本音と建前
先の竜神戦以上の魔力と引き換えにして、無意識にユウトはそれを発動した。それは、リヴァイアサンの進行方向つまりは、ユウト達の目の前で展開される。その場にある空間が裂け、何もない空間が拡大された。そこから一本の白い手が出て来た。それを知覚した瞬間にはもうすでにその手は、リヴァイアサンの顔の一部を掴んおり、それから脱出しようと試みるも抵抗空しく、リヴァイアサンは無残にも空間に引きずり込まれる。
「どうやら近づいているようやなあ」
以前同様、その空間から何者かの声が聞こえてくる。その声が聞こえているのはずのユウトは、目に見える反応を示さない。それを知ってか知らずか、その声の主は締めくくるようにして言った。
「『高天原』で待っとるけん。はよ~こいこい、リンドウやあ」
そして後には何も残らなかった。もちろんついさっきまでいたはずのリヴァイアサンも、見上げるほどの巨体を跡形もなく消していた。
「まさか......ありえない、憑代まで使えるのか......」
自分と同等の力を持つリヴァイアサンが、突然消えたことと何か別のことで驚いた様子のディランは、それの使用者であるユウトに向けている。
「茶番はもう終わり......降参しろ。お前の負けだ」
興味がないと言わんばかりの表情で、ユウトはディランにたった今出した黒刀を向けて言う、ディランの魔力が底を尽きているのを、ユウトは知っていたからだ。言い当てられたことに気づいたディランは、悔しそうに唇を噛んだ。
「......私の......負けだ」
そう絞りだすようにして言うディランを横目に、ユウトは収納ボックスから一振りの刀を取り出し、部屋の端に向かって歩き始めた。ディランもアスナも、彼が今から何をするのか見当もつかない様子で見ている。そして、部屋の端に辿り着いたユウトは、水中にその刀の先を入れて言った。
「ムラサメ、浄化しろ」
ムラサメが青く発光する。それは徐々に輝きを増し、数秒後には部屋全体を覆うほどの光力になった。その様子から何かを感じ取ったのか、ディランは静かに涙を流し始める。そして数分後、ムラサメが発光を止めた。それを確認したユウトは、ムラサメを水の中から引き抜き、ディランの目の前まで歩いて行く。
「これでいいだろ」
「どうして......私の願いを......」
ディランは気づいていた......すでに、このオケアヌスからごみが一つとして存在していないことに......。
「あ? あんたの願いだろ、嬉しくないのか?」
「そうではない。私は君を殺しかけた、なのに何故君は私の願いを叶えてくれたんだ?」
「何だよそんなことか。今俺は死んでねえー。それとあんたの願いは、別にあんただけのためじゃない。魚人族には世話になってるから、彼らのためにしただけだ。だからあんたはついでだ、ついで」
それに、とユウト言う。
「あんたが本気を出せば、この大陸すぐ消せるだろ。あのリヴァイアサンを使役すれば一発だ。それだけの時間もあったんだし」
「......」
「だが、あんたはそれはしなかった。その理由が俺には分からなかった......だから考えたんだ。そして、ある答えに行きついた......」
この短い間の戦闘とイフリートと共有した記憶から導き出された答えを、ユウトは口にする。
「あんたは分かってたじゃないのか? それをしたとしても、本当の意味においては解決しないっていうことに」
「......」
ディランの無言を肯定と取ったのか、ユウトはなおも話し続ける。
「あんたがやろうとしていることは、誰かの犠牲の上で成り立つオケアヌスの平和だ。今回の場合でいえば、この大陸に住んでいるすべての種族の命だな。たしかに、あんたがそれをしていたらすべての種族は滅んで、オケアヌスは元の綺麗な姿に戻るだろう」
「......」
「だが、あんたはできなかった。それはあんたが、落ちたとは言え元は神だから。自分のしようとしていることは合理的だが、論理的ではない......感情的だ。それは解こうと思って解決できるほど簡単な問題じゃない。あんたはそんな難問にぶつかった。だから、口にはするが行動に移せなかった。......今日までは」
「......」
「あんたの誤算は、今日俺達が来たこと。そのおかげ決心がついたんだろう。だが、誤算はそれだけじゃなかった。俺の中に大精霊がいたことに気づくことができなかった。だから負けたんだ」
まあ俺も知らなかったけどな、とユウトは付け加えた。
「だが、そのおかげであんたの抱えていた難問は解消することができた。......たった今、俺の手で」
「......すべてお見通しということか」
水に変化するトリアイナ。武器を消したということは、完全に降伏した証拠である。ディランのすべきことは、ユウトの手によって解決された。彼がここにいる理由は、もうない。
