魚人族
驚いているベルには悪いのだが、俺はあることを思い出した。
「ところで俺はそろそろ陸に上がるけど、ベルはどうする?」
ヘーリオスが真上まで来ているので、それは正午の時間帯に突入するという意味だ。そろそろ砂浜に戻ってゆっくりとバカンスじゃなくて仕事を楽しまないといけない。それにその後、魚人族の集落に行かなければならず、その場合ベルがいた方がスムーズに物事が運ぶことが可能なので、俺からするとこのままアカンパニーしてもらいたい。
「う~ん。それじゃあ私も上がる~」
「そうか、それじゃ行くか」
ベルの同意も得られたので、俺は彼女を引き連れてアスナの待つ砂浜まで泳ぎ始めた。
砂浜でいるアスナの姿を捉えることのできる位置に来た時。
「なあベル、そろそろ砂浜に着くけど、その姿のままじゃあ上がれなさそうだけど、どうすんだ?」
「え~とね~、変身できるから大丈夫だよ~」
「変身?」
その瞬間、ベルの魚の下半身が一瞬で二本の足に変身した。なんかすげな、初めて披露するイリュージョンを見た時の驚き並みだ。ある程度予想していたがこんな感じで変身するとは......まんまの姿で陸に上がってコイキングになるかと心配してしまったぞ俺は。
「それなら大丈夫だなっと足着いたな」
そのまま砂浜に上がったのだが、若干髪が濡れたせいで目線の位置まで前髪が落ちてきている。
目に入って痛いし、髪を整えるのも今は面倒くさいので適当にオールバックにしておくか......よしうまくできた。美容師ユウトの手に掛かればオールバックとカムバックも、何ならサイドバックもセンターバックも対応可能なのである。暗雲立ち込める日本サッカー界に旋風でも巻き起こすか。
「おーいアスナ、今戻ったぞー」
「......」
パラソルの下でいつの間にか収納ボックスから取り出したのか、あのオルゴールで何かの曲を聞いているアスナにそう声を掛けたのだが、彼女を訝しそうに俺の顔を見ている。
髪型が変わったからなのか? たしかに低確率でヤクザ、高確率でヤクザの取り巻きのチンピラの取り巻きに見えるかもしれないが、人は見た目で判断してはいけないんだぞ。つまり『人は見た目が100%』、あれってダメなんじゃないの? 法整備はよ! そんな悠長なことを考えている暇なんて俺にはあるようでなかった、なぜならーー
「その子誘拐してきたんですか?」
何の躊躇いもないストレート! チャップマンをも超えるその速さに惚れ惚れするが、その対象が俺であり、キャッチャーミット未装着であることを忘れてはいけない。
「誘拐はしていない、巧み言葉遣いでここまで誘導してきたんだ」
アスナは俺の隣に立つベルを優しく見ているが、その視線が俺に向くとナイフでグッサグッサ刺すかのように見てくる。ここでちゃんと否定しておかないと夕刊に、『土左衛門 幼女誘拐疑惑か!?』なんて書かれそうだからな......つまり俺すでに死んじゃってるのかよ!
「それではやはり誘拐ですね。ここまで堕落していたとは......」
このままだと誘拐犯のレッテルの上に、堕落した異世界人の焼き印を押されてしまうが、こちらにはそれをひっくり返す切り札があることも忘れてはいけない。
俺のターン!
「おいベル、こいつに何か言ってやれ。お兄ちゃんは誘拐犯じゃないと」
「うん分かった~」
結局人頼りだが、これも致し方ないのだ。小声でベルにだけ聞こえるように伝えるとそう返事をし、彼女は一歩前に出る。よしよし、これで闇のデュエルも一件落着だな。そう思ったのも束の間。
「『ベルに会いに来た』って言ってたよ~」
おいおいベルベル、鈴が鳴ってんぞ。サンタクロースはまだ来ないぞ、その前に白黒の服を着た俺が君の枕もとの立っちゃうぞ。というかホントなんで逆効果な部分だけ抽出して伝えるのかなベルちゃん? ほら見なさいアスナを、なんかこっちをばっち物を見る目つきで見ているでしょう。
「うわぁ、これ確定ですね。それに何が誘拐犯じゃないですか、加えてお兄ちゃんって......」
はい、いきなりバミューダトライアングル入ってしまいました。すでに転覆寸前、視界は不明瞭、行方不明になるのも時間の問題。アスナの認識を改めることを不可能だが、まだ状況を緩和することは可能。まだ諦める時間ではないのだ。
「ちょっと待ったー! たしかにそう言ったが、ベル個人じゃなくて魚人族全体という意味だ」
「え! その子魚人族なんですか!?」
「そうだよ~」
よし! なんとかうまく誤魔化すことに成功したな。これなら一級海技士の資格も楽勝でゲットだぜ!
