一連の行動に手出しをしなかった。それは優しさなどではなく、己が欲するもののためだったので特に意味があるというわけではなかった。しかし、結果としてそれがジルニトラの命を救うこととなる。


「まず初めに、ご協力感謝するわ。それと、突然襲ってしまったお詫びと待ってくれたお礼の気持ちを籠めて、殺さない程度で相手をしてあげる」


 すべてを終えてジルニトラの前に立った銀髪の人族は、恥もせず事実のようにそう言った。そしてまたジルニトラも、それが事実だと受け止め、今の自分の出しえるすべてをこの人族にぶつけようと思い、牙を剥き襲い掛かった。


 


 結果から言うと、両者の戦いは約五秒ほどで終結した。


 ジルニトラが襲い掛かる寸前、かき消えるかのようにしてジルニトラの後ろに回り込んだ銀髪の人族は、その背中に瞬間的に巨大な光線は何発も撃ち込んだ。その一発が一層の外骨格を砕くのに十分すぎる威力を持っていたため、ジルニトラは戦うことさえできずただ己の持つ最後の外骨格が来るまで破壊され続けたのだった。


 戦いを終え、満身創痍の状態をジルニトラに銀髪の人族は近づいて来た。まさかやはり殺すなどと言うはずがあるまいとは思いつつも、内心若干の心配を抱きながらジルニトラはその口から言われる言葉を待った。


「不躾がましいお願いだと思うのだけれど、私と契約してくれないかしら?」


 契約? いきなりのことでどう応じれはよいのか分からないジルニトラを察したのか、その人族は契約について話した。


「簡単にいうと、あなたの望みを応じるから私の望みにも応じてほしい。言ってしまえば、等価交換のようもの。契約期間は、今の私がいなくなるまで。どう? あまり難しくないしはっきりしているからいいと思うのだけれど」


 それを聞き、ジルニトラは逡巡した。自分の望み......。今日という日まで脅威に立たされたことなどなかったジルニトラは、強さに飢えていた。自分と対等、またはそれ以上の者に出会ったことがなかったため、今の段階に至るまでかなりの月日を費やしていたからだ。このペースでいけば、自分の望む強さを得る前に寿命で死ぬことを、ジルニトラは当の昔から知っていた。けれど、それを自覚した上で行動しなかったのは何の因果か。恐らく今日という日のためだろう。


 返答の代わりに微かに首肯するジルニトラ。銀髪の人族は満足げな様子だ。


「そう、ありがとう」


 そう言って懐から古めかしい紙を一枚取り出した。その紙にはミミズの這ったような文字が記載されており、どういった意味を含んでいるのかジルニトラには理解できなった。


「私とあなた、ジルニトラ、よね? 両者に流れる血脈をもってこの場で契約を結び、もし仮にこれが破られることがあったならば、理由の有無は一切無効で相手の所有物となる。と書かれているの」


 小振りのナイフで自身の指を軽く切り、所定の位置にその血を付けながらジルニトラの抱く疑問に銀髪の人族は答えた。


 なるほどと思い、ジルニラは自身の尾を使って腕に血が出るくらいの傷を付け、そこから流れ出した血液を一滴、倣って契約書に付けた。


 そしてそれが完了した瞬間、契約書は光り、まったく同じものがもう一枚作り出された。


「契約完了」


 その片方をジルニトラに差し出し、その人族は言った。


「私の名前は、ルシアーナ。いろいろあるかもしれないけれどよろしくね、ジルニトラ」













「どうして俺達は、さっきまで戦っていたドラゴンの背中に乗った上に空まで飛んでいるんだ......」


 未だに現状を把握できないのかマサトをそう零した。彼とは違いクロサキはただ黙って空から見える景色を見ており、影井兄はキラキラとした瞳でジルニトラの黒い外骨格に顔を擦りつけ、影井弟はそんな兄を止めようと必死な様子で誰も彼の質問に答えなかった。


 しかしそうした状況の中、彼と親しいユキだけがそれに答えた。


「契約を結んでいるから今は仲間だって、さっきルシアーナさんが言ってたけど」


「いや、それは分かっているんだが、どうもしっくりこないというか何というか......」


「何を心配しているのか知らないけれど、契約を結んでいる以上この子が私達を襲うというのはありえないから安心して」


 言い淀むマサトにそう言い切ったのは、先ほどまでこの場を離れてジルニトラに何か指示を出していたルシアーナだ。彼女の左手に紙筒が握られていた。


「契約って一体どういった内容なんだ? 気絶していた知らないんだが」


「別になんて事ないものよ。この子は今よりもっと強くなりたいから私と戦うこと、そして私はあなた達に力を付けてもらいたいからこの子に相手になってもらうことで契約したの」


