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彼女とクラスメイト達に裏切られた絶望者は異世界を夢想する  作者: 滝 清幹
第四章;堕落した神々との戦い・和の国編
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肩を叩かれた

 

「......相当重要な話のようなんだな」


 平生とは違う俺の顔をじっと見たおやっさんがそう言う。対して、俺はそれに無言で頷く。彼は最後にもう一度俺の顔を見た後に、自身の頭に巻いている、彼にとってはトレードマークのような存在である白い手拭いをするりと外した。


「あい分かった。でも立ち話もなんだ、奥の部屋とかでいいだろう。俺は着替えが終わってから行くから、お前は先に部屋で待ってろ」


「了解」


 返事をした俺は、おやっさんのいう奥の部屋で待つことにした。待つ間俺は、おやっさんに何を訊くか考えを巡らせていた。数分後、入り口の障子が開き、そこから普段着のおやっさんが現れた。常日頃から見慣れたおやっさんの仕事着とは違い、どこか威厳というか何というか......説明しずらいのだが、一言でいうと、一般人が持っていない何かを持っているように思えた。お蝶さんの話を聞いたせいで、変な先入観を抱いている可能性も否定できないが。


 俺が無言で自分のことを見ていたからなのか、当の本人であるおやっさんは自身の服装を見た。


「なんか俺の服装変か? 俺的にはいつも通りなんだが」


「いや、おやっさんの普段着が少し新鮮だったから、少し驚いていただけだよ」


「なんだ、そんなことか。俺のセンスが少しおかしいからなのかと思っちまったぞ。あんまり変なことすんじゃねえ」


 自身のセンスが壊滅的でないことに安心したおやっさんは、小言を言いながら対面に胡坐の姿勢で座った。


「それでなんだ。お前さんのいう話っていうのは、一体どんな話なんだ?」


「えーとだな......」


 人とは不思議なもので、どれだけ準備を整えていても、必ずといっていいほど詰まったりすることがあり、今の俺がそれだ。たった今、どうしたようかなと考えていて、ある程度どうするか決まっていたのだが、いざ訊こうとすると、頭が真っ白になってしまった。だが、今一度よく考えてみると、俺の場合は単なる準備不足だった。なんつって。


 すると、おやっさんが何か思いついた顔をする。


「まさかユウト、お前さん。......今より、給料上げろっていうわけじゃあるめえな」


 おおっと。これはちょっといい方向におやっさんは勘違いしていますね。このままの流れで行きたいところですが、今のおやっさんのセリフからぜってえー上げねえという心構えがひしひしと感じてくるので、『今』はやめておきましょう。


「残念ながら、その話じゃない」


「そう言う割には今のお前さんの顔、本当に残念そうにしているぞ」


「ホントにそういう話じゃないよ」


 少しムキになってそう答えると、おやっさんは冗談冗談と言いながら、愉快そうに笑う。このままでは平行線を辿りそうなので、すぐに俺は切り出した。


「おやっさん。あんたの名前は何だ?」


 受けたおやっさんは、笑いを収めて意外そうに目をパチクリする。


「何だお前。働き始めた時に、教えたはずじゃねえか。もう忘れちまったのか?」


「そうじゃない。もう一度確認のつもりで訊くだけよ」


 意味が分からないとばかりに首を捻りながらも、おやっさんは自分の名前を口にする。


「俺の名前は、ヤマモト チョウゴロウだ」


 その答えを聞いた俺は、小さく息を吐いた。おやっさんの言うように、働き始め当初から当たり前のように彼から名前は聞いていた。それと今聞いた名前はまったくの同じであった。だが、お蝶さんから聞いたおやっさんの名前とは違う。


「どうしたものか......」


「何だ。俺の名前がそんなに意外か?」


「別にそうじゃない」


 どうすれば、おやっさんの記憶が戻るのかということだ。といっても、それを本人に言ったとしても逆に不審がられるかもしれない。だけれども、このままでは何の進展も期待できそうにない。ここは一発、シンプルに行くべきかもしれない。


「なあ、おやっさん。あんたの本当の名前はそうじゃないだろ?」


「へ......? 何を言う出すかと思えば、ユウトお前さんどこかで頭を強く打っちまったのか?」


「俺は平常運転だ。異常なのは、おやっさんの記憶のほうじゃねえのかって言いたいんだよ」


「何が言いたい?」


 突然おやっさんの纏う雰囲気が変わった。それ以上踏み込むと斬り殺すぞ、という圧力がその場を支配した。それを無視して、俺は踏み込む。


「あんた覚えている記憶は、本物なのか? 誰かに塗り替えられた偽の記憶なんじゃいのか? そもそもあんたの本当の名前はーー」


 言い終える前に、俺の首筋に冷たい何かが当たった。それは刀、彼の手に握られているものは、先ほど見かけた一本の刀であった。話す前、確かにこの場から離れた場所にあったはずなのに、今は抜かれ、その刀先は瞬時に俺の首を刈れるほど肉薄していた。