「そういうわけだ。だからベルに魚人族の住んでいる集落まで案内してもらえばいろいろ手間が省けるだろ」
「なるほど、一理ありますね」
どうやらアスナも納得してくれていることだし、この波に乗りまショータイム!
「というわけでベル、俺達を君達の住む集落まで案内してもらってもいいか?」
「うんいいよ~」
ベルの元気のいい返答を聞いた俺は、すぐさま彼女の住む魚人族の集落に向かうことにした。
「ここがそうなのか......てっきり水の中で優雅に暮らしていると思っていた」
ベルに案内してもらい魚人族の集落まで来たのだが、普通に陸に家がありそれを見た俺の幻想は一瞬で砕け散った......。
「たしかに魚人族の名前からはそう連想してしまうかもしれませんが、実際にはこのように海岸沿いで暮らしているそうです」
魚人も人魚も同格なんだから水の中で暮らしてなさいよ。それができないなら半魚人族に改名したほうがいーー
「それに魚人化のままだと大変だからだよ~」
と思う訳ないじゃないか。魚人族の皆さんは奉仕活動に加え省エネ主義も掲げている、だからこれも致し方ありませんね。
「まあ水でも陸でも空、何なら宇宙空間でもどこでもいいよ。そろそろ集落にってあれ?」
集落に足を踏み入れた瞬間いきなり視線が主に俺に集中した。一応こういう事態に陥るであろうと予想していた俺は、そのための最強の盾であるベルに同伴してもらおうと計画した、はずだった! だがユウト博士は間違って余計な者を入れちゃった! それはーー
ケミカルASUNA バァン!!
そして生まれた絶世の美女とチンピラの取り巻き。一応スーパーパワーで悪い奴らをやっつける、アスナ! と俺。 前者はガチ強くてガチ可愛いが! 後者は多分強くて見た目は前述通り取り巻き改め、エリマキトカゲである。言いたいことは、ほとんどの視線がアスナにではなく俺であるということ。キビシー!
まあとにもかくにも現状は考えた以上には悪くはないと思う。飛んでくる視線もナイフ(殺気)ほどの威力ではなく、石(不審)だからだ。しかし石は、当たり所が悪いと案外ナイフ以上の凶器に変貌してしまうが、今はこれぐらい我慢しないといけない。
「ベル早いとこ族長さんだっけ。その人のとこまで案内してくれないか」
この集落まで来る最中にある程度のことをベルから聞くことができたのだが、どうやら入所許可は族長が下すらしい。なので早急にその族長さんに会いに行けば幾分この状況も緩和することが可能なのではないか、そう推測した。
「いいよ~!」
元気よくそう言うベルの後を俺とアスナは付いていくことにした。道すがらベル達魚人族の人々がどのような感じの家に住んでいるのか見てみた感想は南国風の家と言うほかないな。それらの家は、海の上に立っており、それを支えるために太い丸太を支柱として、床は木の板を活用し、屋根の上に藁のようなものを載せている作りであると推測した。それらがここら一帯の海面を覆うように木の板が敷き詰められている上に建っているのだ。
「着いたよ~」
「へ~やっぱ族長だから他の家よりでかいんだな」
「いえ、これは家というよりも会談所に近いですね」
「うん、ここは族長さんの家じゃないよ~」
目の前にあるでかい家が族長さんの住居と思っていたのだが、どうやら会談所のようだ。それでもかなりの大きさである。数十人が入ることが可能なぐらいの容積かもしれない。
「ところでベル、族長さんってどんな人なんだ?」
「優しい人だよ~」
うん、知ってる~。それはここまで来る途中耳にクラーケンができるぐらい聞いたことだからね。でも僕が聞きたいのは、族長さんの容姿のことなんだけどな~、なんで伝わらないのかな~?
