裏切りと絶望、そして......
先ほどの戦闘を終えた俺達は、あの後も何回かの戦闘を繰り返しながらも順調に歩みを進め、とうとう今回の目的地である50階にたどり着くことができたのだ。
そして今現在俺達はフロアボスの部屋の前にいる。ボスの部屋の扉を見てみると横3メートル、縦5メートルでなんかすごい幾何学模様が描かれていた。イメージとしては扉全体に大きな細部まで精巧に描かれた魔法陣があり、その中央付近に二人の人の形をした者が向かい合っている構図である。
なるほど、つまり言いたいことは......なんかかっこいいな。
まあこういうのはそれ自体にはあまり意味はなくて、客観的に見てその独創性をそれぞれが考えるといった目的で作られているような気がする。
そして現に今俺同様扉を見ている影井兄弟達は、それぞれ自分の腕をさすっている。おいおい大丈夫か? 間違っても封印解くんじゃあねえぞ、同調して俺の右目も解かれてしまう可能性があるからな。
なんとなく右目を付近を触りつつ俺は、ダニーから聞いたボス部屋の情報について俺なりに整理することにした。
ボス部屋それぞれ50階が、まあまあ強いねボス。100階が、かなり強いねボス。といった具合に50階毎に存在している。俺達がこれから戦う略してまあボスは、ジェネラルミネラーと言う名前で、先ほどゴリラが仲間割れして戦ったミノタウロスの王様らしい。今のところの調査によると、各ボス部屋に配置されるモンスターは変化しないので今回は、それが俺達にとって初めての実戦相手になるのだ。そんなジェネラルミネラーの適正レベルは20ほどであるとダニーは言っていた。
ちなみに今の俺のスターテスはこれだ
名前:リンドウ ユウト
年齢:17歳
種族:人族
天職:暗黒魔術師
レベル:18
体力:900
攻撃:810
防御:850
俊敏:1400
魔力:1300
魔抗:1300
知力:900
運:100
スキル:影牢 影針 言語理解 鑑定
称号:異世界人 死神の加護 死教の教祖
死教の教祖:初めて死神を信仰対象として扱った者が貰える称号。少しカリスマ性が増える......かもしれない。
称号についてはかもしれないって何だよ!? なんか何者かの意図が絡んでいるような気がするぞ。
とにかくだ、見て分かるようにどうやら俺のステータスはレベル1ごとに運以外が+50されている。
アリシア曰く、個人差はあるが概ね+50だそうだが、ほかの種族は例外として考えるべきだとも言っていた。 加えてレベルを上げるごとにレベルは上がりにくくなる。これはゲームと同じ考えで経験値の問題だろう。
そしてお気づきかもしれないがスキルに新しく「影針」というものを得た。使ってみると、地面から黒いでかい円錐型の針が出てきて、モンスターを貫くというものだ。使っていた気が付いたこととしては、魔力をどれだけ消費するかによってそれ大きさと数が増えるようだ。しかしシンプルイズベスト! 俺はこの精神で物事を都合よく考えるのであまり文句は言えないし、そもそも初めての攻撃魔法なのだ。ここで何か文句を言って消えたりしたら、「あんまりだぁぁぁぁ!」とエシディシよろしくなってしまうから気を付けないとな。
まあレベルについては俺でこのぐらいだから他の奴はまだ高いだろう。
「それでは今からボス部屋に入る! だが何が起きるか分からないのでしっかり注意を払ってくれ!」
ダニーの言動から分かるようにボス部屋のモンスターについては判明しているが、ごく稀にイレギュラーなことが起こるそうだ。
稀にと言ってもオケアノスと呼ばれる、この大陸を取り囲んでいる海のようなところに指輪を沈めてそれを発見することに等しいらしい。
だから俺は、なんだよそれじゃあ大丈夫じゃんと思った、といった具合に早々とフラグを立ててしまった(確信犯)。
「行くぞ!」
ダニーの掛け声とともに俺達はボス部屋に突撃するように入る。普通は突撃ではなく慎重に入るべきなのだろうが、今回のジェネラルミネラ-は入り口付近で待ち伏せをするという、地球でいうところの出待ちスタイルでスタンバっているのだ。しかし今回の場合は、差し入れが食べ物や手紙などではなく、ジェネラルミネラーの巨大な斧なのでそれを受け取ってしまうと、お返しとして命をプレゼントフォーユーとなってしまうのだ。ギブアンドテイクが成り立っておらん!
