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彼女とクラスメイト達に裏切られた絶望者は異世界を夢想する  作者: 滝 清幹
第四章;堕落した神々との戦い・和の国編
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違和感

 

 ここはアキヒデ城のある一室。部屋の中央以外は、ほぼ暗闇以外存在しない。それもそのはず、なぜなら照明となるものは、一本の蝋燭だけであるからだ。そして、その蝋燭のすぐそばには、髪の長い男が一人座っていた。その姿は、以前この城の城主であるアキヒデの隣にいたその人物であった。


 その時、蝋燭の火がほんの少しだけ揺らいだ。その影響を受けた彼の影は、蝋燭の火以上に大きくぼんやりと揺らいだ。そして、自身の横に置かれた刀に手を伸ばそうとしてやめた。代わりに一言言い放った。


「ハンゾウ。お前であることは分かっている。隠れていないで早く姿を現せ」


「......ありゃりゃりゃりゃ、見つかったかー。やっぱ何回やってもジュウちゃんには敵わんねー」


 そんなことを言いながら、蝋燭の明かりの前に姿を現したのは数時間ほど前に、ユウトから忍者男と心の中で呼ばれた男であった。そのハンゾウと呼ばれた男が目の前に来た時、ジュウちゃんと呼ばれた隻眼の男は一瞬眉を顰めた。


「血の匂いがする。誰かやったのか」


「わあお、そこまで分かっちゃうなんてやっぱジュウちゃんは流石だねー」


「場を踏めば嫌でもそうなる。お前もそうだろ」


 肯定の返事を予想した問い掛けであったが、それを裏切るかのようにハンゾウは真顔で否定する。


「いやいや、流石に血の匂いまでは区別できんね。ジュウちゃんの鼻がおかしいとちゃうん?」


 だが、隻眼の男は気にしなかった様子だ。


「では、私の方が上ということだな」


 そう言って、正座から胡坐へと姿勢を変えた。それは、対話をする時にする彼の癖のようなものであった。


「それで、私のところに来たということは何かあったんだな」


 もちろんこれも肯定の返事を予想したものであったが、ハンゾウはにっこり一言。


「なーんもなか」


「......は? お前何しに来たんだ? 任務のこととかあるじゃないか」


 意味が分からないとばかりに、隻眼の男はハンゾウに再度問いただすが。


「任務はいつも通り、なーんの手掛かりも見つからん。みんなで一緒に探しても、例の姉妹の手掛かりは見つからん。だから、なーんもなかというわけよ」


「ハンゾウお前、流石にそれはダメだろ......」


 呆れてものも言えないという感じで隻眼の男はそう言う。


「それで、なーんもないから、なんかあるかなあと思ってここに戻って来たら、ジュウちゃんがいたから構ってもらおうかなと思って来たわけなのよ」


「ハンゾウお前。流石に暇すぎるだろ......」


 呆れを通り越して、苦笑いをする隻眼の男であったが、今度はハンゾウが彼に言った。


「暇なのはジュウちゃんも同じやろ。一人でぼけーって座っているっちゃから」


「私は別に暇で座っていたのではない。待っているのだ」


「ん? ......ああ、殿様をね」


「ハンゾウ、それは死罪に値するぞ」


 そこには少しの敬意すら含んでいないことに気づいた隻眼の男は、当の本人であるハンゾウに殺意ある視線を向けた。彼の殺気を感じ取ったネズミなのか、慌てて屋根裏を駆け回る音が微かに聞こえた。


「おお怖い怖い。ジュウちゃん、いつも以上に怖いよ。ホント殿様のこととなるとすぐこうなるんだから」


 そう言うハンゾウは、どうにか笑顔を保ちつつ、額から流れた汗を拭き取った。


「当たり前だ。あの人は、私の命の恩人なのだから」


 当時のことを思い返すように、ここではないどこか遠くを見ながら隻眼の男はそう零した。彼が本気になる理由は過去にあるようだ。ハンゾウは、そのことを知ってか知らずか外れた話の路線を元に戻す。


「でもまあ、死罪になる可能性はなか。自分にはこの足があるからね。これでぴょぴょーんと隣の国にでも逃げるちゃるから」


「その時は、お前の部下たちがお前を捕えにくるぞ」


「......」


 その一言で彼の顔に陰が差した。


 やはりこいつでも、自身の部下たちである隠密部隊の精鋭を敵に回すのが恐ろしいのか、と心の中で隻眼の男は思わなかった。なぜなら、現にハンゾウの顔がそれを言っているからだ。


