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彼女とクラスメイト達に裏切られた絶望者は異世界を夢想する  作者: 滝 清幹
第四章;堕落した神々との戦い・和の国編
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マイスウィートホーム


 忍者男と別れて以降、先ほどのような事件にも巻き込まれずに無事仮の住まいである長屋に到着することができた。近くに木戸番が駐在する小屋があり、そこから木戸番を務める年配の男性が俺の方を見ていた。ここに来てまだ日は浅いが、すでに彼とは顔見知りになったのでまずあちらから挨拶のつもりか、手を軽く上げて来た。なのでそれに返すように俺も片手を上げ返した。しかしながら、今だに名前は知らない、というか聞いてないな。若干後ろ髪を引かれながらも俺はその小屋の前を通り過ぎ、今お世話になっている部屋の前に立ち、手をかけゆっくりと扉を開けた。


「おいーす、ただいま帰りましたよ~」


「あっユウトさん! お帰りなさい! 今日はいつもより遅かったのですね。何かあったんですか?」


 部屋の奥からこちらに走って来たのは、出会った当初とは見違えるほどに表情を見せるツボミである。そう思うと、ここに来てからそれなりに時間が経ったのだと思えてくる。社交辞令のつもりではなく、本心からそう訊く彼女にたった今起きた例の出来事を話そうかと思ったが、変に心配させる必要もないので言わないことにした。

 

「ああ、豆腐屋のおやっさんと少し長話をしすぎたせいだな」


 そう言ってツボミに豆腐入りの桶を見せると納得した様子であった。別に嘘ではなく事実を伝えたのだが、俺の胸を締め付けるなにかがある。どうやら心というものは、脳にではなく胸にあるようだ。しょうもねー。ホントしょうもないことが考えながらツボミを促し、部屋に向かった。部屋に入ると、すでにアスナも帰宅していたようであった。。炊事場の方から夕飯を作っている音が聞こえてくるからだ。だからツボミがエプロンをしていたのか。数分経った後、炊事場から皿に載せた夕飯をツボミと一緒に持ってくる目の死んだアスナが来た。仕事をこなした後、家に帰って夕飯の準備をしたりするなど大変だというのは言わずもがな。お勤めご苦労様です。休日手が空いていたら、俺特製冷奴を作ってやろう。調理時間は僅か一分、すべておやっさんの店から引っ張て来た出来合い物だがな。


 机に二人が作った夕飯と俺が持って返って来た豆腐を載せて、合掌をし、夕飯を食べ始めた。横目でアスナを見てみたのだが、ツボミに比べ箸の進むスピードが遅い。


「アスナ、いつもお勤めご苦労様。そのうち俺が夕飯作りを代わってやるから、元気出せ」


「はぁー、別に元気がないわけじゃないですよ。仕事でいろいろ気を遣わないといけないので、それが大変だなと思っているからです」


「そうか。なら俺が気を遣ってる。ほれ、これやるよ」


 なけなしの豆腐一丁をアスナの方にやる。俺の純粋な気遣いからの行動であるのだが、アスナはそれを突き返した。俺的に比較級よりも更に上の最上級のつもりだったのだが、お気に召さなかったようである。


「変な気遣いは無用です。それはそうと、来月あたりに『神田祭』という御祭が開かれるそうですよ」


「その話なら俺もおやっさんから聞いたな」


 いきなり何かと思えば、おやっさんが話していた話か。小学生じゃあるまいし、特に行きたいとは考えていないが。俺は一旦箸を止め、視線の端でもじもじしている人物に目をやった。


「ツボミは、この祭りに行きたいのか?」


「! で、でも私、咎人だから......もし、誰かに見つかった時にお二人に迷惑を掛けるかもしれませんし......」


 消え入りそうな声でツボミはそう言った。


 彼女とのいう咎人とは、この国において罪人以上の者をさす。あの日、セイキチ達の言っていた人相書を見た時、そこには彼女を含む彼女の父親、母親、そして姉の四人家族に対して、国家転覆罪という最も重い罪が課せられていた。内容は、パンゲアの方から来た人種を迎え入れようとしたためであるという。だが、ツボミにはそれをしようとした記憶も、何なら家族の記憶さえないらしい。現状を完全に把握していない以上むやみやたらに動くべきではない、とツボミ自身分かっているのだろう。そして実際にそれが正解だろうし正論だと思う。だが生憎、俺はこういった正論は好きではない。