 それを聞いてやっと合点が行くマサト。彼が納得したのを確認した上で、ルシアーナは五人を自分の周りに集め、持っていた筒を開け中から一枚の紙を取り出した。よく見るとそれは魔大陸全土を記す詳細な地図である。


「さっそくだけど、ここから西の方角にあるこの町に向かうわ」


 彼女の指差すその場所は、魔王ラシャドのいる首都ドグラとは数千キロもの距離がある辺境の場所だ。


「数か月前からこの町で、多くの住民が失踪しているそうよ。それも若い男女を中心として。私達はその原因を解決するためにそこへ赴くの」


「えっと、何のためにそこへ赴くんですか......?」


 躊躇いながらユキはルシアーナに問い掛けた。その動機が分からないからだ。マサトやクロサキ、影井兄弟の同意見の様子であった。五人の態度を見てルシアーナは不思議そうな顔をする。


「何のためって、あなた達の大切な友達を殺した連中が関わっているからに決まってるじゃない」


「は? ちょっと待て。そいつらはそんなことにまで関わっている奴らなのか?」


「ええ、断言してもいいわ。連中はこういったことを好んで行うし、今世の中で起こっている悪い出来事すべてにそいつらが関わっていると思って結構よ」


 マサトの思いがけない質問に、ルシアーナはさも同然のように答える。


「一つ訊いてもいいか?」


 不意にこれまで一言も発していなかったクロサキが手を上げた。


「今まであなたは、俺達に対して ”連中” や ”そいつら” といった曖昧な説明しかしなかった。だから俺は、そいつらがどういった集団なのかまだ知らない」


 クロサキの疑問を聞いた彼とルシアーナを除く四人は、たしかにと納得した。クロサキの言うように、ルシアーナの口から ”そいつら” に関して詳しく説明されたことがなかったのだ。彼女に着いていけばそのうち相対することができるだろうという思いを抱いていたため、それを訊こうと考えることさえしなかったといってもいい。


 だから四人は、心の中でそのきっかけを作ったクロサキに感謝した。


「たしかにその通りね、ごめんなさい。あの時は混乱を招くと思って言わなかったけれど、今ならそれを心配する必要はなさそうね。一言でいうとあなた達が戦おうとしているのは、かつて神だった者達。通称『堕落した神々』と呼ばれる正真正銘本物の神よ」


 かつてユウトがオーブリーからこの説明された時、彼はその意味を理解するまで時間を要した。名前上でしかユウトの存在を知らないルシアーナは、五人がこの世界の住民でないことを知っていたので少なからずその事実に苦悩するだろうと思っていたのだが。


「やっぱ神っているのか......」


 どこか諦めるような声音で納得するマサトにルシアーナは堪らず訊いてしまう。


「今の話信じるの? 私が言ってもあれだけど、突拍子のないと思うわ。特に異世界人のあなた達からすれば」


 彼女の知るある事実と照らし合わせた上で、マサトがどうしてその事実を受け入れられるか理解できなかったからだ。


「たしかに、神は人間の創造物というし、以前の俺ならそんなよく分からない存在を信じようとは思わない。だが、異世界とか魔法とかそんなおとぎ話に出て来ることを実際に体験すれば、嫌でも信じてしまうだろうさ」


 そんなルシアーナの考えとは裏腹に、マサト同じ考えなのか彼の言葉に四人は頷いた。その様子を見て、ルシアーナは誰にも聞こえない声で呟いた。


「......そう、よね。だから彼らはこの世界にやってきた。そういうことか......」


「ルシアーナさん......?」


不安げな様子で彼女を呼んだのはユキだ。いつもとは違う雰囲気を醸し出すルシアーナを心配したからだった。そんなユキの心中の察したルシアーナは、微かに笑みを浮かべ、大丈夫と言った。それ以上追及することを憚れたユキは、ただ黙って引き下がった。


「とにもかくにも、あなた達がこれから先相手にしようとしている者が神だということだけは覚えていてほしい」


「......はい」


「分かった」


「問題ない」


「言われるまでもないさ!」


「わ、わかりました!」


 全員の返事を聞きルシアーナは一度頷くと、その瞳を進行方向に向けた。雲の狭間からそれなりの規模を持つ建物群が目に入った。


「もうじき到着するわ。いつ戦いになってもいいように、各自準備を始めて」



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