「それなら、大丈夫。皆、自分より弱いからね。逆に殺しちゃう」


「......ふっ、大した自信だな。ならその時は、私が出向くことになるだろう。お前を殺しに」


「おおいいね。昔の続きをするのもたまにはいいかもね」


 二人の間の見えない火花が散った。このままの勢いで実際に行動に移しかねない状況であるが、その前に隻眼の男の眉がピクリと動いた。


「仮に俺から逃げれたとしても、隣国ならば組が存在する。お前でも一筋縄ではいかないだろう」


 一方的にそう言って、もうこの話は終わりだと言わんばかりに隻眼の男は立ち上がり、ハンゾウの隣を通り抜け、部屋の入口の方へ向かった。そのわけを知っているハンゾウもまた、いつの間にか手に握っていた一本の刀を背中に掛けてある鞘に納めた。その時ふと何かを思い出したハンゾウは、もうこちらではなく前だけを見て歩くライバルであり、親友でもある隻眼の男に背中越しに声を投げた。


「なあ、ジュウちゃん」


「! なんだ、ハンゾウ」


 久々に聞く親友の裏表のない声に思わず肩越しに振り返る隻眼の男であったが、ハンゾウはその続きを言おうとした。


「......いいや、なんでもなか。呼び止めてごめんね」


 だが、ついには出てこなかった。その理由は、ハンゾウ自身にも分からなかった。であるならば、隻眼の男がそれを分かるはずがない。どこかほっとした表情に隻眼の男であるが、自分のそれに違和感を覚える。だが今は気に留める暇などない。あの人が自分をお呼びしているのだから。


「別に気にしていない。それよりも、休息は十分取っておけ。明日も任務はあるのだからな」


 言い終えるとすでにハンゾウではなく、主である者が待つ場所に足を向けていた。先ほどの自分らしくないところを取り繕うため、ハンゾウは言った。 


「働きたくないでござる」


 今度は振り向かなった。それはいつもの親友の声であるから。そのことに何故か安堵した隻眼の男は一言。


「働け」











「働きたくない」


「アスナさん、ユウトさんは今にも死にそうな顔をしていますよ!」


「それはいつも通りだから、気にしちゃダメよ」


 時間は朝。目の前には、質素ではあるが、日本食に相応しいメニューが並んでいる。そして、たった今零した俺の呟きに、ツボミが敏感に反応し、それを否定するアスナ。だが、言わせてもらいたい。もちろん、心の中で。実際に言うとツボミを巻き込んで、訳の分からない化学反応が起こってしまうからだ。


「そもそも何故働かないといけないのか、という理由ですがそれは、過去から今日まで続いてきた社会システムだからですよ」


 どうやら久々にアスナは俺と正面からやり合いたいというようだ。昨晩は、俺の考えに賛同してくれたが、今回は無理ということか。まあ、俺としてもYesマンが欲しいわけじゃない。仮にこの考えが間違っているのであれば、真正面から叩き切ってもらっても構わない。つっても、俺は負ける気はしないけどな。


「そう言うが、現代を取り巻く社会システムといのは、働かないといけない資本主義と働かなくても大丈夫な共産主義があるんだぜ。なら俺が、共産主義を取ってもいいと思うんだが」


 かの有名な経済学者のマルクスは、労働は金持ちになることが目的としているが、自分から言わせてみれば労働そのものは有害なものであり、破滅的なことだといった。つまり、積極的に働く資本主義は有害であり、その反対である共産主義は無害であるということになる。某テレビ番組でたまたま下界に降り立った(ニートの)神も、働いたら負けとおっしゃている。神の言葉に間違いはない。だから、それに従うべきだと思った俺は、この考えを挙げるのだが。


「いやいや、この国は共産主義ではなく明らかに資本主義ですから。それと、共産主義は実際には存在しません」


「だが、考え方はあるじゃないか。すべての財産が一個人でもなく、皆でシェアしようっていう考え方がよ」


「あくまでそれは理想形態ですね。そもそも共産主義というのは、多分ユウト様の想像している社会主義の最終形態のようなものです。そして、かつてそれを取り入れていた国々がありましたが、実際には途中で破綻してしまいます。理由は、今のユウト様のように働いてもお金が貰えるのであれば、働かないほうがいいという考えが広まったからです。現にロシアの前身であるソ連もかつては社会主義を掲げていましたが、今では名前も代わり完全に資本主義ではありませんか」


「うぅ......」


 適格すぎる正論。ぐうの音もでない。その代わりに、うめき声が出た。神は、自分が勝っていると言っていたはずなのに、今の俺は負けてしまっている。やはり、神はただの丸坊主のニートだったのか? だが、アスナの猛威は収まるということを知らない。


「経済学者のミーゼスも、資本主義と比べて社会主義は多方面での合理的判断ができないと言いました。すべてが国有化している以上、市場が存在しない。つまり、価格が存在しないのです。どこまで事業を拡大していいのか、それとも縮小するべきなのか、そういう判断が先ほど述べたことがネックとなりできない。結果、経済がうまく回らなくなり、かつてのソ連の運命を辿ることになるのです」


 いやちょい待ち。ミーゼスって誰?


