死刑執行人
肩を叩かれた日から、数日が経過した。後いくつ寝ると、お正月ではなく祭りの日がやって来る。その間、お蝶さん達と打ち合わせをしたり、アスナからの情報を聞いたり、それをまたお蝶さん達に話したりして、計画を練ったりするなどしてきた。
そのおかげで完璧に近いものができたように思える。まあ、実際にやってみないと分からないんだけどな。一応今のところ、決戦の日は祭り当日にしている。もちろんツボミとの約束をわすれたわけではない。祭りが終わった後に、実行に移すつもりだ。祭りの余韻で大抵の人は浮き足立っている可能性が高いので、その隙を狙えば城を攻め落とせるのではないかと考えたからなのだが。
「どうしたものか......」
一番の懸念は、堕ちた神の影響下の人達だ。どうすれば彼らを開放できるかが思いつかない。そいつを倒せばすべてが丸く収まるのか、それともそのままなのかがはっきり分からない。この問題をいち早く解決しないと、決戦の日を迎えてしまう。そうなれば、最悪の状況にならないとも言い切れない。
お蝶さん達に話そうと思っても、お忍びでここに来ている訳で、話す訳にもいかない。いきなり神様がどうのこうのとか言ったら、俺なら新手の宗教勧誘かなと警戒してしまうだろう。そう考えると、一度は自分自身で城に乗り込むべきではないかと改めて考えてしまう。だが、俺はその道のプロでもセミプロでも、なんならアマチュアでもないので、どうすればいいのか分からない。アスナはアスナで手一杯だろうし、それ以外でそういうのに詳しい人はいないだろうか。
そんな時だった。
「くそッ! 放しやがれ」
「放すわけないだろうが! この盗人が!」
どうやら盗みに入ったのを、町奉行の人間に見つかったのだろう。道行く人も俺同様足を止め、その一連の流れを見ている。一人だけは対応できないと判断されたのか、どこからともなく他の町奉行が続々と現れ、その盗人をどこかに連行していった。この時にはすでに、かなり多くの野次馬の集団が形成されており、それに気づいた町奉行は、散れ散れと言い、解散を促す。それに多くの人が従い、散り散りになる。その人混みに紛れ、俺は歩みを再開した。この時、俺はあることを閃いていた。先ほどまで抱いていた悩みが、もしかすると解決できるかもしれないのではないか、と。そのために俺は、忘れかけていたあいつらに会いに行くために町を後にした。
一時間ほど経過したところで、潮の香りが鼻腔をくすぐった。久々の海を目の当たりにした俺は、リフレッシュついでに泳ごうかなと思ったがその前に、カーンカーンと規則的な音が耳に入って来た。その音源がある方向に歩いて行くと、それがトンカチで木を叩いている音だと気が付いた。それに混じり、怒声とも取れる声が聞こえて来た。
「てめえら、もっと機敏に行動しろ! そんなんじゃ、いつまで経っても完成しねえぞ!」
「そういうアニキは、ずっと俺達に指示してばっかじゃないですかー!」
「そうだ、そうだ! サボるなら俺達もサボらせてくださいよー!」
「よおお前ら、久々だな。元気してたか?」
その声に振り返る、以前は盗賊であったセイキチ。声の正体が俺であると気づくと、すぐに声を荒げる。
「てめえら、作業はいったん中止して集合! アニキが来てくださったぞ!」
「え、大アニキが!?」
「ホントだ、久々で気づかなった」
口々にそう言いながら、セイキチに後に続き、俺の前に整列した。今は全員に用があるわけではないんだけどな、と思っているとそれに気づいたセイキチが自身の部下に言った。
「やっぱ解散! 各自元の作業に戻れ!」
「えー! 今アニキが集合って言ったんじゃないですかー!」
「そうだ、そうだ! 自分だけ更にサボるとか、アニキちょーずるいっすよ!」
「うっせー! 後でなんか作ってやるから、黙ってろ!」
「「「「よっしゃー!」」」」
口々に喜びの言葉を口にする彼らは、セイキチの命令通り作業に戻った。何とも独特な会話であったが、彼ららしいといえばそうなので、思わず頬が緩んだ。