「別に少しぐらいなら大丈夫だろう。仮面も付けているんだし。それに俺は、ここの祭りがどういうものなのか少し気になるから、それのついで祭りを見て回ろうかなとたった今考えた。だがら遠慮する必要なんてない。というか逆に遠慮されると気が滅入る」


 さりげない俺の気遣いにアスナは、我が子の成長に喜ぶ母親を装う風にうんうんと頷いている。


「でも......」


「ここに来てから、あんまり外出とかもしてないだろ。単なる気分転換だと思えばいいよ」


「......ホントに、いいんですか......?」


 俺達の反応を見たツボミは、まだ躊躇っているように思えた。なので、最後の一押しのつもりで俺は言った。


「そういう気配りは年長者の役目だ。だから、つぼみは祭りを楽しむことだけを考えればいい」


 壁越しに何を言っているかは分からないが、心の底から楽しそうに一家団欒を過ごすお隣さんの声が聞こえてくる中、聞き取れないほど小さい、だが心の底から沸き立つ喜びを隠せない返事を俺とアスナは聞いた。その日初めて、ツボミは本当の意味で俺達と打ち解けたと感じたのだ。









「ツボミはもう寝たか?」


「ええ。つい先ほど。お祭りが待ちきれないと言って、楽しそうでしたよ」


 ツボミが寝ている部屋の障子を見ながら、アスナ自身も楽しそうである。現在の時刻はすでに夜の12時を回ろうとしており、耳を澄ましても人の声一つしない。その代わりどこからともなく、ジーーという虫の発する音色が聞こえてくる。この季節の風物詩といっても過言ではないだろう。


「今の季節は、たしか夏だったな」


「ええ、祭りと言えば夏を連想させるものですし、今まさに聞こえてくるこの虫の音もそうです」


「たしかクビキリギスだな。あのスマートなヴィジュアルをした」


「そう辺りを見回しても、この部屋にはいませんよ。そういうところは、相変わらずですね」  


 俺の様子を見たアスナは、苦笑いなのか何かに安心したのかどちらとも取れない笑みを浮かべていた。前振りはこのぐらいでいいだろう。帰ってきてからずっとしこりのように引っかかるなにかを取るために、俺はあることをアスナに訊くことにした。


「今日何かあったのか?」


 すぐに笑みが消え、代わりに不安の一文字がアスナの顔に張り付ている。図星のようだ。


「私が働いている場所は、勿論ご存じですよね?」


「あー、日本でいうところのキャバクラだっけ?」


「近からずも遠からずです。現在私が働いている場所は、国公認の遊郭である岡場所の一つ『ランギク』と呼ばれるところです」


 ああ、思い出した。たしか、手っ取り早く金が稼げて、いろいろと役得な店はないものかと考えた結果、そこにアスナは自主的に、しかしほぼ強制で行かせたんだっけ。


「今ここでそのことを出すということは、良くも悪くも何かあったんだな」


「ええ。『ランギク』という場所は、国公認。言うなれば、国に使える者達が赴くというのは、自然なことです」


「たしかに、変なところに行って、変なことして、変なことに巻き込まれたくないからな。そういうことだから、国公認であれば安心して変なことをしに訪れることができる」


「言っておきますが、『ランギク』はそこまで変なことはしませんからね。お酒を注いだり、前に出て踊ったりするだけですし」


「はいはい、それでどうしたんですか?」


「はあー、それで今日、あの城に使える数人の武士が店に来たんですけど、丁度その時彼らの声が耳に入って来たんです。それは、近々ある部隊を投入するという話でした。もちろんその目的は、ツボミちゃんと捕まえること」


