異世界ロータリー
あの日から数日が経過した。村の中を散策する時、変に心配する必要もなく安心して歩き回ることができるようになった。しかし、その代償として俺に一つ、面倒事が増えてしまった。
「キャプテン! オケアヌス行こうぜ!」
「キャプテン、僕お腹が減ったー」
「キャプテン、私眠い......」
「キャプテン~! なんか外のお話して~!」
その面倒事というのが、ベルを含めた四人の少年少女達の子守りだ。面倒だと悪く言うつもりはないが、これが毎日続くとなると普通に疲れる。白髪が生えてくると思うぐらいだ。
流石の俺も、いきなり知らない人間に自分達の子供達を子守りをしてもらうのはいかんでしょ、そうジュリアさんを除く彼らの親達に対して思っていた。だが、俺の心配は徒労に終わったのだ。
『息子が子供から大人になる、そんな絶好の機会を親が消す訳にはいかないんです!』
いや、この年で大人の階段登っちゃあかんでしょ。流石の俺でも、小六で階段の一歩目(保健の授業)しか登ったことがないんだぜ? まだ早いからやめとき。
『外の食べ物の話とかしてもらったら、うちの息子も喜ぶと思いますし』
おい、『も』って何だ。それ息子さんだけじゃなくて、あんたも含まれてるじゃねえか。加えて、それだけのために自分の息子を送ることができるって、一体どういう神経してんだ?
『いや~、それにしても若いってですね~』
あっ、あん時の人か。てか、そのセリフ以外喋れねえのか? ゲームのNPCかと思ったぞ。
そんな感じで現在の状況に至るってわけだ、まったくわけが分かんねえ。
「ちょい待ち。一気に話すから誰が何を言っているか訳が分からん」
残念ながら俺は聖徳太子じゃないからな。一度に話しかけれられ、それに適格に答えれる能力なんてもの持ってない。なので、思い出しながらそれぞれに回答することにした。
「えーまず、デーヴ。オケアヌスは昨日行ったので、今日は行かないからな」
それを聞いた茶髪のデーヴは、あからさまに不満げな顔になる。
「えーいいじゃんかよ。減るもんじゃないんだし」
「そういう問題じゃない。単純にかったるいだよ」
デーヴ達は水中だからそれほど暑さを感じないかもしれないが、俺の場合は船の上が戦場だからな。そういうわけで照り付ける暑さの中で、釣りをするのは面倒だしすぐに飽きてしまうからだ。
すると、デーヴは手を頭の後ろで組み、勝ち誇ったような顔になった。
「そう言って俺に負けるのが怖いんだろ。やっぱキャプテンもまだまだだな」
「おい、今の言葉忘れんじゃねえぞ。あの時のがまぐれじゃないことを、今日証明してやるよ」
「いいぜ、受けて立ってやる!」
計画修正。この後、オケアヌスに出向くことが確定した。
「そんじゃ次に、ビアンカとチャーリー。今、朝だぞ? しっかり寝て、朝食取ったのか?」
そう言いつつも、すでに眠りかけの水色の髪をしたビアンカを背負い、お腹の虫をぐうぐう鳴らしているぽっちゃり体型で焦げ茶色の髪のチャーリーに、村の店で袋詰めで売っていたお菓子を手渡す。
「最後にベル。外の話はいつも話しているじゃないか」
「だってキャプテン、内容を少し変えて話すからつまんな~い」
やっぱバレてたか。ちなみに具体的内容は、『ギル、ショタコンに目覚める』、『ギル、死す』である。ギルのオールスター感謝祭だ。感謝できるところでとことん彼の話をぶっこんでいかないと、すべての感謝を返しきれないからな。まあだから、気づかれたんだけどな。
「ならそうだな......ある神様の話でもしてやるから、それで勘弁」
「あるかみさまって何~?」
「人の扱い方がうまい爺さんだ。詳しくは、今日の活動が終わってからだ」
一旦ベルとの話を切って、俺は三人を見回した。そのいつもの行動から察した彼ら(ビアンカは除く)は、気をつけの姿勢をする。それを確認してから、俺は口を開いた。
「よし! ではこれから奉仕活動を開始する。だがその前に、恒例の『異世界ロータリー四か条』をそれぞれ言うように。では一か条をバードからだ!」
「困った人がいたらぜってぇー助ける!」
「ザッヅライ! その通りだ! この奉仕隊、『異世界ロータリー』の存在意義はそれだ!」