「元気そうでなによりだ。今見た感じでも、俺が任した仕事は順調そうだな」
「ええまあ。いろいろあいつらとは言い合っていますが、アニキの『海の家計画』は一応順調です」
「なら良かった」
そう言って、俺はそちらに目を向けた。そこには、地球であれば誰もが目にする、海の家を連想させる建物が建っていた。あの日、俺がセイキチ達に任せた仕事は、言い方は悪いがここには海以外これといって特別なものがないので、何の気なし海の家でも作れば、楽しそうじゃないのかあと思い、盗賊の足を洗った無職のセイキチ達に新しい仕事を与えるという名目で、彼らに『海の家計画』を託した。ちなみに、今は給料はでません。海の家ができて、食べ物とか作れば、人足が自然と増えるのではないかと思うので、その時になって初めて給料を渡すことができます。それまで間にかかる費用や生活費は知りません。自分達でどうにかしてください。これは、経営者の特権なので、異論反論は認めません。実際に現代社会でこのようなことは起こっていないと思いますが、近しい事は起きている可能性はあります。縦社会で生きる人は、このことに気を付けましょう。
縦社会を生きる人達へのメッセージはここらへんにしておこう。今日は、元盗賊であるセイキチに会いに来たのだ。
「今日ここに来たのは、他でもないセイキチにしかできないことを頼みに来たんだ」
「俺にしかできないこと、ですか」
「ああ、そうだ。元盗賊であるお前にしかできないことを、今日頼みに来たんだ」
「なるほど。どこかに入ろうっていう話ですか」
納得顔のセイキチ。俺の言いたいことが伝わったようだ。それに俺は頷いた。
「その通り。それでなんだが、お前ってアキヒデ城に侵入したことあるか?」
「アキヒデ城ですか......。多分何度か入ったことがありますね。でも、その時どうやって入ったか記憶がないんですよね」
セイキチのある言葉に引っかかった。
「記憶がない、か......」
「はい。正面から堂々入ったのか、はたまた隠れて入ったのかよく覚えていないんですよね」
「なら、一度城近くまで行ってみるか。もしかすると、思い出すかもしれないしな」
「では、一度準備するので、少し待ってください」
そう言うとセイキチは、自分の部下達に話の旨を話した後、どこかに走って行った。多分、ねぐらであるあの家だろう。数分後、戻って来たセイキチを連れて、俺はその場を後にした。
行きと同じ一時間後、俺達は町に戻って来た。正確に言うなら、俺だな。セイキチは久々に訪れたはずだ。これまで海の家の製作に勤しんでいたんだしな。にしても、セイキチが準備を終えて戻って来てからずっと、俺はこのセイキチがセイキチではないと思わずにはいられない。
「お前のその顔って、どうやったらできるだ? 化粧でもしてんのか?」
「そんなに変ですか?」
「いや、変というか......。あまりにも特徴がなさすぎてな」
インターネットで使われるフリー写真素材で日本一が取れるんじゃないのかっていうぐらい、顔に特徴がない。つまり、無個性なのだ。そのせいか、あまり記憶にも残らないような気がする。イケメンや美女などという存在は、嫌でも脳裏に焼き付いてしまうからな。そういう意味では、この顔は意外と使いまわしができるのはないかと、自分的に結論付ける。
「自分はそこそこ顔の知れた盗賊だったので、こんな風に変装しないと町中を歩けないんですよね」
「そうなのか。まあ、足洗ったんだし、忘れ去られるまでの辛抱だな」
「なんか地味に悲しい事を言われたような......」
そんな感じでといってもどんな感じかは知らないが、あまり目立たずに軽口たたきながら目的地であるアキヒデ城に向かった。城の前まで来てみた感じ、堕ちた神の気配を感じることはできない。以前も来たことがあるのだが、やはりその時同様の感じである。あちらも俺達の存在に気付いている思っていた方がいいかもしれない。
「どうだ。なんか思い出せそうか?」