 やはりアスナをあそこに送り込んで正解だったな。大抵酒に酔った奴は口が軽くなるからだ。そうやって後でそれが上にバレて、上司から肩をやさしくたたかれる。誰だって予想できる展開だが、酒の前では誰もが無力であろう。つまり俺がいいたいことは、酒とそれを手伝ってくれる綺麗の女性には気を付けないさいということだ。


「ある部隊、ね」


 にしてもたった一人の少女を捕まえるためにすることなのかと考えたが、ここでのツボミの罪がどれほどのものなのか分からないので何とも言えない。だが、どれほどの兵力からは知らないが、国が彼女一人のために何らのかの策を打つということから、罪以上の何か他のものがあると思わせられる。


「聞いたところでは、闇に溶け込み、どこからともなく姿を現す部隊だそうです」


 あー、それ俺分かっちゃったわ。つい数時間前にその闇に溶け込んでた奴一人見ちゃったわ。


「それなら、家に帰る途中見たな」


「へー、家に帰る途中で......家に帰る途中で!?」


「おお、家に帰る途中でだな。てかあんまし大きい声出すと、ツボミが起きるぞ。ついでに近所迷惑」


「そ、そうでした。すみません。というか、なぜそのことを話さなかったのですか?」


 まったくこいつは、配慮が足りてないな。最近俺の方が一歩リードしているんじゃないのか?


「馬鹿かお前は。俺がそのことを話して、うっかりお前が追加情報で例の部隊のことを話してみろ。ツボミが肩身が狭くなるだろ、今以上に」


「た、たしかに。私としたことがうっかりしていました。それでは、このことを踏まえて今後の対応はどうしますか? このままでは、時間の問題でしょうし」


「そうだな......」


 そこで一旦目を閉じて考えることにした。外からの情報を一度シャットアウトし、今取り巻いている問題だけに焦点を当てるためにだ。まず最初に挙がってくる問題は、アスナのいうように時間だ。今のところ周囲におかしな気配はない。ここでいうおかしな気配とは、悪い奴とかではなく、普通ではない奴を指す。あの時の忍者は、ここでは一般的でない手段で、あの男を殺していた。あれからは悪い何かは感じ取れなかったが、おかしな気配は感じ取った。そしてそれは、ここに来て二度目だ。一つ目は、堕ちた神のそれだ。

 そうだ、忘れてはいけない堕ちた神がいたじゃないか。ここ最近は、金稼ぎで忘れてしまっていた。先ほどの気を付けるリストにやりすぎバイトも追記しておく必要があるな。んでだ、話を戻して今回のことにそれらが関わっている可能性が高いと考えられる。つまり、かなり面倒くさい。強さ云々ではなく、あちら側に人がいては、迂闊に本気を出せないからだ。ということは、堕ちた神と人との分断を狙うしかないな。さて、どうしたものか......。


 その後、この後起きるであろう展開を予想し、それに対する予防策などを立て終えた俺は、慎重に瞼を開いた。俺の返事を待つアスナは、まるで時代劇に出て来る殿様に仕える武士のそれであった。俺は大仰に頷き言った。


「俺とアスナ、どちらかが常にツボミの傍にいれば問題ない。以上! 解散!」


「すくなッ!! 予想したよりも遥かに単純ですけど、大丈夫ですか!?」


「いいか、よく考えるんだ。お前の聞いた部隊というのが、隠密部隊だということは何となくだが想像できるだろ? それでだが、そんなのを生業にしてきた奴らから何かを隠そうすることは困難を窮するのは言うまでもない。だから今俺達ができることは、なるべく周囲にツボミの正体が知られないようにするために、二十四時間ツボミの傍にいることだ。これ以上の対策を今の俺は思いつかない。もし、お前にこれ以上の案があるなら、どうぞ俺の意見をぐちゃぐちゃに否定してもらっても結構だ。俺はいつでも最良の案を求めているからな」


 それを聞いたアスナは、いつものように顎を手で摩りながら考える体勢に入った。今言った通り、今の俺が思いつくのはこんな単純なことしかない。アスナがこれ以上の案を出せるなら、勿論それを採用するつもりだ。