「お前さん、まさかあの妙な連中の仲間か?」


 俺が無言でいると、それを肯定を取ったのかおやっさんは続けた。


「初めから妙だと思っていたんだ。どうして、数多ある店の内からここを選んだのか」


 それはたまたま。俺の好物だから。


「それにじっくり見ると、人相も普通じゃねえ。あの連中とあんま大差ないように思える」


 それは遺伝。親のせいだから。というか俺の親に謝れ。


 それを聞いて尚、俺が黙っていると、おやっさんは刀をすっと鞘に収め、立ち上がった。


「兎も角、もうお前さんを信用できねえ。とっと失せろ」


 やはりだめか、とは思わなかった。そう簡単に記憶を戻すことなんて無理だからである。なので、もっと時間をかけて、おやっさんとの関係を深めてーー


「言っとくが、勿論『解雇』だ」


 できませんでしたー。まさか、解雇になるとは夢にも思わなかった。まあ、今の剣呑な雰囲気からそうなるとは少しながら思ってはいたが、せいぜい諭旨退職だろうと浅く考えていたのが失敗だったな。つまり、クビは避けられなかった。


 これ以上口を広げれば、返っておやっさんを刺激してしまう可能性があるので、俺は黙って立ち上がろとした。その時、ポケットに何か固いものが入っているに気が付いた。取り出してみれば、それはオニキチ達に使った例の石であった。俺は一縷の望みにかけて、無言でおやっさんの前に突き出した。


 いきなり俺が奇行に走ったことにおやっさんは、訝しそうに俺の手に握られている催眠効果のある石を見た。すると、頭痛がするのかおやっさんは頭を押さえた。だがそれは、一瞬のことでだった。すぐに頭痛が治った様子のおやっさんは、刀を構えた。


 今度は本気だ、本能が叫んだ。今手元に武器がない俺は、猛ダッシュでその場を後にした。唯一後悔があるとすれば、まだ給料を貰えていないことだ。つまり、今までのタダ働きをさせられていたということであった......。









 


 


「はあー......」


「帰ってからずっと溜息ばかりついていますが、何かあったんですか?」


「ん? まあ、なあ......」


 心配するアスナにそう返すだけで精一杯だった。タダ働きのことではない。もちろん、まったく引き摺っていないというわけじゃない。むしろ引き摺りまくっているほどだ。そのせいで、すでに原型を留めていないので、あまり気にはしていないと思う。


 俺が本当に気掛かりなのは、お蝶さん達の代わりにおやっさんのことを引き受けたのにもかかわらず、たった数時間で、その約束を反故にしてしまったことだ。仮に彼らがそれを知ったとしても、笑って許してくれそうなのであるが、何も成果を残せなかったことが何より申し訳ないと思う。彼らにとって、おやっさんはボスのような存在であるにもかかわらずにだ。