城を目の前にして、集中している様子のセイキチに俺はそう訊いた。対して、セイキチはゆっくりと口を開く。
「多分ですが、俺は一度だけ隠れて侵入したんだと思います。でも、その後は真正面から堂々と入って行っています」
「へー、なら顔が通っているのか」
それなら、ついでで俺も入ることが可能ではないかと思った。だが、セイキチはそれを否定した。
「恐らく、今はできないと思います。その理由はうまく説明できないんですけど......なんかすみません」
「そうか......。いや、可能性があればいいなっていうぐらいのことだし、あまり気負う必要はない」
申し訳なさそうにするセイキチに、俺はそう言った。たまたま拾った宝くじで三億円が当たることはないだろう。言うなれば、外れても仕方ない、当たればラッキーだということだ。そういうことなので、俺がセイキチを責める意味も、資格もない。というか寧ろ、記憶を無くす前にセイキチは、ツボミの両親と顔見知りの可能性が高いということが分かっただけで儲けものだ。ツボミに反応を示さなかったことから、彼女とは知り合いの可能性はないということも分かったしな。後は、セイキチ達をこちらの陣営に引き込む話だが、この感じだと大丈夫だろう。
若干引き摺るセイキチを連れて、俺はアキヒデ城を後にした。
とはいっても、今回の目的は果たしたようなものなので、この後特にやることはない。お蝶さん達とセイキチを引き合わせるのはまた今度にしよう。急いでも10分と変わらないという言葉があるしな。
「なんか妙にざわついていますね」
帰り道突然、セイキチがある方向を見てそう呟いた。
「だな。なんかあるのか?」
それに同意した俺は、人混みが集中しているところにセイキチと共に向かった。かなりの人が密集しており、その中を掻い潜るのは至難を要したが、何とか一番先頭まで来ることができた。
「ふー、やっと出れた。セイキチ、大丈夫か?」
「......」
俺の声が聞こえていないのか、セイキチはある一点を見つめている。肩を揺らしても、何の反応も示さない。いや、汗を、冷汗をかいている。直観でそう思った俺は、彼の見つめる先、この騒ぎの原因に目を向けた。
そこには、白い服を着せられた男達が目に鉢巻を巻かれて座らされていた。
「これは、死刑場か」
初めて見るものだ。時代劇とかぐらいでしか見たことがない。流石に人の死に目とかには会いたくないので、俺はセイキチを連れてここから離れようと彼の肩を引く。だが、足をセメントで固められたぐらいにセイキチはその場を離れようとしない。
知り合いでもいるのか、そう思い死刑囚の方に目を遣る。その中に、今日俺が連行されていたのを見た盗人がいた。そいつと知り合いなのだろうかと思い、今度は耳元でセイキチに言った。
「あの右から二番目の男と知り合いなのか?」
「え......? ああ、すみません。まさか、ここに来るとは思わなかったので」
「まあ、盗みを働いたりしたりすればここに来るだろう。お前ももう盗賊とかに戻るんじゃないぞ」
「ん? 何の話をしているんですか?」
あれ、若干話が噛み合っていないような気がする。
「いや、だってあそこにいる男とお前知り合いなんだろ?」
そういって俺は、盗人の方を指差した。指差す先を見たセイキチは、頭を横に振る。
「まったくの赤の他人ですね。雰囲気からして、ぽっと出の若造でしょうし、俺の知り合いではないです」
「なら、なんでお前は驚いていたんだ? さっき冷汗流してただろ」
「ああ、それですか......」
そう言うと今度は、セイキチがある方向を指差す。それに倣い、俺はその先を見た。そこには、多分今回の死刑執行人と思われる白髪の男性が立っていた。年齢はおやっさんよりも上の七十代ぐらいだと思う。その人物からは、とりわけ何かを感じることができない。なら、単なる有名人とかそんなところか。
「あのおっさんがどうかしたのか?」
「アニキは知らないと思いますが、あいつの名前は、ヤマダ アサエモンといい、俺達の世界では『首切りアサエモン』と呼ばれ、誰もが知る死刑執行人なんです」