「結局のところ、隠すに徹するということですか......。たしかに、私も何か一つのことだけに力を注ぎこんだことはありません。そういう面からしても、あちら側が隠密という点で上手だということは明白。それをどうにかするにしても、力技ではカミラ様との約束に反してしまう可能性がある。となると......」


 それから少し経って、アスナはゆっくりと俺の目を見た。


「現状から考えても、ユウト様以上の案は思いつきません。なので、その方向性でいきましょう。ただし、適宜適切にその時に応じて対策は練って行きましょう」


 よし。これでこの後の流れは決まった。にしてもやはり、誰からの賛同があるとこうも自分の意見に自身が付くんだな。これが現段階での最良の選択であることを願うばかりだ。


「オーケー、分かってる。それで早速だが、これをお前に渡しておく」


 カミラさんごめんなさい。俺は心の中で一言そう謝り、収納ボックスからあるものを取り出し、それをアスナにやった。それを見たアスナは、怪訝そうにいろいろな方向から観察している。まさか、見たことないのか?


「まさか、お前......iPhone知らないの?」


 現代人とは切っても切れない関係性にあるものだぞ。良くいうと、必需品。悪くいうと、一種の中毒性あり。転じて、アル中からから~!


「いえ、ニュースで取り上げられていたものは見たことがあるので、知らないというわけではありません。ですが、こんなに細かったでしょうか? 私が見たものは、もっと分厚かったような気がしますけど」


 iPhoneと聞いて分厚いが出て来るって、こいつまさ生きる化石なのか? 俺でさえも、実物は写真とかでしか見たことないぞ。だが、今のセリフから一応はiphoneを知っているようだし、アスナが生きていたのは2000年代頃ってことが判明したが、今はどうでもいいこと。

 

「マジか......。まあ一応知っているなら話は早いな。これは多分、お前が見た初代iPhoneから数えて九番目ぐらい雲孫の子のiPhone6sだ」


「へ~、やはりこれも、創造魔法で作ったんですね。ホントに便利な魔法です」


 そう言いつつアスナは、ホームボタンを押したりして、何かをチェックしている。俺もそれに倣い、自分用のiPhone6sを操作する。最新のものだとホームボタンがないという話を聞いた。多分それを知らなかった奴は歴史上俺が初めてではないかと思われる。そして、今だに最新機種ではなく第9世代の6sを使っているは俺だけではないかと思われる。言い換えるならば、生きる都市伝説というところか......。あ、そういえばまだあのこと伝えてなかったな。


「そうそう、後これは調べものとかはできないけど電話とかはできるから、そこんところ覚えておいてくれ」


「スーハー......分かっていますよ、もう驚いたりしません。どうせオーブリー様にでも頼んでいたのでしょう。あの時もそんなことを話していましたし」


 あの時というのは、海神戦のことか。俺の持つこれが使用可能にできるようになったと、オーブリーが伝えたんだな。にしても、どうやって電波とか持ってきたんだ? 今度会った時に覚えていたら(イフリートを使って)訊いてみるか。


「察しが良くて助かるな。そういうわけだから、何か非常事態が起こった時には電話してくれ。俺もそうするから」


 アスナがそれに頷くのを確認した俺は、そのまま床に就いた。バイト疲れもあり、眠りの就くのにさほどの時間もかからなかったが、頭の片隅はこれから起こるであろう問題が付かず離れず居座っていた。ツボミの罪、アスナのいっていた謎の部隊、そしてその裏にいるであろう堕ちた神の存在。現状やることは限られている。今の俺にできることは、眠ることだけだ。そして、回復した体に鞭打ってバイトをすることだけだ。いやだー、やりたくねー、でも金はほしいー。

 そんなことを考えているうちに、俺は眠りに就いたのであった。


 



 

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[一言] 「この小説読んでいる人はいるのでしょうか?」 安心してください。ここにいますよ。待っていた人が。 あと、中間テストは死ぬ運命にあった。もしくはそんなものは存在しなかった、と私は強…
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