地球には、『国際ロータリー』という連合組織がある。それから捩って、異世界ロータリーという団体名にしたのは言うまでもない。
「次にチャーリー!」
「お腹が......減ったら......キャプテンを呼ぶ!」
口をモグモグさせながら、チャーリーは言っている。明らかに確信犯だ。ついでに、チャーリーの場合は四六時中呼ばれること確定じゃねえか。俺は雇われ料理人じゃないから、無理な相談だ。
「喋るのか、食べるのどっちかにしろ。それと、お腹が減ったじゃなくて、何かあったら、だ」
それを聞いたチャーリーは、先ほどあげたお菓子を食べ始めた。どうやら食べる方を選んだようだ......。まったく締まらねえなおい。
「しゃーない。では次にビアンカって、寝てたな。ならいいーー」
「キャプテンの言うことは絶対!」
「っとおおビビった!」
寝ていると思っていたビアンカが、突然俺の耳元で叫んだ。そのせいで、耳がキーンとなってしまった。なので、俺はビアンカに一言言おうと振り返る。
「何だよビアンカ起きてんならーー」
「スースースー」
「ああ、寝言か」
背中で気持ちよさそうにスヤスヤと寝ているビアンカの表情を見てしまった。その様子を見てしまったら、先ほどの気持ちは氷のように溶解したのは言うまでもない。
「それでは最後にベルだ」
「危険なことはしな~い!」
「その通り。『命あっての物種』ということわざがあるように、何事も命がなければなにも成すことはできない。これは四か条の中でも一番大切なことであり、絶対に守らなければならないことだ」
俺はビアンカを背負ったまま彼ら一人一人を見ながら言う。それに対して彼らも、先ほどまでとは違い真剣な顔付きで頷いていくれた。やっとまともな雰囲気になったような気がする。
「では改めて、これから『第五回奉仕活動』を開始する。全員俺の後を付いて来るように」
「「「了解!!」」」
四人を引き連れて俺は、今日の活動に乗り出した。
「早く行こうぜ! キャプテン!」
「分かったから裾引っ張んな。伸びちゃうじゃねか」
今日の奉仕活動が終わるなり、デーヴはすぐ俺の裾を引っ張りながら、足早に海岸に向かい始めた。デーヴを除く三人の表情を見てみると、明らかに疲れているような感じだ。だが、ビアンカは終始俺の背中で寝ていたはずなのに、一体どこで疲れたんだ? まあ寝過ぎて疲れてしまうっていう話を聞いたことがあるが。
「それに魚は逃げねえんだし、急いでもあんま意味ないだろ」
「そういう問題じゃなくて、早い方がいいに決まっている!」
まったく聞く耳を持たないデーヴ。彼のこの様子には理由がある。それは、結婚だ。コイツ何言ってんだ? と思ってしまうのも仕方がない。現に俺もこれを聞いた瞬間、発展途上国じゃあるまいし、早すぎじゃね? と思ったほどだ。だが、詳しく聞いたところ、この村では子供のうちにどれほどの魚を捕まえたことがあるのか、ということが結婚に大きく関わってくるらしい。そして、二十歳になった時にそれを参考にして、結婚の是非を決めるらしい。なんかものっそい田舎の風習みたいだ、やっぱ意味分からん、というのが聞き終わった時の感想だ。まあ異世界では普通のことなのかもしれないし、そこんところについてはよく分からん。
そんな他愛のない会話をしながら、一旦村に向かうことにした。魚を捕まえるにしても、俺は泳ぐのではなく釣り竿で捕まえるので、釣り竿が置いてあるベル宅に戻らないといけないからだ。
だが、村に近づくにつれてざわめき声が聞こえ始めた。村を出る前とはあきらかに様子が違う。四人も頭を捻っており、俺と同じ感じの様子だ。それに釣られた俺は、四人を連れてその方向に足を運ぶことにした。
「それでテッドさんはどうしたんですか?」
「すみません。突然モンスター湧き出してしまい、隊長は俺達を逃がすために......」
「そうですか......」
ざわめき声の中心と思われるその場所には、数人の魚人族の兵士と彼らに質問をしているゾルさんの姿があった。まず目を引かれたのは、彼らの風貌だった。身に纏っている装備品は、すでにその役割を終え、もうあってもなくてもいいほどボロボロで、露出している顔や腕といったところには、彼らの言うようにモンスターからの攻撃痕と思われる、切り傷を見ることができた。