「はあー......」


 そう思うと、またしても溜息が出てしまった。そんな俺を見て、アスナは励ますように言った。


「まあ、元気を出して下さいよ。夕食の時も話しましたが私、次回からアキヒデ城で働けるようになったんです。なので、今まで以上の情報を入手できる可能性が高いですよ」


 ナニソレ、ハジメテキキマシタ。というか、夕食を食べた記憶がねえな。どうやら心が沈んでいると、記憶まで不明瞭になるらしい。


「そうか......。よかったな......」


 燃え尽き症候群を患っているのか、若干しわがれた声が出てしまった。それがさらにアスナの心配症に拍車を掛けたらしい。俺の肩に手をやり、ぶんぶん揺らす。やめて~。


「ホントに大丈夫ですか!? 帰ってきてから、二人ともずっとうわの空で気になっているんですけど!」


 今のセリフから察するに、アスナはツボミが自身の姉とその知り合いであるお蝶さん達と再会したことをまだ知らないらしい。


「分かったから、揺らすのはやめろ」


「はい、やめました。では、正直に言ってください」


 忠犬アス公かよっていうぐらいのスピードで、揺らすのをやめた。アス公って何だ? まあいいや。俺は居住まいを正して、アスナの目を見た。


「良いニュースと悪いニュース、どちらから聞きたい?」


 予想外のことだったのか、アスナは眉を顰める。


「良いニュースと悪いニュースですか......。私的にどちらでも構わないので、ユウト様のオススメの方で」


「なら、良いニュースから聞いた方がいいな」


「では、良いニュースをどうぞ」


「ツボミの姉とその知り合いが見つかった」


 俺が何を言っている言葉の意味を咀嚼するかのように、アスナは一瞬フリーズする。


「......ええぇぇ!! ムッチャ良いニュースじゃないですか! どうして帰って来た時に言わなかったんですか!? 知ってたらご馳走とか準備していたんですよ!」


「だから肩を揺らすのはやめろ。後それは、悪いニュースを聞いてからにしろ」


 俺に対して恨めしそうな視線を向けながらも、アスナは言われた通りに肩を揺らすのをやめた。


「うー、分かりました。では、悪いニュースをどうぞ」


「えー、それで悪いニュースなんだが......。すまん、俺クビになった」


「......クビ?」


何に対してのクビであるのか理解できないアスナはオウム返しをした。


「言い方が悪かったな。ここでいうクビというのは、バイトがクビになったという意味だ」


「......ええぇぇ!! クビになるのいくら何でも早すぎじゃないですか!? 私的に一月は踏ん張ると思っていたんですけど!」


 驚きながらもさりげなくディスるとか、アスナさんパネェっす。


「そういう訳だから。んじゃ、俺寝るわ」


 俺的役目は果たしたつもりなので、このまま枕に突っ伏して、涙腺から分泌される澄んだ塩気のある塩分を含んだ溶液でも出そうかなと立ち上がろうとする前に、裾を誰かに捕まれた。もちろんそれは、アスナであった。


「詳しく説明してくれますよね?」


「いや、ごめん。俺もうねみ」


「ね??」


「はい」


 絶対に逃がさないとばかりに可愛くニッコリと笑いかけるアスナを見て、一から説明しないと寝かせてもらえないと諦めた俺は素直に座り直し、今日起きたことを彼女に話した。話している間アスナは、相槌をしたり、時に驚いたりしていた。すべてを話し終えた後にアスナは、俺にあることを訊いた。


「それで、仕事をクビになった今、どうするつもりですか?」


 言葉少なめであるが、アスナの言いたいことは分かっている。


「もちろんツボミの両親を救うために、彼らと行動するつもりだ。まだ、今日出会ったばかりだが、悪い人達じゃないのはツボミ達の表情から明らかだったからな。悪いとは思うが、お前にはアキヒデ側の情勢とかを俺達に伝える役目を任せたいと思っているから、今の仕事に専念してもらうと助かる。まあ一応、その時が来れば俺達と一緒に行動を共にするという形で進んで行こうと、今は考えている......。それで構わないか?」


 適材適所という言葉があるように、現状で城の内情を知ることができる立場にいるのはアスナただ一人だ。単身で敵陣に乗り込ませるには少しばかり気掛かりであり、俺もできれば城に潜入したいと思うのだが、隠密部隊や罠や仕掛けがある可能性も否定ができない。そういうわけなので、自由に出入りできるかは知らないが、役柄可能性が高いのはアスナだけなので、この任務は彼女以外に任せることができないという結論に至った。これはたった今俺が勝手に決めた、独りよがりの計画なので、彼女が否定しても無理強いはできない。でも、可能であればやってもらいたい。というか、絶対にやってもらわないと困るのだ。それでも無理なら最終手段である、無の極致(どげざ)をやるしかない。


 そんな俺の懸命な思いが伝わったのか、アスナはさもありなんとばかりに言った。


「ユウト様の話を聞いた時から、ある程度そうなるとは思っていました。もちろん、それは私が責任持って引き受けます。これでも勇者時代は、こういう役回りなどはいつも引き受けていましたからね」


 本当に俺は、心強い仲間ができたんだな......。


「そうか......。ならアスナ、城の方はお前に任せる。だが、何かあったらすぐに話してほしい。起こってからじゃ遅いからな」


 出し抜けに言われた言葉に、驚いた様子をするアスナであったが、すぐに破顔した。


「お気遣いありがとうございます。もし仮に、何かあったその時はユウト様のことをお呼びします」


「そうだな。ホントに危ない時には、『ユウト様、助けてー!』とか言ってくれれば、もしかすると来るかもしれない」


「私のモノマネのつもりですか。はっきり言って全く似ていません。というか、もしかするとやかもしれないってかなり不確定ですね。かなり信頼できませんし、恥ずかしいので絶対に言いません」


「マジかー。頑張ったつもりなんだが」


「頑張るポイントが少し違うような......」


 いつか、こんなやり取りした気がするが、どうやっても思い出すことができなかった。それでも、時間は止まってはくれない。仕事がクビになった以上、やることは限られている。その成功率が少しでも高くなるためにも、俺達は行動していかなければならないのだ。


 他愛のない話をしながら、俺はそう思った。

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