「オーストリア=ハンガリー帝国出身の経済学者。たった今話した社会主義の可能性について議論、『経済計算論争』で計画経済を批判したことで広く知られている方ですね。まさか知らないんですか?」


 それ絶対に教科書の一番後ろとか隅の方に書かれてある誰も目を通さないところに書かれてある情報だよな? 社会科の教師も授業で一度も触れなかったことを昨日のことのように覚えているぞ。


「知らんな。代わりに、アダムスミスなら知ってるぞ」


「ミーハー丸出しですね」


「ほっとけ」


「それはそうと、資本主義にも社会主義にもある意味属さない方法が一つだけありますよ」


 経験則から、なんとなく嫌な予感がしてみるが、自分が始めたことなので、ここでそれを聞かないわけにはいかない。


「ふーん。で、その方法っていうのは?」


「社会という巨大な機械から抜け落ちた歯車のような存在。世間一般的に、ホームレスと呼ばれている方々ですね」


「それじゃ本末転倒だ。俺は働かずして、金を手に入れたいんだ。仮に今ホームレスの仲間入りを果たしたら、世間体が悪い。すぐにここを追い出されるぞ」


 別に俺は、彼らを馬鹿にするつもりは毛頭ない。なぜなら、自分の生き方は自分で決めるものだし、誰かから否定されていいものではないから。すべてを物差しで測ることは現実的に不可能なことだから。それぞれ取り巻く要因を知ることは、不可能。だから、俺は誰かの生き方を否定したいとは思わない。そして、こんな回りくどいことを考えているが、結局行きつくところは初めから決まっていた。


「では、働くしかありませんね。すでに私達は、社会の歯車として機能しているのですし。それにホームレスの方々も、何かしらの形で社会に貢献しているのですよ。かつて日本で起きた『阪神淡路大震災』の時に、関東在住のホームレスの方々が被災者の方々にブルーシートや段ボールを用いた仮の宿の作り方を教えるためだけに、関東から被災地まで赴いたという話を聞いたことがあります。世間から煙たい存在として認知されている彼らのおかげで、救えた命がどれほどあるでしょうか。彼らでさえ、このような形で社会に貢献しているのですし、ユウト様ももっと考えるべきかと」


 言い終えると、アスナは豆腐入りの味噌汁を口にした。世捨て人のような彼らは、社会また自ら離れて行ったのかもしれない。後者前者関わらず、もう一度社会に参加しようとするのはそれなりの覚悟がいるだろう。彼らの行動理由が、炊き出し目的だとしても、それには善意が含まれている。そして、彼らの善意によって救われた命があるのは明白。つまり、どういう気持ちで行動するかによって、その行動が与える影響は違うのだ。俺に当てはめて考えれば、豆腐を売ることで誰かのお腹が満たされ、おやっさんの懐も満たされる。そう考えると、これも奉仕活動のようなものではないかと思う。なら、やるべきことは一つだ。ツボミを見ると、勉強のつもりか俺がプレゼントしたメモ帳に何やら書き込んでいる。勉強することはいいことだ。将来今の俺のように、働いたら負けなどと言わない立派な大人になってもらいたいものだ。


 その時、ふと新鮮な気持ちになった。今のアスナとのやり取りは、以前の俺がしていたものに近かったからだ。あの時は、この世界のことを楽観視していたのかもしれないと今なら思う。だから、死にかけた。もし、イフリートが俺の中にいなかったら。もし、イフリートが俺を救おうと思わなかったら。俺は今、ここにはいない。体に寒気が走った。それをおさめるために、自分の味噌汁に手を伸ばす。だが、思った以上に時間が経ったせいで、味噌汁は俺の体を温めてはくれなかった。


 すると、横から手が伸びてきた。それは、アスナの手であった。そのまま、俺の手にある空のお椀を優しく取ると、新しい味噌汁を注いでくれた。そして、それを俺の手にやると、中断していた食事の続きを行う。


 新しい味噌汁は、お椀越しでも温かいことが分かる。俺は、それを一気に飲み干した。少し熱いと思ったが、彼女がくれたこの味噌汁には、温もり以上のものを含んでいたように感じた。


 いつもの風景のはずなのに、ほんの少しだけ違うように俺には思えた。



 


 食事を終えた俺は、なんの疑問を抱かずにおやっさんの待つ『ササノユキ』に向かおうと、身支度をしていた。そんな俺の様子を見たアスナが不思議そうに、こちらを見ている。なんか用か? という表情をすると、アスナがある衝撃的なことを口にした。



「今日って、お休みでしたよね」



 全俺が泣いたのは、言うまでもなかった。 

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― 新着の感想 ―
[一言] 資本主義と社会主義の説明がとても分かりやすく説明されていて興味深かったです。 でも、「社会という巨大な機械から抜け落ちた歯車のような存在。世間一般的に、ホームレスと呼ばれている方々…
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