「うんまあ、知らんな。そんなに有名なのか、あのおっさんは?」
「有名なものだと、『七ツ胴』という話があります。これは、死体をどれだけ重ねて胴を両断できるかというもので、一体だけなら一ツ胴、二体なら二ツ胴、三体なら三ツ胴といった感じで増えていくものなんです。どんなに刀に自信のある者でも、普通は三ツ胴が限界なんですが、あそこにいるアサエモンは、死体を七体で両断、つまり七ツ胴をしたと言われているそうです。その時、これが本当の話かは知りませんが、奴が両断したのは七つの死体だけでなく、地面までも斬ったという逸話まで残されているそうなんです」
「そうなのか。ん? どうやら死刑が執行されるそうだぞ」
執行人アサエモンが静かに刀を抜いた。死刑囚が彼のことを知っているかは知らないが、それでも自分達に訪れることだけを脳が理解している。必死にこれから自身の身に降りかかる運命から逃げよう暴れるが、そうさせまいと見張りの町奉行が押さえつける。先ほどまでざわついていた野次馬達も、今では波紋のない水面のように静かだ。それはまるで、一つの劇を見る人のそれであるように思えた。ゆっくり静静と死刑囚に歩み寄るアサエモン。そこには何の感情を見出すことができない。殺意も恐怖も嫌悪も後悔もただ一つとして、感じられないのだ。思わず総毛立つ。セイキチは自分も迎えたかもしれない未来を想像してしまったのか、ガタガタと震えている。長くとも短くとも感じる時間の中、アサエモンがその位置に着いた。誰かのひそひそ声が耳に入って来た。同感だ、その位置からだと刀が届かない。彼が立つ場所は、死刑囚からあまりにも離れており、明らかにその刀身の長さでは足りないのだ。どうするつもりだ? この後の展開が予測できない俺と周囲の野次馬達は、黙ってその趨勢に身を任せた。そして、アサエモンは刀を構え、そのまま鞘に刀を戻す。言わずもがな野次馬達はざわめきだした。セイキチもその一人だ。それを知ってか知らずか、役目は果たしたと言わんばかりにアサエモンは、死刑場に隣接する建物の中に入って行った。
「あれ、どうしてアサエモンは何もしないで帰ったんですかね?」
アサエモンの入った建物と未だに騒いでいる死刑囚を見比べながらそう呟いた。
「なあ、あいつってさ、アキヒデの仲間なのかな」
「え? いや、聞いた話ではあいつは浪人で、今回みたいに死刑の仕事を請け負うことしかしないらしいです」
そのことに、少し安心してしまった。
「つまり、あいつは敵じゃないってことか」
「まあ、そういうことですね」
「帰るぞ、ここにいても仕方がない」
その場を後にするために俺は歩き出した。俺の行動に驚いたセイキチが、急いで追いかけてきて、名残惜しそうに後ろを見ている。
「ええぇ!? でも、まだ死刑が済んでいませんが......」
「ああ、それならもう終わってる」
その時、後ろの方から不特定多数の悲鳴声が聞こえて来た。それを聞いたセイキチが立ち止まり振り返ったので、ある程度予想は付いているが俺もそれに倣った。先ほどまで生きていたはずの死刑囚達は皆、首が地面に落ち、絶命していた。断面からは、一滴の血も垂れておらず、白い骨多分頸椎と思われる部分が覗かせていた。その場にいる人達からすれば、突然首が落ちた風に見えるだろう。死刑囚達もいきなり視線がぐらついたに違いない。こういう結末を迎えると知っていたのは、アサエモンと俺だけだろう。だが、あいつが刀を振ったのだけはまったく見えなかった。振ったのだと確信したのは、奴の足元から死刑囚達まで伸びる一本の斬撃の軌跡が残っていたからだ。それは向かいにある建物にまで及んでいた。それによりセイキチが話していた逸話は、本当の話だと目の前で証明されたのだ。恐らく、あの斬撃を避けることは今の俺では不可能。死刑囚と同じ末路を辿るのが関の山だ。そのことに痛感しながら俺は、今だ驚きを隠せないセイキチを連れて、その場を後にした。