「私を殺せ。それが私ができる、君達への贖罪だ」
それが当たり前のことのように言うディラン。覚悟と決めた彼を見たユウトは、一言こう言った。
「それは俺の役目ではない」
ディランがその意味を尋ねようとする前に、ユウトは日の光によってゆらゆらと揺らめきながら、光を反射している水中を見上げる。
「オーブリー、いるなら出てこい。後はお前の役目だ」
瞬時にその場に光の柱が出現した。ユウトはただジッと、アスナは目を丸くし、ディランは懐かしそうに、それぞれその人物を見ていた。
「こんにちは、ユウト君、アスナ君。前回同様今回も、世話になった」
「別に気にすんな。俺はしたくてやっているから」
「ど、どうもです」
降り立ったオーブリーは、今の二人の様子を見てどこか納得した様子だ。
「ふむ、どうやら二人とも随分成長したようじゃの。特にユウト君」
そう言ってオーブリーは、ユウトの目の奥を覗き込むようにして尋ねる。
「今の君はアスナ君よりも強い、あの時以上に。だから敢えて訊こう。今の君は.....どっちじゃ?」
「今の俺は、半分ユウト、半分イフリートだ。主導権はユウト、俺にある」
オーブリーから発せられる覇気を受けているはずのユウトは、事実を淡々と述べる以外何の反応も示さない。それを見たオーブリーは、どこか嬉しそうに頷いている。
「そうか、ならよかった。今の君ならもう何度も死にかけたりしないじゃろうからな」
「なんだ、やっぱ今まで見ていたのか。趣味の悪い爺さんだな」
「一応儂も上級神なんじゃが......」
わざとらしくそう言うオーブリーを見たユウトは、一瞬目を閉じて言った。
「イフリート曰く、『上級神も最高神も俺様の敵じゃねえ』、だそうだ」
「それが冗談に聞こえないから質が悪いのお......。やはり、『触らぬ精霊には祟りなし』という言葉は正しいようじゃ」
今度はあからさまに嫌そうに苦笑いをするオーブリー。彼は大精霊がどれほどの存在であるかを知っているからこそ、このような反応を取っている。
「あ、そうそう思い出した。ユウト君、例の約束できるようになったよ」
「え、マジで? 何だよ、そういうことは早く言えよ。うっかりイフリートと同化して、あんた消し飛ばしかけてたぞ」
「儂なんか言ったか!?」
「いや、今なんか変なことわざ作ったから、イフリートが『ジジイ消し飛ばずぞ!』って怒ってる」
「君から彼に謝っておいてくれ頼む! 対価は例の約束で充分じゃろ!?」
「まあそれなら俺から謝っておくよ」
手を合わせ懇願するオーブリーに、渋々ながらも納得するユウト。
その一連の流れの中で、いつもの彼に戻っていることに気づいたのは、この場ではアスナ以外いない。ユウトの快い返事を聞いたオーブリーは、胸をなでおろしていたが、その視線を目的の人物に向けた。
「久しぶりじゃの......ディランよ」
「久しいな、オーブリー。そんなに睨むな、今の私にはそれすら堪える」
射殺すような目つきで自身を睨むオーブリーに対し、ディランは苦笑いをして受け流す。そんな様子のディランの一つ溜息をしたオーブリーは訊いた。
「はあー......君は上級神でありながら、何故今回のようなことを起こしたんじゃ?」
「あの時も言ったと思うが、私の使命はポントス様の一部であるこのオケアヌスを守ることだ。それを汚されているのを黙って見守ることなんてできるはずがない」
理路整然と答えるディランを見たオーブリーは、少し悲しそうな表情をしている。
「......それに耐えることができなくなったのは、ジュード君が落とされたことが原因じゃな」
「......かもしれない。ジュードのように、私には妻や子供といった存在がいなかった。だから、それらを持つ彼と一緒に酒を飲むことで、それを忘れ、見て見ぬふりをしていたかったのかもしれない」
本当に、イフリートの言うように私は馬鹿神だ、と自嘲気にこぼすディラン。彼の様子を見たオーブリー、どこか気遣うかのように声を掛けた。
「どちらにせよ、君を連れて行かないといけない。彼もその先で待っているじゃろう」
「そういえばそうだったな......なら、久々にジュードと飲み直すか」
オーブリーのセリフを聞いたディランは、この世界に落ちて初めて顔を綻ばせた。オーブリーはディランを、その場所に連れて行こうと行動する直前、ディランがユウトに向き直ると。。
「ユウト君と言ったか。先ほどの礼がまだだった」
そう言ってその場で頭を下げるディラン。それを見たユウトが何か口にしようとする前に、その場に黒い稲光が光った。
「何かと思って来てみれば、使徒が二体に上級神が一体。そして......」
突然現れた、全身黒ずくめで、顔には黒で装飾された仮面を被る男性と思しき声の人物は、順に、ユウト、アスナ、オーブリーと視線を向けて最後にディランを見た。
「役立たずが一体か......」