そんな風に突撃する感じで部屋の中央に行こうとすると前に、突然地面に紫色をした巨大な魔法陣が現れた。
「これは転移魔法だ!!」
ダニーの叫び声とともに魔法陣が紫色の光を部屋全体に覆った後、ある一匹のモンスターが俺達の目の前に出現した。
どうやら俺達ではなくモンスターが転移して来たようだ。
そしてそのモンスターを俺はゲームでも見たことのあるものだった。
「まさか......あれはキマイラなのか?」
ダニーがそう動揺と戦慄の表情を浮かべて言った。
キマイラとは俺達の世界で言うところのキメラというものと同じ認識でいい。見た目はライオンの頭に羊の胴体、そして蛇のような尻尾を持っている。しかしなにより目を引くのは、その体の大きさである。ぱっと見10メートルはあるんじゃないのかっていうぐらいデカい。
俺は奴から目線を逸らさないようにしながら、隣に立つダニーに奴について訊いてみることにした。
「ダニー、キマイラの適正レベルはいくらぐらいなんだ?」
「......過去に召喚された勇者様が300階層で倒したらしいんだが......適正レベルに関しては60だそうだ。だがこれは勇者様基準だからな、俺のような王宮騎士と比較しても意味がない」
すでに彼の顔は青白くなっており、額から一筋の汗が流れている。彼の反応からして絶対に即逃げるべき相手のようだな。
そんなダニーのレベルは43。聞いたところによると勇者のレベルは100を超えていたそうだ。
「どちらにせよ今の俺達じゃ対処のしようがない。時間を稼いで退却するぞ!」
ダニーの意見をある程度理解した上で俺は言った。
「なら俺のスキルで時間を稼ぐよ」
「......分かった。あまり無茶はするなよ」
一瞬逡巡して考え込んだがすぐに決断して、ダニーは退却の準備を始めた。
一応ここに来る前にある程度どのようなスキルや魔法を使えるのか目の前で披露したからな、それを総合的に考えてそれが一番適した方法だと判断したんだろう。
すぐに雪が何か言おうと口を開きかけたが、それに気が付いてダニーに説得されていた。
どちらにせよ時間稼ぎに適したスキルを持っているの俺だけだしな。
一応覚悟を決めた俺は、キマイラに顔を向けると同時に魔力を具現化するイメージをした。
「影牢!」
そして出せる魔力すべてを使い発動させた。
このぐらいしないと奴の全身を包むことが出来ないからな。
案の定身キマイラを見ると動きが取れない様子でこちらを睨んでいる。
そのまま何とかして時間を稼ごうとしていると突然ドンッ! と鈍い音ともに俺は後ろからかなりの強さで殴られた。
「くっ!」
どうにかして振り返ると無表情でこちらを見下ろすゴリラがいた。
「お前こんな時にふざけんじゃねえ!」
「悪く思うな。隊長命令だ」
ゴリラは無表情でまるで人形のように言った。
「......は?」
訳も分からずに俺は隊長ことダニーを見るとゴリラと同じ様に無表情でこちらを見ていた。
「このままでは全滅の可能性がある。すまないがユウト殿には囮になってもらう」
そしてこのことを当たり前のことのように言った。
「ふざけんな! 誰が時間を稼ごうとしてやったと思ってんだ!」
「ふざけるも何もこれは実戦では必要なことだ。弱者は強者の糧になる、自然の摂理だ。諦めてもらいたい。」
そう言ってダニーは踵を返して出口に向かって歩いて行く。
「悪く思うな竜胆。俺達兄弟の深淵はここで潰えていいもんじゃない。いくぞ、弟者」
「了解、兄者」
「ちょっと待て! ほら! 俺のスキルも深淵ぽいだろ!」
ダニーに続いて影井兄弟も行こうとしてので俺はそれを止めるために、キマイラを包んでいる影牢を指差しながらそう言った。
「......そんなもの......深淵ではない」
だが影井兄は一瞬考えたがすぐにそれを否定して、弟共に優雅に立ち去ってしまった。
お前らの深淵の判断基準は一体何なんだ!
あっ! 俺にはまだ雪がいるじゃないか!
そう期待を持って俺は雪の方を見たのだが、
「ごめんなさい。まだ私も死にたくないの」
彼女は無表情でそう言うと彼ら同様出口に歩いて行こうとした。
俺は一瞬何を言ってるか理解できなかったが、なんとか落ち着きを取り戻して叫ぶように問いただす。
「俺達恋人同士じゃなかったのかよ!?」
俺がそう言うと彼女はこちらを振り向いて何の未練もないかのようにこう言ったのだ。
「恋人同士でも......あなたに命は賭けられないわ」
その瞬間俺の中の心(豆腐)が砕け散った(潰れた)音がした。
「......お前にとって俺は......それだけの存在なんだな」
それを聞いた俺はそう呟くことしかできなかった。
「そういう訳だ。悪く思うなよ、オタク」
そう俺の肩を叩きながらゴリラがウホホッと訳の分からない言語を口にして歩いて行ったが俺の耳には何も聞こえなかった。
そして雪達が俺を囮にして逃げて行った頃に、
「グワァァァァァァ!!」
キマイラの雄叫びが聞こえてきた。
どうやら魔力が尽きてキマイラが影牢から解放されたようだ。
そして俺に気が付いたのか地響きを鳴らしながら近づいて来る。
だが今の俺には魔力が残っていないのであまり体を動かすことが出来ないし、そもそも動かすだけの気力も残っていない。
俺は虫けらだ......今度からインセクトユウトと呼ばれることにしようということを考える気力しか残っていなかった。
今度があるのかも分からないのに......。
そして奴の大きな鋭い爪が生えた手が俺目掛けて飛んできて俺は、まるでボールのように鮮やかな斜方投射で吹き飛ばされてしまう
「ガハッ!!」
地面に激突すると同時に俺は吐血をして倒れた。
瀕死の状態だ。映画「竜胆悠斗死す2!!」の上映の時間が来たかもしれない。ただし、観客は敵役でもあるキマイラだけだ。
そしてまた俺に一撃を食らわそうとしてキマイラがこちらに近づいて来た。
「......あの時のあいつも、こんな気持ちだったのかなあ」
俺は小学校の頃、自分のせいで死んだ友達のことを唐突に思い出した。
そんなことを思っていると......。
「ピシッ......」
そんな音が聞こえたと同時に地面に亀裂が走った。
どうやら突然現れたキマイラの重さと戦闘に耐えれられなかったようだ。
次第に亀裂が広がって行き、それが床全体に及んだ時、突如地面が消失した。
そのまま俺とキマイラは暗闇に吸い込まれ、その姿を消した......。