そんな彼らは、次々来る木で作られた担架によって、診療所に運ばれて行かれる。どうやら彼ら以外にも、負傷した兵士がいるようだ。
「では、これからテッドさんを救出しにいかないといけません」
「しかし、戦闘ができる兵士のほとんどが重傷なので......」
「たしかにその通りですね......」
「あの~、ゾルさん。ちょっといいですか?」
俺は四人を離れたところに待機させておいて、比較的傷がひどくない兵士の人とゾルさんの会話に割り込むと、二人とも驚いた様子だ。
「これはこれはユウトさん。何か御用ですか?」
「いや、なんか村に戻って来たら、村の様子がおかしかったので、それが気になり調べていたら、ここに来たんですが」
それで納得したゾルさんは頷き、説明し始めた。
「以前ユウトさんには、ダンジョンについて軽くお話ししたと思います。私達の村では、あなたが来る以前からそのダンジョンに、調査隊の方々に調査に行ってもらっていました。毎回無事帰ってこれていたので、今回はいつもより長期の調査に出向いてもらうことにしたのですが、今回に限って彼らの帰りが遅かったのです」
なるほど、だからここ数日のジュリアさんの様子がおかしかったのか。
そこで一旦ゾルさんは、まだこの場に残っている他の負傷した兵士の人達を見回す。
「そして今、彼らは帰ってきました。無事帰って来たとはいえませんが、一応は帰ってきてくれました。ですが、調査達の隊長を務めるテッドさんという方だけが、今だ戻って来ていません。先ほどの会話が聞こえていたと思うので、ある程度察していると思いますが」
その時、ゾルさんの目線の先にベルがいることに気が付いた。つまり、そういうことだ。
「そのテッドさんという方は、ベルの......?」
「ええ。ですので、彼女達の耳に入る前に、早急に救出隊を組まないとーー」
「あの人はどこですか!」
ゾルさんの声を遮り、そう嘆くかのように叫んだ人物は言うまでもない......ジュリアさんだ。彼女の目は赤く腫れあがっており、その事実を知った上で、それを否定するかのように言っているように俺には思えた。そんな中、自身の母親が来たことに気づいたベルは、すぐ彼女に駆け寄って行った。
「ママどうしたの~?」
「ベル......うっくうっ、ううっううっ......」
自分のことを心配するベルを見たジュリアさんは、この場で見せなかった、堪えていたはずの涙を初めて見せ、ベルを抱きしめ嗚咽を漏らしていた。この状況を飲み込めていないベルは、あやすかのように優しくジュリアさんの頭を撫で始めた。
「ともかく、今は一刻を争う緊急事態です。すぐに隊を組んで、救出に向かいましょう」
親子の様子を見たゾルさんは、顔に苦痛に歪めながもそう言った。だが、その必要はない。
「それなら代わりに俺とアスナが行きますよ」
いつの間にか、傍に立っていたアスナと自分自身を指差しながらそう言うと、その場が静寂に包まれてしまう。誰しもが、俺の言っているその意味を理解することができないのは明白だ。案の定、まず初めに口を開いたのはゾルさんだった。
「ダメですよ、ユウトさん。あなた方は、この村の大事な食客です。あの時、たしかにそのような約束をしました。しかし、今はその危険性を知ってしまいました。知った上で、危険なダンジョンに向かわせるなど、言語道断です」
絶対に行かせはしない、という雰囲気を全身から出している。だが、こうなることはなんとなく予想できていたので、俺は別の動機を言った。
「いえ、別にそいういわけで行こうとしているわけではありません」
「なら、彼女達のことを不憫に思ったからですか?」
「それも理由に一つです」
誰だって救いたいと思うのは当たり前だ。だが、それだけではゾルさんを納得できないような気がする。
「ですが、それ以上の理由があるからです」
「では一体何があなた方を動かしているんですか?」
「別に大した理由ではありません」
そう断って俺は、当たり前のことのように言った。
「俺達はベルの家にお世話になっています。なので、これは、単なる......恩返しですね」




