契約。
―契約。小さな少女にそう告げられどう返したものかと考えた。
「こんな時間に一人で何してるんだ、危ないぞ。親はどこだ?」
「志波、といったかのお主?」
突然名前を言い当てられ狼狽える、……こいつは誰だ? 知り合いに白髪の奇抜な格好をした人物に心当たりなどない。
「ふふふ、どうやら間違いないようじゃな。視認できる時点で確定なんじゃが。」
俺の反応で確信したらしい、さらに距離を詰めてくる。
それは不気味以外の何物でもない、可憐な少女のはずが今の自分には悪魔にしか見えない。
「誰だ!お前は!」
「二度も名乗らせるか。我はソロモン。もう一度言うぞ、ソロモンじゃ。」
「だからそんな奴知らねぇって!」
俺はあまりの気味の悪さに走り出した。
鞄の金具がガシャンガシャンと暴れ、マフラーが勢いで解けそうになる。
「――はぁ...はぁ...」
どれぐらいの距離を走ったのだろう、走り疲れ田んぼの脇に座りこんだ
瞬間的なエネルギーの消費で身体が火照る。
「なんだ...あれ...気味の悪い。」
その時だった。目の前に光の粒子が溢れ出し魔法陣の形を象っていく。
そして、その中心から先ほどの少女―ソロモンと名乗る謎の少女が現れた。
「おー、ここにおったか。すまん、驚かせるつもりは無かったんじゃ。」
「な…!」
「なに、取って喰いやせん。一度説明をさせてはくれんか。」
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俺とソロモンは今、喫茶店にいる。個人経営の小さな喫茶店なので都合がよく客は二人きりだった。
注文したサンドイッチを珍しそうに見ながらホットココアを啜っているのが先程俺を恐怖の底へと叩き込んだ人物だ。
走った疲れからか椅子に座れることが少し心を安堵させる。
敵意が無い事を説明したソロモンがゆっくり話したいと言うので唯一知っている喫茶店へ来てもらう事にした。
人目の多いところだとソロモンは目立つと思っての選択でもあった。
しかし、その肝心のソロモンはというと……
「志波!このさんどういっちとやらは中々に美味じゃのう!パンとパンの間に野菜、肉、色々と入っていて本当に美味いわい」
喫茶店のサンドイッチに舌鼓を打っていた。いや、なんでだよ。
「食べたことないのか?」
「我の世界では無かったかのう。」
「ソロモンは一体どこから来たんだ? 未来か?」
ソロモンはゴクリとサンドイッチを飲み込み、紙ナプキンで口を拭いた。
「我はこの世界とは別の世界から来ておるんじゃ。」
「別の世界?」
「平行世界。と言ったら分かりやすいかのう?」
平行世界。聞いたことはある。が、本当に存在しているのか?
「そんな平行世界の人間がこっちに何の用だよ。」
そもそもこいつは人間なのか。駄目だ、理解があまり追いついていない。
「うむ、実は我の封印していた悪魔がこっちの世界に漏れていたようでな、それの回収に来たんじゃ。」
じゃあなんで俺が―と言いかけた所でソロモンが手で制した。
「平行世界へと向かう際に、波長の合う人物が必要となる。悪魔に最も近くかつ波長の合う人間はお主だけじゃったんじゃよ。」
ソロモンは続けて言った
「我はこの世界に来て魔力がかなり弱まっている。そこで波長の合うお主に契約を交わしてもらいこの世界の魔力を流して欲しいんじゃ。」
なるほどなぁと思いつつも貧乏くじ感が否めない。
「契約を交わして俺の身体に影響は?」
「無いぞ」
「うぅん...なら別に...」
「良いのか!それじゃあ早速。」
そう言うとソロモンは席を立ち、こちらに近づいて来た
「ほれ、リラックスして。目を閉じよ。」
視界からソロモンが消える。
そして、俺の唇に柔らかな感触が走る。まて、これって。
「終わりじゃ。」
「まてお前今何をした」
「接吻じゃ」
「身体的影響は無いって言ったよな!!??」
「男が接吻一つでうじうじ言うな。」
終わった。俺のファーストキスは異世界の幼女だ。
俺が机に突っ伏していると、何かを感じた。こう、上手く言葉にできないが嫌な感覚だ。
何かが外にいる気がする。
「お主も気づいたろう。来るぞ、悪魔が。」
「ま、まってくれ。まだ会計が…」
お金を支払おうと店長に声をかけて気づいた。
「あれ、止まってる?」
周りの時間が止まっている、店長はアイスピックで氷を砕いたまま動かない。
「被害が出ないよう一部時間を止めた。魔力が戻って来たからな。」
外に出ると其れは居た
暗がりで視認しづらいが人の形をしている。
右手には本を持っている、ローブを羽織り映画でしか見ないような出で立ちの男。
「現れたな『図書の悪魔』ダンタリオン。」
「これはこれはソロモン王様、そんなちんちくりんな格好になってしまって。後ろの其れは供物か何かかな?」
「ふん、言っておけ。ソロモン王の名の下に貴様を再度封印する。」