「それにベルも一緒に入るから大丈夫だよ~」
「それなら安心だな」
「今のベルちゃんのセリフのどこに安心できるポイントが......」
アスナが呆れる様子そう言っているが、今のどこに不安になる要素があるんだ? 今のベルを見てみろよ、洞窟探検前の小学生みたいにむっちゃワクワクしていて可愛いじゃないか。だがほら、あれだよ......大丈夫か?
「とにかくノックをするからな」
当たって砕けろの精神だ、俺の捨て身の覚悟で扉をノックすると?
「はいどうぞ、鍵は掛かっていないので大丈夫ですよ」
扉越しだがしっかりとした、だが優しそうな声が聞こえてきた。やはり俺の目に狂いはなかったようだ。年下の女子の言うことは真実絶対であるということを。『ただし、男子は例外』
一度ベルとアスナに目で合図をして俺はドアノブに手を掛け、ゆっくりを開ける。
「失礼します。俺達は怪しい者ではなーー」
そしてノータイム・サイレントで扉を閉める。
それを見ていたアスナとベルは不思議そうな顔をしている。
「何故閉めたのですか?」
すぐに代表してアスナがその訳を訊いてきたが、そんな愚問だ。
「ここはただの会談所じゃない、ヤクザの会談所だ」
「は? ......ああなるほど、言いたことは分かりました」
その意味が分からないと顔に書いてあるアスナだが、俺に倣い扉を少し開け族長改め、組長のお姿を拝見すると納得した様子だった。
俺とアスナが見た族長の見た目は、某漫画に出てくる海坊主そっくり。ただし、サングラスは掛けていないが、その代わりに頬に頬に古傷のようなものがあり、そのせいでまんまヤクザだ。
やはり、『人は見た目が100%』は正しい。だからドラマ化できたんだろう。
「ねえねえ、なんで閉めっちゃったの~?」
そんな俺達の様子をずっと不思議そうに見ていたが、すぐに俺の裾を引っ張りながらその理由を訊いてきた。
まだベルは幼いから優しく接してもらっているんだろうが、成長するにつれて奴(族長)は本性を現すに違いない。今のうちに予防接種をしておかないといけない。
「いいか、ベル。あの族長さんはなーー」
「ですが、悪い人ではありませんね」
それを遮る形でアスナがそう断言した。
「リーズンをプリーズ」
「変な英語の使い方ですが、まあこの際それは置いときます。理由は、私の魔眼で少しだけ族長さんの心の中を見てみましたが、普通に良い人ですよ」
なぁーにぃーー! やっちまったな! 男は黙って、Believe! 男は黙って、信じろ!
「なら大丈夫だな」
「ユウト様なんか政治家みたいに靡きますね。族長さん云々の前に、まずご自身を省みては?」
アスナがそんなこと言っているが、何のことやら記憶にございません。
「ともかく開けまーすっとうぇい!!」
「のはっ!! ってあぁすみません! 驚かせてしまって!」
扉を開けたその目の前に族長さんが顔がドアップで表示され、初めて『貞子3D』を見た時のリアクションと変な声を上げてしまったが、族長さんも変な声を上げたがすぐに謝罪をしてくれた。
見た目はアレだが、ベルとアスナの言うように普通に良い人そうに見える。やはり俺の早とちりか、すごく申し訳ないがここで真実を吐露すると更に申し訳なくなるので口にテープを貼っておく。
「いえ、こちらが急に訪問したのも問題があります。驚かせてしまい申し訳ありません」
「いえいえ、こちらも久々に人族の方々が訪問してくださったので、少々驚いてしまいました。申し訳ありません。なのでどうかお顔をお上げください」
俺が頭を下げて謝罪するとアスナもそれに続いて頭を下げた。それを見た彼もそれに倣い謝罪し、そう優しさを孕んだ声音で言ってくれたので、俺とアスナはゆっくりと顔を上げる。すると族長がベルを手招きし、自身の方に来させた。
「申し遅れましたが、私は族長を務めています、名はゾルと申します。そして先ほど言えませんでしたが、改めて言いますね」
そして一瞬二人は目を合わせーー
「「ようこそ、人族の方々。この魚人の村へ」」




